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第4章 煙の彼方に忍ぶ影

第28話 暴威と猛毒

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―――温泉宿「かれん」湯殿

 『連携魔法を試してみましょう!!』

 ゼルダの言葉に応え、ポットとリットが上空の風に魔力を送り込んでいく。円陣の内側から感じる魔力が、どんどん高まっていくのが感じられた。

 「いきます。火属性と水属性……さすがご姉妹、相性も良さそうです。何だか羨ましい……。では行きますよ!連携魔法、蒸火溜烈風スチームイラプション!!」

 轟音と共に円形に飛び出した風の刃は、辺りの空気を歪めるほどの高温で飛び回るスライムを一気に弾き飛ばす。魔力を凝縮させたその一撃は、見た目以上に強力な魔法となっていた。

 「す……すごい!!私の火属性の魔力であんな高熱を産み出すなんて!!」

 リットは顔を覆いながらも感嘆の声を漏らす。ポットもその魔法の威力に唖然としていた。その魔法は結界の張られた浴室の壁にもひびを入れる。だが……。

 「うそ……これでも倒しきれないの?」

 スライムのHPは流石に大幅に削れていたものの、まだ3分の1以上残っていた。それまでのダメージが微々たるものだったことを思えば、ゼルダの魔法は相当強力だったことは分かるのだが。

