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百鬼夜行の最後尾

第35話 みぃちゃんは水玉模様

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 シャワーを浴びようといつものように浴室の戸を開けると、そこに先客がいた。
 ぴんと立った可愛らしい耳としなやかな尻尾。
 白地に薄ピンクの水玉模様が印象的な猫だった。

「えっ……」

 ちょこんとお座りするその猫の頭は私の腰くらいの高さにある。
 このサイズになるともはや虎だ。

「みぃ」

 水玉模様の大きな猫は、聞き覚えのある声で鳴いた。

「みぃみぃ」

 大きな身体に不釣り合いな子猫のような声を上げながら、ぐいっと頭を擦り寄せてくる。

「み、みぃちゃん?」
「みぃ」

 水玉模様のみぃちゃんは目をキュッと細める。
 そして、大きな頭で私をぐいぐいと押すとリビングまで追いやってしまった。

「みぃ!」

 みぃちゃんは一際大きな声で鳴いたかと思うと、テレビの前に置いていた時計をちょんとつついた。

「イタズラしちゃダメだよ~」

 実家にいた頃から使っていた愛着のある時計を壊されてしまわないように、みぃちゃんをなだめながら時計に手を伸ばした。

「みぃ!」

 時計から興味が逸れたのか、みぃちゃんは一声鳴いてカーテンを引っ張る。

「カーテンもダメっ!!」

 慌てて止めようとした私の網膜にまばゆい光が飛び込んでくる。
 そこで私は気付いた。

「今何時っ!?」

 大切に抱え込んだ時計に目を落とすと、時刻は八時二十五分。
 うちから伏木ふしぎ分室までは急いでも十分は掛かるから八時半の始業に間に合わない!

「やばぁぁぁぁぁぁい!!!!」



「……遅れました。すみません!」

 伏木分室に着いてすぐ、小津骨おつほねさんを見つけた私は頭を地面に擦り付ける勢いで土下座した。

「別にいいのよ! そんなに厳密に時間を測って働いてるところでもないし」

 それはそうなんだけど……。
 ケガで休んだり、みんなに代わりに怪奇レポートを書いてもらったり、なんだか最近の私は勤務態度が不真面目に見られそうなことばかりしている気がする。
 その上で遅刻だなんて、これじゃ来年の推薦が取り消されるかもしれないじゃん!!

「あっ! いたっス!!」

 こぶしひとつぶんくらいの幅の棚の隙間に手を突っ込んでいた真藤しんどうくんが嬉しそうな声を上げ、綿埃の塊を引きずり出した。

「今キレイにしてあげるっスよ~」

 ご機嫌で化粧室の方へ行くけど、彼はいったい何を??
 私たちが首をかしげていると数分して今度は泣き顔になった真藤くんが帰ってきた。

「み、みぃちゃんが溶けたっス~」

 ドロドロになった埃の塊を見せられて思わずドン引きする女性三人。

「みぃちゃんってそんなのだった?」
「全然違うと思います」
「もっと可愛かったですよね」

 私たちがうんうんと頷き合っていると、真藤くんが拗ねたように口を開いた。

「見えないクセにわかるんスか」
「見えなくても埃かみぃちゃんかはわかるわよ」
「あっ、あの、それが……」

 遅刻の言い訳をするなら今しかない。
 この好機を逃すまいと私はみんなを連れて伏木分室の外に出た。

「みぃちゃーん!」
「みぃ!」

 私の呼びかけに答えるように、伏木分室の隣にあった山が動く。

「えっ!?」
「うそっ」

 結城ゆうきちゃんと小津骨さんが声を上げ、真藤くんはその場に硬直してしまった。
 無理もない。
 みぃちゃんと言えば透明なこととご飯を食べないこと以外は普通の猫と変わらない子だったのに、今は霊感のない私にもはっきりと見えるピンクの水玉模様が目を引く伏木分室の建物と変わらないくらい巨大な猫になっているのだから。

