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1章 修道女を目指します
③
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「修道女になることが君の幸せだとは思えない」
ルシアンの言葉は真剣そのものだった。私は答えに詰まり、彼の顔を見つめる。彼の瞳の奥には何か言いようのない感情が渦巻いているように見えた。
「殿下、わたくしの幸せは、わたくしが決めるものです」
慎重に言葉を選びながら答えた。彼を納得させるには、それ以上何を言えばいいのか正直分からなかった。だが、ルシアンは納得するどころか、険しい表情を浮かべている。
「君がこんなことを言い出すなんて、何があったのか教えてくれ。君が耐えられないほどの何かがあったなら、俺が――」
「本当に何もありません!」
私は声を上げてしまった。すると彼は驚いたように少し後ずさる。
「殿下にはご心配をおかけして申し訳ありません。けれど、これは私自身の問題です」
ルシアンはしばらく黙っていたが、やがてゆっくりとうなずいた。
「分かった。だが、君が本当に困っていることがあるなら、すぐに俺に言え。いいな?」
その言葉は、どこか命令にも似ていたが、私はただ微笑んで頭を下げるしかなかった。
「ありがとうございます、殿下」
それで納得してくれたのか、ルシアンはようやくその場を後にした。私は深く息を吐き、胸をなで下ろした。だが――
(どうしてこうなってしまうのかしら)
私のささやかな願いは、ただ平穏に暮らしたいということ。それがここまで大きな波紋を呼ぶとは思いもしなかった。
翌日、私が控えの間で読書をしていると、メイドのクラリスが慌てて駆け込んできた。
「お嬢様!大変です!」
「どうしたの?」
クラリスの顔は青ざめている。彼女は少し躊躇いながらも、口を開いた。
「お嬢様が修道女になられるという噂が、社交界中に広まっております」
「……ええ?」
思わず本を落としてしまった。まさか、こんなにも早く噂が広がるとは思っていなかった。
「それだけではありません。『婚約者のルシアン殿下に何かされたのでは』とか、『ヴァレンシュタイン家が経済的に破綻している』とか……もう、皆さん勝手なことばかりおっしゃっていて……」
私は頭を抱えた。どれもこれも根も葉もない話だ。それなのに、どうしてこうも話が広がるのか。
「……これでは修道女になるどころか、余計に目立ってしまうわ」
クラリスが申し訳なさそうにうつむく。
「申し訳ありません、お嬢様。ですが、皆さん本当に心配していらっしゃるんです」
心配というより、面白がっているのでは?という思いも頭をよぎったが、そんなことを言ったところで仕方がない。
「分かったわ。しばらくは静かにしておくしかないわね」
私は大きくため息をついた。
午後になると、母が私を呼び出した。
「リリアナ。少し話があるの」
書斎に通された私は、少し緊張しながら席についた。母は優しく微笑みながら私の手を取った。
「あなたがどんな理由で修道女になりたいと思ったのか、それを咎めるつもりはないわ。ただ……」
母の目には、深い憂いが浮かんでいる。
「リリアナ、あなたがそう思うまでに、私たちは何かしてあげられなかったのかしら。どこで間違えたのかしら」
「お母様、それは――」
「いいのよ。何も言わなくて。ただ、あなたには幸せになってほしい。それだけを願っているの」
その言葉に、私は胸が少し痛んだ。誤解だと説明すればいいのに、それでも母の思いを否定するのが憚られる。
「ありがとうございます、お母様」
そう答えると、母は優しく微笑み、私の手をぎゅっと握った。
その夜、私の部屋に届けられたのは、美しい白百合の花束だった。それを見た瞬間、私は誰からのものかを悟った。
「……殿下」
花束に添えられた手紙には、ルシアンの丁寧な文字でこう記されていた。
『どんな選択をしても、君を守るのは俺の役目だ。だから、何があっても頼ってほしい』
その文面を読んで、私は目を閉じた。心の中で複雑な思いが交錯する。
