旧M沢トンネル

牧田紗矢乃

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二〇〇×年九月十三日

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 あれは忘れるはずもない、十五年前、僕が大学二年生の年の九月十三日のことだった。
 その日は同じ学部のJの誕生日だった。
 僕と数人の仲間たちはJの誕生日を祝うためファミレスに集まって夕食を共にしていた。

「そういえば今日、十三日の金曜日だな」

 誰かがそう口にした。
 その時のその言葉がなければ、僕らがあんな経験をすることはなかったかもしれない。



 間もなく日付も変わろうかという頃だった。
 誰からともなく「そろそろ解散」という雰囲気が醸し出されてきた。
 会計を終えて店の外で食事代のワリカンの計算をしていると、Jが僕の肩をつついた。

「この後時間あるか?」

 僕はその時、Jと特段仲が良かったわけではない。
 たまたまJと同じサークルのやつと一緒にいた所へ誕生会の誘いが来たから同行しただけで、ほとんど初対面のようなものだった。

 僕は戸惑いながらも首を縦に振った。
 僕が駐車場にバイクを取りに行くと、Jも後ろを付いてきて隣に止まっていたバイクにキーを差し込む。

「中古なんだけどさ。バイト代で買ったんだ」

 Jは嬉しそうに言った。
 そこでJが僕を選んだのは、あの場にバイクで行っていたのが僕とJだけだったからだと気が付いた。

 試しに走りたいから付き合ってくれ。
 そんなようなことを言われて、まだ帰る気分ではなかった僕はバイクにまたがった。



 Jに先導を任せて辿り着いたのは山の中だった。
 Jが路肩にバイクを止めてヘルメットを外したので僕もそれに続く。

「ここで休憩か?」
「いや、この辺らしいんだよ。旧M沢トンネル」

 旧M沢トンネル。

 地元から片道一時間半くらいの山中にある、あまり知られていない心霊スポットだった。
 旧M沢トンネルが掘られた当時は落盤事故も多く、安全祈願の意味も込めて人柱が立てられたらしい。
 しかもそれが生きたまま壁に埋め込まれたというのだから恐ろしい。

 人柱にされたのは悪事を犯した罪人で、今でも夜中になると「助けてくれ」「許してくれ」とすすり泣く声が聞こえるのだという。
 一度だけそんな噂を聞いて興味を持っていたが、実際に場所を知っている人間は周りにおらず、旧M沢トンネルを見たことはなかった。

「肝試しかよ」
「あー、悪い。こういうの苦手だった?」
「別に苦手ってわけじゃないけど……。こういう所ってほぼ初対面のやつと来るイメージじゃなかったっていうか」

 僕が言うと、Jは目を丸くした。

「言われてみれば! 授業でよく見かけてたから普通に誘っちゃったけど初めましてか!」

 ごめんな、と肩を叩かれて、Jの周りにいつも誰かがいる理由がわかった気がした。
 僕らはそれから他愛もない話をしつつ、バイクを押しながら旧M沢トンネルに続く道を探した。

 やっと見つけたのは、ほとんど獣道と化したデコボコの旧道だった。
 道は悪いが、最近も車が通ったらしく雑草の中にタイヤが付けた二つの筋が残っていた。

 虫の声がうるさい。Jの声も聞こえないほど四方八方から響いてくる。
 バイクのライトに引き寄せられた大型の蛾が飛んでくるたびに、僕とJは小さな悲鳴を上げて身をすくめた。

 旧道に入ってから十分ほどでようやく件の旧M沢トンネルが姿を現した。
 ライトをハイビームに切り替えると、トンネルの全体がパッと照らし出される。
 その姿を目の当たりにしたJはガックリと肩を落とした。

「嘘だろ……?」

 Jの落胆した声。
 ライトで照らし出されたのは出入り口がコンクリートブロックで完全に塞がれたトンネルだった。
 トンネルの上部の銘板には雨風にさらされ、ほとんどかすれた文字で「M沢隧道」と名が刻まれていた。

「M沢……」
「ずいどう、だな。昔のトンネルの呼び方だよ」

 解説してくれるJの声にはファミレスの駐車場で僕を誘ってくれた時の元気はもうなかった。
 風の音に紛れ、低いうなりのような音がする。それが人の声のように聞こえて少し不気味だった。

「せっかくだからもう少し近くで見てみようか」

 僕はJを促し、バイクを置いてトンネルの間近まで歩いた。
 コンクリートブロックは設置されたばかりと見えて、まだ真新しくて綺麗だった。

 トンネルは手掘りゆえの凹凸があり、その影響で所々に小さな隙間ができていた。
 そこから中を覗き込もうとしたが、暗くて何も見えなかった。

「んー……こりゃ本当にここ何日かで埋められたみたいだな。惜しい」

 Jはトンネルの入り口を見上げながら寂しげに呟いた。
 その時だった。

 ドンドンドンとトンネルの内側から叩きつけるような音が響いてきた。
 僕とJは顔を見合わせて息を吞む。

「おぉい……誰かいるんだろ……ここから出してくれよぉ……」

 かすれたか細い声がトンネルの中で反響して不気味に響く。
 まさか本当にお化けが出るとは思ってもみなかった僕は飛び上がりそうになり、Jは小さく悲鳴を上げた。

「助けてくれよぉ……」

 声はまだ僕たちを呼んでいた。
 僕はそれに答えず、じりじりと後ずさる。
 Jは僕の動きに気付いて慌てて追いかけてきた。

 そして、僕たちは大慌てでバイクにまたがると砂利道にハンドルをとられそうになりながら死に物狂いで逃げ出した。
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