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十二月、雪明かり(上)
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時間に余裕があれば顔を出すとマスターと約束したは良いが、結局その暇もなく時は流れ、本来の約束であるクリスマスイブを迎えた。
その間にも雪は降り積もり、辺りは一面の雪景色になっていた。
風美鶏へ入る砂利道も例外ではない。
日が落ちた後ということもあり、目印である看板を見付けるのでさえ一苦労だった。
足跡も何もない道を、感覚だけを頼りに進む。
大きな道から少し逸れただけだというのに街頭や車のライトがないだけでここまで心細くなるものか。
携帯電話の光で周囲を照らすが、それだけではやはり心もとない。寺岡の行く先を照らすのは、周囲の雪に反射する僅かな月の光だけだった。
それでも、どうにかこうにか道を外れずに風美鶏の建物が見える所まで辿り着いた寺岡はホッと一息ついた。
「マスター、待たせたね」
入り口のドアを開けると同時に、良い香りがふわりと寺岡を包み込んだ。
いつも座るカウンターの席にはすでに二つの皿が並べられていた。
「いらっしゃいませ。良いタイミングで来てくださりましたね」
三つ目の皿をカウンターへ置こうとしていたマスターが顔だけを寺岡に向けて出迎える。
前に会ってから二十日ほどしか経っていないのに、マスターは更に歳を取ったように見えた。
枯れ枝のように痩せた手が痛々しく映る。
店内には相変わらず懐かしいレコードが流れ、薪ストーブが間接照明のように淡い光を放っていた。
寺岡はいつもの席に向かい、並べられた料理に目を向けた。
野菜がゴロゴロと入ったクリームシチュー。黄色い卵に赤いケチャップが鮮やかなオムライス。
そして、今ではあまり見かけなくなったチューリップチキン。持ち手にはアルミホイルが巻かれ、赤いリボンが結ばれている。
「懐かしいなぁ……」
思わずそんな言葉が漏れてしまった。
ちらりとマスターに目をやると、嬉しそうにニコニコしている。
「どうぞ、召し上がってください」
「それじゃあ遠慮なく。いただきます」
寺岡が真っ先に手を伸ばしたのはチューリップチキンだった。
塩コショウだけのシンプルな味付けながら柔らかく食べやすい。
今ではクリスマスメニューといえばフライドチキンが主流だが、その油が重たく感じられていた寺岡にも次々と食べ進められる一品だ。
次にシチューを一口頬張る。
牛乳の優しい味わいと共に野菜の味もしっかりと感じられた。
オムライスは上手く包めなかったのか卵がところどころ破けていた。見た目では他に少し劣るものの味は抜群に美味い。
「なんでだろうな、すごく懐かしい気がするよ」
「ふふふっ。デザートも用意してありますからね」
そう言ってマスターがちらりと覗かせたのは、イチゴが乗ったシンプルなショートケーキだった。だが、市販のものと違ってクリームが偏っていたりスポンジが崩れていたりとあまりにも酷い出来だ。
それを見た瞬間、寺岡の顔が驚愕で固まった。
「か、母さん……!?」
「お気付きになられましたか。これが寺岡さんの一番の思い出の料理、ですよね?」
あれは小学校低学年の頃のことだ。
冬休みが始まって時間を持て余していた寺岡少年は母親と一緒にクリスマスケーキを作った。
その時のケーキは今寺岡の目の前に出されたものとそっくりの出来だったのだ。
「実は、ですね……これは私にとっても思い出の年の料理なんですよ」
「ど、どういうことだい」
マスターはサラダを盛る深さのある皿を手に、寺岡の隣の席に座った。
「全てお話しすると約束しましたからね。今日はお隣に失礼しますよ」
マスターが持ってきたサラダ用の皿には、十個ほどのドングリが入っていた。
ドングリの帽子を外すと、ためらうことなく口へ放り込んだ。
