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魔王討伐編
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部屋の中には、静寂と薬草の匂いが満ちていた。窓から差し込む薄曇りの光が、室内の古びた家具をぼんやりと照らしている。床に置かれた小さな暖炉がわずかな暖かさを保っていたが、それでも空気にはどこか冷たさが残っていた。
「本当に行くの? そんな危険なこと、私のためにしなくてもいいのに……」
ベッドの上で横たわるリリアの声は、力ない響きを持っていた。顔色は青白く、その細い手は薄い毛布をしっかりと握りしめている。
レイナは妹の顔をじっと見つめ、ゆっくりと息をついた。その言葉がどれだけ心に刺さろうと、今さら止まることはできなかった。
「必要なのよ、リリア。私たちのために。あなたのために。」
「でも……」
リリアは言葉を詰まらせる。その視線はレイナを見つめながらも、どこか遠くを見ているようだった。
「もし私がいなくなったら……」
その言葉に、レイナの心臓がぎゅっと締めつけられた。自分にかけられた使命、祖国の命令、そして何より妹の病気。それらすべてが重なり合い、レイナの肩にのしかかっていた。
「そんなこと言わないで。絶対に治療費を稼いで戻るから。それまで、この鳩を持っていて。」
レイナは手元にあった魔道具をリリアに差し出した。それは、彼女たちの亡き両親が残してくれた伝書鳩の形をした小さな魔道具だった。もともとはただの通信機能を持つものだったが、レイナたちにとっては大切な形見でもあった。
「これを?」
リリアは驚いたようにレイナを見た。その瞳は戸惑いと悲しみ、そして少しの希望を宿している。
「そうよ。これでいつでも私に連絡が取れる。治療がうまくいったら知らせてちょうだい。そしたらすぐに戻るから。」
「……お姉ちゃんが無事に戻ってきたら、その時に使うね。」
リリアは小さな笑みを浮かべながら鳩を受け取った。その手はひどく痩せていて、レイナは思わず目をそらしたくなった。どれだけ努力しても、この手を守れる保証はどこにもない。それでも自分にできることは、目の前の選択肢を掴むしかなかった。
窓の外では灰色の雲が低く垂れこめている。どこか雨の匂いが混じるような空気に、レイナは覚悟を固めるように深呼吸をした。
「大丈夫。私がなんとかするから。」
「……分かった。でも、お願いだから気をつけて。お姉ちゃんがいなくなったら、私……」
リリアの声が途切れる。泣きそうな顔を見て、レイナは彼女の頭をそっと撫でた。細くて柔らかい髪の感触が指に伝わる。その感触が、どれだけ自分の中にある不安をかき乱しているのか、レイナ自身は気づかないふりをした。
「そんなこと言わないで、リリア。私が戻るまで、強く生きて。」
リリアは涙を堪えながら頷いた。小さく震えるその姿を見て、レイナは何かを言おうとしたが、言葉が喉の奥で詰まった。代わりに彼女は立ち上がり、部屋を後にした。
廊下を歩くレイナの足音だけが響いていた。何度も「これでいいんだ」と自分に言い聞かせながら、彼女は小さな拳を握りしめる。
「私は妹のために戦う。それが私の使命……それが私の――。」
胸の奥で重く響くその言葉は、まるで呪いのようだった。
「本当に行くの? そんな危険なこと、私のためにしなくてもいいのに……」
ベッドの上で横たわるリリアの声は、力ない響きを持っていた。顔色は青白く、その細い手は薄い毛布をしっかりと握りしめている。
レイナは妹の顔をじっと見つめ、ゆっくりと息をついた。その言葉がどれだけ心に刺さろうと、今さら止まることはできなかった。
「必要なのよ、リリア。私たちのために。あなたのために。」
「でも……」
リリアは言葉を詰まらせる。その視線はレイナを見つめながらも、どこか遠くを見ているようだった。
「もし私がいなくなったら……」
その言葉に、レイナの心臓がぎゅっと締めつけられた。自分にかけられた使命、祖国の命令、そして何より妹の病気。それらすべてが重なり合い、レイナの肩にのしかかっていた。
「そんなこと言わないで。絶対に治療費を稼いで戻るから。それまで、この鳩を持っていて。」
レイナは手元にあった魔道具をリリアに差し出した。それは、彼女たちの亡き両親が残してくれた伝書鳩の形をした小さな魔道具だった。もともとはただの通信機能を持つものだったが、レイナたちにとっては大切な形見でもあった。
「これを?」
リリアは驚いたようにレイナを見た。その瞳は戸惑いと悲しみ、そして少しの希望を宿している。
「そうよ。これでいつでも私に連絡が取れる。治療がうまくいったら知らせてちょうだい。そしたらすぐに戻るから。」
「……お姉ちゃんが無事に戻ってきたら、その時に使うね。」
リリアは小さな笑みを浮かべながら鳩を受け取った。その手はひどく痩せていて、レイナは思わず目をそらしたくなった。どれだけ努力しても、この手を守れる保証はどこにもない。それでも自分にできることは、目の前の選択肢を掴むしかなかった。
窓の外では灰色の雲が低く垂れこめている。どこか雨の匂いが混じるような空気に、レイナは覚悟を固めるように深呼吸をした。
「大丈夫。私がなんとかするから。」
「……分かった。でも、お願いだから気をつけて。お姉ちゃんがいなくなったら、私……」
リリアの声が途切れる。泣きそうな顔を見て、レイナは彼女の頭をそっと撫でた。細くて柔らかい髪の感触が指に伝わる。その感触が、どれだけ自分の中にある不安をかき乱しているのか、レイナ自身は気づかないふりをした。
「そんなこと言わないで、リリア。私が戻るまで、強く生きて。」
リリアは涙を堪えながら頷いた。小さく震えるその姿を見て、レイナは何かを言おうとしたが、言葉が喉の奥で詰まった。代わりに彼女は立ち上がり、部屋を後にした。
廊下を歩くレイナの足音だけが響いていた。何度も「これでいいんだ」と自分に言い聞かせながら、彼女は小さな拳を握りしめる。
「私は妹のために戦う。それが私の使命……それが私の――。」
胸の奥で重く響くその言葉は、まるで呪いのようだった。
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