愛玩動物(ペット)な人生では終わりません! ~ネコによるネコのためのネコ生改善計画~

蟻と猿の糸つむぎ

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14皿目:小敵とみて侮るな

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 トイレからチビを連れ帰ったボガードは、昼飯でも作ってやろうかと、チビを寝床に下ろして釜戸へとやってきた。
 しかしそこで、予期せぬ事態が起こった。

 チビがタタタと走ってきたかと思うと、調理台の上によじ登り、そのままシンクの水に飛び込もうとしたのである。


 手に持った薪を放り投げてチビを捕まえにいったボガードは、しかしチビにまたしても顔をペチペチと叩かれて拒絶を示され、低く唸り声を上げた。


「おい……いくら可愛いからといって、何でもしていい訳じゃない」

 小さな手のひらは硬いところなどどこにもなく、叩かれてもむしろ柔らかく気持ちが良い。
 だからといって、これで誤魔化されるボガードではない。

 悪戯はダメだ。
 よりによって、冷水に自ら飛び込むだなんて。
 危険が伴う遊びは飼い主が毅然とした態度で止めてやらなければ、命に関わる大惨事にもつながる。


 ――キィィ、キィィイ

「ダメだ。大体おまえは泳げるのか?この間、水をかぶって気絶したばかりだろう」


 齧ったり蹴ったり、しばらく大暴れをしていたチビだったが、ボガードがひときわ低い声で威嚇してみれば、途端におとなしくなる。

 ボガードは苦笑し、チビの頭をひと撫でして再び寝床へと戻してやった。

 チビは鳴くのをやめて毛布に包まり、またひと寝入りするようであった。



 ――ボガードは、薪をくべたり野菜を切ったりとしばらく忙しくしていたが、ふとチビがまた寝床にいないことに気づき、キョロキョロと辺りを見回した。

 先ほど、目を閉じたのを見届けたばかりである。
 一体、どこへ行ったのか。

 トイレにも木箱の上にもいない……と確認していたところで、ふと、風呂場の扉が少しだけ開いていることに気がつく。

 慌てて風呂場に行ってみると、なんとチビは、浴槽の縁に座って足を湯につけ、気持ちよさそうに水遊びをしていた。

 手には、台に置いてあったはずのタオル。
 黒く艶やかな髪が水に濡れ、その先から雫がぽろぽろと湯舟に落ちていく。


「チビ」

 ――ッ!?

 ボガードが来たことに気づいていなかったのか、声をかけられて驚いたチビは、飛び上がった拍子にズルリと足を滑らせた。

 浴槽に置いていた尻がズルリと滑り、あわや転落……となりかけた所で、ボガードに小脇を抱えられる。

 ――キィィ?

「何をしているんだ……水遊びは諦めたんじゃなかったのか」

 ――まったく、油断も隙もない。

 チビの体は全身ずぶ濡れで、もう大分前から水遊びをしていたようだ。

 もしかしたら、寝ようとしていたのはボガードを油断させるための偽りで、ボガードが気をそらした直後に抜け出してきたのかもしれない。

 ―――ナァゥ

 悪びれもなく首を傾げて甘えた声を出すチビに、ボガードは呆れてため息を吐いた。

「遊んじゃいけないんだ、チビ。この水はな、釜戸の排熱で温めているから、飯を作れば熱くなるが、火を消せば冷たくなる。朝の排熱が残っていたんだろうが、今また釜戸に火を入れたから、気づかなければ火傷していたかもしれない。予熱がなけりゃ、お前にとっては気絶するほど冷たくもなる。いいか、お前はここには入るな。絶対だ…………いや、俺がいない時は、だが……」

 滾々と言ってもどうせ意味は分からないだろうが、ボガードが怒っていることは伝えなければならない。

 ボガードはしっかりとチビを睨みつけ、低い威嚇の唸り声を交えながら言葉を紡いでいた。
 ……つもりだったが、チビが途中で「くぅん……」なんて可哀想な声を上げるので、その言葉は尻すぼみになってしまった。


「…………ああ、わかったわかった。俺がちゃんと見ていれば良いんだろう……しかし、本当に危ないんだ。それは分かってくれよ……」


 漆黒の瞳が濡れてくるりと光り、ボガードを怯えたように見上げる。

 可哀想になって、ボガードがついチビに顔を近づけると、チビは両手をボガードの頬に回してスリスリと自分の頬をくっつけてきた。
 ツヤツヤの頬に光っていた水滴が、ボガードの頬にもポロポロと零れる。


 ……許してくれ、と全身で訴えているようである。


「……はあ。ほら、拭いてやるから、もう出ろ。……風呂場にカギでもつけておくか」

 ボガードは怒るのを諦め、チビを抱いたまま浴室を出ようとした。

 ところがチビは、ボガードがタオルを取ろうと片手を離した瞬間、大きく体を捩ってボガードの腕から抜け出してしまった。

 これにはさすがのボガードも目じりを吊り上げようとしたが……チビは抜け出したはずのボガードの手を掴み、何か必死に……訴えているようだ。

 ――ニャー!ニャー!

