完全版・怪奇短編集

牧田紗矢乃

文字の大きさ
上 下
33 / 97
動植物ノ怪

六、霊樹

しおりを挟む
 その日、私は後ろめたさと大きな包みを抱えて帰宅した。
 これを持っていれば幸せになれるという言葉にそそのかされて、二十万円という大金を支払ってしまった。

 夫の不倫へのあてつけ、なんて言い訳が通用するだろうか。
 家庭の不和を言い当てられて動揺してしまったのだ。

 しかし、一人になって歩きはじめると次第に冷静さを取り戻してきた。
 そこへきて、自分のしてしまったとんでもない買い物に気が付いたのだった。

「おかえりー……って、何その包み」

 玄関先で私を迎えてくれた息子がぎょっと目を見開いた。
 私は答える代わりに包みを開けて見せる。
 そこに収まっていたのは、朽ちかけた木だった。

「霊樹さま。ご神木なんだって」

 息子はしかめっ面をしてご神木をつつく。
 その刺激だけでご神木の表面がぼろぼろと崩れ落ちた。

「ママ、これ絶対腐ってるよ」
「うん……」

 明らかな詐欺に遭ったのだと理解してそれまで以上に気分が沈む。
 その時、息子が小さく悲鳴を上げた。
 剥がれた表皮の隙間から、白くぶよぶよしたものが蠢いているのが見えた。虫食いだったのだ。

 ――捨ててこなきゃ。

 大枚をはたいてしまったので惜しい気もするが、虫の湧いた朽ち木は家に置いておけない。
 観念して捨てようとした時、ちょうど夫が帰ってきた。
 夫は木の中に巣くっている虫を見るなり、目を輝かせた。

「それ、逃がすなよ」

 一言言い残すと、夫は家を出て行った。

 間もなくして夫は腐葉土の袋を抱えて家に帰ってきた。
 空いていた衣装ケースに土を詰め、そこにご神木を横たえてさらに土を掛ける。
 仕上げに霧吹きで水をかけて満足そうに頷いた。

「何してんの?」
「クワガタ、見つけてきてくれたんだろ?」

 と目を輝かせる夫は、まるで少年のようだった。

「飼うつもり?」

 私が半ば呆れながら問いかけると、夫は当然とばかりに首を縦に振った。
 夫は小さい頃からクワガタを飼いたかったが、虫嫌いの義母がそれを許さなかったらしい。



 それ以降夫の生活は一変した。
 不倫相手と縁を切り、仕事が終わると真っすぐに家へ帰ってくる。

 自分の子供ですらまともに面倒を見なかった夫が熱心に虫の世話をする様子は不気味ですらあった。
 けれど、私がクワガタを盾に取ると多少面倒なお願いでも聞いてくれる。
 少々高い買い物ではあるが、本当にご利益があったようだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

血だるま教室

川獺右端
ホラー
月寄鏡子は、すこしぼんやりとした女子中学生だ。 家族からは満月の晩に外に出ないように言いつけられている。 彼女の通う祥雲中学には一つの噂があった。 近くの米軍基地で仲間を皆殺しにしたジョンソンという兵士がいて、基地の壁に憎い相手の名前を書くと、彼の怨霊が現れて相手を殺してくれるという都市伝説だ。 鏡子のクラス、二年五組の葉子という少女が自殺した。 その後を追うようにクラスでは人死にが連鎖していく。 自殺で、交通事故で、火災で。 そして日曜日、事件の事を聞くと学校に集められた鏡子とクラスメートは校舎の三階に閉じ込められてしまう。 隣の教室には先生の死体と無数の刃物武器の山があり、黒板には『 35-32=3 3=門』という謎の言葉が書き残されていた。 追い詰められ、極限状態に陥った二年五組のクラスメートたちが武器を持ち、互いに殺し合いを始める。 何の力も持たない月寄鏡子は校舎から出られるのか。 そして事件の真相とは。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

変貌忌譚―変態さんは路地裏喫茶にお越し―

i'm who?
ホラー
まことしやかに囁かれる噂……。 寂れた田舎町の路地裏迷路の何処かに、人ならざる異形の存在達が営む喫茶店が在るという。 店の入口は心の隙間。人の弱さを喰らう店。 そこへ招かれてしまう難儀な定めを持った彼ら彼女ら。 様々な事情から世の道理を逸しかけた人々。 それまでとは異なるものに成りたい人々。 人間であることを止めようとする人々。 曰く、その喫茶店では【特別メニュー】として御客様のあらゆる全てを対価に、今とは別の生き方を提供してくれると噂される。それはもしも、あるいは、たとえばと。誰しもが持つ理想願望の禊。人が人であるがゆえに必要とされる祓。 自分自身を省みて現下で踏み止まるのか、何かを願いメニューを頼んでしまうのか、全て御客様本人しだい。それ故に、よくよく吟味し、見定めてくださいませ。結果の救済破滅は御客しだい。旨いも不味いも存じ上げませぬ。 それでも『良い』と嘯くならば……。 さぁ今宵、是非ともお越し下さいませ。 ※注意点として、メニューの返品や交換はお受けしておりませんので悪しからず。 ※この作品は【小説家になろう】さん【カクヨム】さんにも同時投稿しております。 ©️2022 I'm who?

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

意味がわかるとえろい話

山本みんみ
ホラー
意味が分かれば下ネタに感じるかもしれない話です(意味深)

処理中です...