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第7章 黄昏に燃える光
第7話 華麗
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「ようテオン。大分限界みたいだな。俺も参戦していいか?」
「アスト!!」
荒々しい着地から、流れるように亀の尻尾を受け流した彼は、巨大な亀の山を見上げながら不敵に笑う。
限界まで魔力を消費し、回避もままならなくなった僕には心強すぎる援護だ。
「それにしてもとんでもねえデカブツだな。こんな気合いの入った贈り物をテオンにだけ用意してるとは、妬けちまうぜ」
「アスト……。ありがとう、助かったよ。はあ、はあ……。でもこっちに来ちゃって、良かったの?」
「ん?前衛か?それなら心配ない。ハロルドもいるしアデルもよくやってる」
アストと話しながら僕はさっと立ち上がる。相変わらず足に力が入らない。
亀の尻尾は再び天に向かって伸び始め、こちらに振り下ろされる。
「ここまで自在な尻尾ってのは初めて見たな。こいつ本当に亀か?実は尻尾だけ別の生き物なんじゃねえのか?」
アストの余裕な態度は崩れない。鞭のようにしなって速度を増した尻尾を、長剣で優しく撫でるようにすり上げると、その先端は僕らの左側の地面にびたんと叩きつけられた。
尻尾の動きが止まったのはその一瞬。彼は身体を捻りながら振り上げた剣を引き付け、横凪ぎに振るい、斬り下げ、斬り上げ、再度切り下ろし、そして突き刺した。
その剣撃の全てが気と鱗の両方の隙間を縫っていた。ぴったりと閉じていた鱗が逆立って剥がれ掛けている。
亀の尻尾は今度もすぐに短く戻っていく。攻撃の隙は本当にあの一瞬しかないのだが。
「ぐおおおおおっ!!!!」
突如悲鳴が上がる。それは尻尾が引っ込んだ瞬間だった。
「おっ。効いたみたいだな」
「すごい……まさかそんな手があったなんて」
さっきアストが付けた傷。それは的確に亀の尻尾の鱗をずらしていたのだ。剥がれ掛けた鱗もそのずれの一つでしかなかった。尻尾が縮んだ瞬間にずれた鱗が皮膚に刺さったのだ。
「伸び縮みするのに鱗に覆われてるなんておかしいからな。そういう歪んだところには弱点が隠れてるもんだ」
整然と並んだ鱗に僅かに立てた波風が、堅牢だったキングタートスの守りをいともたやすく崩したのだ。
「いける……。アストとなら、あいつを倒せる……」
この1手で僕は大きな安心感を覚えた。アストが村を出ていったのは10年前。その頃はまだ戦いの心得など縁遠かった。彼に教えを受けられていれば、もっと強くなれていた。そう直感した。
「ぐおおおっ!!」
亀はもう尻尾を伸ばすのを怖がったのか、千切れた後ろ足を地面に擦り付けたまま、無理矢理こちらを向いた。
「おっ。次は何で来るかな?」
そう言いながら既に彼は駆け出している。みすみす先手を譲ることもない。亀の身体が半分ほど回転したところで、彼はぐっと足に力を溜める。
亀の首がこっちを向いた瞬間、既にアストは宙を跳んでいた。
「ほら、そんなにのっそりしてたら先手は取れないぜ、っと……」
彼は空中で身体を捻りながら剣を構え、持ち上がった頭に突き刺す。着地の衝撃を乗せたその刺突は、亀の巨体には大したことのない一撃だが。
「気が……大きく緩んだ!!」
あの亀を大いに驚かせることには成功していた。そして驚きは気を乱す。
「今のうちに!!」
いつの間にか位置を変えていたララが、亀の後ろ足、先ほどの傷口に弓を射る。
「ぐがあああっ!!!!」
「効いた!!」
凄い……。アストが入っただけで、明らかに亀を翻弄出来始めている。僕のような大技はなくとも、最小限の動きで最大限の効果を発揮し、こんなに大きな山も確実に切り崩している。
アストとララの今の連携は、まさにアルト村で教えられている理想的な狩りの姿だった。
(そうか……僕は光の力を手にしたことで、いや、前世の記憶が蘇ったせいで、知らず知らずのうちにこの動きが出来なくなって来ていたんだ……)
柄を握る手にぐっと力を込める。相変わらず魔力は足りていないが、息は大分整ってきた。光は使えなくとも、剣でならある程度動けるだろう。
「よっと、まだまだ行くぜ!!」
アストは亀の頭に乗ったまま剣を振るい続けている。狙っているのは首の付け根だろうか。
彼の剣技は華麗で、まるで踊っているようだと人は言う。
この世界の剣士の多くはシステムに頼っていた。工夫のない単調な、型通りの動きしかしていなかった。だから踊るようだというのも、ただ型に囚われない動きをしているだけだと思っていた。
僕にも出来ている動きだろうと、勘違いしていた。
彼の踊りは格が違った。僕は忘れていたのだ。敵を前にして、1人で華麗に踊れるわけがない。
彼は、相手を踊らせるのだ。相手を翻弄し、自分に合わさせ、剣の舞いに相手を乗せる。それがアストの踊る剣なのだ。
「ぐおおおおっ!!!!」
ずどん!!
