愛玩動物(ペット)な人生では終わりません! ~ネコによるネコのためのネコ生改善計画~

蟻と猿の糸つむぎ

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18皿目:あふれる気持ち

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 ーー朝食後、不知火が寝床でのんびり腹をさすっていると、アルジがやってきて不知火をヒョイと捕まえ、胡坐をかいた足の間に毛布を敷いて抱きかかえた。

 なんだなんだと思っていると、アルジの大きな右手が不知火の頭を撫でてくる。
 そしてそのまま下がってきた手が首元に当てられ……熱を測られている。

「?アルジ、べつに俺、調子とか悪くないけど……」

 むしろ、美味しい果物が食べられて絶好調である。

 そうは思いつつ、お腹がいっぱいで動きたくはなかったので、されるがままに身を委ねた。


 アルジは次に、顎関節の部分に指を押し当てて不知火の口が閉まらないようにしてから、マジマジと口内を覗きこんできた。


「……はぇ?はんはおえ、おうはえはっはお?」


 ーーゴグゥァゴゥアァォウォゴ……ガゴガガゴグァォァ……


 まさか、さっきの果物を口から出せとでも言うのだろうか?

 不知火は言葉にならない抗議の声の代わりに、べろべろと舌を動かして観察の邪魔をしてみる。


 アルジはべろべろ回る舌に文句を言うでもなく、しばらく眺めていたが、やがて顎関節部の手を離した。
 そして、今度は上下の唇をぺらりと捲って、歯茎の様子を確かめだした。


 ……不知火はまだ25歳だ。

 ここに来てからもアルジに歯ブラシをしてもらい、健康的な口内をキープしている。
 なので、歯周病とか虫歯とかはまだまだ大丈夫だと思うのだが…………

 
 …………いや、アルジ。ほんとに何をしてるんだ?


 不知火はさすがに困惑してアルジを見上げた。

 すると、アルジも心なしか眉を下げ、眼力を半減させてこちらを見ている。

 …………よく分からないが、アルジも困っているみたいである。


 アルジと不知火は、しばらく見つめ合ったまま、同じ方向に首を傾げた。



 ……ずっとそうしている訳にも行くまい。

 視線を外したのはアルジが先だった。
 先に目線を外したほうが負けとかいうゲームは特にやっていなかったが、不知火は少しだけ勝ったような気持ちになった。

 アルジはもちろん、そんな事は気にする訳もなく、膝の上の不知火を抱いたまま立ち上がって本棚へとやってきた。

 本棚には、地球でいう大型古書に相当する大きさの、分厚い革の装丁をした本がいくつか並べられている。
 アルジはその中の1つを取って再び胡坐をかき、不知火の乗っていないほうの足の上で本を広げだした。

「おお!化け物の世界の本!……って、何だこれ。ネコ……いや、ライオン?トラ、ジャガー、チーター、ピューマ……?大型の肉食獣ばっかりじゃん」


 一緒になって本を覗き込んだ不知火は、再び頭の中がハテナでいっぱいになった。

 筋骨隆々で力強い体に、不知火1匹くらいなら軽々と引き裂けそうな大きく逞しい牙……大型ではあるが、どれも等しくネコ科に似た生き物で揃えられている挿絵は、モノクロだが写実的で、どのネコが何をしているか等がひと目で分かるようになっている。

 木の上でくつろぐ斑点柄のネコ、猫用トイレを使おうとする長毛のネコ。歯を剥きだしにして威嚇をしているライオンみたいなネコ、食事をするネコと様々な食材のイラスト……

 出くわしたら大変だが、見ている分にはとても可愛いおっきなニャンコ達の絵を見ているうちに、不知火はピンと閃いた。


「わかった。これ、ネコの飼育書だろ?」


 最初のほうには様々な種類のネコが沢山並んでおり、後ろのページに行くにつれ、ネコが化け物の家で暮らす様子を描いた絵や、ネコの爪にクローズアップした図説、グル―ミングされているネコ、ネコのトイレをラインナップした絵などがある。


 なぜアルジがネコの飼育書なんて持っているのか。……まさか、不知火を差し置いてネコを飼おうとでもいうのか?……とは、一瞬だけ思ったが、そんなわけはない。

 不知火に与えられている、猫砂入りのトイレ……あれは思い返してみれば、不知火の知っている小さくて可愛いイエネコのトイレにしては、随分大きくて広い作りだった。

 この本の中にも似たような挿絵が出ている。
 十中八九、大型ネコ科用のトイレを買ってきて不知火に与えてくれたのだろう。

 ……どちらかというと猿に近い生き物である自分のトイレが、なぜ猫砂に猫トイレなのか……今までも、疑問には思っていたのだが。
 この、使い古された飼育書を参考にしていたのだったら、全てに納得がいく。



