幼女となった社畜は異世界の救世主となる

第1部

8章 幼い体の葛藤と新たな出会い

王城での生活に少しずつ慣れてきたミユだったが、幼い子どもの姿でいることへの不便さが、彼女の心に影を落としていた。朝食の席に着くたびに感じる違和感がその一例だった。高すぎる椅子に腰掛けると、足が地面に届かず、ぶらぶらと宙に浮いたままだ。銀のナイフやフォークも大きすぎて、取り回しに苦労する。皿の縁にカチカチとぶつかるたび、使用人たちの控えめな視線が気になって、ミユはますます手が震えた。

「ミユ、大丈夫？」

隣に座るルイスが声をかける。

「はい……大丈夫です。ただ、この椅子が少し……」

ミユは微かに笑って答えた。

ルイスは少し考えるように眉を上げると、何も言わずに立ち上がり、近くの使用人に何かを指示した。彼が戻ってくると、小さなクッションが運ばれ、それを椅子の上に置いてくれた。ミユが座り直すと、テーブルとの高さが少し合い、食事が取りやすくなった。

「これでどう？」
「ありがとうございます。すごく助かります……」

ミユはほっとしたように礼を言ったが、胸にはもどかしさが残った。大人だった頃には些細なことでさえ、今の身体では苦労ばかりだ。毎回、こうして人に助けられるたびに、自分の無力さを思い知らされるようだった。

ふと、彼が使用人に指示を出している姿を思い返した。従者であるはずなのに、彼の立ち振る舞いにはどこか落ち着いた威厳があった。使用人たちが自然に従う様子にも違和感を覚える。

（どうして……従者なのに、こんな風に振る舞えるの？）

疑問が浮かんだが、深く考えないうちに食事に集中しようと頭を切り替えた。彼女の中で、その問いはまだ軽い引っかかり程度でしかなかった。

食事を終えた後、ルイスの案内で城内の庭園を歩いていると、整えられた芝生とカラフルな花々に目を奪われた。噴水の音が心地よく響き、風に揺れる花の香りがふわりと漂ってくる。だが、そんな穏やかな時間も長くは続かなかった。ミユは足元に転がっていた小さな石につまずき、前のめりになりそうになる。

「危ない！」とルイスが咄嗟に手を伸ばし、彼女を支えた。

ミユは顔を赤くしながら体を起こし、申し訳なさそうに目を伏せた。

「すみません……私、こんなに不器用じゃなかったんですけど……」

彼女の声には悔しさが滲んでいた。ルイスは優しく微笑みながら、「大丈夫だよ。君の身体は今、小さいんだから無理もない」と励ますように言った。

その言葉に少し慰められつつも、ミユの心には自己嫌悪が広がる。「でも、もっとちゃんとできないと……」と呟くと、ルイスは真剣な表情で彼女を見つめた。

「焦らなくていいんだよ。少しずつでいい。それで十分だ」

彼の言葉に、ミユはほんの少し気持ちが軽くなり、小さく頷いた。

その午後、ミユは王城の図書室で一人、本棚の列を眺めていた。背の高い棚に並ぶ本はどれも分厚く、彼女の手に取れる範囲にある本も、表紙に見覚えのない文字が刻まれていた。小さな背伸びをして一冊を手に取ってみたものの、中を開けば全く読めない言葉ばかりが並んでいる。ページを捲るたび、異世界に来てしまった現実が胸に迫る。

「こんなにたくさん本があるのに、一つも読めないなんて……」

ため息交じりに呟いていると、背後から軽やかな声が響いた。

「おや、これは初めて見る顔だね。君が例の光の力を持つ少女かい？」

驚いて振り返ると、そこには明るい笑みを浮かべた若い男性が立っていた。乱れた銀髪を後ろで軽く束ねた彼の服装は、旅人のように簡素でありながら、どこか独特な雰囲気を纏っている。

「……えっと……」

ミユがどう答えるべきか戸惑っていると、彼は腰に手を当て、笑みを深めた。「僕の名前はエリオット。魔法使いだ。そして君が持つ力に、とっっっても興味がある！」

彼の自信たっぷりな態度に圧倒されながら、ミユは小さく頷いた。

「は、はい……ミユといいます」
「ミユか！いい名前だね。で、君はこんな大きな図書室で何をしてるの？」
「……本を読もうとしたんですけど、文字が分からなくて……」

ミユの言葉を聞いたエリオットは目を輝かせた。

「ああ、それなら僕が教えてあげるよ。読めるようになったら、この部屋にある本、全部君のものみたいなものだからね！」

その言葉に、ミユは目を丸くした。

「全部……私のものみたいな？」
「まあ、半分冗談だけどね」と彼は肩をすくめて笑う。その明るい態度に、ミユの緊張は少し和らいだ。

その時、扉が開き、オーウェンが顔を出した。

「エリオット、また余計なことを言ってないだろうな？」
「師匠、大丈夫だって！ただこの子をちょっと助けてただけさ」

エリオットの言葉にオーウェンは眉をひそめたが、ミユに優しい目を向ける。

「ミユ、彼が妙なことを言ったらすぐに教えるんだぞ」

ミユは小さく笑いながら頷いた。