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1話――戻った時間と回想――
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「はっ……!?」
ここは……? 私は、死んだはずじゃ……?
左右を見回すと見覚えのある部屋の中にいるのが分かった。
もしかして、今までのは夢?
いいや、違うわ。
断頭台の刃が首を通過する感覚が生々しく残っている。
首をさすりながら鏡の前に立つ。
鮮やかな金髪に整いながらも少し吊り上がっている目。
鏡に映っていたのは処刑される10年前の私だった。
「嘘……、過去に戻ったの……?」
――気が、動転してしまいそうだ。
起きていることに理解が付いていかないけれど、一旦整理しましょう。
◆
「さあ! とっとと歩け!」
縄で手を縛られて、まるで奴隷かのように連行されている。
体の至る所には鞭の痕。手首に食い込んでいる縄の痛みは嫌でも私の立場を分からせた。
そう、全ては私が悪いの。
靴もなく素足で地面を歩く感覚は私の過去を思い出させた。
8歳の春に私のお母様が侯爵様と結婚して侯爵家に入ることになった。その日を食つなぐことだけで精一杯だった私は大いに喜んだ。お母様も泣いて喜んでいた。
ただ、その待ち望んだ幸せの最中であった12歳の冬にお母様が病との長い戦いの末、死んだ。
お母様が亡くなって落ち込んでいる私にも妹のアリスは優しく接してくれた。
ある日、私の専属のメイドであるマールから悲しい事情が伝えられた。
妹――アリスからいじめを受けている。と。
私は嘘だ、と否定した。ただ、焦りにも似た感覚が、あの優しいアリスが「そんなことをするはずがない」と言うことを戸惑わせ口を閉ざしてしまった。
するとマールはメイド服の下に隠れていて見えていない痣や生傷を私に見せて泣きながら懇願した――姉であるクレア様からアリス様へ、この痛みを少しでもいいから分からせてほしい。と。
今思えば、そこから私の中で何かが変わったのだろう。
最初はマールに言われるがままアリスに嫌がらせを始めた。
怯えるアリスの表情を見ると高揚感があり、それが私の性格を蝕んだのだろう。
徐々に嫌がらせを楽しむようになり、マールに言われずとも私から嫌がらせを行うようになった。
社交界デビューをしてからは嫌がらせの激しさは増した。私が考えなくても一緒にいる令嬢が考えてくれていたから。
密かに思いを寄せていた第一王子殿下がアリスと付き合っていると聞いたとき私はアリスを毒殺しようとした。
計画を立てて、毒を購入しようとしているところを取り押さえられてしまい、殿下の婚約者を殺害しようとした罪。度重なる嫌がらせの全てが私に罪となり返ってきた。
そして私は、今日――大衆の面前で処刑される。
断頭台へ拘束され大罪人である私の処刑を見ようと集まっている人混みの中にアリスがいるのが分かった。
あぁ、ごめんね。アリス。
喉が焼かれてしまい声を出すことすらできない。
最後に……最後に謝りたかった……。
「あっ、アリス。いくら君と言えど実の姉が処刑されるところは見ない方がいい」
「大丈夫ですの。クレアお姉さまに別れを告げさせて……?」
止めようとする殿下の手を振り払ってアリスが私の元へとやってきた。
アリス……。ごめんね……。
私の耳元で小さくアリスが囁いた。
「やっと、やっとこの時が来ました。全て教えてあげますよ。お姉さま」
今まで聞いたことの無い冷たい声。
そう……よね、恨み言を言われても仕方ないことをしたんですもの。
「初めて貴女とあの娼婦を見た時……反吐が出たの。そして思ったんですの、殺しちゃおうって」
アリス……? 嘘よね……?
