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第六話
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名探偵ミツコ 神隠し編 第6話
都市伝説は昔々からずっと生き続ける人間たちの好奇心を満たす不思議な不思議な話である。有名どころでいうと、口裂け女、人面瘡、きさらぎ駅等。だがその実態は高度な科学技術と情報社会によって年々衰退しているのが現状であった。また、人々の娯楽の範囲がかなり広まったことも原因と言えるのではないだろうか。昔は娯楽と言えばテレビ、将棋、囲碁等限られていた。故に正体不明の都市伝説は人人の心を満たしてくれていた。だが、昨今パソコン、スマホが発展したせいで、動画投稿サイトやゲームに人々の心が奪われている。
で、あるから。この御時世先ず確証もない話など相手にされないのである。
だが。この頃東京都で噂されている、微かな都市伝説がちらほらと浸透され始めているのであった。
「知ってる?ミルジチャット。最近盛況してるよね」
「ああ!私も昨日入ったんだよ。色んな話で盛り上がってたけど、やっぱり主題はあれだったよね」
南郷暖花はこの頃最近どうもよく思うことがあるのだが。
私は絶対、時代に取り残されている。
買い物や何の目的もなく街をぶらぶらしていると、最近よく耳にする単語。
『ミルジチャット』
特に多いのは若年層からの口で、高揚した頬で何やら楽しげに会話を進めているのだが、どうも実態がよくわからない。テレビは普通の人よりは多く見ているは筈だが、そんな単語は一回も出たことないし、思い当たる節がない。チャット、とつくのだからネットの世界だろう。掲示板の名称、という推理が1番正しいのだが、未だに調べようと発起した試しがない。
面倒臭いし、それを知らなかったら死ぬわけではない。
だが、どうも気になってしまうのだ。
そのミルジチャットが。
一瞬だけ妹に聞いたことがあるが、ガン無視。それどころではない重要案件が迫っているので、家にそもそも帰ってきていないのだが。
木村にも一応聞いてみたのだが、「なんすっか、それ」で終了。
自分の周りの世界だけ取り残されている感覚がこびりついてしまった。
因みに今の暖花の状況。今晩の夕食を買いに、午後四時半、スーパーマーケットに行ったのだが途中に新しく開いていたタピオカ屋さんにときめき、ダメダメ、食材を買いに私は外に出たんだと説得し取り敢えずスーパーまで辿り着けたものの買い物ちゅうも、あのもぎゅっとしたぷるんっとした真っ黒い球体が頭から離れず、ついつい食材をカップラーメンに替えてしまい、帰路、自分に似合わぬ現代風のお店へ足を踏み入れたのであった。
店内で食べる形式となっており、それほど中も広くなく客も思っていた以上に少なく、自分以外に帰り際の高校生二人組が会話に花を咲かせていたのだ。
「ミルジチャットに出てくる、チヒホーズっていうアカウント名の人がいて、その人は滅多に現れないんだけど、その人が来ると神隠しをしちゃうんだって!」
「本当かなぁ、だってネットの噂でしょ?嘘に決まってるじゃん」
「それが本当らしいの。ほら、最近あったでしょ、誘拐事件。確か、三葉理数の人だったよね、あんなすごいところがミルジしてるなんて、ちょっとおかしかったけど」
誘拐?
その単語は一瞬で暖花の脳内のスイッチが入ってしまった。
「ねえねえ、その話、聞きたいんだけど、いいかな」
笑顔の女子高生の中を割って入るのは通常モードの暖花からしてみれば考えられないだろう。しかし、今は事件そのものに夢中。羞恥心?知ったもんじゃない。
勿論話かけた女子高生達は一瞬不審そうな表情で暖花を見つめた。しかしそれも本の束の間。次の瞬間には「いいですよ」と快く椅子をもう一つ持ってきてくれて、話の輪に入れさせてくれた。
「話すだけだからね。家についてこられたり、家に連れ込んだりとか、女でも私嫌だから」
「うん、勿論そんなことはしない。ただ、私ネットに疎くて、でもみんなその話最近してるじゃん。だからどうしても気になっちゃって。話を聞かせてほしい。ただ、興味本位なんだけどね」
頭をぽりぽり掻くと女子高生達はおもしろそうにクスクス笑う。自分にもこんな時代あったっけ?少しだけ虚しくなってしまった。
「多分その感じだと、ミルジチャットそのものも知らないよね。ミルジチャットっていうのは匿名で書き込みできる掲示板のこと。ただ、匿名と言ってもプロトコルはちゃんと残るから完全なる匿名ってわけじゃないんだけどね。登録不要だし、多分そこらへんのネットに詳しくてハッキングできる人とかじゃないと本当に匿名なんだと思う。で、そのミルジチャットのサイトに飛んでアカウント名を設定したらオープンチャットに参加できるわけ。オープンチャットはどうでもいい会話をするんだけど、他の匿名チャットサイトとはここが違ってね」
女子高生の一人は声を潜めて歌うように言う。
「そのアカウント名でチヒホーズっていう人がいるんだけど、その人が不定期で現れて、神隠しの予告をするの。でもその神隠しの予告の仕方が少し変で。変な単語で毎回謎々を作るの。それが解けた人は今度の標的さんを守ってあげてっていう文も添えて。それで解読できた頃にはその人が本当に消えてたっていう、都市伝説」
ミルジチャットにチヒホーズ。なんだか変な日本語だ。
「ふーん、それって例えばどういう暗号なの?」
「うーん、それがよく私たちはわからないんだ。ミルジチャットに精通している人とかネット厨達が勝手に突き止めてチヒホーズに密告してるんじゃなかったけ。だから解法がわからないんだ」
「じゃあ、どうやってそれを突き止めたってわかったの?」