遂に亀が地面に伏せる。
僕はさっと右前足に跳び乗り、その付け根へ剣を向ける。
亀の守りは随分弱まっていた。外側の気は殆どそぞろになっているし、内側も大分隙間が見えるようになっている。
「そこっ!!」
いくつかの隙の重なった一瞬を見逃さず、深く剣を突き刺す。鱗の薄い前腕の付け根でも、分厚い皮を突き通すのは至難の技だったはずだ。それがいとも簡単に筋繊維まで届いた。
これなら本当に倒せる!!そう確信したときだった。
ぐらっ……。
足元が大きく揺れ、バランスを崩す。咄嗟に甲羅の上へと跳び移る。亀の足はその甲羅の中へと仕舞い込まれていくところだった。
「おっと、引きこもっちゃうの?」
アストもさっと甲羅の上に飛び乗っていた。岩山のようにごつごつした亀の背中に生えた低木に掴まり、揺れが収まるのを待つ。
「ああ!もうっ!!これじゃ攻撃できないじゃん!!」
文句を言いながらララも上がってきた。
「まあ仕方ねえな。亀なんだからいじめられりゃ甲羅に閉じ籠るもんだ」
アストはそう言いながら甲羅の割れ目を辿って歩き回り始めた。どこかに亀裂がないか探しているのだろう。
「でも変だな……」
「え?テオン、何が変なの?」
「この亀、狂化状態のはずでしょ?それでも攻撃をやめて引っ込むんだね」
「あ、そういえば……」
狂化状態にある魔物は、まず守りのことなど考えない。怒りに任せて暴れ狂うばかりのはずだった。
「本能ってやつだろ。もしかしたら引っ込んだまんま、内側から自分の甲羅を攻撃してるかもな」
「でもこれじゃこっちからはどうしようもないね。どうする?周りの援護に向かった方がいいかな?」
ララの言葉に辺りを見回す。平坦な戦場に突如現れた岩山の上からは、辺り一帯がよく見渡せた。
どうやら狂化魔物の騒ぎは広く起こっていたらしい。そしてそのどれもが既に鎮圧され始めている。
「まあ当たり前だな。メランの冒険者がこれくらいでやられたりはしないさ」
そう言ってアストは近場を眺めていた。竜頭龍尾のメンバーも溢れだした魔物は粗方倒し終え、亀の周りに集まり始めていたところだった。
「あ!アメリアさんとブライアンは?」
僕はふと騎士たちのことを思い出し、亀の尻尾の方を見る。この岩山をぐるっと回っていくのは少し時間がかかりそうだった。
「ララ、2人の気配は無事?」
「え?あ、うん。2人は……2人は無事だよ。とりあえずは」
少し浮かない顔で答える。何かあったのだろうか……まああっただろうな。彼らが対峙していたのは仲間だった騎士たちだ。魔物のように倒して終わりとはいかない。
これ以上をララに聞くのは可哀想だと思った。自分の目で確かめよう。
亀の後ろへと向かう途中、誰かのすすり泣く声を聞いた。
「うう……。ぐすっ……」
「隊長、あんたは悪くない。悪くないから……。ううっ……」
ようやく彼らの姿が見えたとき、2人は地獄絵図の真ん中に立っていた。
狂化していた騎士は5人。今2人の前で立っているのはただ1人。残り4人は既に倒れていた。
「麻痺毒も、気絶させる魔道具も、どれも効果はなかった。捕縛用の縄も引きちぎられた。出来ることは全て試しました。それでも動きを止められなかった」
「ううっ。しかし、私は……すまない、本当に……っ」
アメリアが涙を流しながら残る1人に剣を向けている。そして。
「相手の術にはまり正気を失ったのは我々です。あのときに我々の騎士としての命は奪われたのです。隊長、あなたは何も悪くないのです!!」
そんな彼女に語り掛けているのは、残る1人の騎士だった。狂化したままの血走らせた目で、優しく彼女を見つめていた。しかし、その手には相変わらず細い剣が握られていた。
「テオン、あれはどういうこと?」
追い付いてきたララが、僕と同じ光景を目にして固まっている。
