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1章 修道女を目指します
①
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朝食の席で、私は静かに口を開いた。
「わたくし、修道女になろうと思いますの」
言った瞬間、場の空気が凍りついた。スプーンを握りかけていた父の手が止まり、母は紅茶を口に含んだまま動かない。弟は、目を見開いて私を凝視している。
「……姉さん、それって本気?」
最初に口を開いたのは、弟だった。彼が私に向かって話しかけるときはいつもどこか遠慮がちだ。それだけに、その声には驚きが混じっていた。
「ええ、本気よ」
私は努めて穏やかに答えた。動揺を抑えようとする彼らに、余計な心配をかけたくはなかった。それなのに、返ってくる反応は予想外に大きかった。
「リリアナ、一体どうしたんだ?」
父がスプーンをテーブルに置き、厳しい声で尋ねる。
「突然そんなことを言い出して、何があった?ルシアン殿下と何か問題があったのか?」
「お母様も何か知っているの?」
母が不安そうな顔を浮かべて私に視線を向ける。
「殿下が……いえ、ルシアン殿下が何かひどいことを言ったの?それとも、誰かが何か言ったの?」
母が次々と質問を投げかける。そこには驚きと、もしかしたら私への同情さえ感じられた。私は軽くため息をつくと、答えを絞り出した。
「誰も何も言っていません。ただ、これがわたくしの望む道だと思っただけですの」
本心からの言葉だ。私は本当にそう思っている。次の人生では、争いや駆け引きの渦中に身を置かず、穏やかに過ごしたい。修道院なら、それが叶う場所だと信じていた。
しかし、私の言葉を聞いた家族の顔は、驚きから次第に青ざめたものに変わっていった。母は手を震わせ、父は何か考え込むように口をつぐんでしまった。弟はあからさまに動揺しながら、そっと声を漏らす。
「……姉さん、本当に大丈夫なの?」
「ええ、大丈夫よ。なぜみんなそんなに驚くのかしら?」
私が尋ねると、家族全員が一斉に口を閉ざした。まるで、何か言いたいことを飲み込むように。
そして――それから数分も経たないうちに、私は自分の意図しなかった波紋が広がっていくのを知ることになるのだった。
その日の午後、何気なく廊下を歩いていると、使用人たちのひそひそ声が耳に入った。
「お嬢様が修道女を目指されるとか……」
「そんなこと、一体どうして?」
「もしかして、婚約破棄されたとか……」
私は立ち止まり、思わず眉をひそめた。私がそんなことを宣言した理由を、彼らは知るはずもない。それでも、あれこれ憶測を交わしている様子は明らかだった。
少し不快だったが、これは想定内だ。彼らは話題に飢えているし、私の一挙一動が注目を集める立場にある。だが、それは私が本当に修道女として静かに生きる決意を固める理由の一つでもあった。
その夜、自室に戻った私は、窓辺に座って月明かりを見つめていた。
ここ数日、私が決めた道に対して不安がよぎることもあった。このまま修道女を目指すことで、本当に平穏を手に入れることができるのだろうか。
「争いのない世界……本当にそんなものがあるのかしら」
誰にも聞こえないように呟く。窓の外の庭園は美しく、穏やかだった。でも、その静けさは、一瞬で壊れることもあると知っている。
「それでも、進むしかないわね」
私はそっと目を閉じ、眠りにつく準備をした。明日から始まる新しい日々に備えるために。
「わたくし、修道女になろうと思いますの」
言った瞬間、場の空気が凍りついた。スプーンを握りかけていた父の手が止まり、母は紅茶を口に含んだまま動かない。弟は、目を見開いて私を凝視している。
「……姉さん、それって本気?」
最初に口を開いたのは、弟だった。彼が私に向かって話しかけるときはいつもどこか遠慮がちだ。それだけに、その声には驚きが混じっていた。
「ええ、本気よ」
私は努めて穏やかに答えた。動揺を抑えようとする彼らに、余計な心配をかけたくはなかった。それなのに、返ってくる反応は予想外に大きかった。
「リリアナ、一体どうしたんだ?」
父がスプーンをテーブルに置き、厳しい声で尋ねる。
「突然そんなことを言い出して、何があった?ルシアン殿下と何か問題があったのか?」
「お母様も何か知っているの?」
母が不安そうな顔を浮かべて私に視線を向ける。
「殿下が……いえ、ルシアン殿下が何かひどいことを言ったの?それとも、誰かが何か言ったの?」
母が次々と質問を投げかける。そこには驚きと、もしかしたら私への同情さえ感じられた。私は軽くため息をつくと、答えを絞り出した。
「誰も何も言っていません。ただ、これがわたくしの望む道だと思っただけですの」
本心からの言葉だ。私は本当にそう思っている。次の人生では、争いや駆け引きの渦中に身を置かず、穏やかに過ごしたい。修道院なら、それが叶う場所だと信じていた。
しかし、私の言葉を聞いた家族の顔は、驚きから次第に青ざめたものに変わっていった。母は手を震わせ、父は何か考え込むように口をつぐんでしまった。弟はあからさまに動揺しながら、そっと声を漏らす。
「……姉さん、本当に大丈夫なの?」
「ええ、大丈夫よ。なぜみんなそんなに驚くのかしら?」
私が尋ねると、家族全員が一斉に口を閉ざした。まるで、何か言いたいことを飲み込むように。
そして――それから数分も経たないうちに、私は自分の意図しなかった波紋が広がっていくのを知ることになるのだった。
その日の午後、何気なく廊下を歩いていると、使用人たちのひそひそ声が耳に入った。
「お嬢様が修道女を目指されるとか……」
「そんなこと、一体どうして?」
「もしかして、婚約破棄されたとか……」
私は立ち止まり、思わず眉をひそめた。私がそんなことを宣言した理由を、彼らは知るはずもない。それでも、あれこれ憶測を交わしている様子は明らかだった。
少し不快だったが、これは想定内だ。彼らは話題に飢えているし、私の一挙一動が注目を集める立場にある。だが、それは私が本当に修道女として静かに生きる決意を固める理由の一つでもあった。
その夜、自室に戻った私は、窓辺に座って月明かりを見つめていた。
ここ数日、私が決めた道に対して不安がよぎることもあった。このまま修道女を目指すことで、本当に平穏を手に入れることができるのだろうか。
「争いのない世界……本当にそんなものがあるのかしら」
誰にも聞こえないように呟く。窓の外の庭園は美しく、穏やかだった。でも、その静けさは、一瞬で壊れることもあると知っている。
「それでも、進むしかないわね」
私はそっと目を閉じ、眠りにつく準備をした。明日から始まる新しい日々に備えるために。
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