双月の果てに咲く絆

yuhito

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4巻

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二人が村を後にしてから、いくつかの朝と夜が過ぎ去った。霧が山道を覆い、風が二人の影をかき消すように吹き抜けていく。足元の石は湿り気を含み、滑るたびにリオの苛立ちを増幅させた。

セイランは相変わらず静かだった。いや、静かすぎた――それは彼が何かを恐れているのではないか、とリオに思わせるほどだった。リオは眉間に皺を寄せながら、前を行くセイランの背を睨む。

「何か隠しているな」

突然の言葉に、セイランの足が止まった。その背中は薄い布の外套越しに細く、まるで一振りの剣のように孤高な雰囲気を纏っている。振り返った彼の瞳には、夜の湖を思わせるような深い静けさがあった。

「……どうしてそう思う?」

セイランの声は静かだった。だが、その静けさの奥には鋭い刃のようなものが潜んでいる。リオはそれに気づきながらも、一歩も引かなかった。

「お前は、何かから逃げている。俺には分かる」

リオの言葉に、セイランはわずかに目を伏せた。その動作は微かだが、その沈黙がすべてを物語っているように思えた。リオは溜息をつき、足元の小石を蹴り飛ばした。

「……言わないなら、それでいい。だが、俺を巻き込むな」

「巻き込むつもりはない」

セイランは短く答えた。その声は冷たかったが、どこか寂しげでもあった。リオは彼をじっと見つめた。セイランの背後にそびえる山々は灰色に煙り、まるで彼を覆い隠すようだった。

旅は続く。日が昇り、日が沈むたびに、二人の間の距離は不思議な形で縮まったり、広がったりした。会話は多くない。しかし、セイランが静かに微笑むたび、リオはそれを目で追う自分に気づく。彼自身、それを不思議に思った。

そしてある日――。

日没が近づく頃、二人は草原の端に出た。遠くには廃れた石造りの遺跡が影を落としている。リオは歩みを止め、セイランに声をかけた。

「あそこで夜を明かすぞ」

セイランは頷き、二人は遺跡の中へ足を踏み入れた。崩れかけた石の柱が夕陽を受けて赤く染まり、その廃墟全体に幽玄な雰囲気をまとわせている。

「ここは……何の建物だったんだろうな」

リオが呟くと、セイランは静かにその場を見渡した。そして、彼の声が低く響く。

「……昔、この地に栄えていた神殿だと聞いた。双月を崇める信仰があったらしい」

リオはその答えに少しだけ眉をひそめた。

「双月の神殿、か。そんなものを信じていた連中がいたとはな」

「……信じるかはともかく、双月は確かにこの世界を支えている。月が二つある理由を、誰も説明できないだろう?」

その問いに、リオは答えなかった。ただ空を見上げる。蒼白の月と薄紅の月――その光が絡み合い、遺跡全体に影を作り出している。

夜が更け、二人は焚き火の前で休息を取った。火の明かりが石壁に踊り、二人の影を長く引き伸ばしている。セイランは静かに炎を見つめ、ぽつりと呟いた。

「……もし、双月が一つに戻るとしたら、どうなると思う?」

「何だそれは?」

リオは眉をひそめた。セイランの言葉には、どこか現実離れした響きがあった。

「もし二つの月が一つになれば、世界の均衡は失われる。だが、それによって新しい秩序が生まれるかもしれない」

セイランの声はどこか夢を見るような調子だった。その言葉が意味するものを、リオは理解できなかった。ただ、彼の目が月を見上げるたびに、不安な予感が胸をよぎるのを感じた。

その夜、風が強まり、遺跡の奥から不気味な音が響き始めた。リオは剣を手にし、セイランの肩を叩いた。

「……誰か来る」

「いや、『何か』だ」

セイランはゆっくりと立ち上がり、薄く微笑んだ。その笑みには、どこか覚悟のようなものが含まれていた。

二人の前に、闇から影が現れる。その瞬間、双月が一瞬だけその光を曇らせたように見えた。
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