上 下
89 / 116
五章・五ツ星を目指しまして

『ターリャの狩り』

しおりを挟む
 棍棒を振り回すボアベアがターリャに襲い掛かる。
 大振りで力任せのその攻撃を、ターリャは一心不乱に避けまくった。

 成長して歩幅が大きくなったお陰で、ターリャが容易に捕まることはなくなった。
 だけど、相手は妖魔だ。
 先回りされて棍棒による攻撃を盾で受け止めようとしたが、それを受けきる力が足りずに弾かれて地面を転がった。

 ターリャは確かに強くなった。
 強くなったが、まだまだ経験も浅いし、何より力がない。

 それでもちょこまかと逃げ回りながらターリャは反撃の隙を窺っているのが分かった。
 それに対し、ボアベアはすばやいターリャの動きに翻弄されてイライラが溜まりつつあったのか、しびれを切らしてあちこちの木に体当たりして木をへし折り始めた。

 生木はしなるだろうに、そんなことはお構いなしと次々にへし折っていく。

 やっぱり人を喰っているから更に凶悪になってるな。

 人を食った妖魔は必然的に強くなる傾向があり、それは人間の魔力を食らうからだと言われている。

 この世界の人間は多少なりとも魔力をもっている。
 妖魔の中に魔石があるように、人間にも魔石があるからだ。
 それを食って吸収すると増えるらしい。

 ちなみに人間は石をそのままでは吸収できないらしいから魔石を売ったり買ったり加工したりして活用している。
 まぁ、人間も魔力を補ったりするのにも魔石を使ってない訳じゃない。
 水に長く浸して漏れ出る魔力を水に移らせたり、粉にして飲んだりとか。
 しかし前者では本当にただの魔力補給しかできないし、後者は取り扱い危険らしく最高位の薬師しか持てない。

 噂だとその人にあった魔石じゃないと毒になって、即死、もしくは腕が増えたり体が折れ曲がったりするって話がある。
 あるが、それは素人が下手に手を出さないようにするためのデマで、本当は麻薬的な効果があるからと聞いた。

 使えばもちろん魔力は上がるが、その代わりに人間としての何かが枯渇していって、最終的には廃人になるらしい。

 俺は魔力ないし、溜めておく魔石も体内に存在しないから関係の無い話だけどな。

 余談だが、ドラゴンは魔力が有り余っているからあまり人を食わない。
 だってそもそもあいつらは魔力の塊の妖精が主食だから。

 さて、話を戻すが人を食ったあのボアベアは力が通常個体よりも増している。
 食った数は一人ほどだろうから見た目に変かはないけど、明らかにパワーがおかしい。
 次々に木が折れていっているし、その際にできるであろう傷も見当たらない。

「うーん、結構固そうだな」

 あの分だと急所を攻めるにしたって大変そうだ。
 何せボアベアは毛が針金のように固いから。

 隙を窺っていたターリャが音もなく木陰から滑り出て、ボアベアへと剣を振るう。
 良い太刀筋だ。
 だけど、ボアベアには効かない。

「むっ!?」

 ギャリリと音を立てて剣が弾かれた。

『ブォオオオ!!!』
「!」

 苛立ったボアベアが、ようやく姿を表したターリャに向かって棍棒を振り上げる。
 さあどうする?

「ふっ!」

 振り下ろされた棍棒が盾にぶつかった。
 いや、正確には盾に張巡らされた厚い水の膜にぶつかった。

「ほう」

 思わず感嘆の声が漏れる。

 ターリャの方からドボンドボンと水面を殴るようなくぐもった音が響いてきた。
 なるほど。確かにそれなら衝撃はだいぶ削られてターリャでも受けきれる。
 それに水がクッションになるから盾も傷が付かない。

 ダメージがターリャに通ってないことに気が付いたボアベアが激昂して更に攻撃を加えるが、ターリャはそれをうまく受け流していた。

 というか、少し俺の動きに似ているな。

 盾はあまり教えてなかったが、さすがに毎日見ていれば真似できるようになるか。
 ガンゴンと強く叩き付ける度に棍棒にヒビが入っていく。
 そしてそれが遂に砕けた。

 バラバラと視界に広がる木片にボアベアが注意を向けた、その瞬間ターリャが動き、くるりと身を翻しながら狙いを定めた。

「たぁ!!」

 ズドンと剣から水の玉が撃ち出された。

 威力、大きさ、スピードに申し分無し。
 水の玉がぶつかってボアベアが大きく仰け反った。

 ダメージが浅い!!

「ふっ!!」

 更に二発。

「とりゃあああ!!!」

 最短距離を駆け抜ける為の水の帯を瞬時に生成し、ターリャは一気にそこを駆け抜けた。
 勇ましく雄叫びを上げ、水の帯から跳躍する。

 剣を構え、狙いを定める。

 ドウッと、重い一撃が剣から放たれ、ボアベアはゆっくり仰向けに倒れた。

 ボアベアの上に着地したターリャがボアベアの息を確認して、両腕を振り上げた。

「うおおおおお!!!勝ったああーーー!!トキ、勝ったよーーーー!!!」
「勝負じゃないんだがな」

 苦笑しつつ、俺は隠れていた繁みから這い出て、ターリャの元へと向かった。








 穴が開いたボアベアを解体して、討伐した証を回収する。

「なんというか、ターリャには剣よりも杖を買ってやった方が良かった気がする」

 その方が更に威力も上がっていただろう。

「やだ。こっちのが慣れてるし、護身用にはこれの方が頼もしいもん」
「そうか」

 初手大失敗かと思ったが、ターリャの言う通り、確かに剣を下げた女性に絡みにいこうとする輩は魔術師系の女性よりも少ない。
 それに俺も近くにいるから今んところそう言った案件もない。
 ただ、遠巻きに変な視線を寄越してくる奴は増えているようにも思う。

