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第一章
暗雲
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中庭は賑やかなホールとは打って変わり、噴水から流れる水の音だけが聞こえるほどに静かだった。美しく手入れされた庭のベンチに腰掛けると、剥き出しの肩を冷たい風がなぞる。少し寒くて、リディアは身体をぶるりと震わせた。
「リディア様、これをどうぞ」
そう言ってアロイスは自分の肩にかけていたマントを外してリディアに羽織らせた。ほんのりと、アロイスの付けているムスクの香りがする。
「ありがとう、アロイス。貴方はホールに戻っていてもいいのよ?せっかく美味しいご馳走だってあるのだから」
「リディア様を放り出して食べれませんよ」
「ふふ、そうよね。貴方は私の騎士だもの」
リディアが小さく笑うと、目の前に立っていたアロイスが跪いた。リディアの手を取り、真正面から目をじっと見つめる。
「リディア様、どうかこの結婚を考え直してはくれませんか?」
「やだわ、貴方までフローレンシアと同じ事を言うの?私は……」
「俺は本気です。貴女にエドマンド様と結婚してほしくありません」
アロイスの真剣な様子に、てっきり冗談かと思っていたリディアの顔に困惑の色が浮かぶ。
「……どうして?理由は?」
「無礼は承知の上です。しかし……俺はリディア様を愛しています」
アロイスからの思わぬ告白にリディアは驚き、目を見開いた。
「心の奥底にしまっておこうと思いました。貴方の騎士でいられるならばこれ以上は望むまいと、しかし、やはりできそうにもありません」
「やめて」
「先ほどのエドマンド様を見て、思いました。貴女はこのままではきっと幸せになれない。だったら……!」
「やめてちょうだい!」
思わず立ち上がり、リディアはアロイスの言葉を遮った。
「……貴方の気持ちは嬉しいわ。でも、貴方は私の騎士なのよ。騎士たるもの、主君に忠義を捧げこそすれ、恋心をもつなんてもっての他だわ。それに、私がエドマンドの婚約者で、私がどんな思いでこの日を待っていたのか、貴方は知っているはず。なのにどうして、今そんな事を言うの?」
リディアは先ほどアロイスがかけてくれたマントを脱ぐと、アロイスに突き返した。
「撤回なさい。今なら、なかったことにしてあげるから」
「それは無理です」
「アロイス!」
「本当にエドマンド様が今日、貴方にプロポーズをされるとお思いですか?」
「なっ……」
「リディア様も気づいているのではないですか?今日のエドマンド様、少し様子がおかしかったでしょう」
「……アロイス、貴方なにか知っているの?」
「それは……」
アロイスは苦しそうな表情をして俯く。リディアは混乱していた。一体何が起こっているのかわからない。
「……もういいわ。とりあえず、先程の事は忘れてあげます。貴方も普通にして。こうなったら、私がエドマンドに直接聞きに行くわ」
「リディア様!」
手を力強く引っ張られ、リディアの身体が後ろへと傾ぐ。バランスが崩れ、思わず倒れそうになったところをアロイスがしっかりと抱きとめた。
「も、申し訳ありません」
「い、いいから、離してちょうだい」
リディアはアロイスから離れようとしたが、アロイスはリディアを離さない。こんな風に男性に抱きしめられるのはリディアにとって初めてで、心臓が今にも破裂しそうだった。勝手に頬に熱が集まっていくのがわかる。どうすればいいのかわからず、身体はすっかり硬直していた。
「エドマンド様の御心はもう貴女にはありません」
「それは、どういう……こと?」
思わず振り返る。アロイスの言葉を聞いて、胸がまるで刺されたように痛んだ。
「先程でお分かりになったでしょう?エドマンド様は……」
「そこで、二人とも何をしているんだ?」
怒りを滲ませた冷たい声が響く。
リディアが後ろを振り返ると、そこにはエドマンドが立っており、こちらを怒りと悲しみが混じった表情で見つめていた。
「リディア様、これをどうぞ」
そう言ってアロイスは自分の肩にかけていたマントを外してリディアに羽織らせた。ほんのりと、アロイスの付けているムスクの香りがする。
「ありがとう、アロイス。貴方はホールに戻っていてもいいのよ?せっかく美味しいご馳走だってあるのだから」
「リディア様を放り出して食べれませんよ」
「ふふ、そうよね。貴方は私の騎士だもの」
リディアが小さく笑うと、目の前に立っていたアロイスが跪いた。リディアの手を取り、真正面から目をじっと見つめる。
「リディア様、どうかこの結婚を考え直してはくれませんか?」
「やだわ、貴方までフローレンシアと同じ事を言うの?私は……」
「俺は本気です。貴女にエドマンド様と結婚してほしくありません」
アロイスの真剣な様子に、てっきり冗談かと思っていたリディアの顔に困惑の色が浮かぶ。
「……どうして?理由は?」
「無礼は承知の上です。しかし……俺はリディア様を愛しています」
アロイスからの思わぬ告白にリディアは驚き、目を見開いた。
「心の奥底にしまっておこうと思いました。貴方の騎士でいられるならばこれ以上は望むまいと、しかし、やはりできそうにもありません」
「やめて」
「先ほどのエドマンド様を見て、思いました。貴女はこのままではきっと幸せになれない。だったら……!」
「やめてちょうだい!」
思わず立ち上がり、リディアはアロイスの言葉を遮った。
「……貴方の気持ちは嬉しいわ。でも、貴方は私の騎士なのよ。騎士たるもの、主君に忠義を捧げこそすれ、恋心をもつなんてもっての他だわ。それに、私がエドマンドの婚約者で、私がどんな思いでこの日を待っていたのか、貴方は知っているはず。なのにどうして、今そんな事を言うの?」
リディアは先ほどアロイスがかけてくれたマントを脱ぐと、アロイスに突き返した。
「撤回なさい。今なら、なかったことにしてあげるから」
「それは無理です」
「アロイス!」
「本当にエドマンド様が今日、貴方にプロポーズをされるとお思いですか?」
「なっ……」
「リディア様も気づいているのではないですか?今日のエドマンド様、少し様子がおかしかったでしょう」
「……アロイス、貴方なにか知っているの?」
「それは……」
アロイスは苦しそうな表情をして俯く。リディアは混乱していた。一体何が起こっているのかわからない。
「……もういいわ。とりあえず、先程の事は忘れてあげます。貴方も普通にして。こうなったら、私がエドマンドに直接聞きに行くわ」
「リディア様!」
手を力強く引っ張られ、リディアの身体が後ろへと傾ぐ。バランスが崩れ、思わず倒れそうになったところをアロイスがしっかりと抱きとめた。
「も、申し訳ありません」
「い、いいから、離してちょうだい」
リディアはアロイスから離れようとしたが、アロイスはリディアを離さない。こんな風に男性に抱きしめられるのはリディアにとって初めてで、心臓が今にも破裂しそうだった。勝手に頬に熱が集まっていくのがわかる。どうすればいいのかわからず、身体はすっかり硬直していた。
「エドマンド様の御心はもう貴女にはありません」
「それは、どういう……こと?」
思わず振り返る。アロイスの言葉を聞いて、胸がまるで刺されたように痛んだ。
「先程でお分かりになったでしょう?エドマンド様は……」
「そこで、二人とも何をしているんだ?」
怒りを滲ませた冷たい声が響く。
リディアが後ろを振り返ると、そこにはエドマンドが立っており、こちらを怒りと悲しみが混じった表情で見つめていた。
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