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第7章 黄昏に燃える光

第6話 王亀

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 「ぐおおおおおっ……!!!!」

 戦場に巨大な呻き声。デイビッドの姿はとうに消え、彼の残した狂乱が暴れ回っていた。

 ヴェルトたちの前に他から流れてきた狂化魔物たち、アメリアを守るブライアンの前には狂った騎士たち。そして、僕とララの前には巨大な亀――キングタートスがこちらを見て吠えていた。

 「な……どうして急にこっちを?」

 「さっきあいつに肩を叩かれた。きっとそのとき何かされたんだ」

 「それで生き延びてくれなんて。嫌なやつ……」

 ララは矢筒に手を伸ばし、すぐにでも射かけられる体勢になっている。僕も手にした剣をぐっと左に引き、足に力を溜める。

 「来る!!」

 僕らはほぼ同時に地面を蹴った。その地面に亀の頭が叩きつけられる。さっき見た攻撃とは速度が明らかに違う。土は割れ、弾け飛んだ石が風圧と共に僕らを追いかける。

 「それがあなたの本気なのね」

 ララは亀の懐に潜りながら、伸びきった首に矢を放つ。亀の身体の中では比較的柔らかいはずのその部位は、まるで丈夫な鉄の鎧のように軽く矢を弾き返した。

 「うわ、硬っ!!」

 彼女は直ぐ様弓を被り、長剣に持ち換えた。僕も剣に力を込める。恐らく二人の狙いは同じ。同時に亀の前足に近付いていく。

 山ほどもある巨体を支える足は、それ自体が巨大な岩の柱のように地面に聳え立っている。

 その皮膚は黒々と光り、鱗が逆立ってびっしりと足を覆っている。ぐっと踏み切り鱗に足をかけて飛び上がる。狙うのは鱗の薄い、足の付け根の可動部だ。

 鱗の足場を3度蹴って3階建ての家ほどの高さまで飛び上がると、やっと柔らかそうな皮膚が見えてくる。最後にもう一度亀の前足を蹴り、勢いをつけてその上腕を斬り裂く。

 「ぐおおおおおっ!!!!」

 受け身を取って着地する。転がった先で同じように受け身を取っていたララと目が合う。甲羅の下に入り込んだ。ここなら亀の攻撃は届かないかもしれない。

 「効いたみたいだね」

 「うん、上の方なら所々気の抜けたところもあるね」

 「そこなら光の力も通用するかな?」

 気の抜けた……というのは、僕らアルト村特有の表現だ。人も魔物も、臨戦態勢になると身体を気が覆うようになる。その気の隙間を狙わなければダメージを与えることは出来ない。

 剣で戦うときは僕もその隙間を意識していた。しかし光の力を使う場合、今までその気に防がれることはなかったから、特に意識しないで使っていた。

 (ライト、ランク5とか6って何?)

 『ああ、さっきの男が言ってたやつだね。僕の力がランク5であの亀がランク6で?だから僕の力は通用しない、だっけ?失礼しちゃうよね』

 (じゃあやっぱり、やり方次第で通用するんだね?)

 『うん。帝国の人たちが何をもってランクを決めてるのか分からないけど、つまりはあの魔力コートの密度のことを言っているんだと思う』

 (魔力コート?)

 『あ、君の言うところの気を張った状態だね。とにかく隙間を狙えば問題ないよ』

 スキル自身の保証も得られた。あとは……。

 「ぐおおおおおっ!!!!」

 頭上の甲羅が迫る。やはりそう甘くはないか。素早く外に駆けながら、そのまま後ろ足の付け根を狙う。ずどんと地面が揺れ、辺り一体に振動が伝わる。ちょっとした地震だ。

 地面を蹴って鱗に飛び乗り、そのまま後ろ足の上に登る。屈んだ状態の足の上で既に、前に戦った象――ラストドンの背丈ほどあった。

 右手に力を込め、光の玉を浮かべる。亀の気は既にお腹から後ろ足の方へと流れてきている。狙えるだけの隙間は一瞬しかなさそうだ。集中して甲羅の隙間を凝視する。

 「そこっ!!」

 玉を放ち、直ぐに足の上から離脱する。ピカッと光が漏れ、玉が霧散する。あれ?

 「はあ、はあ……」

 『大分消耗してるね。やっぱりきついんでしょ?』

 僕は著しく魔力を消耗していた。先程のゴーレムたちへの一撃。戦争に向けて士気を高める意味で、必要以上に魔力を使ってしまったのだ。

 暫くは剣さえ使えれば良いと思っていた。戦っているうちに魔力は自然と回復するから、問題はないと思っていた。要するに浅はかだった。

 「テオン!!」

 ララの声がしてばっと顔を上げると、巨大な何かが物凄い速度で迫ってきていた。咄嗟に飛び上がる。そのギリギリ下を真っ黒の丸太のような物が駆け抜ける。否、それは亀の尻尾だった。尻尾はそのまま横向きに振り切られると、さーっと縮まって自然な長さに戻る。

 「伸びる尻尾とか……おかしいでしょ」

 体勢を落として僕らを押し潰そうとした直後にあの攻撃。亀には僕の居場所が常に把握されているようだ。気配察知なのかデイビッドに何かされたからなのか、とにかく一瞬たりとも気は抜けないのだった。

 再び亀が体勢を起こそうと足に力を込める。そのとき。

 「ぐおおおおおっ!!!!」

 どしん!!亀はバランスを崩して再び落ちる。先ほど光を放った後ろ足が根元から千切れてぶら下がっている。

 光は亀の気の隙間を掻い潜り、足の組織をいくらか消すことに成功した。それでも消せたのはあの太い足の3分の1程度。あの巨体の体重が加わったことで、初めてその傷がダメージに繋がったのだった。

 「今だ!!」

 亀は予期せぬ事態に驚き、気の守りが緩んでいた。後ろ足に空いた風穴から赤黒い血が吹き出している。光の刃を作り、その傷口に突き刺すように飛ばす。

 かんっ!!