 首から下げた魔法具のお陰でストーカーされることはないけど、俺の例もあるからこれからはもう少し気を付けないといけないな。

 あらかた解体終わり、使えそうなものを回収し終えた。

「帰るか」

 ズボンの土を叩いて立ち上がると、ターリャが「ねぇ」と声を掛けてきた。

「なんだ?」
「さっきの土饅頭には何があったの?」
「……」

 さすがに誤魔化しきれないか。

「……ターリャにはまだ早いものだ」

 そう言うと、ターリャはムッ!と眉間にシワを寄せた。

「トキ!もう私は子供じゃない!まだ一人前じゃないけど、冒険者なんだよ!守られてばかりじゃいけないでしょ!」
「だがな…」
「それにだいたい見当も付いてる……。…………人が食べられていたんでしょ?」

 一瞬どうしようか思考を巡らせた。
 だけど、ここで変に誤魔化せばダメな気がした。

「……そうだ」
「なら、埋めに行かないと。エサじゃなくて、人間として埋葬してあげなきゃ」

 驚いた。
 まさかそんな言葉が出てくるなんて思わなかった。

 そうだよな。
 俺はこの世界で死体を見すぎて、そういった考えが麻痺していたらしい。

「そうだな……。そうしてやろう」





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
HOT 1位!ファンタジー 3位! ありがとうございます!  父親が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 その他、多数投稿しています! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

家族全員異世界へ転移したが、その世界で父(魔王)母(勇者)だった…らしい~妹は聖女クラスの魔力持ち!?俺はどうなんですかね?遠い目~

厘/りん
ファンタジー
ある休日、家族でお昼ご飯を食べていたらいきなり異世界へ転移した。俺(長男)カケルは日本と全く違う異世界に動揺していたが、父と母の様子がおかしかった。なぜか、やけに落ち着いている。問い詰めると、もともと父は異世界人だった(らしい)。信じられない! ☆第4回次世代ファンタジーカップ  142位でした。ありがとう御座いました。 ★Nolaノベルさん•なろうさんに編集して掲載中。

全裸ドSな女神様もお手上げな幸運の僕が人類を救う異世界転生

山本いちじく
ファンタジー
 平凡で平和に暮らしていたユウマは、仕事の帰り道、夜空から光り輝く物体が公園に落ちたのを見かけた。  広い森のある公園の奥に進んでいくと、不思議な金色の液体が宙に浮かんでいる。  好奇心を抱きながらその金色の液体に近づいて、不用心に手を触れると、意識を失ってしまい。。。  真っ白な世界でユウマは、女神と会う。  ユウマが死んでしまった。  女神は、因果律に予定されていない出来事だということをユウマに伝えた。  そして、女神にもお手上げな幸運が付与されていることも。  女神が作った別の世界に転生しながら、その幸運で滅亡寸前の人類を救えるか検証することに。  ユウマは突然の死に戸惑いながら、それを受け入れて、異世界転生する。

【異世界ショップ】無双 ~廃絶直前の貴族からの成り上がり~

クロン
ファンタジー
転生したら貴族の長男だった。 ラッキーと思いきや、未開地の領地で貧乏生活。 下手すれば飢死するレベル……毎日食べることすら危ういほどだ。 幸いにも転生特典で地球の物を手に入れる力を得ているので、何とかするしかない! 「大変です! 魔物が大暴れしています! 兵士では歯が立ちません!」 「兵士の武器の質を向上させる!」 「まだ勝てません!」 「ならば兵士に薬物投与するしか」 「いけません! 他の案を!」 くっ、貴族には制約が多すぎる! 貴族の制約に縛られ悪戦苦闘しつつ、領地を開発していくのだ! 「薬物投与は貴族関係なく、人道的にどうかと思います」 「勝てば正義。死ななきゃ安い」 これは地球の物を駆使して、領内を発展させる物語である。

婚約者を奪われて冤罪で追放されたので薬屋を開いたところ、隣国の殿下が常連になりました

今川幸乃
ファンタジー
病気がちな母を持つセシリアは将来母の病気を治せる薬を調合出来るようにと薬の勉強をしていた。 しかし婚約者のクロードは幼馴染のエリエと浮気しており、セシリアが毒を盛ったという冤罪を着せて追放させてしまう。 追放されたセシリアは薬の勉強を続けるために新しい街でセシルと名前を変えて薬屋を開き、そこでこれまでの知識を使って様々な薬を作り、人々に親しまれていく。 さらにたまたまこの国に訪れた隣国の王子エドモンドと出会い、その腕を認められた。 一方、クロードは相思相愛であったエリエと結ばれるが、持病に効く薬を作れるのはセシリアだけだったことに気づき、慌てて彼女を探し始めるのだった。 ※医学・薬学関係の記述はすべて妄想です

異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?

お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。 飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい? 自重して目立たないようにする? 無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ! お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は? 主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。 (実践出来るかどうかは別だけど)

処理中です...