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4章 次なる手
⑧
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戦闘が終わり、夜が更けて陣営に静けさが戻りつつあった。
フィオラはひとり、陣地の片隅に立ち尽くしていた。
彼女の視線の先には、負傷兵が並ぶ天幕――包帯を巻かれ、呻き声を上げる兵士たちが、衛生兵の手当てを受けている姿が見える。
「……私の判断が……。」
フィオラは小さく呟いた。
彼女が下した指示が、勝利をもたらした一方で、多くの血が流れる結果にも繋がった。それは避けられなかったことだと頭では理解している。だが、その事実を完全に受け止めるには、彼女の心はまだ若すぎた。
「傷の手当てが間に合わなかった者が数名います。」
後ろから声をかけてきたのは、医療隊の隊長だった。
その顔は疲労に満ち、けれどもどこかフィオラを気遣うような優しさがあった。
「お嬢様、これが戦です。それでも、今夜の勝利は多くの命を救いました。」
そう言って隊長は去っていった。だが、フィオラの胸には、その言葉は届かなかった。
やがて彼女は、人気のない倉庫の片隅に足を運んだ。
そこは物資が積まれた陰になっており、周囲からは誰の目も届かない場所だった。
「……私がもっと……上手く指揮していれば……。」
フィオラはその場に膝をつき、静かに涙を流した。
泣くつもりはなかった。けれど、抑えようとしても、溢れてくる感情を止められなかった。
「私は、守りたいだけなのに……。」
彼女の声は、誰にも聞かれない場所でかすかに響いた。
「……フィオラ。」
突然の声に、彼女は驚いて顔を上げた。
そこに立っていたのは、ロイドだった。彼の表情は優しく、しかしどこか切ないものが混じっていた。
「なぜ、ここに……?」
フィオラの声は震えていた。
ロイドは答えず、静かに彼女の隣に膝をついた。
「君のことだから、どこかで一人で泣いているんじゃないかと思ったんだ。」
その言葉に、フィオラは何も言えなかった。
彼がここにいることが不思議ではなく思えるほど、彼の存在が自然に感じられた。
「フィオラ、君がこんなに思い詰める必要はない。」
ロイドは彼女の肩に手を置き、静かに続けた。
「兵士たちは、君のために戦ったんだ。それは、君の指揮を信じているからだ。」
「でも、私は……守れなかった人もいる。」
フィオラの声が震える。
ロイドはそれを聞いて、さらに優しい声で語りかけた。
「それでも、君がいなければもっと多くの命が失われていた。俺たちはみんな、君の背中を見て戦っているんだ。」
その言葉に、フィオラの涙が再び溢れた。
彼女はその場で顔を覆いながら、小さく泣き声を漏らした。
ロイドは何も言わず、ただ彼女の隣に寄り添った。
彼が差し出した手は、彼女の肩を静かに包み込む。
「君は一人じゃない。俺がいる。君を守るためにここにいるんだ。」
その言葉が、フィオラの胸に温かく広がった。
やがてフィオラは涙を拭い、静かに立ち上がった。
彼女の目には、再び決意の光が宿っていた。
「ありがとう、ロイド。」
「いいさ。俺は、君が前を向いてくれるならそれでいい。」
フィオラは短く頷き、夜空を見上げた。
「私は、もう迷わない。戦いの中で、私ができることを全てやる。それが、私に与えられた役目だから。」
その言葉には、先ほどまでの迷いが微塵も感じられなかった。
ロイドは彼女の横顔を見つめながら、小さく微笑んだ。
「それでいい。君は、君のままでいればいいんだ。」
フィオラはひとり、陣地の片隅に立ち尽くしていた。
彼女の視線の先には、負傷兵が並ぶ天幕――包帯を巻かれ、呻き声を上げる兵士たちが、衛生兵の手当てを受けている姿が見える。
「……私の判断が……。」
フィオラは小さく呟いた。
彼女が下した指示が、勝利をもたらした一方で、多くの血が流れる結果にも繋がった。それは避けられなかったことだと頭では理解している。だが、その事実を完全に受け止めるには、彼女の心はまだ若すぎた。
「傷の手当てが間に合わなかった者が数名います。」
後ろから声をかけてきたのは、医療隊の隊長だった。
その顔は疲労に満ち、けれどもどこかフィオラを気遣うような優しさがあった。
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そう言って隊長は去っていった。だが、フィオラの胸には、その言葉は届かなかった。
やがて彼女は、人気のない倉庫の片隅に足を運んだ。
そこは物資が積まれた陰になっており、周囲からは誰の目も届かない場所だった。
「……私がもっと……上手く指揮していれば……。」
フィオラはその場に膝をつき、静かに涙を流した。
泣くつもりはなかった。けれど、抑えようとしても、溢れてくる感情を止められなかった。
「私は、守りたいだけなのに……。」
彼女の声は、誰にも聞かれない場所でかすかに響いた。
「……フィオラ。」
突然の声に、彼女は驚いて顔を上げた。
そこに立っていたのは、ロイドだった。彼の表情は優しく、しかしどこか切ないものが混じっていた。
「なぜ、ここに……?」
フィオラの声は震えていた。
ロイドは答えず、静かに彼女の隣に膝をついた。
「君のことだから、どこかで一人で泣いているんじゃないかと思ったんだ。」
その言葉に、フィオラは何も言えなかった。
彼がここにいることが不思議ではなく思えるほど、彼の存在が自然に感じられた。
「フィオラ、君がこんなに思い詰める必要はない。」
ロイドは彼女の肩に手を置き、静かに続けた。
「兵士たちは、君のために戦ったんだ。それは、君の指揮を信じているからだ。」
「でも、私は……守れなかった人もいる。」
フィオラの声が震える。
ロイドはそれを聞いて、さらに優しい声で語りかけた。
「それでも、君がいなければもっと多くの命が失われていた。俺たちはみんな、君の背中を見て戦っているんだ。」
その言葉に、フィオラの涙が再び溢れた。
彼女はその場で顔を覆いながら、小さく泣き声を漏らした。
ロイドは何も言わず、ただ彼女の隣に寄り添った。
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「君は一人じゃない。俺がいる。君を守るためにここにいるんだ。」
その言葉が、フィオラの胸に温かく広がった。
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彼女の目には、再び決意の光が宿っていた。
「ありがとう、ロイド。」
「いいさ。俺は、君が前を向いてくれるならそれでいい。」
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「私は、もう迷わない。戦いの中で、私ができることを全てやる。それが、私に与えられた役目だから。」
その言葉には、先ほどまでの迷いが微塵も感じられなかった。
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「それでいい。君は、君のままでいればいいんだ。」
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