「それは、チヒホーズが次の予告文を出すときに『正解!あなたがたはよくぞ正解を当ててくれましたが時既に遅し、です』っていう文章が1番最初に出てくるんだ。だけどその暗号を特集しているサイトはあっても解法は全く載ってないし誰もわかってなさそうなんだよ」
「さっき話てた三理の人の話は?」
するとさっきまで喋っていた女の子の片方が少し声をトーンダウンして口を開いた。
「三葉理数の二年F組の女の子が最近失踪された事件知ってます?一週間くらい前の。。」
そう言われればあった気がする。取り敢えず黙って頷いておく。
「その女の子の名前がミルジチャットに載ってたって、一部ネット民が騒いでいて。だから、これまで全国であったここ最近の失踪事件を洗いざらい調べたら全員の名前がミルジチャットに載ってたんです」
「ここ最近ってどれくらいかわかる?」
「確か、一ヶ月位です。この一ヶ月間ミルジチャットで神隠しにあった人達の人数は、えーと、、六人だったかな」
因みに三葉理数高校とは全国の私立の中で最高峰の偏差値と伝統を持つ超有名校である。暖花はその運営している学校法人がもう一つ建てた系列高校の三葉高校に通っていたのだが。
六人か。多いな。
「うーんありがと。長年のモヤモヤがスッキリしたよ。神隠し、か。なんでそんな名称使ってるんだろうね」
「チヒホーズが1番最初の登場の時、名乗ったんですよ。我が神の使い手なり、って。あ、やば、もうこんな時間。それじゃあね、お姉さん。そうそう、ミルジチャットは普通にミルジチャットって打っちゃ出てこないんだよ。元々の掲示板はアイナベーデビューブンっていう名称だったから。チヒホーズが参加し始めた時期からの名称がミルジチャットってだけだから、ネットに疎かったらわかんないよね。それじゃ、ごっそさん」
ご馳走さん?嗚呼、喋って時間を提供した代わりに奢れ、と。二人の背中がそう語っている。事実既に入口を通り過ぎていってしまったからだ。
ギリギリ、足りた。ミルジチャット、か。銀華を追うのが先だが、少しだけ寄り道をしてみようじゃないか。初めての探偵業。依頼人は自分。
家に帰り晩御飯の支度はそっちのけで真っ先にパソコンへと猛アタックした。
しかし何故ミルゲチャットと打っても出てこないのだろう?試しにミルゲチャットと打ってみる。確かに1番最初の上には本物の掲示板は現れなかった。アイナべーデビューブン、だったか。面倒臭い名前だ。それにセンスのかけらも感じられない。すると今度は確かに掲示板らしきものを発見した。迷わずカーソルを文字に合わせた。
すると、ピンク色の画面が現れ、その中央にアカウント名を制作の文字と空白部分が見つかった。
『tudoikun』
と迷わず打ってしまうがあまり気にならない。文字をうち終わると制作、のボタンが現れたのでまた押す。すると2ちゃんねるのような形式のスレッドが次々と表示された。まだチヒホーズは出てきていないようだ。よくわからない名前の輩が次々と会話をしていた。
《お、新規さん来たー?入場者数只今上昇中》
確かに画面右上に入場者数という文字とその横に何やら数字が書いてある。9997人。かなり多い。
《今北産業。何か進展あったぞなもしー?》
《やや、妖刀使い殿。久しぶりでござる~》
ネット廃人のみが集まっているのだろうか。もうこの会話だけでミルジチャットに来た意味があるように思えた。
《特にナッシングトゥーマッチ。ただ、神使いが来る時間がもう少しになったぞよ》
神使い。チヒホーズか。下にあるチャット送信というボタンの横の空白部分に文字を打ち込めるようだ。しかし自分が聞こうと思っても他の人が態々お世話を焼いてくれた。
《なぬ、どういうことで?》
《浪花の暴れ馬殿だー、こんにちはー》
《暴れ馬殿、わからないのでござるか?入場者数が二千人を突破すると神の使いは現れるのでござるよ》
現在の入場者数は9999人。あと一人で、その神の使いという人物を見られるのか。
正直暖花の中ではチヒホーズは嘘塗れの都市伝説、しょうもない悪戯だと軽く見ていた。作った暗号の解法を誰もわかっていないのなら、適当に打ち込んだ暗号を適当に最近起こった失踪事件に関連づけているのだろう?この短期間で六人、というと一般人からしてみれば多く感じるだろう。しかしこの国の年間の行方不明届数は1日あたり200件その中でも見つからなかったのは七万件。これを1日あたりだと計算すると200件弱となる。たまたま近くに住んでいた人がチヒホーズ信者で最近起こった近所の失踪案件をチヒホーズのせいにした、なんていうことだろうとしか考えられない。
すると入場者数が10000になった。来た、のか。
すると『チヒホーズ:』という文字が現れミルジチャットないは大盛り上がりの台風と化した。
チヒホーズ:《ご機嫌用諸君。最近この掲示板はかなり盛り上がってて嬉しいよ》
妖刀使い:《チヒホーズ殿!待っておりました》
とよ坊:《いやあ、今回もゾクゾク案件ですかな?》
チナンザ:《神の予言、待ってました!使いがいないとこの世の中神の御言葉が聞こえませぬ》
ふなえもん:《ウヒョー。うれしきこと限りなし哉》
どうやら信者もかなりいるようだ。若干危ない宗教団体の匂いがしてきた。
チヒホーズ:《まあ待て。落ち着け。神の御言葉を今日も預かっているぞ。今日もわかったら、個人チャットの方へ私に教えてくれまいか?それでは神聖なる穢れなき言葉、授けてくれようぞ》
こうなったら猪一番に解いてここで白状してやる。心臓の鼓動が速くなる。興奮してきた時の合図だ。
チヒホーズ:【人間の体内の殆どを占めています。私は怒ります。どれくらい怒るでしょうか?それは9.62962962963位。正確です。間違いない。 Mn】
、、、、、、、終わり?