「だって相応しくないでしょう? 下賤の血が、私の家に居るだなんて。だから初日から……あの娼婦――いえ、貴女の母親の食事に毒を盛り続けたの」
――長く苦しんでもらいたかったから少しずつだけどね。とアリスは続けた。
じゃっ、じゃあ、お母様は病気で亡くなったんじゃなくて……そんな……。
「くたばったときは精々したわ。同時に楽しみも湧きましたの、貴女をどう殺してやろうかって。どうせ殺すなら私が被害者であった方が周りの同情も引きやすい……簡単だったわ、貴女の食事に興奮剤を混ぜて食べさせるだけで済んだのですもの」
アリスは続ける。
「服用しすぎると暴力的になり、副作用で焦燥感。本当に簡単でした、貴女のメイドから私に虐められていると言わせれば、すぐに食いついたんですもの。メイド自体が私の手先って知らないで庇っているのは見ていて滑稽でしたわ!」
嘘だ、嘘だ嘘だ!
アリスは、アリスはそんなことするような子じゃあ……。
――ふと、頭に過った。
今まで私が好きになっていた男性は全てアリスに取られていたことを。
いつも、何が起きようと必ず私が悪くなることを。
「あら? 鈍い貴女でもようやく感づいたみたいね。そうよ、全て私が仕組んだの。国の平穏を脅かす悪女に仕立て上げて処刑する大義名分を得るためにね」
アリスが笑顔になる。
目は笑っておらず、冷たく私を見つめていた。
「ふふふっ、お姉様。そんな怖い目で見ないでくださる? 私は被害者ですの。悪女クレアに虐げられ続けたか弱い……か弱い女の子」
アリスの目から涙が零れる。
一筋、ほほを伝った。私も涙を流していた。
アリスが右手を上げると処刑人が動き出した。断頭台の刃を留めている紐へ剣が振りかざそうとされている。
嫌だ。いやだいやだ!
お母様と幸せに暮らしたかっただけなのに……どうして、どうして私がこんな目に合わないといけないの!?
あぁ、アリス。私は貴女を絶対に許さない。
こんなんじゃ死んでも死にきれない。
――神様。どうか、どうか私に慈悲を……。
「ふふっ、お姉様。私は――アリスは今とっても幸せです」
――その言葉を最後に私の意識と首は刈り取られた。
ここは……? 私は、死んだはずじゃ……?
左右を見回すと見覚えのある部屋の中にいるのが分かった。
もしかして、今までのは夢?
いいや、違うわ。
断頭台の刃が首を通過する感覚が生々しく残っている。
首をさすりながら鏡の前に立つ。
鮮やかな金髪に整いながらも少し吊り上がっている目。
鏡に映っていたのは処刑される10年前の私だった。
「嘘……、過去に戻ったの……?」
――気が、動転してしまいそうだ。
起きていることに理解が付いていかないけれど、一旦整理しましょう。
◆
「さあ! とっとと歩け!」
縄で手を縛られて、まるで奴隷かのように連行されている。
体の至る所には鞭の痕。手首に食い込んでいる縄の痛みは嫌でも私の立場を分からせた。
そう、全ては私が悪いの。
靴もなく素足で地面を歩く感覚は私の過去を思い出させた。
8歳の春に私のお母様が侯爵様と結婚して侯爵家に入ることになった。その日を食つなぐことだけで精一杯だった私は大いに喜んだ。お母様も泣いて喜んでいた。
ただ、その待ち望んだ幸せの最中であった12歳の冬にお母様が病との長い戦いの末、死んだ。
お母様が亡くなって落ち込んでいる私にも妹のアリスは優しく接してくれた。
ある日、私の専属のメイドであるマールから悲しい事情が伝えられた。
妹――アリスからいじめを受けている。と。
私は嘘だ、と否定した。ただ、焦りにも似た感覚が、あの優しいアリスが「そんなことをするはずがない」と言うことを戸惑わせ口を閉ざしてしまった。
するとマールはメイド服の下に隠れていて見えていない痣や生傷を私に見せて泣きながら懇願した――姉であるクレア様からアリス様へ、この痛みを少しでもいいから分からせてほしい。と。
今思えば、そこから私の中で何かが変わったのだろう。