「殿下は、なぜそこまで……?」
私の胸は不思議な感情でいっぱいになっていた。
ルシアンの言葉は真剣そのものだった。私は答えに詰まり、彼の顔を見つめる。彼の瞳の奥には何か言いようのない感情が渦巻いているように見えた。
「殿下、わたくしの幸せは、わたくしが決めるものです」
慎重に言葉を選びながら答えた。彼を納得させるには、それ以上何を言えばいいのか正直分からなかった。だが、ルシアンは納得するどころか、険しい表情を浮かべている。
「君がこんなことを言い出すなんて、何があったのか教えてくれ。君が耐えられないほどの何かがあったなら、俺が――」
「本当に何もありません!」
私は声を上げてしまった。すると彼は驚いたように少し後ずさる。
「殿下にはご心配をおかけして申し訳ありません。けれど、これは私自身の問題です」
ルシアンはしばらく黙っていたが、やがてゆっくりとうなずいた。
「分かった。だが、君が本当に困っていることがあるなら、すぐに俺に言え。いいな?」
その言葉は、どこか命令にも似ていたが、私はただ微笑んで頭を下げるしかなかった。
「ありがとうございます、殿下」
それで納得してくれたのか、ルシアンはようやくその場を後にした。私は深く息を吐き、胸をなで下ろした。だが――
(どうしてこうなってしまうのかしら)
私のささやかな願いは、ただ平穏に暮らしたいということ。それがここまで大きな波紋を呼ぶとは思いもしなかった。
翌日、私が控えの間で読書をしていると、メイドのクラリスが慌てて駆け込んできた。
「お嬢様!大変です!」
「どうしたの?」
クラリスの顔は青ざめている。彼女は少し躊躇いながらも、口を開いた。
「お嬢様が修道女になられるという噂が、社交界中に広まっております」
「……ええ?」
思わず本を落としてしまった。まさか、こんなにも早く噂が広がるとは思っていなかった。
「それだけではありません。『婚約者のルシアン殿下に何かされたのでは』とか、『ヴァレンシュタイン家が経済的に破綻している』とか……もう、皆さん勝手なことばかりおっしゃっていて……」
私は頭を抱えた。どれもこれも根も葉もない話だ。それなのに、どうしてこうも話が広がるのか。
「……これでは修道女になるどころか、余計に目立ってしまうわ」
クラリスが申し訳なさそうにうつむく。
「申し訳ありません、お嬢様。ですが、皆さん本当に心配していらっしゃるんです」
心配というより、面白がっているのでは?という思いも頭をよぎったが、そんなことを言ったところで仕方がない。
「分かったわ。しばらくは静かにしておくしかないわね」
私は大きくため息をついた。
午後になると、母が私を呼び出した。
「リリアナ。少し話があるの」
書斎に通された私は、少し緊張しながら席についた。母は優しく微笑みながら私の手を取った。
「あなたがどんな理由で修道女になりたいと思ったのか、それを咎めるつもりはないわ。ただ……」
母の目には、深い憂いが浮かんでいる。
「リリアナ、あなたがそう思うまでに、私たちは何かしてあげられなかったのかしら。どこで間違えたのかしら」
「お母様、それは――」
「いいのよ。何も言わなくて。ただ、あなたには幸せになってほしい。それだけを願っているの」
その言葉に、私は胸が少し痛んだ。誤解だと説明すればいいのに、それでも母の思いを否定するのが憚られる。
「ありがとうございます、お母様」
そう答えると、母は優しく微笑み、私の手をぎゅっと握った。
その夜、私の部屋に届けられたのは、美しい白百合の花束だった。それを見た瞬間、私は誰からのものかを悟った。
「……殿下」
花束に添えられた手紙には、ルシアンの丁寧な文字でこう記されていた。
『どんな選択をしても、君を守るのは俺の役目だ。だから、何があっても頼ってほしい』
その文面を読んで、私は目を閉じた。心の中で複雑な思いが交錯する。
「殿下は、なぜそこまで……?」
私の胸は不思議な感情でいっぱいになっていた。
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