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誰もが知る勇者の話
誰も知らない一行の話
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街も寝静まった真夜中。鎧を脱ぎ、フードを深く被った男がひっそりと街を歩く。
大通りを歩いているが、その男を見る住人はいないだろう。
街灯はなく、並ぶ店の光もほとんど消えてしまっている。
傍目からは黒い影が通り過ぎたことに気づくのも難しいだろう。
そんな中、一軒の小さな酒場の窓から淡い光が漏れていた。
カラン、と音を立てて酒場のドアが開く。
音を聞き、振り向いた黒髪の優男。
「申し訳ないんすけど、今日の営業は――って貴方ですか、ハロルド。」
「お前、そんな話し方もできたんだな。入る店を間違えたかと思ったよ。」
ノスの夜は寒い。そこに住む人は寒さを凌ぐ――という名目のもと、酒場に集まり騒ぎ立てる。午後から開く酒場の多くが、日付の変わる頃に客を追い出し、店じまいをする。
「話し方と髪型、それに服を変えておけばそうそう気づかれませんからねぇ、僕が勇者一行サマだなんて。弓を持ってないとはいえ、得に顔をいじった訳ではないのに。そんなことにも気づけないから魔王に襲われるんですよ、ここの民は。」
前髪を留めたピンを外し、愛想笑いをやめると、優男という印象は途端に消え失せる。
「そういうな、リアム。」
入口近くの椅子に腰を下ろすハロルド。
すかさずリアムが酒を置く。
片手を上げて礼をいうと、フードの男は一気に容器の中を空にした。
「馬鹿な国民もたくさんいる国なんだよ。わざわざ生活費を削ってオレの所に来る老夫婦とか。」
「貴方もなかなかトゲのある言い方をしますね。貴方を訪れる国民に馬鹿だなんて形容するとは」
酒の入ったボトルを持って正面の椅子に腰掛けるリアム。
毎日のように飲む国民のために、この地域の酒は安く、薄い。
「1組くるだけで交通費を渡さないといけないのが痛い出費なんだよ。地元で大人しく祈りでもなんでもしてくれればいいのに。」
老夫婦に渡した交通費だけで7日はノスの酒を浴びるように飲める。そしてその交通費は勇者の友人からの〝お礼〟として勇者一行が出しているのだ。国から予算がおりないことを見越したハロルドの提案である。
「慈悲深く、寛大であるべき勇者の仲間のいうセリフではありませんよ。」
営業用の笑顔を浮かべて話す酒場の男。そういう馬鹿な国民がこの国の大きな割合を占めている、なんて言葉からは慈悲深さは一切感じられない。
「それにしても、あの詐欺師が来ないな。いつもすぐ来るのに。」
「確かに今日は遅いですね。どこぞの被害者に訴えられているのではないですかね。」
開いた酒のボトルを蹴って店の奥に転がしながらぼやく。
普段のハロルドはそんなことをしないだろうが、今日の彼は疲れ、酔っていた。
その様子を止めるでもなく、リアムは自分のボトルを飲み続ける。
その時、閉めたはずの窓にかかったカーテンが揺れた。
「酷い言い方ね、詐欺師だなんて。」
大通りを歩いているが、その男を見る住人はいないだろう。
街灯はなく、並ぶ店の光もほとんど消えてしまっている。
傍目からは黒い影が通り過ぎたことに気づくのも難しいだろう。
そんな中、一軒の小さな酒場の窓から淡い光が漏れていた。
カラン、と音を立てて酒場のドアが開く。
音を聞き、振り向いた黒髪の優男。
「申し訳ないんすけど、今日の営業は――って貴方ですか、ハロルド。」
「お前、そんな話し方もできたんだな。入る店を間違えたかと思ったよ。」
ノスの夜は寒い。そこに住む人は寒さを凌ぐ――という名目のもと、酒場に集まり騒ぎ立てる。午後から開く酒場の多くが、日付の変わる頃に客を追い出し、店じまいをする。
「話し方と髪型、それに服を変えておけばそうそう気づかれませんからねぇ、僕が勇者一行サマだなんて。弓を持ってないとはいえ、得に顔をいじった訳ではないのに。そんなことにも気づけないから魔王に襲われるんですよ、ここの民は。」
前髪を留めたピンを外し、愛想笑いをやめると、優男という印象は途端に消え失せる。
「そういうな、リアム。」
入口近くの椅子に腰を下ろすハロルド。
すかさずリアムが酒を置く。
片手を上げて礼をいうと、フードの男は一気に容器の中を空にした。
「馬鹿な国民もたくさんいる国なんだよ。わざわざ生活費を削ってオレの所に来る老夫婦とか。」
「貴方もなかなかトゲのある言い方をしますね。貴方を訪れる国民に馬鹿だなんて形容するとは」
酒の入ったボトルを持って正面の椅子に腰掛けるリアム。
毎日のように飲む国民のために、この地域の酒は安く、薄い。
「1組くるだけで交通費を渡さないといけないのが痛い出費なんだよ。地元で大人しく祈りでもなんでもしてくれればいいのに。」
老夫婦に渡した交通費だけで7日はノスの酒を浴びるように飲める。そしてその交通費は勇者の友人からの〝お礼〟として勇者一行が出しているのだ。国から予算がおりないことを見越したハロルドの提案である。
「慈悲深く、寛大であるべき勇者の仲間のいうセリフではありませんよ。」
営業用の笑顔を浮かべて話す酒場の男。そういう馬鹿な国民がこの国の大きな割合を占めている、なんて言葉からは慈悲深さは一切感じられない。
「それにしても、あの詐欺師が来ないな。いつもすぐ来るのに。」
「確かに今日は遅いですね。どこぞの被害者に訴えられているのではないですかね。」
開いた酒のボトルを蹴って店の奥に転がしながらぼやく。
普段のハロルドはそんなことをしないだろうが、今日の彼は疲れ、酔っていた。
その様子を止めるでもなく、リアムは自分のボトルを飲み続ける。
その時、閉めたはずの窓にかかったカーテンが揺れた。
「酷い言い方ね、詐欺師だなんて。」
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