何だこれは。流石にこれは暗号なのだろうか。ここまで意味不明だと頭にくる。しかしそれが暗号というものなのか?だがこれを本当に解いたことがある人なんているのだろうか。いや、もしかしたら自分でも解けるかもしれない。少しだけイライラするが、掲示板を見ると意外にも異様な盛り上がりが見られた。
振り穴王子:《今回も意味ワカンネ。日本語か?これ》
モテ光:《さあて今回の生贄さんは誰かな?わからん人←》
えりぽん:《成程成程、わからん。だが神隠しが実行されるのはいつなのかな?》
チヒホーズ:《神は今後一週間だと仰っていました。そろそろ私めは神の給仕に当たりますので。わかった人は是非チヒホーズの部屋まで。では》
こうして跡形もなく去っていったチヒホーズ。入場者数は次第に減っていき、遂に5000人を切っていた。
「お姉ちゃん。いるの?」
すると円架が久しぶりに声を聴かせてくれた。
「嗚呼、うん、いるんだけど、ごめん、夕食カップラーメン」
「はあ?ただでさえニートで何もできねえくせに遂に料理もしなくなったのか。しかもパソコンばっかり見てるし。ふざけんじゃねえぞ、ちょっと位役に立て、役に」
何かに苛立っているのか、暴言じみた口調で少し背中が冷や汗に濡れる。
「何見てんの?嗚呼、それね。チヒホーズか」
ずかずかとこちらへ入ってきてパソコンを見るなり吐き捨てた言葉。面倒くさそうに、舌打ちをしたようにも聞こえた。
「知ってんの!?私今日知ったんだけど、、今さっき予告があったんだよ。だけど全然わからなくて、、。おんちゃんなら解けるんじゃないのかな?」
「馬鹿言え。こちとらそん暇ねーんだ。だがな、このチヒホーズが出している予言、確かに当たってるってことが今ちょっくら内調の間で話題に上がってるんだよ。流石に失踪事件に関連性があり犯人が犯行声明を出しているとなれば放って置くわけにもいかん。しかし内調が手を出す程の案件ではない。ので、こっちに話が回ってきてしまったんだよ」
「サイバー犯罪対策課に任せればいいのに、なんで公安に?」
すると重々しい溜息を吐き、「秘密だぞ」と添え話し始めた。
「誘拐された御子息共がそれなりに名前があるんだよ。ただの人間なら捜査一課に任せればそれで十分なんだが。ちょっち貸してみ」
パソコンのマウスとキーボードが奪われ高速タイピングが行われ一つのページが開かれた。心臓の音は高鳴りっぱなしだ。そのページの題名は「ミルジチャットで誘拐されたと思われるリスト」と書いていた。
「一旦見てみ」
カーソルをゆっくり下へ下へと動かす。
「、、、総理大臣の息子!?それで、、文部科学大臣の娘、超有名人の双子のうちの一人、有名作家の子供、、、。何これ。これは確かに公安が動く価値があるね」
あああああ、と床にへたり込んだ円架。次に出てくる言葉は予想通り。
「ただでさえこっちは国際テロ組織や変な宗教集団、しかもネットが発達してハッカー集団なんでもんが増えてきやがってる!仕事は積りに積もって家に帰れん割には収入を使う道が無職ニート自称探偵の馬鹿姉貴の世話代!!こっちの身にもなってみやがれチヒホーズ!!!ふざけんなふざけんな、だから職権濫用してやったんだよ」
最後の一言には流石に円架を凝視してしまった。
「うーん、何したの?」
「、、、、、、IPアドレス特定してやったんだ!そしたらそれは海外を通じたサーバーだった!!ふざけんなふざけんな、もうこんがらがっちゃってサイバー課さえも辿れなかったらしい!おいニート、生活費全負担こっちなんだからこの事件解決してこっちの仕事を減らして家に帰らせてくれ!」
ここまで荒れる円架は初めてだ。それ位辛いのだろう、それだけ言うに言ってもうどこかへ行ってしまった。きっと仕事に戻ったんだ。私を求めてくれたに違いない。甘い時間を過ごして少しでも仕事を忘れたかった筈が真逆仕事を思い出させるトリガーを私が持っていたなんて想像しなかっただろう。ごめん、おんちゃん。
さて、じゃあ今回の暗号でも解いて日頃の感謝の気持ちに少しだけ恩返しをしてみるか。そう思うと、若干やる気が出てきたが、それは本当に若干だった。
「マジでわかんねえ、、、。本当に解いた人間なんているのか?」
気がつけば夜の十二時。ご飯も食べずぶっ通しで紙に様々アイデアや解法、何回も何回も暗号文を書き続けたのだが、鉛筆の芯がすり減るばかりで何もわからない。流石に疲労が限界に達したのか、幻覚が見え始めてきた。
『はるみさん、もう寝ましょうよ。諦めましょう?だって強制されてない訳だし依頼されたわけでもない。だったらいいんですよ、はるみさんのお体が壊れることの方が僕は心配ですね』
「ううん、集君。私はこれを解かないと、おんちゃんが可哀想だよ、、。あんなに働いてるのに私はいつもグータラ生活、恩を返さんと、おんちゃんだけに」
そうは言っても中々アイデアが浮かばない。気分転換に外に、と思ったけど流石にこんな闇夜に自分から放り込んでみようとは思わない。頬も蒸気してる。ここはもう本当に甘言に乗って寝るか?もうなんだかそれでもいいような気がしてきた。
この最後のMn。
「なんだと思う?集君」
『ふふ、なんだか学生時代を思い出しますねぇ』
そう言って集君は白い歯を見せた。
学生時代?嗚呼、確かに。
「マンガンか」
『正解。マンガンはそう言えば原子番号も7でしたよね。今回の暗号の方が七番目なので関連性はかなりあると思うんですがねぇ』
そう言われればそう思ってしまう。
「だったら犯人は科学者か何かの類かね」
『うーんどうでしょう。意外にそれこそ学生だからこそ思いついたっていう考えもありますよね』
全く、君は謎解きをしている時は本当に楽しそうだよなぁ。犯人が学生かもしれないなど考えたくもないことを平気で仮説の一環として口にしてしまうんだから。
『ふふふ、僕はもう解けちゃいましたよ。この方はきっと、囲碁か将棋をしていたのではありませんかね』
「え!集君、流石だ。でもこれ、本当にどうやって解くか全くわからない。、、、、、、、、あ。化学がヒント?」
化学。懐かしい。自分は理系に進学した際化学を奇跡的に取っていたのであの頃の式や計算がありありと脳内を駆け巡り始める。
「怒るのか。怒るんだな。嗚呼、、。嗚呼!!嗚呼!!!!そう言うことか。」
これをあの公式に当てはめれば、本当に出てくるのか?