「あの人、正気を取り戻したの?でも、どうして剣を下げないの?」
「多分、完全には戻ってないんだ」
「何とか出来ない?」
「僕にはもう何とも。魔力が残ってない……」
そんなことを話しているうち。
「うっ、隊長。今のうちに僕のことも。お願い!早く!!」
騎士が叫ぶ。同時に彼の身体が光り出す。
「何あれ?凄い気……」
あの光は恐らく高密度の気、つまり魔力コートだろう。一切の隙が見当たらない。よく分からないが、彼の言葉からも察するに臨戦態勢ということだろうか。
「くっ……すまない。お前たちの気高き魂を、私は決して忘れない!!」
アメリアは1歩踏み出し、剣を大きく振りかぶっていた。その後ろでブライアンが膝から崩れ落ちていた。剣は、振るわれた……。
「……」
倒れる騎士の姿に、僕とララは何も言えずに立ち尽くしていた。
ぐらっ……。
「はっ!!」
突如、岩山が揺れた。
「亀が動き出すよ!テオン、気を付けて」
僕らは咄嗟に身構える。状況は明らかにさっきまでと違う。
「ねえ、何なの?これ……」
ララが思わず漏らす。僕も唾を飲み込んだ。
ぼう……。
徐々に亀の身体が光り出す。そう、これはつい今しがた見たばかりの光だ。倒れた騎士の纏っていた、高密度の魔力コート。つまり防御力。
ばちっ!!
「うわあっ!!」
それは遥かに強く輝き、背中の僕らを宙に弾き飛ばしたのだった。
「アスト!!」
荒々しい着地から、流れるように亀の尻尾を受け流した彼は、巨大な亀の山を見上げながら不敵に笑う。
限界まで魔力を消費し、回避もままならなくなった僕には心強すぎる援護だ。
「それにしてもとんでもねえデカブツだな。こんな気合いの入った贈り物をテオンにだけ用意してるとは、妬けちまうぜ」
「アスト……。ありがとう、助かったよ。はあ、はあ……。でもこっちに来ちゃって、良かったの?」
「ん?前衛か?それなら心配ない。ハロルドもいるしアデルもよくやってる」
アストと話しながら僕はさっと立ち上がる。相変わらず足に力が入らない。
亀の尻尾は再び天に向かって伸び始め、こちらに振り下ろされる。
「ここまで自在な尻尾ってのは初めて見たな。こいつ本当に亀か?実は尻尾だけ別の生き物なんじゃねえのか?」
アストの余裕な態度は崩れない。鞭のようにしなって速度を増した尻尾を、長剣で優しく撫でるようにすり上げると、その先端は僕らの左側の地面にびたんと叩きつけられた。
尻尾の動きが止まったのはその一瞬。彼は身体を捻りながら振り上げた剣を引き付け、横凪ぎに振るい、斬り下げ、斬り上げ、再度切り下ろし、そして突き刺した。
その剣撃の全てが気と鱗の両方の隙間を縫っていた。ぴったりと閉じていた鱗が逆立って剥がれ掛けている。
亀の尻尾は今度もすぐに短く戻っていく。攻撃の隙は本当にあの一瞬しかないのだが。
「ぐおおおおおっ!!!!」
突如悲鳴が上がる。それは尻尾が引っ込んだ瞬間だった。
「おっ。効いたみたいだな」
「すごい……まさかそんな手があったなんて」
さっきアストが付けた傷。それは的確に亀の尻尾の鱗をずらしていたのだ。剥がれ掛けた鱗もそのずれの一つでしかなかった。尻尾が縮んだ瞬間にずれた鱗が皮膚に刺さったのだ。
「伸び縮みするのに鱗に覆われてるなんておかしいからな。そういう歪んだところには弱点が隠れてるもんだ」
整然と並んだ鱗に僅かに立てた波風が、堅牢だったキングタートスの守りをいともたやすく崩したのだ。
「いける……。アストとなら、あいつを倒せる……」
この1手で僕は大きな安心感を覚えた。アストが村を出ていったのは10年前。その頃はまだ戦いの心得など縁遠かった。彼に教えを受けられていれば、もっと強くなれていた。そう直感した。
「ぐおおおっ!!」
