月影の約束

藤原遊

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後日談

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廃屋を後にしてから数週間、澪と陸は平穏な日々を過ごしていた。澪の住む街で再び新たな生活を始めた陸は、徐々に現実の生活に馴染みつつあったが、その静かな日常の中に漂う不思議な温かさが、二人を支えていた。

澪が講義を終えて家に帰ると、窓辺に座る陸の姿が目に入った。彼は差し込む夕日を眺めながら、手に持った古い本をじっと見つめていた。

「また読んでるの?」澪が微笑みながら声をかけると、陸は振り返り、わずかに照れたように笑った。

「お前が薦めてくれた本だしな。それに……こういう穏やかな時間を持つのが、まだ不思議なんだ。」

澪はその言葉に少し胸が締め付けられた。陸にとって、穏やかな日常というものがどれだけ遠い存在だったのかを改めて感じる。

「でも、今はもう現実だよ。これが私たちの普通なんだから。」

澪は陸の隣に座りながら、窓から見える景色に目をやった。暖かいオレンジ色の光が二人を包み込む。

「そうだな……。お前のおかげでここにいる。」

陸の低い声が響き、澪は頬を赤らめた。彼の目が自分をまっすぐ見つめているのがわかる。普段は控えめで物静かな彼が、こんなふうに気持ちを伝えてくれることがどれだけ特別か、澪には十分に伝わっていた。

「じゃあ、その恩返しに晩ご飯作ってよ。」

わざと軽い口調で言うと、陸は少し驚いたように眉を上げた。

「……俺がか?」

「そうよ。私は朝から動きっぱなしだったんだから、今日はあなたの番。」

「わかった。でも、あまり期待するなよ。」

陸は苦笑しながら立ち上がり、キッチンへ向かった。その背中を見つめる澪の心は、じんわりと暖かさで満たされていた。

数日後、二人は久しぶりに郊外へ出かけることにした。澪が陸を誘ったのは、街外れにある小さな神社だった。

「ここ、ずっと行きたかったの。ほら、願い事をすると叶うって噂の神社。」

澪が笑顔で説明すると、陸は興味深そうに鳥居を見上げた。

「俺も願い事が叶うなら……」

「何を願うの?」

澪が横から尋ねると、陸は少し目を伏せ、考えるように黙った。そして、ふっと微笑む。

「今のままで十分だ。俺にとっては、こうしてお前と一緒にいることが奇跡みたいなものだからな。」

その言葉に澪は一瞬息を止めた。そして、静かに微笑みながら答えた。

「それなら、私はお願いするね。私たちが、ずっとこうしていられますようにって。」

二人は小さな鈴を鳴らし、それぞれ心の中で願い事を唱えた。澪の隣でそっと目を閉じる陸の横顔を見ながら、彼女の胸には、深い安堵と幸福が広がっていた。

その夜、二人はベランダに座り込んで満月を眺めていた。月の光は柔らかく、夜空を幻想的に照らしている。

「こうして月を見るのも、何だか特別だな。」陸がぽつりと言った。

「そうだね。あの廃屋で見た月と同じなのに、全然違う気がする。」

「今は、ただ綺麗だと思える。」

陸の言葉に澪は微笑みながら頷いた。そして、小さく呟く。

「私は……またあなたに会えてよかった。」

その声に陸は澪の方を向き、彼女の手をそっと取った。その手は温かく、確かな感触が伝わる。

「俺も同じだよ。もう一度こうして生きられること、お前に感謝してる。」

二人は月明かりの下で手を握り合い、未来を誓うように静かに見つめ合った。その時、夜風が優しく二人の間を吹き抜けた。

エピローグの締め

澪と陸は、困難な過去を乗り越えた後も、時々それを思い出すことがあった。しかし、それは決して苦しい記憶ではなく、二人を繋ぎ続ける大切な絆だった。

二人の新しい日常はまだ始まったばかり。これからどんな未来が訪れるのかはわからない。だが、どんな困難が待ち受けていても、二人ならきっと乗り越えられる。そう信じられる確かな絆が、今の彼らを支えていた。

満月が二人を見守るように輝く中、澪と陸の新しい物語が、静かに進み始めていた。
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