「これは流石に数字の列が長すぎる、と言うことは平仮名じゃなくてローマ字表記。そして囲碁、将棋、、、」
ありがとう集君。わかったよ。これでこの出てきた苗字は、、、。
今度は大物俳優の娘か。おんちゃんに早速、電話しよう。
怒るのイメージは頭から蒸気が出てくる、まさに沸騰するようなイメー時。体の中からぐつぐつとね。そしてどれ位怒るか、それは沸点上昇度を示している、そうなれば沸点上昇度を求める式に数値を当てはめていく。ここで一番最初の人間の中を多く占めているもの。それは水。水のmol沸点上昇は一般的に0.52だからそれを利用してグラム数をWとして計算。すると3.8315115113212213211711というかなり大きな数値が出てくるんだ。これを二つずつ区切ると一個だけ余ってしまう。しかしよく見ると213と一回だけ三桁の部分があるんだ。そしてそれがローマ字表に当てはまると考える。あとは将棋や囲碁の棋譜のように数字を当てはめれ見ると、、。
YUO NASHIJIMA
梨島湯緒。大物ミュージシャン梨島琉璃風(♂)の娘だとネットで特定できた。
『あとは犯人探しだけど、こんな化学てんこ盛りの暗号を作るなんて余程の化学好きじゃないと作れないね』
「一番目ぼしいのはさっき言った科学者と学生位だけど、、。一般人ってこともあり得るっちゃあり得るよね」
すると集君は黙り込んでしまった。
『うーん、そうだなぁ。チヒホーズ、か。それにアイナべーデビューブン。ふうん、これはわかる人にはわかるね。これはただの文字列ではないようだ』
ただの文字列ではない?どう言うこと?
『はるみさんには難しいな。これはドイツ語じゃあないかな。それを訳すとチヒホーズが神隠しという意味なんだよ』
いやわからん。それで犯人が学生か科学者か分かるわけ?
『そうだね、でも最近は語学翻訳サイトなんかが充実しているからこれだけでは特定できない、のが現状かな。だけどここからは警察のお仕事だよ。僕達は解いただけで終わり、円架さんに報告して暖花さんは眠ってください』
徐にスマホを取り出し急いでメールを打つ。メールの送信ボタンを押すと、今までの疲労が体を襲い、眠りにつくまで30秒も掛からなかった。
その晩暖花は夢を見た。それはそれは幸せで、このままこの夢が続きますように、と心の底から願わずにはいられない、幸せを幸せで包み込んだような夢だった。だがどのような人物が出てどこの舞台設定だったかは、もやがかかってよく見えない。
『暖花さんがあの暗号を解けなくて少しだけ心配しました』
ふとそんな声が聞こえた。誰の声かはわからないが、それは私にとっての神声だった。
『ヒントをかなり出されてやっと解けた。正直あの暗号も解けてないんじゃないかな』
あの暗号?あの暗号ってなんだ。暗号を出された覚えなんてない。
神の声はそこで終わる。そして朝日が瞼に入った。
朝目が覚めると時計の針は午前9時を指していた。昨日何時に眠ったかはわからないが多分少ない睡眠時間(いつもよりは)の筈だ。リビングルームに向かい朝食を作ろうと手を動かした時、テーブルにとても小さな紙切れがあることに気がついた。
そこには殴り書きで『ありがとう。恩に着る』とだけ残されていた。思わず頬が緩む。律儀な人。
そう言えば一応暗号が解けたからチヒホーズの部屋に入った方がいいのだろうか。取り敢えず今は朝食だ。テレビをテキトーに点け台所へ入っていく。が。
そこには思いもよらない号外が耳を突き抜けた。
「ただいま入って来た速報です。大物ミュージシャン梨島瑠璃風さんが何者かに刺殺され現在重傷を負っているそうです。犯人はこの家の長女と思われると事件関係者は明かしています。速報です。」
鼓動が一瞬止まった。世界が真っ白になったんじゃないかと錯覚した。
長女とはミルジチャットに名前が書かれていた、神隠し宣告された梨島湯緒だろう。
なんでだ。どういうことだ。
どくどくとどこからか音が耳に流れ込んでくる。いや、体内でそれはそれは木霊している。
あの暗号は解いてはいけなかったのか?解いたとしてもこの悲劇は起こっていたのか?
