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第6章 火薬庫に雨傘を

第12話 レナとイグニス

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 ぱちぱちぱち……。何かが連鎖してぜる音。それが見渡す限り至るところで鳴っている。目に映るのは所々に飛び交う蛍のような光と、元の姿も分からぬ似通った黒い塊だけ。

 ここはメラン王都東側。義理と人情と少しの行儀の悪さが売りの、古くて新しい、強面だけど優しい、そんな町。

 その中に一際目立つ、新しい区画があった。2年前、流行り病を鎮めるために焼き払った場所。復興してもなお悲しみが張り付いたままの鈍色にびいろの町並み。

 そこに建てられた簡素な教会で、俺たちは結婚式を挙げた。町の人たちも呼んで、盛大に祝ってもらった。

 いつも教会の端の椅子に座って、祈るように昼寝をする爺さん。人の恋路にせわしなくお節介を焼く婆さん。真面目に女神への祈りを捧げる親子。そして病に苦しみ炎に焼かれた友を思って泣く大男。

 教会に行けばいつでも会えたあいつら。目の前の真っ黒な塊の、どれが誰なのだろうか。煤けた女神像が無責任な顔で倒れていた。

 メラン大火。俺が王都に来て丁度1年後に起きた、人が起こした中では最大規模の、前代未聞の大災害だった……。




 ぱちぱちぱち……。

 僕らが飛び立ったすぐ後ろ、眠りに着いたはずの町に火の粉が待っていた。レナの魔道具だ。

 「わっ!!え?え!?何!?何!!??」

 隣ではララが半ばパニックになって叫んでいる。それは僕も同じで、彼女と同じように騒ぐ自分の声が、自分の耳に返ってくるのをぼんやり聞いていた。

 「……ったく、相変わらず所構わずぶっ放しやがる。嫌な記憶がフラッシュバックしたじゃねえか」

 頭上からアストの声が聞こえてきた。よく見れば、彼の手が僕とララの後ろ襟を引っ張り、高く飛び上がっていたのだった。

 ずどん。

 地面に着いたときには、既にギルドが見える大通りまで飛んできていた。

 「流石にこっちの道路は凹まなくていいな。あ、さっき住宅街の道路に開けた穴、あれ黙っといてくれるか?」

 穴?……あ、先程のずどんという音。レナと話していたときにも聞こえた音だ。穴など確認する間もなかった。

 「ねえアスト。一体どういうこと?レナといるとろくなことがないって?」

 「ああ。状況は飲み込めてるらしいな。流石アルト村の戦士だ」

 いや、状況は何となく掴めても、情報が処理しきれていない。先程のレナとアストの一瞬のやり取りを、何とか頭の中で再現する。

 『黙れ「糸引」!!』

 『テオン、こいつは王都でかなり名の知れた悪どい女だ。こいつの言うことを聞いて牢獄送りになったやつがたくさんいる』

 『とにかく二人はうちが預かる。今回は諦めろ』

 やり取りというか、アストが一方的に話していただけのような気もする。

 「えっと、まず何から聞いたら良い?」

 混乱した僕は、とりあえず彼にそう尋ねてみた。

 「それを俺に聞くか?それなら何も聞かないで俺たちに付いてきてくれるのが1番楽だな」

 アストはへらへらっと笑って、そのままギルドへと歩き出した。僕とララは顔を見合わせ、とりあえず付いていく。

 「レナさんが悪い人だって言ったっけ?それはどうして?ずっと一緒に旅をして来たけど、悪い人じゃないよ?」

 ララがむっとして彼に突っかかる。

 「あいつはいつも裏でこそこそ何かしてるんだ。ずっと一緒にいたって分かるものじゃねえさ。そうだな、例えば……。お前ら、あいつと一緒にいて何か厄介な事件に巻き込まれたりしなかったか?」

 「え?そ、そんなこと……」

 ララの目が泳ぐ。王都に着くまで、どれだけ事件に巻き込まれたことか……。いや、レナのせいで起きたようなものじゃないが。

 「ほら、何かあったんだろ?」

 「無いよ!!事件はあったけど、レナさんは関係ないし」

 「何故そんなことが言い切れる?」

 「言い切れるもん!!」

 二人のやり取りは平行線だった。

 「ララ、お前も大概面倒くせえやつだな。テオン、お前はどう思う?何か思い当たったんだろ?」

 話を振られ、僕も少し動揺する。ここは具体的にどんな事件に合ったかを正直に話す方がいいかもしれない。

 「王都に来るまでに、ララが盗賊団に襲われて、難民の護衛で奴隷狩りと戦って、財布泥棒と暗殺者の事件があって、狂化した魔物と戦った……かな?」

 「……ちょっと待て。何かどころじゃねえな。それは何の作り話だ?」

 「作り話じゃないよ!本当にポエトロの町もゼルダちゃんも、みんなみんな大変だったんだから!!」

 ララの叫び声にアストは頭を抱える。

 「あー、でも最後の狂化魔物はどうだ?それくらいなら誰かがこっそり仕組んで起こすことも……」

 「あ、あれは一応付け加えただけで、すぐに片付いちゃったから事件ってほどでも……」

 「……そうか」

 彼はそれだけ言って黙ってしまった。

 「ねえ、レナさんはやっぱり悪くなかったってことで良いよね?」

 表情を柔らかくしたララ。だが。

 「いや、それは違う。あいつと一緒にいるのだけは本当にやめておいた方が良い」

 「どうして?」

 「さっき言ったろ?牢屋にぶちこまれることになるんだよ」

 「それこそ何かの作り話なんじゃ……」

 「あ?」

 唐突に発された彼の怒気に、僕は思わず身を震わせた。

 「冗談なんかじゃねえよ。王都にいたらいずれ聞くことになるから言っちまうけど、捕まったの、俺の恩人なんだよ。『メラン大火』って知ってるか?」

 「いや……」

 「昔、この王都で大火災が起きてな。火元は城壁の上だったんだが、そこから王都の3分の1をすっぽり覆うほどの業炎が巻き起こったんだ。それは英雄と呼ばれたある男のスキルによるものだった」

