月影の約束

藤原遊

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5章

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石柱の前に立つ二人の間に、重い沈黙が流れていた。澪は震える指先を見つめ、拳をぎゅっと握りしめる。陸は彼女の横顔をじっと見ていたが、何も言わなかった。その瞳には、わずかな迷いが宿っていた。

「本当に……大丈夫なのか?」

陸が低い声で問いかけた。その言葉には、澪を気遣う気持ちと、彼女をこれ以上巻き込みたくないという思いが込められていた。

「大丈夫じゃないかもしれないけど……」

澪は陸を見上げ、強く頷いた。

「でも、私はあなたを助けたい。そのためなら、何だってする覚悟はある。」

陸はその言葉に微かに息を飲んだ。澪の決意の強さに、何か心の奥深くで揺れるものを感じたのだろう。彼はゆっくりと目を閉じ、静かに答えた。

「……わかった。なら、一緒にやろう。」

彼はそう言いながら、石柱に向かって手を伸ばした。指先が石柱の表面に触れると、再び周囲の空間が震え始める。澪もその隣で同じように手を伸ばした。

その瞬間──

石柱から放たれた眩しい光が二人を包み込んだ。視界が白く染まり、次第に違う世界が広がり始める。澪と陸は再び鏡の中の記憶の中へと引き込まれた。

二人が立っていたのは、儀式が行われたその瞬間だった。

広間には無数の人々が集まり、誰もが狂気に満ちた目をしている。中央には幼い陸が拘束され、恐怖で震えていた。周囲の大人たちは呪文を唱え続け、その声が耳をつんざくように響く。

「……これが、20年前の出来事?」

澪は目の前の光景に息を呑む。陸の肩越しに、その過去をじっと見つめた。

「そうだ。俺はこの儀式で殺され、呪いの一部となった。」

陸の声は冷静だったが、その裏には深い悲しみが隠れていた。澪は胸の奥が締め付けられるような痛みを覚えた。

「どうして……こんなひどいことが……」

澪の呟きに、陸は静かに答えた。

「欲望だ。人間の欲望が、俺の命を奪った。だが、その欲望は成功しなかった。儀式は失敗し、呪いだけが残ったんだ。」

その時、儀式が最高潮に達した。鏡が突然光を放ち、儀式を執り行っていた人々が次々と悲鳴を上げる。光は制御を失い、闇と融合して部屋全体を飲み込んでいった。

陸の幼い姿がその光の中心で消えていく。澪は思わず声を上げた。

「陸……!」

過去の光景に手を伸ばすが、当然ながら触れることはできない。ただその瞬間、澪の耳に小さな声が届いた。

「助けて……」

それは、幼い陸のかすかな叫びだった。声は記憶の中に響き、澪の心に深く刻み込まれる。

「陸……私は、あなたを助ける。」

澪がそう誓った時、突然、光景が消え去った。二人は再び石柱の前に戻ってきた。だが、何かが変わっていた。

石柱の表面が割れ、そこから黒い霧が立ち上がっている。霧は人の形をとり、徐々に実体を持ち始めた。それは、陸にそっくりな姿をしていた。

「これが……」

陸は険しい表情でその霧を睨みつけた。

「俺の呪いだ。俺をここに縛り付けている元凶そのもの。」

霧の陸が不気味に笑い、二人に向かってゆっくりと歩み寄る。

「お前たちは何も変えられない。この呪いは永遠だ。」

その声は陸のものと似ているが、どこか冷たく凍りつくような響きを持っていた。

「そんなことはない!」

澪が前に出て叫ぶ。その声には、恐怖を押し殺した強さがあった。

「陸は呪いなんかに縛られるべきじゃない! あなたが何であろうと、私は陸をここから連れ出す!」

霧の陸は不敵な笑みを浮かべ、冷たく言い放つ。

「ならば、証明してみろ。お前の覚悟を。」

霧が鋭く動き、澪に向かって襲いかかろうとした。だがその瞬間、陸が澪の前に立ち塞がり、霧をその腕で受け止めた。

「お前は俺の一部だ。だが、俺はお前に負けない!」

陸がそう叫びながら霧を押し返すと、澪は胸の奥から湧き上がる衝動を感じた。その力を信じるように、彼女は石柱に向かって再び手を伸ばした。

「陸……!」

澪の声が響き、彼女の手から眩しい光が放たれた。その光は霧を弾き飛ばし、石柱全体を包み込む。呪いそのものを浄化するような光だった。

陸が驚いたように振り返る。その目には、澪の存在がただの人間ではないことを確信する何かが宿っていた。

「澪……お前は一体……」

澪は微笑み、陸に向かって手を差し出した。

「私はただ、あなたを助けたいだけ。それだけよ。」

その言葉に陸は息を飲み、そして手を取った。二人の間に温かい光が広がり、呪いが徐々に解かれていくのが感じられた。
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