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2. 承諾してくれた、だとぉ?!
しおりを挟む俺は閣下に、夢で女神にお会いしたこと、もうすぐ死ぬことを、正直に話した。
そして俺の死後は、どうか愛する人と結ばれて、幸せに生きてほしい、と。
「……わかった……」
そう言ってくれた時の彼の顔は、とても悲しげだった。
いつの間にか冷めた紅茶が温かいものに変えられている。
さすが、従者のマルセルは仕事が早いな。いつもこっちが気付かないうちにぱぱっと仕事するんだ。
「あ、マルセル。焼き菓子も、もらえるかな?」
「かしこまりました、イーデン様。閣下の分もお持ちいたしますね?」
「ああ、頼む。私は手で摘まめるものを戴こう」
俺の専属従者兼護衛のマルセルは、普段メガネをかけ、前髪で目を隠した地味な見た目をしている。どうやら「従者は目立たない方がいい」と本人なりに考えて、わざとそうしているらしい。
だが、よくよく見れば、彼の顔立ちは驚くほど整っているし、その鋭い双眸は他に類を見ないほど印象的だ。
気配を消して、相手の記憶に残らないように振る舞っているようだが、俺は初めて彼に会った瞬間から、その力強い茶色の瞳が気に入っていた。
確かこのマルセルも、ライアン・リードの恋人だ。
ライアン・リードというのはこの国では超・有名人!
そして、彼こそが、アレン閣下の元カレ!
俺と結婚する前からずっと、閣下が愛する唯一の存在。
彼は、リード伯爵家の当主で、見事な紫色の髪と瞳を持つ、高魔力者。
そして、彼の妻(もちろん男)はエルフで、同じく高魔力者らしい。
夫婦そろって、数々の伝説を残している。
以前は子爵だったのだが、あまりに多くの功績をあげたため、2年前に伯爵へと陞爵した。
まだ20歳だというのに、伯爵家当主として敏腕を振るっている。俺よりも年下なのに、なんて立派なんだ、信じられない。
この世のものとは思えぬほどに美しく強い。魔法の名手だ。
やっぱり、高魔力者だからかな?
この世界では体内魔力量の多い者が、必然的に孕ませる側になる。
精子が卵子まで届き受精できるように、そしてお相手の体内の受精卵を無事に着床させるために、タチ側が大量の魔力を使うからだ。
そのためか魔力量が高ければ高い者ほど、外見も頭脳も身体能力も魔法の才も、比例して高く、……異常なほどにモテる。
ライアン・リードも例外なく、あらゆる能力が高くて、いわゆるチートだ。
こんなに完璧なキャラクター、原作にはいなかったはずなんだけど、もしかしたら俺がゲームを全クリしていなかったから気付かなかったのかもしれない。
彼は領地経営だけでなく、戦闘にも秀でており、なんと一人で災害級の魔獣を何万匹も倒せるらしい。何万匹だって? 1匹でも国が滅びかねないというのに…、その桁外れな強さに呆然としてしまう。
そしてライアン・リードは性にも奔放で。
俺の聞いた限り、彼には王都を含む大都市のあらゆる場所に数多の恋人がいる。
国の騎士たちや文官たちとも恋愛関係を築いていて、王城の従者や従僕たち、さらには神殿の神官見習いまで、やはり複数の恋人がいるらしい。そして冒険者たちとも恋人関係にあるという。まさに彼の恋愛関係は、複雑極まりない。
性交りすぎだろ、ライアン・リード?!
しかもお相手は美形ばかりだと? う、うらやましい。
この世界では高魔力者は、複数の恋人・伴侶を持つことが義務とされている。義務というよりは、奨励に近い。
でも、彼は社交シーズンの数か月しか王都にいないのに、どうやってそんな膨大な数の恋人と出会い、愛し合うのだろうか?
身体がいくつあっても足りないだろうな。
国としては、高魔力者には、色恋に熱心であってほしいので、彼が恋多き貴人であるのは大歓迎のはず。
本人にお会いしたことはないのだけれど、絵姿は見たことがある。実際、絵にも描けない美しさ、であるらしいが。でもさぁ、まるでマンガや物語の主人公みたいで、いまいち現実味がないんだよなぁ…。
そんなことを考えていると、アレンが真剣な表情で俺を見つめていた。
「君の事は、私なりに、大切に思っていたよ」
「…はい。俺もです」
うぅ、ダメだ。
しんみりとした空気になる前に伝えなくちゃ!
でも、呆れられるだろうか?それとも、怒られるかな?
それでも、死ぬ前に俺は、なんとしても叶えたいことがあった。
……せっかく異世界に転生したのだから。
「閣下、実は俺…。…お願いがあるんです」
意を決して、その言葉を口にする。
「ん?何かな?」
心臓が高鳴る。勇気を振り絞って、俺の最期の願いを伝えよう。
「アレンが愛する人に抱かれている姿を、この目で見たいんです!」
「な、なに…を…」
「たとえば、ライアン・リード伯爵とか?!」
「…イーデン…」
アレンは俺と結婚する前の数年間、ライアン・リードと付き合っていた…らしい。実際に二人でいるところを見たことはないけれど、有名な話だ。
ライアンは高魔力者だから、おそらく閣下が、抱かれる側だと思う。
俺との結婚が決まると同時に別れたらしいが、きっと、今でも閣下はライアンのことが好きなんだろうな。
だって、結婚してからまだ一度も、俺の事を抱いてくれたことはないのだからね。
でも、それで良かったと今になって思う。
俺は、前世はちょっと腐った男子だったから、GLもBLも好きで良く読んでいた。
その俺が滾る属性というのが、
『ライアンみたいなキレイ系ハイスペ攻め × アレンのような知的で温厚な長身イケオジ受け』
そう、この二人のカップリングは最高だ!
もしかして、俺にはネトラレ願望があるのだろうか?自分でもよく分からない。
でもアレンがあのライアン・リードに抱かれている姿を想像するだけで、この性的に淡白な俺でさえ、猛烈に興奮するのだ。それがどうしてなのかは、俺にも全く分からない。
「イーデン、君って意外と…」
アレンは少し驚いた顔をする。うん、想定内だ。
「意外と、性嗜好は、変態だったんだね……?」
そう言われても、別に気にしない。
だってこれが俺の今世で最期の望みなんだから。
アレンはしばらく逡巡したが、「分かった」と、承諾してくれた。
え、え、えーーっ?!
しょ、しょ、承諾してくれた、だとぉぉっ?!
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