上 下
115 / 116
六章・仲睦まじく暮らしまして

『完』

しおりを挟む
 神域から出口と言われる裂け目を通ると何故かルティケニーマ港町に出て、そこで待ち構えていたらしいオモオット神官を始め多くの人から祝福を受けた。特にその中でもアレスという青年が転びそうになりながらもかけてきて、まだ帰ってなくて良かったと泣きながら日向子に抱き付き、叩かれていた。
 うーん。スズとの落差が激しい。




 そうして、代替えから早くも一月が経とうとしていた。

 一月の間、俺はルティケニーマで治りきっていない傷を癒しながら、家族に宛てての手紙を書いた。こんなに余裕をもって書けたのは日向子さんが一月くらいはスズの女王様としての働きを目に焼き付けておかないと、ということでだ。とてもありがたかった。何せ日本語書くのが久方ぶり過ぎて、練習する時間が欲しかったから。
 人間、書かなきゃ忘れるというのは本当である。

 まぁ、それだけではなく、さらに言えばアレスの駄々もあったらしい。
 俺が見た感じどこぞの貴族みたいな印象の青年は、どうやら日向子の事が好きらしい。だけど、いずれ帰る人だから引き留めてはいけないと踏みとどまってたけど、実際日向子ともう二度と会えないのだと実感を持った瞬間堪えられなくなったらしい。でも、さすがに告白まではしてはいけないと分かっているから、せめてもの我が儘でほんの少しだけまだ一緒にいたいというお願いを聞いてもらっている、というのを、何故かアレス本人から聞かされた。

 なんの間違いか、同じ四精獣と旅をした境遇同士プラスに同姓でさらに俺のが年上というのもあって相談相手にされていた。
 いや良いけどさ。

 そんなこんなであっという間に一月が経ってしまい、ついに日向子が帰る時が来たのだった。

 良く晴れた日だった。
 日向子は大切に保存していたという学生服に着替えていた。こんなところで学年服なんて違和感しかないが、向こうに戻ったら戻ったでこの服でないと不審者になってしまう。

 そんな日向子になんとか書き上げた手紙を手渡した。

「では、よろしくお願いします」

 手紙を日向子が受けとる。

「トキナリさん、この手紙を絶対に届けますから!いえ、むしろ私が直接受け渡します!」
「警察沙汰になるかもしれないからやめた方がいいと思う」
「え、なんで?」

 俺の反応が予想外だったらしい。
 いやいや、冷静に考えてみなさい。

「事情聴衆でややこしくなるじゃないか。ただでさえ記憶喪失作戦でいく気なんだろ?」
「そうでしたー!」

 ちょっと抜けている日向子に託して大丈夫だろうかと少しだけ心配になったが、まぁ大丈夫だろうと思い直した。信じよう。どうか直接受け渡しませんように。
 忘れ物は無いかと最終確認した日向子は、周りの人達に視線を向けた。

「それでは、皆さん。アレス」

 アレスが泣きそうな顔で日向子を見つめている。

「アレス、今までありがとう。想いには答えてあげられなかったけど、私、嬉しかったよ」
「…ヒナ、どうか元の世界でも元気でいてくれ」
「うん。ありがとう。アレスも元気でね」

 日向子は最後に空を見上げた。晴れ上がった空に向かって指輪の嵌まった手を翳す。

「そして、スズ。ありがとう。さようなら…」

 日向子の体が炎に包まれて消えた。
 元の世界へと、帰っていった。

 あっという間だった。本当に帰れたのかを確める手段はないけど、帰れたと思う。
 しばらく日向子のいたところを見ていれば、ターリャが声をかけてきた。

「トキ、私たちも帰ろう」
「そうだな。帰ろうか」

 大声で泣いているアレスの方を向く。

「その前にアレスを慰めてやらないとな」
「そうだね。立ち直れると良いけど」
「それは本人次第だな」








 日向子が帰って三日後、アレスは国に帰っていった。無事に任務を完了したことを報告しに行くらしい。
 目元を腫らして鼻も赤かったけど、アレスはここでウジウジしてたら二人に笑われてしまうとしゃんと立ち上がった。

 お互い旅衣装で最後の挨拶を交わす。

「お世話になりました。お二人も、どうかお気を付けて」
「ありがとう。アレスも道中気をつけてな」
「大丈夫ですよ、スズ様が頑張ってくれてますから、ドラゴンも妖魔もしばらくはおとなしくしてくれていますから」
「盗賊とかは?大人しくないと思うけど」
「ああ、そうだった。ありがとうございますターリャさん。しっかりと気を付けますね」

 アレスを見送り、俺達もルティケニーマを後にした。
 どんどんと山が小さくなっていく。そうして、遂には見えなくなった。





 ルシーとゼウイが足取り軽く歩いていく。この二頭はあの後港町まで逃げていってきちんと保護されていた。賢い奴らだよ本当。
 ルシーに跨がったターリャが思い切り伸びをした。

「んーっ!空気が軽いね!空もすごい高い!」
「女王が変わるとこうも違うんだな」

 ターリャが治めていた時代は気温が低く、雨や霧が多かった。だけどその代わり水が豊富で、砂漠以外で水に困ったことはなかった。一方スズの治め始めた瞬間、全てが変わった。
 気温は上がり、空には大きな入道雲が多く見られるようになり、緑が一気に増えた。
 雨の降り方とかヤバイぞ。集中豪雨ばっかだ。
 雨はターリャの時代のが良かったな。結構雨の温度冷たかったけど、まぁそれはそれで気持ちが良かった。