亀はもう尻尾を伸ばすのを怖がったのか、千切れた後ろ足を地面に擦り付けたまま、無理矢理こちらを向いた。
「おっ。次は何で来るかな?」
そう言いながら既に彼は駆け出している。みすみす先手を譲ることもない。亀の身体が半分ほど回転したところで、彼はぐっと足に力を溜める。
亀の首がこっちを向いた瞬間、既にアストは宙を跳んでいた。
「ほら、そんなにのっそりしてたら先手は取れないぜ、っと……」
彼は空中で身体を捻りながら剣を構え、持ち上がった頭に突き刺す。着地の衝撃を乗せたその刺突は、亀の巨体には大したことのない一撃だが。
「気が……大きく緩んだ!!」
あの亀を大いに驚かせることには成功していた。そして驚きは気を乱す。
「今のうちに!!」
いつの間にか位置を変えていたララが、亀の後ろ足、先ほどの傷口に弓を射る。
「ぐがあああっ!!!!」
「効いた!!」
凄い……。アストが入っただけで、明らかに亀を翻弄出来始めている。僕のような大技はなくとも、最小限の動きで最大限の効果を発揮し、こんなに大きな山も確実に切り崩している。
アストとララの今の連携は、まさにアルト村で教えられている理想的な狩りの姿だった。
(そうか……僕は光の力を手にしたことで、いや、前世の記憶が蘇ったせいで、知らず知らずのうちにこの動きが出来なくなって来ていたんだ……)
柄を握る手にぐっと力を込める。相変わらず魔力は足りていないが、息は大分整ってきた。光は使えなくとも、剣でならある程度動けるだろう。
「よっと、まだまだ行くぜ!!」
アストは亀の頭に乗ったまま剣を振るい続けている。狙っているのは首の付け根だろうか。
彼の剣技は華麗で、まるで踊っているようだと人は言う。
この世界の剣士の多くはシステムに頼っていた。工夫のない単調な、型通りの動きしかしていなかった。だから踊るようだというのも、ただ型に囚われない動きをしているだけだと思っていた。
僕にも出来ている動きだろうと、勘違いしていた。
彼の踊りは格が違った。僕は忘れていたのだ。敵を前にして、1人で華麗に踊れるわけがない。
彼は、相手を踊らせるのだ。相手を翻弄し、自分に合わさせ、剣の舞いに相手を乗せる。それがアストの踊る剣なのだ。
「ぐおおおおっ!!!!」
ずどん!!
遂に亀が地面に伏せる。
僕はさっと右前足に跳び乗り、その付け根へ剣を向ける。
亀の守りは随分弱まっていた。外側の気は殆どそぞろになっているし、内側も大分隙間が見えるようになっている。
「そこっ!!」
いくつかの隙の重なった一瞬を見逃さず、深く剣を突き刺す。鱗の薄い前腕の付け根でも、分厚い皮を突き通すのは至難の技だったはずだ。それがいとも簡単に筋繊維まで届いた。
これなら本当に倒せる!!そう確信したときだった。
ぐらっ……。
足元が大きく揺れ、バランスを崩す。咄嗟に甲羅の上へと跳び移る。亀の足はその甲羅の中へと仕舞い込まれていくところだった。
「おっと、引きこもっちゃうの?」
アストもさっと甲羅の上に飛び乗っていた。岩山のようにごつごつした亀の背中に生えた低木に掴まり、揺れが収まるのを待つ。
「ああ!もうっ!!これじゃ攻撃できないじゃん!!」
文句を言いながらララも上がってきた。
「まあ仕方ねえな。亀なんだからいじめられりゃ甲羅に閉じ籠るもんだ」
アストはそう言いながら甲羅の割れ目を辿って歩き回り始めた。どこかに亀裂がないか探しているのだろう。
「でも変だな……」
「え?テオン、何が変なの?」
「この亀、狂化状態のはずでしょ?それでも攻撃をやめて引っ込むんだね」
「あ、そういえば……」
狂化状態にある魔物は、まず守りのことなど考えない。怒りに任せて暴れ狂うばかりのはずだった。
「本能ってやつだろ。もしかしたら引っ込んだまんま、内側から自分の甲羅を攻撃してるかもな」