呆然と立ち尽くすが時間が進むだけで何も変わらない。
映し出された事件現場は豪邸と称される程大きかったが負のオーラを纏っていた。
都市伝説は昔々からずっと生き続ける人間たちの好奇心を満たす不思議な不思議な話である。有名どころでいうと、口裂け女、人面瘡、きさらぎ駅等。だがその実態は高度な科学技術と情報社会によって年々衰退しているのが現状であった。また、人々の娯楽の範囲がかなり広まったことも原因と言えるのではないだろうか。昔は娯楽と言えばテレビ、将棋、囲碁等限られていた。故に正体不明の都市伝説は人人の心を満たしてくれていた。だが、昨今パソコン、スマホが発展したせいで、動画投稿サイトやゲームに人々の心が奪われている。
で、あるから。この御時世先ず確証もない話など相手にされないのである。
だが。この頃東京都で噂されている、微かな都市伝説がちらほらと浸透され始めているのであった。
「知ってる?ミルジチャット。最近盛況してるよね」
「ああ!私も昨日入ったんだよ。色んな話で盛り上がってたけど、やっぱり主題はあれだったよね」
南郷暖花はこの頃最近どうもよく思うことがあるのだが。
私は絶対、時代に取り残されている。
買い物や何の目的もなく街をぶらぶらしていると、最近よく耳にする単語。
『ミルジチャット』
特に多いのは若年層からの口で、高揚した頬で何やら楽しげに会話を進めているのだが、どうも実態がよくわからない。テレビは普通の人よりは多く見ているは筈だが、そんな単語は一回も出たことないし、思い当たる節がない。チャット、とつくのだからネットの世界だろう。掲示板の名称、という推理が1番正しいのだが、未だに調べようと発起した試しがない。
面倒臭いし、それを知らなかったら死ぬわけではない。
だが、どうも気になってしまうのだ。
そのミルジチャットが。
一瞬だけ妹に聞いたことがあるが、ガン無視。それどころではない重要案件が迫っているので、家にそもそも帰ってきていないのだが。
木村にも一応聞いてみたのだが、「なんすっか、それ」で終了。
自分の周りの世界だけ取り残されている感覚がこびりついてしまった。
因みに今の暖花の状況。今晩の夕食を買いに、午後四時半、スーパーマーケットに行ったのだが途中に新しく開いていたタピオカ屋さんにときめき、ダメダメ、食材を買いに私は外に出たんだと説得し取り敢えずスーパーまで辿り着けたものの買い物ちゅうも、あのもぎゅっとしたぷるんっとした真っ黒い球体が頭から離れず、ついつい食材をカップラーメンに替えてしまい、帰路、自分に似合わぬ現代風のお店へ足を踏み入れたのであった。
店内で食べる形式となっており、それほど中も広くなく客も思っていた以上に少なく、自分以外に帰り際の高校生二人組が会話に花を咲かせていたのだ。
「ミルジチャットに出てくる、チヒホーズっていうアカウント名の人がいて、その人は滅多に現れないんだけど、その人が来ると神隠しをしちゃうんだって!」
「本当かなぁ、だってネットの噂でしょ?嘘に決まってるじゃん」
「それが本当らしいの。ほら、最近あったでしょ、誘拐事件。確か、三葉理数の人だったよね、あんなすごいところがミルジしてるなんて、ちょっとおかしかったけど」
誘拐?
その単語は一瞬で暖花の脳内のスイッチが入ってしまった。
「ねえねえ、その話、聞きたいんだけど、いいかな」
笑顔の女子高生の中を割って入るのは通常モードの暖花からしてみれば考えられないだろう。しかし、今は事件そのものに夢中。羞恥心?知ったもんじゃない。
勿論話かけた女子高生達は一瞬不審そうな表情で暖花を見つめた。しかしそれも本の束の間。次の瞬間には「いいですよ」と快く椅子をもう一つ持ってきてくれて、話の輪に入れさせてくれた。
「話すだけだからね。家についてこられたり、家に連れ込んだりとか、女でも私嫌だから」
「うん、勿論そんなことはしない。ただ、私ネットに疎くて、でもみんなその話最近してるじゃん。だからどうしても気になっちゃって。話を聞かせてほしい。ただ、興味本位なんだけどね」
頭をぽりぽり掻くと女子高生達はおもしろそうにクスクス笑う。自分にもこんな時代あったっけ?少しだけ虚しくなってしまった。
「多分その感じだと、ミルジチャットそのものも知らないよね。ミルジチャットっていうのは匿名で書き込みできる掲示板のこと。ただ、匿名と言ってもプロトコルはちゃんと残るから完全なる匿名ってわけじゃないんだけどね。登録不要だし、多分そこらへんのネットに詳しくてハッキングできる人とかじゃないと本当に匿名なんだと思う。で、そのミルジチャットのサイトに飛んでアカウント名を設定したらオープンチャットに参加できるわけ。オープンチャットはどうでもいい会話をするんだけど、他の匿名チャットサイトとはここが違ってね」
女子高生の一人は声を潜めて歌うように言う。
「そのアカウント名でチヒホーズっていう人がいるんだけど、その人が不定期で現れて、神隠しの予告をするの。でもその神隠しの予告の仕方が少し変で。変な単語で毎回謎々を作るの。それが解けた人は今度の標的さんを守ってあげてっていう文も添えて。それで解読できた頃にはその人が本当に消えてたっていう、都市伝説」
ミルジチャットにチヒホーズ。なんだか変な日本語だ。
「ふーん、それって例えばどういう暗号なの?」
「うーん、それがよく私たちはわからないんだ。ミルジチャットに精通している人とかネット厨達が勝手に突き止めてチヒホーズに密告してるんじゃなかったけ。だから解法がわからないんだ」
「じゃあ、どうやってそれを突き止めたってわかったの?」
