誓いの嘘と永遠の光

藤原遊

文字の大きさ
上 下
1 / 81
魔王討伐編

1

しおりを挟む
部屋の中には、静寂と薬草の匂いが満ちていた。窓から差し込む薄曇りの光が、室内の古びた家具をぼんやりと照らしている。床に置かれた小さな暖炉がわずかな暖かさを保っていたが、それでも空気にはどこか冷たさが残っていた。

「本当に行くの? そんな危険なこと、私のためにしなくてもいいのに……」

ベッドの上で横たわるリリアの声は、力ない響きを持っていた。顔色は青白く、その細い手は薄い毛布をしっかりと握りしめている。

レイナは妹の顔をじっと見つめ、ゆっくりと息をついた。その言葉がどれだけ心に刺さろうと、今さら止まることはできなかった。

「必要なのよ、リリア。私たちのために。あなたのために。」

「でも……」

リリアは言葉を詰まらせる。その視線はレイナを見つめながらも、どこか遠くを見ているようだった。

「もし私がいなくなったら……」

その言葉に、レイナの心臓がぎゅっと締めつけられた。自分にかけられた使命、祖国の命令、そして何より妹の病気。それらすべてが重なり合い、レイナの肩にのしかかっていた。

「そんなこと言わないで。絶対に治療費を稼いで戻るから。それまで、この鳩を持っていて。」

レイナは手元にあった魔道具をリリアに差し出した。それは、彼女たちの亡き両親が残してくれた伝書鳩の形をした小さな魔道具だった。もともとはただの通信機能を持つものだったが、レイナたちにとっては大切な形見でもあった。

「これを?」

リリアは驚いたようにレイナを見た。その瞳は戸惑いと悲しみ、そして少しの希望を宿している。

「そうよ。これでいつでも私に連絡が取れる。治療がうまくいったら知らせてちょうだい。そしたらすぐに戻るから。」

「……お姉ちゃんが無事に戻ってきたら、その時に使うね。」

リリアは小さな笑みを浮かべながら鳩を受け取った。その手はひどく痩せていて、レイナは思わず目をそらしたくなった。どれだけ努力しても、この手を守れる保証はどこにもない。それでも自分にできることは、目の前の選択肢を掴むしかなかった。

窓の外では灰色の雲が低く垂れこめている。どこか雨の匂いが混じるような空気に、レイナは覚悟を固めるように深呼吸をした。

「大丈夫。私がなんとかするから。」

「……分かった。でも、お願いだから気をつけて。お姉ちゃんがいなくなったら、私……」

リリアの声が途切れる。泣きそうな顔を見て、レイナは彼女の頭をそっと撫でた。細くて柔らかい髪の感触が指に伝わる。その感触が、どれだけ自分の中にある不安をかき乱しているのか、レイナ自身は気づかないふりをした。

「そんなこと言わないで、リリア。私が戻るまで、強く生きて。」

リリアは涙を堪えながら頷いた。小さく震えるその姿を見て、レイナは何かを言おうとしたが、言葉が喉の奥で詰まった。代わりに彼女は立ち上がり、部屋を後にした。

廊下を歩くレイナの足音だけが響いていた。何度も「これでいいんだ」と自分に言い聞かせながら、彼女は小さな拳を握りしめる。

「私は妹のために戦う。それが私の使命……それが私の――。」

胸の奥で重く響くその言葉は、まるで呪いのようだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます

七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。 「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」 そう言われて、ミュゼは城を追い出された。 しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。 そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

嘘つきと言われた聖女は自国に戻る

七辻ゆゆ
ファンタジー
必要とされなくなってしまったなら、仕方がありません。 民のために選ぶ道はもう、一つしかなかったのです。

王命により泣く泣く婚約させられましたが、婚約破棄されたので喜んで出て行きます。

十条沙良
恋愛
「僕にはお前など必要ない。婚約破棄だ。」と、怒鳴られました。国は滅んだ。

【完結】どうやら魔森に捨てられていた忌子は聖女だったようです

山葵
ファンタジー
昔、双子は不吉と言われ後に産まれた者は捨てられたり、殺されたり、こっそりと里子に出されていた。 今は、その考えも消えつつある。 けれど貴族の中には昔の迷信に捕らわれ、未だに双子は家系を滅ぼす忌子と信じる者もいる。 今年、ダーウィン侯爵家に双子が産まれた。 ダーウィン侯爵家は迷信を信じ、後から産まれたばかりの子を馭者に指示し魔森へと捨てた。

どうも、死んだはずの悪役令嬢です。

西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。 皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。 アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。 「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」 こっそり呟いた瞬間、 《願いを聞き届けてあげるよ!》 何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。 「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」 義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。 今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで… ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。 はたしてアシュレイは元に戻れるのか? 剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。 ざまあが書きたかった。それだけです。

処理中です...