魔力ゼロの英雄の娘と魔族の秘密

藤原遊

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15章 嘆きの沼

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嘆きの沼の入り口に立つアリアとイアン。目の前には、鬱蒼と茂る木々と、重たい霧に包まれた不気味な湿地が広がっている。

「……ほんとに嫌な場所だね、ここ。」

アリアが剣を握り直しながら呟く。

「ここは魔族の力が色濃く残る場所だ。油断すると、飲み込まれるぞ。」

イアンが静かに答える。

「大丈夫、分かってる。今度は無茶しないから。」

アリアは力強く頷き、湿地へと一歩踏み出した。

彼女のその言葉を聞いて、イアンは少しだけ目を伏せた。彼の中には、アリアが無茶をしなくなったことへの安堵と、彼女をここまで変えた自分の役割への重圧が同時に渦巻いていた。

「行こう。時間をかけるほど、危険は増す。」

「うん、分かった!」

湿地を進むにつれ、足元の泥は深くなり、重い湿気が体にまとわりつくようだった。周囲には、どこからともなく低い唸り声のような音が響いてくる。

「これ、魔物の声……?」

アリアが声を潜める。

「いや、この沼そのものが発している。ここは魔族の力が強すぎて、自然そのものが魔力に蝕まれているんだ。」

イアンが杖を握りしめ、周囲を見回す。

「だから、こういう場所って嫌なんだよ……魔族ってどれだけ影響力あるのさ。」

アリアがため息をつく。

「魔族の中でも高位の存在でなければ、これほどの影響を残すことはできない。」

「高位……もしかして、イアンの親もそういうタイプ?」

その何気ない問いかけに、イアンは一瞬だけ表情を固くした。

「……進むぞ。話すべき時が来たら話す。」

アリアはその言葉に疑問を抱きつつも、深く追及はしなかった。

沼の中腹に差し掛かった頃、周囲の霧が一層濃くなり始めた。

「なんだこれ……急に視界が……!」

アリアが辺りを見回すが、何も見えないほどの濃霧が二人を包み込んでいた。

「霧の中に何かいる。気をつけろ。」

イアンの声が低く響く。

その直後、霧の中から黒い影が飛び出してきた。それは人型だが、体全体が泥と苔で覆われ、異様な気配を放っている。

「魔物か!?」

アリアが剣を構えた瞬間、黒い影が彼女に向かって突進してきた。剣を振り下ろし、一体を切り伏せたが、その背後からさらに複数の影が現れる。

「数が多い……イアン、援護お願い!」

「了解だ。」

イアンが杖を振ると、冷たい空気が広がり、霧の中に氷の槍が出現する。それらが次々と黒い影を貫き、動きを止めた。

「凄いね、イアン!でも、まだ来てるよ!」

「分かっている。君が引きつけてくれ、もう一度範囲魔法を展開する。」

アリアは頷き、霧の中を駆け回りながら影を誘導した。イアンが再び杖を振り、周囲に広がる冷気が霧を凍らせ、黒い影を一掃した。

戦闘が収まり、霧も少しずつ晴れていく。

「ふぅ……なんとか切り抜けたね。」

アリアが剣を収めながら息を整える。

「これはまだ序の口だ。奥に行くほど、より強力な魔物が待ち構えているだろう。」

イアンが冷静に言った。

「だよね。ま、でも二人でなら何とかなる!」

アリアが笑顔で言うと、イアンは僅かに微笑んで頷いた。

「行こう。この先に鍵があるはずだ。」

さらに奥へ進むと、沼の中央に一際大きな建物が浮かび上がってきた。それは古代の神殿のような荘厳な雰囲気を持ち、周囲には不気味な静けさが漂っている。

「ここが目的地っぽいね。」

「間違いない。この中に鍵がある。」

イアンが杖を握り直し、アリアも剣を構える。

二人は決意を胸に、神殿の中へと足を踏み入れた。
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