 それって……。僕は何となく右手を背中に隠した。似ている気がしたのだ。

 「男の名はイグニス・パパドプーロス。名家の生まれでありながらSランクとなり、伝説級と謳われ『業炎の支配者』と讃えられた、正真正銘王都一の冒険者だった」

 「そ、そんな人が何で……?」

 ララが尋ねる。

 「さあ。辺りはすべて火の海で何の証拠も残らず、本人も固く口を閉ざしたままで真実は何も分からない。ただそんな魔法を使えるのはあいつしかいないってことで、今も厳重な牢獄の中さ」

 もしや……。僕の脳裏に『消滅の光』が過る。イグニスも僕同様にスキルを暴走させてしまったのだとしたら?それなら理由を話せないのも頷ける。理由など、無いのだから……。 

 「だがな、俺はひとつ知っていることがあるんだ」

 そういうと彼は振り返り、耳打ちするような小さな声で囁き始めた。

 「いいか、これは誰にも言うんじゃねえぞ?あの日な、師匠は好きな人に告白しようとしていたんだよ」

 「え!?」

 釣られて僕らも小声になる。

 「まさか、それって……」

 「ああ。そのまさか、レナさ。師匠は子供の頃からあいつのことが好きでな。あいつがあの日、イグニスに会ってねえはずがねえ。だがあいつは知らねえと抜かしやがった。他に証拠もねえし師匠は何も言わねえし」

 そこまで言って彼はふっと言葉を切る。しばらくして。

 「どうしても忘れられねえ言葉がある。事件から暫く経ったある日のことだ。あいつ、建て直されていく街を見ながらこう言ったんだ。『やっとまともな街になったわね』って」

 彼の拳は怒りに震えていた。

 「やっぱり俺はどうしてもあいつを信じられねえ。あれは人の血の通った奴の言葉じゃねえ」

 「そ、それは言葉の綾ということも……」

 「いや、実際あいつはヒューマンだが、半分は別の血、蜘蛛から進化したアラクネ族の血が流れてるんだ」

 アストはふと立ち止まる。

 「あいつは人の皮を被った、アラクネ族の怪物なんだよ!!」

 彼の怒りが静かに、夜の王都に響いた。ギルドの向かい、教会の上の女神像が妖しく彼を見つめていた。




―――レナサイド

 一瞬真っ赤に染められた旧市街。その火影もすぐに闇に消え、代わりに辺りには人の声がまばらに響き始めた。

 テオンとララを連れ去ってしまったアスト。彼に向けて咄嗟にグレネードボム――よく使うグレネードシャワーの拡散範囲を抑えた、簡易の爆弾式魔道具を投げつけた。

 その爆発音は夜の住宅地に随分と迷惑をかけたらしい。徐々にこちらに向かってくる話し声から逃げるように、私はよたよたと歩き出した。

 「ん?……レナさんか?」

 前から聞き覚えのある声がした。顔を上げるとバートンが心配そうに覗き込んでいた。

 「ば、バートンさん……」

 彼の顔を見るなり、涙が溢れ出す。

 「バートンさんどうしよう!!テオン君たちが!連れて行かれちゃった!!」

 彼の腕にすがる。

 「落ち着け。一体何があった?さっきの爆発音と関係があるのか?」

 「え、ええ。そ、そうね。取り乱してごめんなさい。さっきの爆発音は……まあ関係はあるけど大丈夫、怪我人は出していないわ。テオン君たちもすぐにどうこうなるわけじゃないし」

 「ああ、その調子だ。いまいち何のことだか分からないが、ひとまず話せることから話していけ」

 バートンの言葉に、まだまだ混乱したままの自分を自覚する。

 「ごめんなさい。大丈夫。テオン君とララちゃんがギルドに連れていかれた。それだけのことよ」

 「そうか。誘拐とかではないんだな。安心した」

 「でも悠長にしてはいられないわ。このまま彼らが戦争に参加すれば……」

 間違いなく大変なことになってしまう。だが決まったわけではない。メランが帝国を圧倒できれば良い話。

 「はあ……」

 そんなことが出来たら苦労なんて。王国軍の技術力は帝国に遠く及ばない。せめて王都全体なら太刀打ちできるかもしれないのに……。そう思ったところではっとする。

 そうだ。その手があるじゃない!!

 王都にはアリストと、彼の発明したインベントリがある。歴史を塗り変えるような大発明が。

 「あの、旦那。この綺麗な人、一体誰なんです?」

 突然の声。気がつかなかったが、バートンの後ろに誰かがずっと立っていたようだ。

 「あ、あなたは……?」

 「これは失礼、私から名乗るものですよね。私、武器商人・・・・のハサンと申します」

 武器商人……。

 私の頭の中で、何かがぱちりと嵌まる音がした。
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