「みぃ」

 大きくなったみぃちゃんは、相変わらずの人懐っこさで真藤くんにじゃれつこうと手を伸ばす。
 無邪気なその一撃は、獰猛なクマの攻撃にも劣らない。

「あぶねっ……ス」
「みぃちゃん、どうしてこんなサイズになっちゃったんでしょう?」
「それが私にもわからなくて……。最近見かけないなぁと思ってたら今朝の夢に出てきたんだよね。――その時は虎くらいの大きさだったんだけど」

 みぃちゃんが寝坊しそうになった私を夢の中で起こそうとしてくれたんだ! と感動したのも束の間。
 猛ダッシュでキッカハイツを出た私を出迎えたのがこの巨大なみぃちゃんだった。

 夢で見たのと同じ柄だし、前に夢の図書館に行ってから夢で予言できる能力でも手に入れちゃったのかな?

 巨大化したみぃちゃんは、人間から視認されるようになったことに気付いているのかいないのか、自由気ままに歩きながら私のあとをついてきた。
 朝もいつものように伏木分室の中に入ろうとしたけど、それは建物が壊れるのでさすがに止めた。

「みぃぃ」

 みぃちゃんは一声鳴くと、首輪に挟まっていた封筒を引き抜いて私の前にぽとりと落とした。

「なんでしょう?」
「んーっと……」

 封筒にはきれいな文字で「伏木分室の皆様へ」と書きつけられている。
 この文字、どこかで見覚えがあるような気がするけど――。

「瀬田さんね」
「ですね」

 小津骨さんと結城ちゃんはすぐに差出人がわかったらしい。
 封筒の中には一枚の手紙。

「伏木分室の皆様へ。
 先日訪問させていただいた際、不定形の動物霊がおられるのを拝見しました。
 この子からはとても清浄な気を感じ、本人にも伏木分室の皆様のお仕事の一助となることを望む様子がありましたので勝手ながら一時的にお預かりしておりました。
 無事修練を終え、皆様の目にも映る姿となりましたのでご報告いたします。

 ……だそうです」

 その他にもこまごまと書いてあるけど、要約するとそんな感じ。
 みぃちゃん、気配がないと思ったら瀬田さんのところに行ってたんだ。
 って、いつの間にか真藤くんがみぃちゃんの背中の上によじ登ってるし。

「真藤くーん! 瀬田さんからのお手紙にみぃちゃんは神様の見習いって書いてるよ~」
「マジっすか!?」

 真藤くんは慌てて背中を滑り降りて、尻尾を踏む。
 みぃちゃんが短い悲鳴を上げた。
 これはバチが当たりそう。

「存在感というかサイズ感というか、神様っぽくはありますよね」
「でも、どうしましょうか。このサイズだと伏木分室には入れませんよ?」
「みぃぃ!」

 顔を見合わせる私たちに応えるように、みぃちゃんは一声鳴くといつもの猫のサイズになった。

「みぃちゃん! サイズも自由自在なの!?」
「さすがですねぇ!」
「みぃ!」

 足に擦り寄ってきたみぃちゃんを抱き上げて、私たちは伏木分室の中へ戻る。

「でも、どうして水玉模様なんでしょう?」
「どうしてかしらね? 香塚さん、心当たりはある?」
「わかんないんですよねぇ。可愛いし他にない柄だからとってもいいと思うんですけど」

 小首をかしげながら自分の席に戻ると、視界に白地に薄ピンクの水玉模様が飛び込んできた。

「あ、これかも!」

 私が気に入って使っているポーチ。
 たしか、部屋着とブランケットとセットになって売っていたやつだ。

「なるほど~。香塚先輩の好きな柄を着て帰ってきてくれたんですね!」
「えっ!? そうなの? みぃちゃん」
「みぃ?」

 だとしたら可愛すぎるよ~!!
 抱きしめて頬ずりする私のおでこに、みぃちゃんの猫パンチが炸裂した。
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