「服も変えないとね」
「確かにな。この装備だと暑くてしかたがない」
「トキ結構暑がりだもんねー!」

 ターリャは、姿こそ変わらないが中身が大きく変わった。
 まず精霊では無くなった。精霊部分は“願い”を叶えた瞬間に消えた。今はほとんど人間と変わり無い。勿論寿命だって人間と同じ速度に固定された。魔力なんかもこれ以上は増えなくなって、ドラゴンを食べることも出来なくなった。その代わり砂漠で謎の消耗をすることもなくなったらしいが。あれ、大変だったからな。

 ああ、そうだ。日向子の持っていた弓はスズが女王になった時に消滅したけど、俺のこの盾はそのまま残った。ターリャ曰く、これは私の一部みたいなもので、私が死なない限りトキの元からは消えないよ、とのこと。まぁ、勿論こちらもこれ以上成長はしないみたいだけど、そんなのは些細なことだ。
 ターリャが隣にいる、それだけで充分。
 そういえば。

「ターリャ、聖域で俺に言い掛けた事があったろ?あれ、なんだ?」
「んー?なんだと思う?」

 意地悪そうな笑みを浮かべてターリャが逆に質問してきた。

「なんだろうな。ホットケーキ食べたいとかか?」
「ちーがーうー!!あの状態で言う台詞じゃないでしょ!!」

 わざと間違えたらターリャが眉間にシワを寄せて全力で否定してきた。

「じゃあなんだ?」
「もー、仕方ないなぁ。トキは鈍感だから教えてあげる」

 ターリャがルシーをゼウイに寄せ、俺の綱を勝手に操作してゼウイを止めた。
 なんだ?とされるがままに向き合うと、ターリャが口を開く。



「トキ、私は貴方の事を愛しています。どうかこれからも一緒に居てくれますか?」



 風が吹いて、ターリャの髪をさらう。
 俺はターリャを見詰め、ふ…、と小さく笑った。

「なに言っているんだ、ターリャ」

 そんなの。

「当たり前だろ?俺だってお前の事を愛してるんだから」

 だからこそ、俺は元の世界を捨ててこの世界を、ターリャを選んだのだから。
 俺の言葉に固まったターリャの顔がみるみる内に真っ赤に染まっていく。ハクハクと小さく唇を動かし、声にならないようだった。
 
「ぅ……ぅぅ……」

 ターリャは唸りながら次第にうつむき、一言。

「トキの癖にそんな言葉言えるなんて聞いてない…」

 トキの癖にってどう言うことだよ。
 あまりにもターリャの反応が面白くてしばらく眺めていたら、バッと顔をあげて俺の手を取った。顔がまだ赤い。

「精霊の愛は一途でしつこいんだからね!覚悟しておいてよ!!」
「ああ、そうするさ」
「絶対に離してあげないんだから!!」
「そうだな。歳を取って、しわくちゃになってしまったとしても、俺はずっとターリャの側に居よう」

 二人でこの世界を生きていくんだ。




「これからもよろしくな、ターリャ」


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
HOT 1位!ファンタジー 3位! ありがとうございます!  父親が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 その他、多数投稿しています! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。

彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。 父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。 わー、凄いテンプレ展開ですね! ふふふ、私はこの時を待っていた! いざ行かん、正義の旅へ! え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。 でも……美味しいは正義、ですよね? 2021/02/19 第一部完結 2021/02/21 第二部連載開始 2021/05/05 第二部完結

家族全員異世界へ転移したが、その世界で父(魔王)母(勇者)だった…らしい~妹は聖女クラスの魔力持ち!?俺はどうなんですかね?遠い目~

厘/りん
ファンタジー
ある休日、家族でお昼ご飯を食べていたらいきなり異世界へ転移した。俺(長男)カケルは日本と全く違う異世界に動揺していたが、父と母の様子がおかしかった。なぜか、やけに落ち着いている。問い詰めると、もともと父は異世界人だった(らしい)。信じられない! ☆第4回次世代ファンタジーカップ  142位でした。ありがとう御座いました。 ★Nolaノベルさん•なろうさんに編集して掲載中。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

全裸ドSな女神様もお手上げな幸運の僕が人類を救う異世界転生

山本いちじく
ファンタジー
 平凡で平和に暮らしていたユウマは、仕事の帰り道、夜空から光り輝く物体が公園に落ちたのを見かけた。  広い森のある公園の奥に進んでいくと、不思議な金色の液体が宙に浮かんでいる。  好奇心を抱きながらその金色の液体に近づいて、不用心に手を触れると、意識を失ってしまい。。。  真っ白な世界でユウマは、女神と会う。  ユウマが死んでしまった。  女神は、因果律に予定されていない出来事だということをユウマに伝えた。  そして、女神にもお手上げな幸運が付与されていることも。  女神が作った別の世界に転生しながら、その幸運で滅亡寸前の人類を救えるか検証することに。  ユウマは突然の死に戸惑いながら、それを受け入れて、異世界転生する。

処理中です...