アーモンドでも食べるかのようにカリポリと咀嚼するマスターに寺岡は呆気に取られた。
「……マ、マスター?」
「あぁ、寺岡さんは食べちゃダメですよ。人間には毒になることもあるようですから」
その間にも雪は降り積もり、辺りは一面の雪景色になっていた。
風美鶏へ入る砂利道も例外ではない。
日が落ちた後ということもあり、目印である看板を見付けるのでさえ一苦労だった。
足跡も何もない道を、感覚だけを頼りに進む。
大きな道から少し逸れただけだというのに街頭や車のライトがないだけでここまで心細くなるものか。
携帯電話の光で周囲を照らすが、それだけではやはり心もとない。寺岡の行く先を照らすのは、周囲の雪に反射する僅かな月の光だけだった。
それでも、どうにかこうにか道を外れずに風美鶏の建物が見える所まで辿り着いた寺岡はホッと一息ついた。
「マスター、待たせたね」
入り口のドアを開けると同時に、良い香りがふわりと寺岡を包み込んだ。
いつも座るカウンターの席にはすでに二つの皿が並べられていた。
「いらっしゃいませ。良いタイミングで来てくださりましたね」
三つ目の皿をカウンターへ置こうとしていたマスターが顔だけを寺岡に向けて出迎える。
前に会ってから二十日ほどしか経っていないのに、マスターは更に歳を取ったように見えた。
枯れ枝のように痩せた手が痛々しく映る。
店内には相変わらず懐かしいレコードが流れ、薪ストーブが間接照明のように淡い光を放っていた。
寺岡はいつもの席に向かい、並べられた料理に目を向けた。
野菜がゴロゴロと入ったクリームシチュー。黄色い卵に赤いケチャップが鮮やかなオムライス。
そして、今ではあまり見かけなくなったチューリップチキン。持ち手にはアルミホイルが巻かれ、赤いリボンが結ばれている。
「懐かしいなぁ……」
思わずそんな言葉が漏れてしまった。
ちらりとマスターに目をやると、嬉しそうにニコニコしている。
「どうぞ、召し上がってください」
「それじゃあ遠慮なく。いただきます」
寺岡が真っ先に手を伸ばしたのはチューリップチキンだった。
塩コショウだけのシンプルな味付けながら柔らかく食べやすい。
今ではクリスマスメニューといえばフライドチキンが主流だが、その油が重たく感じられていた寺岡にも次々と食べ進められる一品だ。
次にシチューを一口頬張る。
牛乳の優しい味わいと共に野菜の味もしっかりと感じられた。
オムライスは上手く包めなかったのか卵がところどころ破けていた。見た目では他に少し劣るものの味は抜群に美味い。
「なんでだろうな、すごく懐かしい気がするよ」
「ふふふっ。デザートも用意してありますからね」
そう言ってマスターがちらりと覗かせたのは、イチゴが乗ったシンプルなショートケーキだった。だが、市販のものと違ってクリームが偏っていたりスポンジが崩れていたりとあまりにも酷い出来だ。
それを見た瞬間、寺岡の顔が驚愕で固まった。
「か、母さん……!?」
「お気付きになられましたか。これが寺岡さんの一番の思い出の料理、ですよね?」
あれは小学校低学年の頃のことだ。
冬休みが始まって時間を持て余していた寺岡少年は母親と一緒にクリスマスケーキを作った。
その時のケーキは今寺岡の目の前に出されたものとそっくりの出来だったのだ。
「実は、ですね……これは私にとっても思い出の年の料理なんですよ」
「ど、どういうことだい」
マスターはサラダを盛る深さのある皿を手に、寺岡の隣の席に座った。
「全てお話しすると約束しましたからね。今日はお隣に失礼しますよ」
マスターが持ってきたサラダ用の皿には、十個ほどのドングリが入っていた。
ドングリの帽子を外すと、ためらうことなく口へ放り込んだ。
アーモンドでも食べるかのようにカリポリと咀嚼するマスターに寺岡は呆気に取られた。
「……マ、マスター?」
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