最初はマールに言われるがままアリスに嫌がらせを始めた。
怯えるアリスの表情を見ると高揚感があり、それが私の性格を蝕んだのだろう。
徐々に嫌がらせを楽しむようになり、マールに言われずとも私から嫌がらせを行うようになった。
社交界デビューをしてからは嫌がらせの激しさは増した。私が考えなくても一緒にいる令嬢が考えてくれていたから。
密かに思いを寄せていた第一王子殿下がアリスと付き合っていると聞いたとき私はアリスを毒殺しようとした。
計画を立てて、毒を購入しようとしているところを取り押さえられてしまい、殿下の婚約者を殺害しようとした罪。度重なる嫌がらせの全てが私に罪となり返ってきた。
そして私は、今日――大衆の面前で処刑される。
断頭台へ拘束され大罪人である私の処刑を見ようと集まっている人混みの中にアリスがいるのが分かった。
あぁ、ごめんね。アリス。
喉が焼かれてしまい声を出すことすらできない。
最後に……最後に謝りたかった……。
「あっ、アリス。いくら君と言えど実の姉が処刑されるところは見ない方がいい」
「大丈夫ですの。クレアお姉さまに別れを告げさせて……?」
止めようとする殿下の手を振り払ってアリスが私の元へとやってきた。
アリス……。ごめんね……。
私の耳元で小さくアリスが囁いた。
「やっと、やっとこの時が来ました。全て教えてあげますよ。お姉さま」
今まで聞いたことの無い冷たい声。
そう……よね、恨み言を言われても仕方ないことをしたんですもの。
「初めて貴女とあの娼婦を見た時……反吐が出たの。そして思ったんですの、殺しちゃおうって」
アリス……? 嘘よね……?
「だって相応しくないでしょう? 下賤の血が、私の家に居るだなんて。だから初日から……あの娼婦――いえ、貴女の母親の食事に毒を盛り続けたの」
――長く苦しんでもらいたかったから少しずつだけどね。とアリスは続けた。
じゃっ、じゃあ、お母様は病気で亡くなったんじゃなくて……そんな……。
「くたばったときは精々したわ。同時に楽しみも湧きましたの、貴女をどう殺してやろうかって。どうせ殺すなら私が被害者であった方が周りの同情も引きやすい……簡単だったわ、貴女の食事に興奮剤を混ぜて食べさせるだけで済んだのですもの」
アリスは続ける。
「服用しすぎると暴力的になり、副作用で焦燥感。本当に簡単でした、貴女のメイドから私に虐められていると言わせれば、すぐに食いついたんですもの。メイド自体が私の手先って知らないで庇っているのは見ていて滑稽でしたわ!」
嘘だ、嘘だ嘘だ!
アリスは、アリスはそんなことするような子じゃあ……。
――ふと、頭に過った。
今まで私が好きになっていた男性は全てアリスに取られていたことを。
いつも、何が起きようと必ず私が悪くなることを。
「あら? 鈍い貴女でもようやく感づいたみたいね。そうよ、全て私が仕組んだの。国の平穏を脅かす悪女に仕立て上げて処刑する大義名分を得るためにね」
アリスが笑顔になる。
目は笑っておらず、冷たく私を見つめていた。
「ふふふっ、お姉様。そんな怖い目で見ないでくださる? 私は被害者ですの。悪女クレアに虐げられ続けたか弱い……か弱い女の子」
アリスの目から涙が零れる。
一筋、ほほを伝った。私も涙を流していた。
アリスが右手を上げると処刑人が動き出した。断頭台の刃を留めている紐へ剣が振りかざそうとされている。
嫌だ。いやだいやだ!
お母様と幸せに暮らしたかっただけなのに……どうして、どうして私がこんな目に合わないといけないの!?
あぁ、アリス。私は貴女を絶対に許さない。
こんなんじゃ死んでも死にきれない。
――神様。どうか、どうか私に慈悲を……。
「ふふっ、お姉様。私は――アリスは今とっても幸せです」
――その言葉を最後に私の意識と首は刈り取られた。
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