「でもこれじゃこっちからはどうしようもないね。どうする?周りの援護に向かった方がいいかな?」
ララの言葉に辺りを見回す。平坦な戦場に突如現れた岩山の上からは、辺り一帯がよく見渡せた。
どうやら狂化魔物の騒ぎは広く起こっていたらしい。そしてそのどれもが既に鎮圧され始めている。
「まあ当たり前だな。メランの冒険者がこれくらいでやられたりはしないさ」
そう言ってアストは近場を眺めていた。竜頭龍尾のメンバーも溢れだした魔物は粗方倒し終え、亀の周りに集まり始めていたところだった。
「あ!アメリアさんとブライアンは?」
僕はふと騎士たちのことを思い出し、亀の尻尾の方を見る。この岩山をぐるっと回っていくのは少し時間がかかりそうだった。
「ララ、2人の気配は無事?」
「え?あ、うん。2人は……2人は無事だよ。とりあえずは」
少し浮かない顔で答える。何かあったのだろうか……まああっただろうな。彼らが対峙していたのは仲間だった騎士たちだ。魔物のように倒して終わりとはいかない。
これ以上をララに聞くのは可哀想だと思った。自分の目で確かめよう。
亀の後ろへと向かう途中、誰かのすすり泣く声を聞いた。
「うう……。ぐすっ……」
「隊長、あんたは悪くない。悪くないから……。ううっ……」
ようやく彼らの姿が見えたとき、2人は地獄絵図の真ん中に立っていた。
狂化していた騎士は5人。今2人の前で立っているのはただ1人。残り4人は既に倒れていた。
「麻痺毒も、気絶させる魔道具も、どれも効果はなかった。捕縛用の縄も引きちぎられた。出来ることは全て試しました。それでも動きを止められなかった」
「ううっ。しかし、私は……すまない、本当に……っ」
アメリアが涙を流しながら残る1人に剣を向けている。そして。
「相手の術にはまり正気を失ったのは我々です。あのときに我々の騎士としての命は奪われたのです。隊長、あなたは何も悪くないのです!!」
そんな彼女に語り掛けているのは、残る1人の騎士だった。狂化したままの血走らせた目で、優しく彼女を見つめていた。しかし、その手には相変わらず細い剣が握られていた。
「テオン、あれはどういうこと?」
追い付いてきたララが、僕と同じ光景を目にして固まっている。
「あの人、正気を取り戻したの?でも、どうして剣を下げないの?」
「多分、完全には戻ってないんだ」
「何とか出来ない?」
「僕にはもう何とも。魔力が残ってない……」
そんなことを話しているうち。
「うっ、隊長。今のうちに僕のことも。お願い!早く!!」
騎士が叫ぶ。同時に彼の身体が光り出す。
「何あれ?凄い気……」
あの光は恐らく高密度の気、つまり魔力コートだろう。一切の隙が見当たらない。よく分からないが、彼の言葉からも察するに臨戦態勢ということだろうか。
「くっ……すまない。お前たちの気高き魂を、私は決して忘れない!!」
アメリアは1歩踏み出し、剣を大きく振りかぶっていた。その後ろでブライアンが膝から崩れ落ちていた。剣は、振るわれた……。
「……」
倒れる騎士の姿に、僕とララは何も言えずに立ち尽くしていた。
ぐらっ……。
「はっ!!」
突如、岩山が揺れた。
「亀が動き出すよ!テオン、気を付けて」
僕らは咄嗟に身構える。状況は明らかにさっきまでと違う。
「ねえ、何なの?これ……」
ララが思わず漏らす。僕も唾を飲み込んだ。
ぼう……。
徐々に亀の身体が光り出す。そう、これはつい今しがた見たばかりの光だ。倒れた騎士の纏っていた、高密度の魔力コート。つまり防御力。
ばちっ!!
「うわあっ!!」
それは遥かに強く輝き、背中の僕らを宙に弾き飛ばしたのだった。
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