公爵夫人の俺はもうすぐ病気で死ぬので『最期に閣下が元カレさんに抱かれている痴態を見たい』と夫に頼むと……か、か、叶えてくれた?! 

天上青(ゼニスブルー)

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5.その後の俺

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そして数日後―――。


俺は、ライアン・リードの妻、エルヴィー・エルディス・リード夫人による治癒魔法で、病を完治させてもらった。

驚いたよ、本当に。まるで夢でも見ていたかのように、一瞬であっけなく治ってしまったんだ。あれほど悩んだ日々が、まるで幻のように感じる。

一体、あの苦しみは何だったんだ? そして、俺の夢枕に現れた女神は、一体何を意味していたんだろう?

エルヴィーは、エルフという種族に属していて、その治癒魔法は世界的に知られている。彼だけじゃなく、彼の名声も絶大だ。しかも、治癒だけじゃなく、あらゆる魔法も使いこなすというから、まさに非凡な存在。

こちらも絶世の美形で、有名人。もちろん高魔力者ノーブル

そして彼は『おとひめ』の攻略対象者…最も攻略難易度の高いハイエルフのエルヴィー・エルディス先生だ。ライアン・リードの妻はエルフで魔法の名手、と聞いてはいたものの、まさかエルヴィー先生とは思わなかった。俺は一切、社交はしてなかったからね。

……ってことは、ヒロイン(男)は、誰のルートを選んだのだろう?

エルヴィー先生にお会いするのは初めてだったが、その姿は噂以上だった。
まるで全身が輝いているようで、キラキラとまばゆい光を放っている。あれはオーラか? それとも魔力か? とにかく、ただならぬ力を感じさせる存在感だった。

ライアンと違って、エルヴィーには一切浮いた話がない。
彼の周りには、常に冷静で凛々しい雰囲気が漂っている。金色の髪と深い青の瞳を持ち、すらりとした体つきの美丈夫。その端正な顔立ちは、誰の目も惹きつける圧倒的な魅力を放っていた。ライアンと並んで立つ姿は、周囲の者が近づくことすらためらうほどの存在感を醸し出している。まるで魔力が幾重にも重なった水晶のように、彼らの周囲だけは異なる光を放ち、眩しさに目を開けてはいられないほど。

エルヴィーは、ライアンの元恋人である閣下アレンを目の前にしても、動じることなく、冷静な表情を保っていた。あの堂々とした立ち振る舞いを見ていると、やっぱり彼はただ者じゃないと改めて思い知らされる。

これが、高魔力者ノーブルの余裕なのかとしみじみ思ったよ。



―――― そして俺は、表向きには死んだこととされた。

それはもう、盛大な葬儀がしめやかに執り行われ、国王陛下や隣国の皇帝陛下からも供花が届いたほどだ。その光景はまるで、別世界の出来事のように感じられた。周囲の悲しみに包まれた雰囲気は、俺が本当に存在していたのかさえ疑わせる。

ただ一人、帝国にいる兄にだけ真実を伝えられた。

今は、名前と髪色を変え、公爵領の物資保管所の所長として新たな生活を送っている。機密書類が多く取り扱われているせいか、この場所は保管所というよりも、まるで小さな城塞のようだ。鉄壁の守りが施され、誰もが近寄りがたい空気をまとっている。まさに、守りの要塞と呼ぶにふさわしい環境だ。

さて、俺はなぜ死んだことにされたのか?

公爵家は準王族にあたるため、離婚となると実にややこしい事情が絡むのだと聞いた。詳細を説明されたものの、頭の中にはさっぱり入ってこなかった。

俺の今後の立場、閣下の面子、帝国との関係、そして貴族間のパワーバランス……様々な要素が複雑に絡み合っているらしい。

しかし、理解できたのは一つだけ。高位貴族の離婚がいかに難しいかということ、そして閣下アレンは自分と別れることで、俺にとってより幸せな第二の人生を送ってほしいと願っている、ということだ。

だから、離別ではなく死別にするほうが、誰にも迷惑が掛からず、何かとスムーズに進むという。なるほど、実に効率的な解決策だね? これもまた、貴族の世界ならではの苦労というやつか。

公爵家の分家筋に養子縁組してもらい、髪色は以前より濃い黒に近い茶色に変えて、男爵家三男、エデン・シュリーブとして第二の人生を楽しんでいる。
今は閑職だが読書三昧だし給料も安定しているから、のんびり気楽でとてもいい……まさに俺の理想の生活だよ。


そして、びっくり! 俺に恋人ができた!

なんと、俺の専属従者(兼護衛)であったマルセルである。

彼はライアン・リードの元恋人だ。最近まで付き合っていたはず……と思っていたのだが……。

驚いたことに、マルセルは処女だという……童貞ではないらしいが。確かめようのない自己申告だけど。

王城に勤めていた時に、とある貴族にしつこく言い寄られ、あやうく強姦されそうなところをライアンに助けてもらい、今後の貞操を守るため表向き彼の恋人の一人にしてもらったらしい。

たとえ王族であっても、国一番の高魔力者ノーブルであり、国王陛下からの覚えがめでたいライアン・リードの恋人に、手を出せるバカはいない。

ライアンとマルセルの間には一切身体の関係はなく、お互い恋愛感情もなかったそうだ。


そう、よくよく考えてみたら、ここ数年――。

王城に仕える従者や、身分の低い文武百官たちからの、性被害の訴えが大幅に減っている、と閣下アレンが言ってたな。

そして、そういった被害者たちの望まれない妊娠の話も、ぱったりと聞かなくなったらしい。

ライアン・リードの山ほどいる恋人たちって、もしかして……?!