「それは、チヒホーズが次の予告文を出すときに『正解!あなたがたはよくぞ正解を当ててくれましたが時既に遅し、です』っていう文章が1番最初に出てくるんだ。だけどその暗号を特集しているサイトはあっても解法は全く載ってないし誰もわかってなさそうなんだよ」
「さっき話てた三理の人の話は?」
するとさっきまで喋っていた女の子の片方が少し声をトーンダウンして口を開いた。
「三葉理数の二年F組の女の子が最近失踪された事件知ってます?一週間くらい前の。。」
そう言われればあった気がする。取り敢えず黙って頷いておく。
「その女の子の名前がミルジチャットに載ってたって、一部ネット民が騒いでいて。だから、これまで全国であったここ最近の失踪事件を洗いざらい調べたら全員の名前がミルジチャットに載ってたんです」
「ここ最近ってどれくらいかわかる?」
「確か、一ヶ月位です。この一ヶ月間ミルジチャットで神隠しにあった人達の人数は、えーと、、六人だったかな」
因みに三葉理数高校とは全国の私立の中で最高峰の偏差値と伝統を持つ超有名校である。暖花はその運営している学校法人がもう一つ建てた系列高校の三葉高校に通っていたのだが。
六人か。多いな。
「うーんありがと。長年のモヤモヤがスッキリしたよ。神隠し、か。なんでそんな名称使ってるんだろうね」
「チヒホーズが1番最初の登場の時、名乗ったんですよ。我が神の使い手なり、って。あ、やば、もうこんな時間。それじゃあね、お姉さん。そうそう、ミルジチャットは普通にミルジチャットって打っちゃ出てこないんだよ。元々の掲示板はアイナベーデビューブンっていう名称だったから。チヒホーズが参加し始めた時期からの名称がミルジチャットってだけだから、ネットに疎かったらわかんないよね。それじゃ、ごっそさん」
ご馳走さん?嗚呼、喋って時間を提供した代わりに奢れ、と。二人の背中がそう語っている。事実既に入口を通り過ぎていってしまったからだ。
ギリギリ、足りた。ミルジチャット、か。銀華を追うのが先だが、少しだけ寄り道をしてみようじゃないか。初めての探偵業。依頼人は自分。
家に帰り晩御飯の支度はそっちのけで真っ先にパソコンへと猛アタックした。
しかし何故ミルゲチャットと打っても出てこないのだろう?試しにミルゲチャットと打ってみる。確かに1番最初の上には本物の掲示板は現れなかった。アイナべーデビューブン、だったか。面倒臭い名前だ。それにセンスのかけらも感じられない。すると今度は確かに掲示板らしきものを発見した。迷わずカーソルを文字に合わせた。
すると、ピンク色の画面が現れ、その中央にアカウント名を制作の文字と空白部分が見つかった。
『tudoikun』
と迷わず打ってしまうがあまり気にならない。文字をうち終わると制作、のボタンが現れたのでまた押す。すると2ちゃんねるのような形式のスレッドが次々と表示された。まだチヒホーズは出てきていないようだ。よくわからない名前の輩が次々と会話をしていた。
《お、新規さん来たー?入場者数只今上昇中》
確かに画面右上に入場者数という文字とその横に何やら数字が書いてある。9997人。かなり多い。
《今北産業。何か進展あったぞなもしー?》
《やや、妖刀使い殿。久しぶりでござる~》
ネット廃人のみが集まっているのだろうか。もうこの会話だけでミルジチャットに来た意味があるように思えた。
《特にナッシングトゥーマッチ。ただ、神使いが来る時間がもう少しになったぞよ》
神使い。チヒホーズか。下にあるチャット送信というボタンの横の空白部分に文字を打ち込めるようだ。しかし自分が聞こうと思っても他の人が態々お世話を焼いてくれた。
《なぬ、どういうことで?》
《浪花の暴れ馬殿だー、こんにちはー》
《暴れ馬殿、わからないのでござるか?入場者数が二千人を突破すると神の使いは現れるのでござるよ》
現在の入場者数は9999人。あと一人で、その神の使いという人物を見られるのか。
正直暖花の中ではチヒホーズは嘘塗れの都市伝説、しょうもない悪戯だと軽く見ていた。作った暗号の解法を誰もわかっていないのなら、適当に打ち込んだ暗号を適当に最近起こった失踪事件に関連づけているのだろう?この短期間で六人、というと一般人からしてみれば多く感じるだろう。しかしこの国の年間の行方不明届数は1日あたり200件その中でも見つからなかったのは七万件。これを1日あたりだと計算すると200件弱となる。たまたま近くに住んでいた人がチヒホーズ信者で最近起こった近所の失踪案件をチヒホーズのせいにした、なんていうことだろうとしか考えられない。
すると入場者数が10000になった。来た、のか。
すると『チヒホーズ:』という文字が現れミルジチャットないは大盛り上がりの台風と化した。
チヒホーズ:《ご機嫌用諸君。最近この掲示板はかなり盛り上がってて嬉しいよ》
妖刀使い:《チヒホーズ殿!待っておりました》
とよ坊:《いやあ、今回もゾクゾク案件ですかな?》
チナンザ:《神の予言、待ってました!使いがいないとこの世の中神の御言葉が聞こえませぬ》
ふなえもん:《ウヒョー。うれしきこと限りなし哉》
どうやら信者もかなりいるようだ。若干危ない宗教団体の匂いがしてきた。
チヒホーズ:《まあ待て。落ち着け。神の御言葉を今日も預かっているぞ。今日もわかったら、個人チャットの方へ私に教えてくれまいか?それでは神聖なる穢れなき言葉、授けてくれようぞ》
こうなったら猪一番に解いてここで白状してやる。心臓の鼓動が速くなる。興奮してきた時の合図だ。
チヒホーズ:【人間の体内の殆どを占めています。私は怒ります。どれくらい怒るでしょうか?それは9.62962962963位。正確です。間違いない。 Mn】
、、、、、、、終わり?
