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四章 虚空を統べる者
59話
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「言っておくけれど、ナナリアは殺してはないわ。 その命令を貰った直後に、銀の翼から逃げ出したのよ」
アリアの話を聞き、誰もが黙り込んでいた。
自分を捨てたとはいえ、母親を殺すように命じられる。その心情を推し量る術はない。見ればアリアは、無表情のままでテーブルの上を眺めている。ビャクヤがそっと手を握っているが、それでも感情らしい物は浮かべていない。
感情を押し殺しているのか。それとも、それが彼女が身に着けた処世術とでもいうのか。
空気が軋む様な重い沈黙を、パーシヴァルが破る。
「色々と事情を抱えている様子だけれど、この続きは明日にしよう。 憲兵団も強襲作戦で人員が裂けないらしい。 ここで聴取を続けても、二度手間になるからね」
「それで、ギルドマスター。 アリアの処遇は……。」
「心配しなくても大丈夫だ。 彼女は司法取引をしたという事で処理を進める。 銀の翼の仲間を売った、ということにして話をつけておくよ」
それを聞いて、胸をなでおろす。
さらに詳しく聞くと、アリアは多少の罰は受けるだろうが、死罪は免れる公算が大きいらしい。
パーシヴァルからも口添えしてくれるとのことで、まずは一安心と言ったところだろう。
ビャクヤと顔を見合わせていると、パーシヴァルはそう言えばと言葉をつづけた。
「今日は、この建物の休憩室で寝ると良い。 高位の冒険者とギルド職員が滞在しているから、宿よりも安全なはずだ」
確かに、半壊したとはいえ銀の翼の脅威は完全には去ってはいない。
アリアの言う主力部隊を消したとはいえ、工作員が街中に散らばっているのであれば油断はできない。
それにもっとも危険なハイゼンノードが未だに捕まっていないのだ。
またしてもパーシヴァルの世話になる形だが、ここは素直に厚意に甘えるべきだろう。
「すみません。 なにからなにまで」
「我輩はどこでも眠れるから問題はない。 それにアリアも安全な場所で眠りたいであろう」
見ればアリアは、小さな欠伸をかみ殺していた。
アリアは常に銀の翼の構成員に追われていた身だ。どれほどの負荷が幼い体と心にかかっていたのか計り知れない。
それに俺達に捕まってからという物、街中を連れ回したり銀の翼の本拠地へ向かったりと、休む暇はなかった。
その点、このギルドは高位の冒険者御用達の窓口であり、万一の安全性という意味ではこのウィーヴィルの中でもトップクラスだ。身を休めるという意味では、これほど安心できる場所もない。
「なら決まりだね。 それじゃあ、私はこれで失礼するよ」
そう言うと、パーシヴァルは席を立つ。
恐らくだが俺達が荒らし回した状況の整理と、後片付けが待っているのだろう。
だがその背中に、どうしても問いかけておきたいことがあった。
「ギルドマスター、最後にいいですか? あのハイゼンノードという男は、いったい何者なんですか? 明らかに普通じゃなかった。 なぜあんな奴がこの街に?」
ハイゼンノードの存在は、狂人の一言では片付けられない。
幼いアリアに魔法を教える技術と、卓越した魔法の知識。
出る場所に出れば、世間から多大な評価をされていたに違いない。
そんな男がなぜあんな組織のリーダーに収まっているのか。それを過去の友人であるパーシヴァルならば知っているのではないか。そう思ったのだ。
案の定、パーシヴァルは慎重に言葉を選んでいた。
「彼は、なんと言えばいいのか。 一つの才能に特化したあまりに、人間性を失ってしまったんだ。 彼は元々、私のパーティと繋がりがある人物でね。 魔法に関する助言を貰っていたほどだ」
パーシヴァルにとっても、それは良い思い出ではないのだろう。
