儚きひとときの夢

藤原遊

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1章 見えないものの足音

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月曜の朝、天宮彩音は編集部のフロアで疲れた表情を隠していた。散乱する資料に目を通し、パソコンの画面を睨む日常が続いている。いつもと変わらない忙しさ、締め切りの嵐。電話のベルが鳴るたび、心が揺さぶられる。そんな生活が何年も続いていた。

「天宮さん、これ急ぎでお願いできる?」

同僚の倉橋莉緒が顔を出す。親友でもある彼女の頼みを断ることはできない。

「わかった。あとで見るね。」

疲れた笑顔を浮かべながら、彩音は手元のタスクリストを確認する。「これが自分の生き方なのか?」という疑問が頭の片隅をよぎったが、すぐに押し殺した。

帰宅の途中、再び奇妙な気配を感じた。会社近くの路地で、視界の端にちらつく黒い影。あの夜、神社で見た影と同じものだった。彩音は立ち止まり、足元から冷たい汗が流れるのを感じる。

「また……?」

影は消えたり現れたりを繰り返し、霧のように揺れている。耳元でかすかな囁き声が聞こえた気がした。振り返ると、影は突然消えていた。

数日後、彩音は再び神社へ向かった。仕事の疲れを理由に、無意識のうちに足が向いていた。石段を登ると、そこには朧が立っていた。月明かりに照らされたその姿は、あの夜と変わらない。

「また来たのか。」

少し呆れたように見える彼の目には、どこか優しさも感じられた。

「この前、あなたが言ってた『影』のこと。あれがまた見えたの。」

朧は眉をひそめ、静かに答えた。

「そうか。やっぱりお前、特別なんだな。」

「特別って……どういうこと?」

彩音が問い詰めるように聞くと、朧は少し躊躇したようだったが、淡々とした口調で答えた。

「お前の中には『巫女の血』が流れている。だから奴らが引き寄せられる。」

「巫女の血……?」

「昔、この土地で妖を封じたり救ったりした人間たちの末裔だ。それが原因で、お前には見えているんだ。」

彩音は言葉を失った。これまで普通の人間だと思って生きてきた自分が、そんな力を受け継いでいるなんて信じられなかった。

「どうしてそんなものを私が受け継いでいるの?普通に生きたいだけなのに……。」

朧はじっと彼女を見つめた。

「人間は短い命しか持たない。その中でどう生きるかが全てだ。」

そして彼は少し言いづらそうに続けた。

「だが、お前は今、自分を削って生きているように見える。そんな生き方をするためにお前は生まれてきたのか?」

その言葉は彩音の胸に深く刺さった。朧の瞳に映る自分の姿が、自分すら見たくない現実を突きつけてくる。

それから数日、彩音は朧の言葉を胸に反芻し続けていた。「普通に生きる」ということが、自分にとって何を意味するのかを改めて考え始めた。そして同時に、自分の中に眠る「巫女の血」の正体をもっと知りたいという気持ちも芽生えていた。
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