何だこれは。流石にこれは暗号なのだろうか。ここまで意味不明だと頭にくる。しかしそれが暗号というものなのか?だがこれを本当に解いたことがある人なんているのだろうか。いや、もしかしたら自分でも解けるかもしれない。少しだけイライラするが、掲示板を見ると意外にも異様な盛り上がりが見られた。
振り穴王子:《今回も意味ワカンネ。日本語か?これ》
モテ光:《さあて今回の生贄さんは誰かな?わからん人←》
えりぽん:《成程成程、わからん。だが神隠しが実行されるのはいつなのかな?》
チヒホーズ:《神は今後一週間だと仰っていました。そろそろ私めは神の給仕に当たりますので。わかった人は是非チヒホーズの部屋まで。では》
こうして跡形もなく去っていったチヒホーズ。入場者数は次第に減っていき、遂に5000人を切っていた。
「お姉ちゃん。いるの?」
すると円架が久しぶりに声を聴かせてくれた。
「嗚呼、うん、いるんだけど、ごめん、夕食カップラーメン」
「はあ?ただでさえニートで何もできねえくせに遂に料理もしなくなったのか。しかもパソコンばっかり見てるし。ふざけんじゃねえぞ、ちょっと位役に立て、役に」
何かに苛立っているのか、暴言じみた口調で少し背中が冷や汗に濡れる。
「何見てんの?嗚呼、それね。チヒホーズか」
ずかずかとこちらへ入ってきてパソコンを見るなり吐き捨てた言葉。面倒くさそうに、舌打ちをしたようにも聞こえた。
「知ってんの!?私今日知ったんだけど、、今さっき予告があったんだよ。だけど全然わからなくて、、。おんちゃんなら解けるんじゃないのかな?」
「馬鹿言え。こちとらそん暇ねーんだ。だがな、このチヒホーズが出している予言、確かに当たってるってことが今ちょっくら内調の間で話題に上がってるんだよ。流石に失踪事件に関連性があり犯人が犯行声明を出しているとなれば放って置くわけにもいかん。しかし内調が手を出す程の案件ではない。ので、こっちに話が回ってきてしまったんだよ」
「サイバー犯罪対策課に任せればいいのに、なんで公安に?」
すると重々しい溜息を吐き、「秘密だぞ」と添え話し始めた。
「誘拐された御子息共がそれなりに名前があるんだよ。ただの人間なら捜査一課に任せればそれで十分なんだが。ちょっち貸してみ」
パソコンのマウスとキーボードが奪われ高速タイピングが行われ一つのページが開かれた。心臓の音は高鳴りっぱなしだ。そのページの題名は「ミルジチャットで誘拐されたと思われるリスト」と書いていた。
「一旦見てみ」
カーソルをゆっくり下へ下へと動かす。
「、、、総理大臣の息子!?それで、、文部科学大臣の娘、超有名人の双子のうちの一人、有名作家の子供、、、。何これ。これは確かに公安が動く価値があるね」
あああああ、と床にへたり込んだ円架。次に出てくる言葉は予想通り。
「ただでさえこっちは国際テロ組織や変な宗教集団、しかもネットが発達してハッカー集団なんでもんが増えてきやがってる!仕事は積りに積もって家に帰れん割には収入を使う道が無職ニート自称探偵の馬鹿姉貴の世話代!!こっちの身にもなってみやがれチヒホーズ!!!ふざけんなふざけんな、だから職権濫用してやったんだよ」
最後の一言には流石に円架を凝視してしまった。
「うーん、何したの?」
「、、、、、、IPアドレス特定してやったんだ!そしたらそれは海外を通じたサーバーだった!!ふざけんなふざけんな、もうこんがらがっちゃってサイバー課さえも辿れなかったらしい!おいニート、生活費全負担こっちなんだからこの事件解決してこっちの仕事を減らして家に帰らせてくれ!」
ここまで荒れる円架は初めてだ。それ位辛いのだろう、それだけ言うに言ってもうどこかへ行ってしまった。きっと仕事に戻ったんだ。私を求めてくれたに違いない。甘い時間を過ごして少しでも仕事を忘れたかった筈が真逆仕事を思い出させるトリガーを私が持っていたなんて想像しなかっただろう。ごめん、おんちゃん。
さて、じゃあ今回の暗号でも解いて日頃の感謝の気持ちに少しだけ恩返しをしてみるか。そう思うと、若干やる気が出てきたが、それは本当に若干だった。
「マジでわかんねえ、、、。本当に解いた人間なんているのか?」
気がつけば夜の十二時。ご飯も食べずぶっ通しで紙に様々アイデアや解法、何回も何回も暗号文を書き続けたのだが、鉛筆の芯がすり減るばかりで何もわからない。流石に疲労が限界に達したのか、幻覚が見え始めてきた。
『はるみさん、もう寝ましょうよ。諦めましょう?だって強制されてない訳だし依頼されたわけでもない。だったらいいんですよ、はるみさんのお体が壊れることの方が僕は心配ですね』
「ううん、集君。私はこれを解かないと、おんちゃんが可哀想だよ、、。あんなに働いてるのに私はいつもグータラ生活、恩を返さんと、おんちゃんだけに」
そうは言っても中々アイデアが浮かばない。気分転換に外に、と思ったけど流石にこんな闇夜に自分から放り込んでみようとは思わない。頬も蒸気してる。ここはもう本当に甘言に乗って寝るか?もうなんだかそれでもいいような気がしてきた。
この最後のMn。
「なんだと思う?集君」
『ふふ、なんだか学生時代を思い出しますねぇ』
そう言って集君は白い歯を見せた。
学生時代?嗚呼、確かに。
「マンガンか」
『正解。マンガンはそう言えば原子番号も7でしたよね。今回の暗号の方が七番目なので関連性はかなりあると思うんですがねぇ』
そう言われればそう思ってしまう。
「だったら犯人は科学者か何かの類かね」
『うーんどうでしょう。意外にそれこそ学生だからこそ思いついたっていう考えもありますよね』
全く、君は謎解きをしている時は本当に楽しそうだよなぁ。犯人が学生かもしれないなど考えたくもないことを平気で仮説の一環として口にしてしまうんだから。
『ふふふ、僕はもう解けちゃいましたよ。この方はきっと、囲碁か将棋をしていたのではありませんかね』
「え!集君、流石だ。でもこれ、本当にどうやって解くか全くわからない。、、、、、、、、あ。化学がヒント?」
化学。懐かしい。自分は理系に進学した際化学を奇跡的に取っていたのであの頃の式や計算がありありと脳内を駆け巡り始める。
「怒るのか。怒るんだな。嗚呼、、。嗚呼!!嗚呼!!!!そう言うことか。」
これをあの公式に当てはめれば、本当に出てくるのか?
