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第6章 火薬庫に雨傘を

第20話 位置について

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 東の空が明るむ頃、メラン王国軍と冒険者たちの集まったこの荒野には、俄かに騒々しさが立ち上がる。

 「おーい。お前ら、よく眠れたか?」

 イリーナがテントの入り口から顔を出す。ここは竜頭龍尾の男子用休眠テント。僕はレナのパーティに所属しているが、今回は彼らと共闘するということで一緒に寝かせてもらっていた。

 「ね、眠れるわけないじゃないですか。今日はいよいよ開戦ですよ?もう緊張して全然寝れませんでしたよ……」

 そう言ってもぞもぞと立ち上がったのはボブだ。何を言うか、僕は彼のいびきにかなり苦しめられたというのに。

 「それは困るな。戦争だからこそ、十分睡眠を取った人にしか背中は預けられないんだけど?」

 「いや、それはそうなんすけど……」

 あたふたする彼。

 「はははっ。安心しろ」

 その後ろから白髪の大男、ヴェルトが話しかける。

 「お前さん、自分でも気づかないうちに十分寝とったぞ?いびきで他の者の眠りを邪魔しながらな」

 「え!まじすか?そ、それはすみません……」

 「大丈夫だよ。戦いに支障が出るほどじゃないから」

 僕もそう言って彼の肩を叩くと、テントから出て大きく伸びをした。他の冒険者は既に武器の手入れなどをして、日の出の時を待っている。

 「それは安心した。さて、見ての通り他からは少し遅れてるからね。さっさと準備して持ち場につくよ」

 そう言うとイリーナはそのままテントの中に入っていき。

 「痛って!!」「わ!!す、すみませんリーダー!!すぐ起きます……うぅ」

 未だ眠っている男たちを文字通り叩き起こしていった。




 準備を終えて持ち場へと向かう。後ろからララが駆けてきて隣に並ぶ。

 「おはよー、テオン。痛てててて」

 彼女は頭を押さえていた。日が昇る前に起きるなんて村では当たり前だったはずなのに、イリーナに叩かれるほど寝坊するとは。夜更かしでもしたのだろうか。

 「私たちは中衛だよね。ここら辺?」

 ララが立ち止まる。そこには巨大な剣が突き立てられていた。

 「大きな剣……僕らの背くらいあるね」

 「本当。これを振り回せる人がいるとしたら……」

 「ヴェルト、しかいないだろうね。力的にも身長的にも」

 勝手な憶測で決めつけていると……。

 「その通りじゃ。よく分かったの」

 当の本人がやって来た。

 「この剣……本当に剣なんですか?」

 「ははは。グレートソードは初めて見るか?これはその中でも特に大きくて重い逸品でな。馬に乗った敵をそのままぶった斬れるんじゃ」

 「へえ……そんなものを振り回せるなんて凄いですね」

 「老兵の意地じゃな。まあ今回は中衛。こっちより魔法を使う方が多そうだがね。振ってみるか?」

 彼はさくっと剣を引き抜き、その柄を僕に見せる。よく見れば、この剣を目印にする中衛の面々は、既に辺りに集まっていた。

 ずしっ。

 「お、重い……。な、何とか持てる程度です」

 僕は思いっきり振り上げてみる。身体がみしみしと悲鳴を上げるようだ。力のステータスも随分伸びたつもりだったのだが、まだまだ上があるということだ。

 「ははは。初めて持ってそれだけ振れるとは上出来じゃ。わしの後継者にでもなるか?使い慣れればシステムの補助もついて、楽に戦えるようになるぞ?」

 「いや、遠慮しておくよ。ちょっとこれを持って走ったりするのは無理そうだ」

 振り上げた剣をそーっと下ろしていく。それが一番きつかった。ヴェルトに剣を返す頃には、肩で息をするほどになっていた。

 「あらあら、開戦前に力使い果たしたりしないでよ?」

 「はあ、大丈夫です。少し落ち着けば……うわっ!」

 目を上げると、大きな胸が飛び込んできた。豊満を包み込むぴったりとした黒いコスチュームは、いつも通りおへそを出して凹凸をはっきりと魅せている。

 「あ、レン姉さん!今日は一段とセクシーな衣装ですね!!テオン、あんまり見とれてたら怒るよ?」

 ララが軽く僕の頭を突く。頷いて視線を落とすと、深いスリットの入ったタイトなロングスカートにまたもや目を奪われる。

 「あ!テオンったらまた!!」

 「ち、違うって……あれ?その武器は……?」

 そのスリットのすぐ横。彼女の腰にぶら下がった得物は、どこかで見たことのあるものだった。

 「うふふ。これね。刀って言うんだけど知ってるかしら」

 軽く沿った刀身。長剣よりも長くて細い特徴的な形。何より芸術性を重視した鞘は見覚えのあるものだぅた。

 「私、見たことある気がします」

 「そんなわけないわよ。刀は今やとても珍しいのよ?作れる人、刀匠がもう世界に三人しかいないの」

 「ちなみにその刀を打ったのは?」

 「えーと、確かジグさんだったかな」

 「ジグ!?」

 それは僕の父の名だ。

 「あら、お知り合いだった?」

 「お知り合いっていうか、テオンのお父さんです」

 「ええっ!!あなた、ジグさんの息子さんだったの!!これはいいこと聞いちゃったわ。本気で誘惑しちゃおうかしら」

