誰も知らない勇者の話

麻美

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誰もが知る勇者の話

誰も知らない弓士の話

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「よし、早いうちに10日後のことについて話しておこう」

 彼らが一同に会する時間極わずかである。夜があければハロルドは民の相手に、リアムは酒場の青年に、アリーチェは貴族のご機嫌伺いに戻らなければならない。
 アリーチェが持ってきた酒に合わせて取り出した酒場のつまみを手にハロルドが切り出した。
 そのつまみはリアムが酒場から勝手に取ってきたものであり、彼らは一銭も出していない。出す気もない。

「……これ、美味しくないわ。次からはもっと美味しい店で働いてくれない?」

   文句を言い出す始末である。

「美味しい店だと無銭飲食出来ないでしょう。あとこの店は店員の入れ替わりが激しいので短期で一人入っても目立たないんですよ。そういう店はどうしても商品自体の質が落ちますから我慢してください。」

   応じるリアムのフォローも店を擁護するものではない。あくまで自分を擁護するものである。

「リアムがもっと変装なりなんなりすれば済む話じゃない。弓持ち歩いてないからって油断しすぎじゃない?」

「変装云々の問題ではないんです。変装したところで短期でやめて噂が立てられるようなところは避けないといけないのが分かりませんか?」

「おい、言い争いは本題が終わってからにしろ。何のために集まったと思ってる」

 ハロルドが酒の容器を置く音が深く響き、二人の言い争いを止めた。

「一回でもしくじったら俺たち全員打ち首は免れないんだ。国王謁見の前くらいおとなしくしてくれ。」

 国王謁見――様々な特権を与えられている勇者一行に課せられた義務の一つ。本来なら勇者本人が行わなければならないそれを、定期的に一行が代わりにこなしている。話の内容はもっぱら勇者の現状であったり、魔王軍の残党との戦況などである。
 国を救った勇者に会えず、一行に批判的な貴族も多い。謁見での立ち振る舞いが、一行のこれからの立場に深くかかわってくるのだ。

「勇者に会えないだけで批判的な奴も多いんだ。そのうえで俺たちの秘密が漏れてみろ。次は俺たちが魔王扱いされるぞ。」

 魔王が倒されてからずいぶん経つが、まだ復興は思うように進んでいない。勇者がいなくなれば、まず一番近くにいた一行が疑われる。
 国民は勇者が最初からいないなんて微塵も考えていないのだから。


「……リアムに関してはあながち間違ってない気もするけど。」

 一口酒を飲み、アリーチェが呟いた。先ほどとは対照的に静かに苦笑するリアム。


「いやですね、僕は家を出た身ですから。もう魔王ちちうえとは関係ありません。この国の民です。」



勇者一行が一人、弓士リアム。
彼の父は魔王であった。
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