 ボガードの手に全体重をかけ、ぐいぐいと引っ張っていく。


「………………」


 何をしたいのかくらいは確認してやろうと、ボガードは抗わずに少しだけつき合うことにした。


 チビはボガードを浴槽の縁まで連れていき、背中側に回り込むと、浴槽のほうへぎゅうと押し込めた。

「……なんだ、温度を見て欲しいのか?いや、入ってほしいのか」

 ボガードが足を持ち上げて入る素振りをすると、チビは「正解!」と言わんばかりに声高く「ニャー!」と鳴く。

 そしてザブンと波を作って浴槽につかったボガードにキャッキャと喜び、自分も一緒に浴槽へと入ってきた。


「おい……熱くないか?……気絶しないか?」

 前科のあるチビのこと、ボガードとしては心配だ。
 しかし、傷も順調に治ってきたし、冷たい水でもないので、沁みもしないし心臓も止まらない……と、思う。


 チビが当然のようにボガードに背をもたれかけさせ、湯舟に肩まで浸かって「フゥゥ……」と息をついたので、ボガードも邪魔はしまいと、様子は見つつもされるがままになってやった。



 ――チャプ、チャプ……


 チビが両手を動かす度に、浴槽ギリギリまで溢れた湯が楽し気に音を立てる。

 チビはどうやら、風呂が好きらしい。


 持っていたタオルで体中をごしごしと擦り、それが終わると頭の毛の部分を全て湯につけ、仰向けになったままふるふると体を揺すった。

 汚れを落としているのだろう。
 湯の水面に浮かんだ埃や垢は、ボガードが桶で掬って排水に流してやる。
 

 湯に揺れる黒髪がボガードの胸元をたゆたい、少しくすぐったい。

 体を洗う用の石鹸を出してやり、泡立てて見せると、チビはボガードの手を持って自分の頭につけさせ、泡の乗った髪をゴシゴシと擦り始めた。

「石鹸の使い方がわかるのか。……よし、洗ってやろう」

 ボガードはチビの細い黒髪を出来るだけ優しく、梳くようにして洗っていく。

 気持ちよさそうに目を閉じているので、ボガードはチビの体が出来るだけ湯から出るように膝を上げて調整し、泡立てたタオルで、首、背中、腹に尻と、体のほうも順々に洗ってやった。

 目はとろんと閉じかけ、体は完全に脱力している。

 それでも、胸から腹部、下半身にかけてはくすぐったいらしく、ボガードの手が2度3度と往復すると、「ナァァ……」と声を上げて体を折り曲げた。
 それが可愛くて、ついつい意地悪をしてしまう。

 ――キィイィ……!

「くくっ。大丈夫だ、しっかり洗ってやる」

 人族だろうが動物だろうが、恐らく共通して敏感だろう体の表の部分。
 多分やめろと言っているのだろうが、ついつい虐めたくなってしまうのはチビの反応が可愛いからだろう。

 脇の下に胸、臍、股座……ビクビクとするたびに、ボガードの嗜虐心が刺激されていく。
 ゴシゴシとしつこく擦ってやれば、小さく鳴き声を上げて身を捩る。
 チビの下腹部にある小さなオスの部分がピクリと動き、少しだけ頭をもたげた。


 チビはギュウッと目を閉じ、口を固く結んでボガードの顔を叩き始めた。
 オスの証が立ち上がり始めても、そこにはやはり可愛らしさしかなく……ボガードはそこでようやく悪戯の手を止め、置いてあった桶に湯を汲むと、チビの体を濯いでやった。


 ――キィイィッ


「ああ、悪い悪い。少し意地悪をしすぎたな」


 怒っているらしく牙を剥いて顔を叩いてきたチビの手を、ボガードは上から自分の手で覆い、顔を覆ったまま深いため息を吐いた。


 ーーああ、可愛い。


 ーー可愛くて、可愛くて、仕方がない。



 これは困った。こんなの、どうやって飼えば良いというんだ。


 ボガードは自分の下腹部が、湯の中に沈んでいることに感謝した。
 もしそれを知られてしまえば、この小さく可愛らしい生き物は、さすがに怖がるだろう。

 自分のような大きなオスが、こんな小さな体を暴くわけにはいかない。

 ……というかそもそも、飼い主がペットに手を出すなんて、これまで聞いたこともない。

 ボガードは自分の変化に少し困惑しながら、それでも心の中が温かいもので満たされていくのを自覚していた。

 可愛くて可愛くて、いつまで見ていても見飽きない生き物。


 ――できれば、こんなふうにこの生き物をずっと愛でていたい。
 
 ーーこうやってずっと一緒に、楽しく笑って暮らしていきたい。



 まだまだ怒っている様子の可愛い生き物を宥めつつ、ボガードは自然と、そう思った。


「……はは。それにしても、チビが風呂好きとはな……猫なら足が濡れただけでも嫌がるっていうのに」


 ――何はともあれ、これでチビが水に飛び込もうとした理由は分かった。


 これからは定期的に風呂に入れてやらなければ、とボガードは苦笑しつつ納得したのだった。

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