彼の顔には、感情をひた隠しにした微笑が張り付いている。
「だが、パーティの解散を境に私達は決別した。 その後、私はこうしてギルドマスターの座に就き、彼は姿を消した。 そう思っていた。 だがこうしてこの街に留まっている理由としては……。」
「決別したギルドマスターとの因果が理由だと? なんなんですか? その決別した理由って」
一歩、踏み込む。
話の流れで、パーシヴァルは確執について触れようとしなかった。それが意図的なのか、無意識なのかは不明だ。
だがこの話を始めた時から、英雄とも呼ばれた彼の雰囲気が余裕のない物に変わっていた。
パーシヴァルとハイゼンノードの間には確実に因縁がある。それが彼の様子からは如実に感じられた。
ただ、俺の質問と同時に、ちりりと首元を焼くような緊張感が広まった。
それは目の前のパーシヴァルから発せられていた。
怒りの混じった視線が、俺の瞳を射抜いた。
「それを聞いたところで何になる? ハイゼンノードは優れた研究者であっても、とびぬけて優秀な魔導士という事でもない。 憲兵団の精鋭が向かえば、難なく捕らえることができる。 それで全ては、丸く収まる。 君たちは状況を悪化させないよう、この場所で待機していてくれ」
威圧するかのような怒涛の物言いに、思わず押し黙る。
そこには、いつも余裕の笑みを浮かべていたギルドマスターとしての面影はない。
あるのは明確な拒絶の意思と、激しい怒りの感情だけだ。
見ればビャクヤやアリアも、パーシヴァルの方を見て固まっていた。
余りに今までの彼とはかけ離れた姿に、どう反応していいのか迷っているのだろう。
それは俺も同じだった。
豹変したパーシヴァルの姿に、言葉を返せずにいた。
ただ本人も気付いたのか、パーシヴァルはバツが悪そうに顔を伏せる。
「すまない、言い過ぎた。 でも分かって欲しい。 君達にも触れられたくない過去がある様に、私にも思い出したくない過去があることを」
そう言うと、彼は部屋からでていった。
残されたのは重い空気と、英雄と呼ばれた冒険者と狂気に染まった研究者の間にあるであろう、確執の謎だけだった。
アリアの話を聞き、誰もが黙り込んでいた。
自分を捨てたとはいえ、母親を殺すように命じられる。その心情を推し量る術はない。見ればアリアは、無表情のままでテーブルの上を眺めている。ビャクヤがそっと手を握っているが、それでも感情らしい物は浮かべていない。
感情を押し殺しているのか。それとも、それが彼女が身に着けた処世術とでもいうのか。
空気が軋む様な重い沈黙を、パーシヴァルが破る。
「色々と事情を抱えている様子だけれど、この続きは明日にしよう。 憲兵団も強襲作戦で人員が裂けないらしい。 ここで聴取を続けても、二度手間になるからね」
「それで、ギルドマスター。 アリアの処遇は……。」
「心配しなくても大丈夫だ。 彼女は司法取引をしたという事で処理を進める。 銀の翼の仲間を売った、ということにして話をつけておくよ」
それを聞いて、胸をなでおろす。
さらに詳しく聞くと、アリアは多少の罰は受けるだろうが、死罪は免れる公算が大きいらしい。
パーシヴァルからも口添えしてくれるとのことで、まずは一安心と言ったところだろう。
ビャクヤと顔を見合わせていると、パーシヴァルはそう言えばと言葉をつづけた。
「今日は、この建物の休憩室で寝ると良い。 高位の冒険者とギルド職員が滞在しているから、宿よりも安全なはずだ」
確かに、半壊したとはいえ銀の翼の脅威は完全には去ってはいない。
アリアの言う主力部隊を消したとはいえ、工作員が街中に散らばっているのであれば油断はできない。
それにもっとも危険なハイゼンノードが未だに捕まっていないのだ。
またしてもパーシヴァルの世話になる形だが、ここは素直に厚意に甘えるべきだろう。
「すみません。 なにからなにまで」
「我輩はどこでも眠れるから問題はない。 それにアリアも安全な場所で眠りたいであろう」