「これは流石に数字の列が長すぎる、と言うことは平仮名じゃなくてローマ字表記。そして囲碁、将棋、、、」
ありがとう集君。わかったよ。これでこの出てきた苗字は、、、。
今度は大物俳優の娘か。おんちゃんに早速、電話しよう。
怒るのイメージは頭から蒸気が出てくる、まさに沸騰するようなイメー時。体の中からぐつぐつとね。そしてどれ位怒るか、それは沸点上昇度を示している、そうなれば沸点上昇度を求める式に数値を当てはめていく。ここで一番最初の人間の中を多く占めているもの。それは水。水のmol沸点上昇は一般的に0.52だからそれを利用してグラム数をWとして計算。すると3.8315115113212213211711というかなり大きな数値が出てくるんだ。これを二つずつ区切ると一個だけ余ってしまう。しかしよく見ると213と一回だけ三桁の部分があるんだ。そしてそれがローマ字表に当てはまると考える。あとは将棋や囲碁の棋譜のように数字を当てはめれ見ると、、。
YUO NASHIJIMA
梨島湯緒。大物ミュージシャン梨島琉璃風(♂)の娘だとネットで特定できた。
『あとは犯人探しだけど、こんな化学てんこ盛りの暗号を作るなんて余程の化学好きじゃないと作れないね』
「一番目ぼしいのはさっき言った科学者と学生位だけど、、。一般人ってこともあり得るっちゃあり得るよね」
すると集君は黙り込んでしまった。
『うーん、そうだなぁ。チヒホーズ、か。それにアイナべーデビューブン。ふうん、これはわかる人にはわかるね。これはただの文字列ではないようだ』
ただの文字列ではない?どう言うこと?
『はるみさんには難しいな。これはドイツ語じゃあないかな。それを訳すとチヒホーズが神隠しという意味なんだよ』
いやわからん。それで犯人が学生か科学者か分かるわけ?
『そうだね、でも最近は語学翻訳サイトなんかが充実しているからこれだけでは特定できない、のが現状かな。だけどここからは警察のお仕事だよ。僕達は解いただけで終わり、円架さんに報告して暖花さんは眠ってください』
徐にスマホを取り出し急いでメールを打つ。メールの送信ボタンを押すと、今までの疲労が体を襲い、眠りにつくまで30秒も掛からなかった。
その晩暖花は夢を見た。それはそれは幸せで、このままこの夢が続きますように、と心の底から願わずにはいられない、幸せを幸せで包み込んだような夢だった。だがどのような人物が出てどこの舞台設定だったかは、もやがかかってよく見えない。
『暖花さんがあの暗号を解けなくて少しだけ心配しました』
ふとそんな声が聞こえた。誰の声かはわからないが、それは私にとっての神声だった。
『ヒントをかなり出されてやっと解けた。正直あの暗号も解けてないんじゃないかな』
あの暗号?あの暗号ってなんだ。暗号を出された覚えなんてない。
神の声はそこで終わる。そして朝日が瞼に入った。
朝目が覚めると時計の針は午前9時を指していた。昨日何時に眠ったかはわからないが多分少ない睡眠時間(いつもよりは)の筈だ。リビングルームに向かい朝食を作ろうと手を動かした時、テーブルにとても小さな紙切れがあることに気がついた。
そこには殴り書きで『ありがとう。恩に着る』とだけ残されていた。思わず頬が緩む。律儀な人。
そう言えば一応暗号が解けたからチヒホーズの部屋に入った方がいいのだろうか。取り敢えず今は朝食だ。テレビをテキトーに点け台所へ入っていく。が。
そこには思いもよらない号外が耳を突き抜けた。
「ただいま入って来た速報です。大物ミュージシャン梨島瑠璃風さんが何者かに刺殺され現在重傷を負っているそうです。犯人はこの家の長女と思われると事件関係者は明かしています。速報です。」
鼓動が一瞬止まった。世界が真っ白になったんじゃないかと錯覚した。
長女とはミルジチャットに名前が書かれていた、神隠し宣告された梨島湯緒だろう。
なんでだ。どういうことだ。
どくどくとどこからか音が耳に流れ込んでくる。いや、体内でそれはそれは木霊している。
あの暗号は解いてはいけなかったのか?解いたとしてもこの悲劇は起こっていたのか?
呆然と立ち尽くすが時間が進むだけで何も変わらない。
映し出された事件現場は豪邸と称される程大きかったが負のオーラを纏っていた。
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