 『ああ、やっぱり弾かれた。厄介だね、あの奥の魔力コート』

 (うん、さらに奥にもガードがある。あの亀、何重に気を張ってるんだろう?)

 そう、さっき光を放ったときに気付いたのだが、あの亀が張っている気は1番外側だけではない。内側にも何枚も張っていて、隙間の出来る位置やタイミングが異なっている。一気に身体の内部まで攻撃出来ないようになっているのだ。

 がくっ。

 膝が折れる。魔力を消耗しすぎている。このまま戦い続けるのは危険かもしれない。

 「あそこなら、狙える!!」

 ひゅんひゅんっ!!

 ララの矢が追撃する。それは的確に亀の隙を突いて傷口に深々と刺さった。

 「ぐぅ……」

 初めて亀が苦しそうな唸りをあげる。

 「うん、効いているみたい」

 「ララ……はあ、はあ。何か、したの?」

 「うん、ウリちゃんに毒の印籠を貰ったんだ。それを矢に塗って撃ってみたの」

 ウリは投げナイフの達人なのだそうだ。システムの補助を受けるために普段は長剣を使うのだが、ナイフによる毒攻撃こそが彼女の本領だった。

 当の彼女は、丁度魔物にナイフを投げつけているところだった。軽やかに宙を舞い、蹴りや突きを交えながら戦っている。彼女も相当の使い手のようだ。

 「テオンも剣に塗ってみて!」

 渡された印籠を開けると、中には固形の塗り薬が入っていた。それを剣の刃に塗ってみる。なるほど、簡単に塗れて非常に使いやすい。

 「神経毒なんたけど、他に傷を塞がりにくくする効果と、防御用の魔力を乱す効果があるんだって。うっかり自分の手を切っちゃったりしたら血が止まらなくなるから、気を付けてね」

 「大丈夫、流石にそんなへまはしないよ……。はあ、はあ……。一気に攻めきろう!!」

 力が入りにくくなってきた足を無理矢理踏ん張り、再び亀へと向かう。後ろ足を片方失った亀は、首を精一杯に伸ばしてこちらを向こうとしている。

 ずるずると甲羅を引きずりながら、少しずつ亀の身体が回転していく。だがそれより早く傷口に張り付き、毒を塗った剣を突き刺した。

 「ぐおおおっ……!!!!」

 毒の効果か、亀内部の気の防壁が弱くなり、剣は深々と突き刺さった。亀の血が吹き出し、僕の身体に降り注ぐ。

 「げほっげほっ。よし、これなら……」

 亀の気は先程よりも確実に弱まってきている。僕は再び右手に力を込め、最も魔力消費の少ない球状にして放つ。

 「うっ……」

 がくっ。また足の力が抜け、体勢を崩してしまう。もう魔力消費は限界に近づいていた。放たれた光は狙いより小さく、ふらふらと蛍のように儚く飛んでいった。

 既に狙った気の隙は埋まり、万全の態勢になったところにようやく光が到達する。

 「おおおおっ……!!」

 「き、効いた……?」

 弱々しい光は思ったより深いところまで到達したらしい。亀の呻き声が聞こえた。

 はあ、はあ……。

 『もう駄目だテオン。光を使うには魔力が足りない。あとは剣で……』

 「テオン、危ないっ!!」

 ララの声に前を見ると、亀が少し回転して尻尾をまっすぐ僕に向けていた。そのまま尻尾の先端が急速に伸びてくる。

 「うわっ!!」

 咄嗟に右にかわす。尻尾は僕のいた場所を通り、鋭く地面を抉った。

 (思考中に敵が動いた……?時間は進まないんじゃなかったの?)

 『うーん、正しくは魔力で思考を加速させているんだ。魔力が足りなくなってきた今、もうそれも出来ないみたい』

 魔力で思考を加速……?そんなことが出来るのか?

 「このっ!!」

 ララが尻尾の付け根に矢を打ち込むが、中々隙に入り込めない。刺さらなければ毒は効かない。跳ね返された矢が力なく地面に落ちた。

 「次が来る!!」

 伸びきった反動で持ち上がった亀の尻尾はそのまま振り上げられ、物凄い速度で振り下ろされる。ムチのようにしなってタイミングが取りにくい。集中しなければかわせない。

 ……今だ!足に力を込めて飛び上がろうとしたそのとき。

 がくん!!

 膝が折れた。踏ん張れなかった。バランスを崩した僕は仰向けに倒れ込む。亀の尻尾は迫っている。今からではかわせない。

 「テオン!!」

 ララの声が聞こえる。世界がゆっくり動いている。これは危険に瀕したときの思考加速か?

 『いちかばちか残った魔力を全部解放してみる?』

 ライトの提案。彼の声もいつもより焦っていた。しかし僕はその提案を却下する。そんなことをしたら暴走してしまう。それに、そんなことをしなくてもいい。僕は視界の端に希望を捉えていた。

 ずどん!!

 荒々しい着地。流れるような長剣捌き。太く重い亀の尻尾はさらりと受け流された。

 「ようテオン。大分限界みたいだな。俺も参戦していいか?」

 「アスト!!」
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