魔力ゼロの英雄の娘と魔族の秘密

26章 貴族の思惑と揺れる王都

⑥

廃城で得た地図の手がかりを元に、アリア、イアン、ルイスの三人は反乱勢力の砦を目指して旅を始めた。道中、険しい山岳地帯を越える必要があり、簡単な道のりではなさそうだった。

「この山道、本当に通れるの？地図には何も書いてないけど。」

アリアが険しい顔で足元を見ながら呟いた。道らしい道はなく、岩場と雑木林が広がるばかりだ。

「地図に書かれていない場所ほど、隠れ家としては適している。それにしても、これだけ手間をかけるなら、拠点に何か大きな目的があるに違いない。」

イアンが冷静に言葉を返しながら、杖で足元を確認している。後ろを歩くルイスは、特に険しい道も意に介さない様子で、余裕の笑みを浮かべていた。

「こういう場所が嫌いなら、今から引き返してもいいよ、アリア。」

「何言ってるの！先に行くに決まってるでしょ！」

アリアが振り返って怒ると、ルイスは微笑んだまま肩をすくめた。

「君がそう言うと思ったよ。」

途中、日が沈み始めたため、三人は小高い丘の上で野営をすることにした。焚き火の明かりが三人を包み込む中、それぞれが装備を整えていた。

「イアン、焚き火の火加減うまいね。」

アリアが感心したように言うと、イアンは静かに頷いた。

「炎魔法を扱うようになってから、火加減には少し自信がある。だが、実戦での応用にはまだ時間がかかるな。」

「それでも、私から見たら十分すごいよ。」

その言葉に、イアンは微かに微笑んだが、すぐに焚き火に視線を戻した。

「僕の力はまだ足りない。もっと強くなる必要がある。」

その呟きに、アリアは少しだけ眉をひそめた。

「イアン、無理しないでね。あんまり頑張りすぎると、倒れちゃうよ？」

その心配げな言葉に、イアンは一瞬だけ驚いたように目を見開いたが、すぐに小さく頷いた。

「……ありがとう。だが、君を守るためには、僕がもっと強くなる必要があるんだ。」

その会話を聞きながら、少し離れたところでレイピアを研いでいたルイスが低く笑った。

「本当に君たちはお互いを大切にしているんだな。見ているこちらが、少し恥ずかしくなるくらいにね。」

「何の話？」

アリアが眉をひそめて尋ねると、ルイスは軽く笑いながら立ち上がった。

「いや、ただの感想さ。君たちの絆は実に美しい。」

その言葉の裏に何か含みがあるように思えたが、アリアは深く追求せずに焚き火に視線を戻した。

「私たちはただ、冒険者として信頼してるだけだよ。それが普通じゃないの？」

「普通、か……。」

ルイスはその言葉を呟きながら、どこか寂しげな表情を浮かべた。アリアはその変化に気づかなかったが、イアンは彼の横顔を一瞥し、わずかに眉を寄せた。

（彼がアリアに執着する理由……その一部が分かってきた気がする。でも、どこか危うい。）


その夜、三人が休んでいると、不意に草木が揺れる音が聞こえた。イアンがすぐに立ち上がり、杖を構える。

「何か来る……！」

次の瞬間、茂みから現れたのは、複数の黒い影だった。狼のような形をしているが、明らかに普通の生物ではない。目が赤く光り、身体には魔法陣のような紋様が刻まれている。

「また……反乱勢力の仕業か！」

アリアが剣を構えながら叫ぶ。ルイスもレイピアを抜き、冷静に敵の動きを見極めていた。

「僕が前を押さえる。君たちは後ろから援護を頼む。」

そう言ってルイスが障壁を展開する。敵が次々と障壁に弾かれ、攻撃を無力化する中、アリアがその隙を突いて素早く剣を振るった。

「イアン、今だ！」

アリアの声に応じて、イアンが杖を振るい、炎の魔法を放つ。炎の刃が狼の一体を包み込み、動きを止めた。

「効いてる……やれる！」

アリアが最後の狼を剣で仕留めた瞬間、辺りは再び静寂に包まれた。

「これが偵察の魔物なら、本拠地にはもっと恐ろしいものが待っているだろうな。」

ルイスが淡々と呟くと、アリアは剣を収めながら頷いた。

「でも、行くしかないよね。私たちが止めないと、もっと多くの人が被害に遭う。」

その決意に、イアンは静かに同意を示した。

「僕たちでやるしかない。そのためにも、慎重に進もう。」

三人は再び焚き火を囲み、休息を取りながら次の行動を計画するのだった。