見ればアリアは、小さな欠伸をかみ殺していた。
アリアは常に銀の翼の構成員に追われていた身だ。どれほどの負荷が幼い体と心にかかっていたのか計り知れない。
それに俺達に捕まってからという物、街中を連れ回したり銀の翼の本拠地へ向かったりと、休む暇はなかった。
その点、このギルドは高位の冒険者御用達の窓口であり、万一の安全性という意味ではこのウィーヴィルの中でもトップクラスだ。身を休めるという意味では、これほど安心できる場所もない。
「なら決まりだね。 それじゃあ、私はこれで失礼するよ」
そう言うと、パーシヴァルは席を立つ。
恐らくだが俺達が荒らし回した状況の整理と、後片付けが待っているのだろう。
だがその背中に、どうしても問いかけておきたいことがあった。
「ギルドマスター、最後にいいですか? あのハイゼンノードという男は、いったい何者なんですか? 明らかに普通じゃなかった。 なぜあんな奴がこの街に?」
ハイゼンノードの存在は、狂人の一言では片付けられない。
幼いアリアに魔法を教える技術と、卓越した魔法の知識。
出る場所に出れば、世間から多大な評価をされていたに違いない。
そんな男がなぜあんな組織のリーダーに収まっているのか。それを過去の友人であるパーシヴァルならば知っているのではないか。そう思ったのだ。
案の定、パーシヴァルは慎重に言葉を選んでいた。
「彼は、なんと言えばいいのか。 一つの才能に特化したあまりに、人間性を失ってしまったんだ。 彼は元々、私のパーティと繋がりがある人物でね。 魔法に関する助言を貰っていたほどだ」
パーシヴァルにとっても、それは良い思い出ではないのだろう。
彼の顔には、感情をひた隠しにした微笑が張り付いている。
「だが、パーティの解散を境に私達は決別した。 その後、私はこうしてギルドマスターの座に就き、彼は姿を消した。 そう思っていた。 だがこうしてこの街に留まっている理由としては……。」
「決別したギルドマスターとの因果が理由だと? なんなんですか? その決別した理由って」
一歩、踏み込む。
話の流れで、パーシヴァルは確執について触れようとしなかった。それが意図的なのか、無意識なのかは不明だ。
だがこの話を始めた時から、英雄とも呼ばれた彼の雰囲気が余裕のない物に変わっていた。
パーシヴァルとハイゼンノードの間には確実に因縁がある。それが彼の様子からは如実に感じられた。
ただ、俺の質問と同時に、ちりりと首元を焼くような緊張感が広まった。
それは目の前のパーシヴァルから発せられていた。
怒りの混じった視線が、俺の瞳を射抜いた。
「それを聞いたところで何になる? ハイゼンノードは優れた研究者であっても、とびぬけて優秀な魔導士という事でもない。 憲兵団の精鋭が向かえば、難なく捕らえることができる。 それで全ては、丸く収まる。 君たちは状況を悪化させないよう、この場所で待機していてくれ」
威圧するかのような怒涛の物言いに、思わず押し黙る。
そこには、いつも余裕の笑みを浮かべていたギルドマスターとしての面影はない。
あるのは明確な拒絶の意思と、激しい怒りの感情だけだ。
見ればビャクヤやアリアも、パーシヴァルの方を見て固まっていた。
余りに今までの彼とはかけ離れた姿に、どう反応していいのか迷っているのだろう。
それは俺も同じだった。
豹変したパーシヴァルの姿に、言葉を返せずにいた。
ただ本人も気付いたのか、パーシヴァルはバツが悪そうに顔を伏せる。
「すまない、言い過ぎた。 でも分かって欲しい。 君達にも触れられたくない過去がある様に、私にも思い出したくない過去があることを」
そう言うと、彼は部屋からでていった。
残されたのは重い空気と、英雄と呼ばれた冒険者と狂気に染まった研究者の間にあるであろう、確執の謎だけだった。
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