完全版・怪奇短編集

牧田紗矢乃

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日常ノ怪①

九、長靴

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 真っ赤な傘に、お揃いの長靴。得意げに傘を回して、本人も回る。
 どうやら新しい傘と長靴は娘のお気に召したらしい。

 とはいえここは室内だし、外は雨粒一つ落ちていない。むしろ、快晴と言ってもいい位の天気だ。
 そんなことはお構いなしで彼女はこのまま外へ出ようとパタパタと玄関へ駆けていく。

「ほらほら、その恰好じゃ公園で遊べないでしょ?」

 雨が降るまで待つように言って傘を畳み、長靴を脱がせた。
 娘はそれが気に食わなかったのか、大声で泣き叫び始めた。

「ママが泣き虫さん嫌いなのを知ってて泣いてるのかな? 泣き虫さんには傘も長靴も当たらないのよ?」

 私が悪戯っぽく言うと、娘はぴたりと泣き止んだ。

「あたち、なきむちじゃないもん!」

 娘は舌っ足らずに言うと、慌てて涙を拭い、笑顔を見せた。



 待ちに待った雨の日、大はしゃぎで娘は私の前をどんどん走って行った。
 車が来たら危ないよ、と注意して手を伸ばしたものの、その手をすり抜け彼女は車道に飛び出してしまった。

 クラクションとしばしの沈黙。
 私はどうすることもできなかった。



 泣き虫は嫌いだと言ったはずの私は、娘よりも泣き虫になっていた。
 ちょっとしたことで彼女のことを思い出してしまう。

「ごめんね、ママの方が泣き虫だったね……」

 語りかけても答えてくれる娘はもういない。

 雨の日にこだわらずに傘と長靴を使わせてあげれば、あんな事故に遭わず今も元気に笑ってくれていたのではないか。
 私が娘の言い分を聞き入れなかったばっかりにあの子は……――。

 私は後悔の日を送っていた。
 後悔を埋めるように、雨の日になると私は娘の傘を差し、長靴を持ってあの交差点に向かった。
 そして、交差点に花を供えてぽつりぽつりと娘に語りかける。

 通りすがる人は気持ち悪いものを見るような目で私を見た。
 けれど、そんなことはさして気にもならない。
 私は、娘がいつか姿を見せてくれると信じているから。
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