 ーーそんなことを、つらつらと考えていた不知火。

 飼育書をパラパラと捲っていたアルジの手が止まったのに気が付き、視線を戻すと、そこには元気がなさそうに伏せったネコと、色々な野菜や果物、植物の絵が描かれていた。


 ――ゴァゴグルグルォオゴォオアァア


 もう一度口の中に指を突っ込まれ、真剣な顔で覗き込まれる……その視線がちらちらと本の文章のほうを行き来していて、不知火は「ははぁん」と納得した。


「うんうん。俺が動かないから、ヤバいもの食って腹壊したんじゃないかって、心配してたのね?それで口ん中見てたの?ははっ。大丈夫大丈夫」


 思わず笑ってしまった不知火に対し、アルジはいまだ心配げな様子である。

 そこにはどんな解説が書かれているのか……アルジは不知火の頭をヨシヨシと撫でさすると、もう一度唇をぺろんと捲って眺め、瞼もぺろんと捲って眺め、お腹に右耳を当ててお腹の音を聞き始めた。


「あっ、ちょっ待……ぐははは!くすぐったい!耳毛くすぐったい!やめて、これ!」


 ――オォゴァ、グゥア


 人間の耳たぶに似た黒い耳は以外に柔らかく、そこに生える短くて黒い毛が不知火の腹部をさわさわする。
 ペシリとアルジの額を叩いて抗議するが、アルジは聞き入れず、なんだか一生懸命に腹の音を聞いているだけだ。

 不知火は、ちょうど目の前にあるアルジの左耳を掴んだ。


 ーーピクンッ

 ネコの耳のように激しく震えた黒い耳は、ピンと上を向いたまま動かなくなった。アルジの大きな頭も腹の上から動かない。
 もう一度力を込めてギュッと耳を握りこむが、アルジの頭は無反応である。

 不知火は、こそばゆい腹部をヒクヒクさせたまま、アルジの耳を揉んで気を紛らわせることにした。


 ――サスサス

 ――ピクピク

 ――ゴシゴシ

 ――ピクピク……


 不知火が触る度にピクピク震える黒耳は、結構面白い。
 アルジの耳毛が腹の上を擦る度、耳を握った手にギュッと力がこもる。
 それでも腹に回された腕は少しも緩まないが、代わりにさわさわ触れていたアルジの頭が、だんだんペッタリと腹部にくっつき始めた。


 ーーそっか、耳毛が動かなければそんなにくすぐったくないな。


 不知火は、アルジの頭が動かないよう、ギュウッと両腕でアルジの頭を抱き込むように包囲した。
 アルジは一瞬、身を固くしたが、無理に包囲網を破ろうとはせず、右耳はぺったり腹につけたままだ。


 形勢逆転、と不知火はほくそ笑んだ。


 空いた両手で左耳をじっくりと弄ぶ。

 耳たぶの中や裏側、耳の付け根など、ピクピク反応があればさらにしつこく触り、時には強く、時には羽のように優しく……不知火は存分に、柔らかい毛の生えたふわふわした耳を触りまくった。


 ーーあああ、なんだか、久しぶりに動物を愛でられた気分……


 自分の膝に収まるサイズの毛深い黒い塊は、よく見ればどでかい胴体にくっついているのだが…………従順で大人しく、撫でられるままになっている姿が、まるでうっとりしたネコのようである。

 後頭部には毛足の長いフワフワした黒毛が揺れていて、思わずそこへ手を埋めてみれば……毛玉の鼻先から、「フゥ」と小さな吐息が漏れ出した。


 ――……可愛い。


 顔を見たらもちろん、ゴツくてワイルドな強面がある筈なのだが……このアングルからでは、完全にただの獣である。


 手触りも温かさもばっちり。
 頬ずりしたい。顔、うずめたい。


 不知火は欲望に抗わず、身を屈めるとその首元に思い切り顔をうずめた。



「すーーはー。すーーはー。……あー、気持ちい。いい匂いする~~……」


 それは太陽と、動物の匂い。
 それから、風呂で使っている石鹸の香り。


 ――グル?


 動きの止まった不知火を不思議に思ったのか、アルジがふと顔を上げる。


 ――目と鼻の先に、ゴツい強面。


「アルジ」


 不知火は幸せな気持ちのまま、アルジの鼻の先に自分の鼻先をくっつけた。

 ネコとネコのキス。

 あったかいあったかい、親愛の気持ち。


 ――グゥア


 チュン、と唇に触れた柔らかい感触。
 トクン、と心臓が脈打つ。

 それがとても気持ちよくて、不知火は堪らず、もう一度鼻先を擦りつけた。
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