悪役令嬢は修道院を目指しますーなのに、過剰な溺愛が止まりません

藤原遊

文字の大きさ
上 下
4 / 34
1章 修道女を目指します

しおりを挟む
「修道女になることが君の幸せだとは思えない」

ルシアンの言葉は真剣そのものだった。私は答えに詰まり、彼の顔を見つめる。彼の瞳の奥には何か言いようのない感情が渦巻いているように見えた。

「殿下、わたくしの幸せは、わたくしが決めるものです」

慎重に言葉を選びながら答えた。彼を納得させるには、それ以上何を言えばいいのか正直分からなかった。だが、ルシアンは納得するどころか、険しい表情を浮かべている。

「君がこんなことを言い出すなんて、何があったのか教えてくれ。君が耐えられないほどの何かがあったなら、俺が――」

「本当に何もありません!」

私は声を上げてしまった。すると彼は驚いたように少し後ずさる。

「殿下にはご心配をおかけして申し訳ありません。けれど、これは私自身の問題です」

ルシアンはしばらく黙っていたが、やがてゆっくりとうなずいた。

「分かった。だが、君が本当に困っていることがあるなら、すぐに俺に言え。いいな?」

その言葉は、どこか命令にも似ていたが、私はただ微笑んで頭を下げるしかなかった。

「ありがとうございます、殿下」

それで納得してくれたのか、ルシアンはようやくその場を後にした。私は深く息を吐き、胸をなで下ろした。だが――

(どうしてこうなってしまうのかしら)

私のささやかな願いは、ただ平穏に暮らしたいということ。それがここまで大きな波紋を呼ぶとは思いもしなかった。


翌日、私が控えの間で読書をしていると、メイドのクラリスが慌てて駆け込んできた。

「お嬢様!大変です!」

「どうしたの?」

クラリスの顔は青ざめている。彼女は少し躊躇いながらも、口を開いた。

「お嬢様が修道女になられるという噂が、社交界中に広まっております」

「……ええ?」

思わず本を落としてしまった。まさか、こんなにも早く噂が広がるとは思っていなかった。

「それだけではありません。『婚約者のルシアン殿下に何かされたのでは』とか、『ヴァレンシュタイン家が経済的に破綻している』とか……もう、皆さん勝手なことばかりおっしゃっていて……」

私は頭を抱えた。どれもこれも根も葉もない話だ。それなのに、どうしてこうも話が広がるのか。

「……これでは修道女になるどころか、余計に目立ってしまうわ」

クラリスが申し訳なさそうにうつむく。

「申し訳ありません、お嬢様。ですが、皆さん本当に心配していらっしゃるんです」

心配というより、面白がっているのでは?という思いも頭をよぎったが、そんなことを言ったところで仕方がない。

「分かったわ。しばらくは静かにしておくしかないわね」

私は大きくため息をついた。


午後になると、母が私を呼び出した。

「リリアナ。少し話があるの」

書斎に通された私は、少し緊張しながら席についた。母は優しく微笑みながら私の手を取った。

「あなたがどんな理由で修道女になりたいと思ったのか、それを咎めるつもりはないわ。ただ……」

母の目には、深い憂いが浮かんでいる。

「リリアナ、あなたがそう思うまでに、私たちは何かしてあげられなかったのかしら。どこで間違えたのかしら」

「お母様、それは――」

「いいのよ。何も言わなくて。ただ、あなたには幸せになってほしい。それだけを願っているの」

その言葉に、私は胸が少し痛んだ。誤解だと説明すればいいのに、それでも母の思いを否定するのが憚られる。

「ありがとうございます、お母様」

そう答えると、母は優しく微笑み、私の手をぎゅっと握った。


その夜、私の部屋に届けられたのは、美しい白百合の花束だった。それを見た瞬間、私は誰からのものかを悟った。

「……殿下」

花束に添えられた手紙には、ルシアンの丁寧な文字でこう記されていた。

『どんな選択をしても、君を守るのは俺の役目だ。だから、何があっても頼ってほしい』

その文面を読んで、私は目を閉じた。心の中で複雑な思いが交錯する。

「殿下は、なぜそこまで……?」

私の胸は不思議な感情でいっぱいになっていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?

シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。 ……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。

【完結】見返りは、当然求めますわ

楽歩
恋愛
王太子クリストファーが突然告げた言葉に、緊張が走る王太子の私室。 伝統に従い、10歳の頃から正妃候補として選ばれたエルミーヌとシャルロットは、互いに成長を支え合いながらも、その座を争ってきた。しかし、正妃が正式に決定される半年を前に、二人の努力が無視されるかのようなその言葉に、驚きと戸惑いが広がる。 ※誤字脱字、勉強不足、名前間違い、ご都合主義などなど、どうか温かい目で(o_ _)o))

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

悪役令嬢に転生したようですが、前世の記憶が戻り意識がはっきりしたのでセオリー通りに行こうと思います

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢に転生したのでとりあえずセオリー通り悪役ルートは回避する方向で。あとはなるようになれ、なお話。 ご都合主義の書きたいところだけ書き殴ったやつ。 小説家になろう様にも投稿しています。

【完結】悪役令嬢の反撃の日々

くも
恋愛
「ロゼリア、お茶会の準備はできていますか?」侍女のクラリスが部屋に入ってくる。 「ええ、ありがとう。今日も大勢の方々がいらっしゃるわね。」ロゼリアは微笑みながら答える。その微笑みは氷のように冷たく見えたが、心の中では別の計画を巡らせていた。 お茶会の席で、ロゼリアはいつものように優雅に振る舞い、貴族たちの陰口に耳を傾けた。その時、一人の男性が現れた。彼は王国の第一王子であり、ロゼリアの婚約者でもあるレオンハルトだった。 「ロゼリア、君の美しさは今日も輝いているね。」レオンハルトは優雅に頭を下げる。

王太子エンドを迎えたはずのヒロインが今更私の婚約者を攻略しようとしているけどさせません

黒木メイ
恋愛
日本人だった頃の記憶があるクロエ。 でも、この世界が乙女ゲームに似た世界だとは知らなかった。 知ったのはヒロインらしき人物が落とした『攻略ノート』のおかげ。 学園も卒業して、ヒロインは王太子エンドを無事に迎えたはずなんだけど……何故か今になってヒロインが私の婚約者に近づいてきた。 いったい、何を考えているの?! 仕方ない。現実を見せてあげましょう。 と、いうわけでクロエは婚約者であるダニエルに告げた。 「しばらくの間、実家に帰らせていただきます」 突然告げられたクロエ至上主義なダニエルは顔面蒼白。 普段使わない頭を使ってクロエに戻ってきてもらう為に奮闘する。 ※わりと見切り発車です。すみません。 ※小説家になろう様にも掲載。(7/21異世界転生恋愛日間1位) 第12回ネット小説大賞 小説部門入賞! 書籍化作業進行中 (宝島社様から大幅加筆したものを出版予定です)

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

処理中です...