―――そう思うのは、考えすぎだろうか?



***



アレン公爵閣下は、妻の死の悲しみを乗り越え、今は独身を謳歌していると公言している。

俺の願い通り、彼は愛する人と結ばれた。

でもライアンとの結婚の予定はないらしい。
高魔力者ノーブルの一夫多妻は奨励されているはずなのだが。


そして俺の事は元妻ではなく、ただの友人兼弟?のような存在と思っているようで……。

たまにお茶に誘われ、「君は、最近どうなんだ?」なんて聞かれる。

俺はいつも、「楽しくてとても充実しています」と、答えるのだが……充実してるのは主にマルセルとの性生活セックスが……とまでは言えない。つい、ぽろっと言いそうになるのだけど。

閣下ってまるで兄のような包容力があるから、ついつい何でも話してしまいそうになるんだよね、危ない、危ない……。



そして、今日は以前から楽しみにしていたデートだ。
マルセルと手を繋いで街を歩く、というのをやってみたかったのだ!

公爵領の城下町は、朝から活気に満ち溢れていた。
広場には色とりどりの果物や野菜が山積みにされ、太陽の光を浴びて鮮やかに輝いている。

朝市には商人たちが列をなし、威勢の良い声で品物を売り込み、道行く人々の表情は明るい。豪奢な布で飾られた露店には、民芸品も並び、技巧を凝らした細工が施された木彫りの小物や織物が旅人の目を引いている。交易も盛んそうだな。

「わぁ、素晴らしい街だね?」

「はい、ここはわが国で最も豊かな領都でございます。」

公爵夫人のときは、城下町ここには来れなかったんだ……護衛が大変になるからと、あまり外には出られなかったから。こんなに素晴らしいのなら、無理を言ってでももっと早くに来ればよかった、かな。

ここは笑顔が溢れ、飢えや不安の影はどこにも見当たらない。

そして、街を見下ろす公爵領の居城は立派で、まるで堅牢な城塞だ。あの石壁の高さには、俺も最初びっくりしたよ。外敵なんか寄せ付けないって威圧感が半端じゃない。

俺、あの中で三年間も住んでたんだな。

公爵領ここの居城って、もしかして凄い?」

「はい。国で一番の歴史的建造物でございます」

「ふ~ん、一番なんだぁ」

「はい、王城に次いで、ですが」

「……治安も良さそうだね?」

「もちろんです」

兵士たちが街中を巡回してるけど、ただの警備じゃなくて、街人まちびとたちと冗談を交わしてる。

平和で、なんていうか、ほっとする光景だ。

閣下アレンが治める公爵領は、物資も豊かで、俺たちは何の不自由もなく暮らしている。そんな豊かさを、この朝のにぎやかさが象徴してる気がするんだよな。

「ふふふ…」

ああ、楽しいな。
胸の奥から、幸福感が込み上げてくる。

「好きだよ、マルセル」

「はい。私もです。イーデン様」

ああ、もう楽しくて仕方がないや。

「ねえ、マルセル。買い物って何を買うの?」

「…それは…」

「ん?」

あれ、なんだかバツが悪そうに見えるぞ。

「なに?なに、なに、なにぃ?」

「それは、あの…」

「うん?」

「大きな三面鏡です」

「へ?」

「三面鏡の前で…」

え、それって…?!

「今夜は、大きな鏡の前で…」

うん?…まさか…?!

「たくさん、愛し合いましょう」

「えっと…」

「合わせ鏡に映ったたくさんの私が、同じく鏡に映るたくさんのイーデン様を、たくさん、たくさん、見ていてあげますからね?」

「やめてぇ、それぇ。お願いだから言わないでぇっ」


そんなことを言いながらも、きっと今夜は激しく愛し合うのだ。
もちろんご想像どおり、俺が抱かれる側だ。

マルセルが俺の肩を抱き寄せて、頬に羽のようなキスをする。そして手の甲にもキスをして、恋人繋ぎする。

ああ、幸せだなぁ。

「さぁ、行きましょうか」

「うんっ」

「続きは、帰ってから…ですよ?」

「…うん♡」

もう、マルセルったら、そんなこと言うから、勃ってきたじゃないか。

だけど間違いなく俺は、今夜の情事を楽しみにしている。

誰かを心から愛することが、これほどまでに素晴らしいものだとは思いもしなかった。いままでそれを知らずに過ごしてきた自分が、まるで別人のように思えてくる。

だが、今こうしてこんな感情を抱けるのは、ひとえに閣下アレンの深いご配慮のおかげだ。閣下アレンのおかげで俺はこうして、愛の温もり、心の満たされる感覚を知ることができた。


前世でも今世でも、愛が、これほどまでに人生を豊かにするものだとは、想像もできなかった。





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