 レンはスカートのスリットにそっと細長い指を沿わせ、ちらりと持ち上げるような仕種をする。

 「あ、ダメ!!レン姉さん、ダメです!!」

 ララが焦って僕を突き飛ばす。

 「あらあら?私のせいで開戦前に怪我させちゃうわね。私はもう行くわ。ごめんね、ララちゃん」

 レンは前衛だ。あの刀とむちによる波状攻撃は、敵の攻撃を悉く打ち落とせるのだそうだ。

 「それにしてもジグさんってそんなに凄い鍛冶師さんだったんだね。知らなかった」

 感心するララ。僕も少しむず痒い気がした。

 「なあベラ~!出来るだけ近くにいてけろ~」

 突如戦場に激しい訛りが聞こえる。

 「情けないこと言ってんじゃないよ。ウリ」

 ウリ・メロンズ。昨日の作戦会議で初めて挨拶した、人見知りの田舎娘だ。出身はメロン村。つまりそのファミリーネームは僕らと同じように村に因んだものだ。

 そして彼女を叱咤激励しているのがベラ・オルニオ。アレクトリデウスの医師だ。オルニオの医師と言えば伝説級の存在だと聞いたことがあるが、まさかこんなところで冒険者として生活していたとは。

 「だっておら、中衛だべ?知らん人二人もいる中衛だべ?そんなのおらには無理だぁよ~」

 「あんた、本人たちを前にしてよくそんなこと言えたわね」

 「え!?」

 ウリが振り返る。そばかすに赤茶の髪、黄色いTシャツにジーンズのオーバーオールと、とても戦場とは思えない牧歌的な姿。あれであの服は高い防御を誇る鎧なのだそうだ。

 「わっ!!あんたらいつからそこに……。いや、無理というのは別に嫌とかそういうのじゃなくて、おら、苦手で、あの、あた、新しい人が……うぎゃあ!!」

 「何言ってんの!!テオンさんララさん、すみません。昨日も言った通りこの子は極度の人見知りなだけで、本当に悪い人ではないんです」

 悪い人でないのは分かるのだが、この子と連携とか大丈夫だろうか。

 「ウリ、少しずつ慣れていけば良いからの。さて、みんなもう準備は出来ておるか?」

 「あ、あたしは後衛に戻るわね。ウリ、ちゃんとみんなと仲良くするのよ?迷惑かけたら命が危なくなるんだからね?」

 そう言ってベラはイリーナの元へと走っていった。

 「わ、分かっただよ~。うぅ」

 口を尖らせる彼女に、ララがにこっと笑って近づく。

 「ウリちゃん、私たち怖くないからね。仲良くしてね!」

 「ラ、ララさん……。よ、よ、よ、よろしくだべ」

 ひきつった笑顔が不安を募らせた。

 「ははは。そろそろ日が昇るからな。気を引き締めるのじゃぞ!!」

 ヴェルトの言葉通り、王都の中心に聳える巨大な王城と、王都ギルドの象徴『メラン・ファミリア』の塔の間、真っ直ぐに光が差す。

 遂に夜が明けた。日の出、開戦だ。ぐっと空気が締まる。もうこれからは何が起こってもおかしくない。戦争が、始まったのだ。




 ぷしゅー。そのとき、何処からともなく霧が出始めた。

 「な、何だ!?」「気を付けろ!!毒かもしれないぞ!!」

 俄かに緊張感が走る。それでもパニックにならない辺りは、皆歴戦の冒険者なのだと感じさせる。霧は僕らの陣取っている場所より少し前、国境の柵のすぐ近くから立ち上っていた。

 やがて。

 ぴかっ。どこからか光が漏れたかと思うと、突如霧の中に巨大な人の姿が映し出された。

 「やあ」

 同時に響き渡る声。それは前方の至るところから聞こえた気がした。霧の中の巨人の口が動いている。あれが喋っているのだろうか?

 「驚いているね、メラン王国の諸君。安心したまえ、私は巨人などではない。これは空中に映像を投影しているだけだ、といって意味が分かるかは知らぬが、これは宣戦布告のために映し出した映像だ」

 巨人……もとい映像の男は淡々とそう話す。オレンジがかった髪に同色のあごひげ。プレートアーマーを着て面頬を上げている。

 「私の名前はアウルム帝国将軍ベルトルト・シュレジンガー。此度の戦争におけるアウルム帝国軍第一部隊の指揮官である。お前たちが狙うバルトの土地を守るため、今からお前たちを殲滅せんめつする。以上!!」

 ベルトルトと名乗った彼は、それだけ一方的に言い放つと、すっと霧の中に消えた。

 「な、な、な、今のはなんだべ~!!おっかない巨人が出たべ~!!あんなのに勝てるわけないよぉ~」

 「ウリちゃん大丈夫。今のはまやかしだよ。あの霧の中に人の気配はない。あんな巨人はいないからね」

 ララがウリを慰めようとするが、彼女はおろおろとするばかりだ。

 やがて、国境の向こうに灰色の影が見える。あれは……まさかゴーレムの軍勢?

 「ほう。やはりゴーレムを出して来たか。自分の力で戦えないとは、全く帝国の連中は腑抜けばかりじゃのう。ん?アスト、どうしたんじゃ?」

 前衛を率いているはずのアストが、こっちまで走ってきた。

 「爺さん、ちょっとテオンを借りようと思ってな。いいか?」

 「何?アスト」

 「度肝を抜かれたままじゃ士気に関わるからな。お前、何か派手にやってくれよ」

 唐突な雑な振り。だが確かにそうだ。

 「分かった。任せてよ」

 僕は右の手をぎゅっと握り締め、にやりとする。

 「僕に出来る派手な一発、ぶっ放してみるよ!!」
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