 「何だよ、スライムたちは全然気にしてねえみたいだ。ちょっと弾かれただけで、また変わらず飛び跳ね始めたぞ」

 ケインの言う通り、見た感じではそれほどダメージが通ったようには見えなかった。

 「大丈夫、今のでスライムの周りに張られていた守りが弱くなったよ!」

 ララは相変わらず自分達には分からないものが見えているらしい。その言葉はとても心強く感じた。

 「ララちゃんの言う通りよ!ダメージもかなり通った。もう一撃大技を食らわせられれば倒せるわ!!」

 私も努めて明るく言う。しかし。

 「すみませんゼルダさん。私、今ので魔力を使いきってしまいました」

 「すまん、あたしもだ……」

 ポットとリットは既に肩で息をしており、今にも倒れそうなほどふらふらしていた。一方のゼルダはまだまだ余裕の表情だった。

 「大丈夫です。お二人は無理せず休んでいてください。ここからは私一人でやります!」

 ゼルダは再び魔力を込め始める。上空に風が渦巻き出す。しかし。

 「な!?スライムがまたひとつにまとまっていく……?」

 彼女が風を展開し出した直後、分裂していたスライムはお互い衝突し合い、元の巨大スライムにまとまり始めた。

 「スライムの癖に、またさっきの攻撃が来ると思ってパターンを変えやがったのか?」

 ケインは面白くなさそうな顔で、飛びかかってきた小さなスライムを弾く。そのスライムも弾かれるままに元の身体にぶつかって吸収されていった。

 「あ、守りがまた強くなった……」

 ララが呟く。スライムは元の大きさのまま、さっきまでと同じ反発を利用した加速で浴室内を飛び回り始める。

 「嘘でしょ!?あんな巨体でさっきみたいな体当たりされたらひとたまりもないわよ!!」

 私は操っていた人形たちを動かし、円陣を少し狭める。固まっていれば少しは対抗できるかもしれないと思ったのだが、希望は正直薄かった。

 「さっきよりもさらに威力を集中させます。一点極烈風レーザーブラスト!!」

 上空に渦巻いていた空気は、ゼルダが魔法で作った輪を潜るうちにどんどんと細くなる。エネルギーの集中で光の筋が見えるほどとなり、一直線にスライムに向かっていった。

 あれだけ集中されていれば……。期待を込めてサポートシステムのHPゲージを見守る。

 「また微々たるダメージ……」

 「そんな……。威力的にはさっきの連携魔法と遜色ないほどだと思うのですが……」

 魔法を受けたスライムは勢いを削がれることもなく、もう一度壁にバウンドしてこちらに向かってくる。

 「さて、あれを止めれるものかしら……」

 私はスライムの方を向いていた4体の人形をぎゅっと固めて迎え撃とうとするが……。

 「駄目!!みんな避けて!!」

 ララが咄嗟に叫ぶ。その声に私も思わず横に跳ぶ。理屈ではない。あの彼女が切羽詰まった様子で叫ぶのだ。身体が先に彼女の声に従っていた。それは他の者も同じ。

 巨大スライムは高速で人形に迫ると、軽々とそれを弾き飛ばしてゼルダの立っていた床で弾む。その威力は最早異次元だと、私もようやく理解した。

 床のタイルは防御結界など無かったかのようにぱりんと割れる。

 私は今日何度目かの溜め息を漏らす。

 「嘘よ。あんなの、1度でも当たったら人間なんてひとたまりもないじゃない……!!」

 最早このスライムの怒りから逃れるのは至難の技となっていた。




―――広間

 湯殿の方から聞こえる轟音が、激しい戦闘となっていることを物語っていた。その一方で、この広間でも小さな戦いが起こっていた。

 「オルガノさん!!一体いつまでマギーを縛っているつもりですか!?犯人はスライム使いのブラコさんで決まりじゃないですか!?」

 ルーミが普段あまり聞くことのない甲高い怒声でオルガノに迫っていた。

 「いや、だから言ったよね?この戦闘の相手がスライムだという確認が取れない以上は、その話は決定的とは言えない。ブラコが確かに犯人だと言えなければ、一度容疑者として捕縛したマギーさんを解放するわけにはいかないんだよ」

 そう、オルガノはまだマギーを解放しようとはしていなかったのだ。

 「どうして?それが刑事局の正義なんですか?」

 「正義かどうかは分からない。でも確かにそういうルールなんだよ。分かってくれ……」

 オルガノは困った顔でルーミを諭す。この件に関して私は何も口を挟めなかった。どちらが正しいのか、判断がつかなかった。

 「マギーさんを解放しなくても、もう解決は近いんだ。皆を信じて待っていよう?」

 最早涙目になっているルーミは、それでも強く言い放った。

 「嫌です!」




―――キラーザの関所

 「おい、ブラコ!!」

 キールが駆け寄る。突然ブラコが咳き込み、血を吐いて倒れたのだった。

 「「ドン!?」」

 静かにしていたブラコの部下たちが驚いて駆け寄る。そのうちの一人がアデルを睨み付けて叫んだ。

 「おい貴様、ドンに何をしやがった!!さっきか?ドンと握手したときに何かしやがったんだろ!!」

 興奮して鉄格子を掴むその手は、今にも牢を破りそうな勢いだった。

 「待て、僕は何もしていない!!まず容態の確認が先だ!!」

 アデルは心底驚いていた。いち早く動きブラコの顔を覗き込んでいたキールが、ばっと顔を上げる。

 「システムで分かる限りでは毒状態とだけ出ている……。誰か毒の治癒が出来る者は!?」

 「俺が診よう!」

 部下の一人が名乗り出る。暫く彼の容態を見ていたが、やがて浮かない顔を横に振る。

 「やられた……。これはキラーザに振り撒かれた毒と同じ、遅効性の猛毒だ」

 「それって……サソリの仕業ってことか!?」

 「くそ……それじゃ誰も何も出来ねえってのか!!」

 サソリ……シャウラの毒が今更ブラコを……?

 「おい、キラーザでの毒と同じってことは、命は助かるってことか?」

 キールが尋ねる。キラーザでは殆どの被害者は命に別状がなかったはず……。

 「いや、ダメだ。あれは時間差で専用の解毒薬を使ったんだ……。まさか、この時間って?」

 「ああ、本来ならそろそろサソリと部下の誰かが会う予定の時間だ。秘薬の効果を確かめるためにな。サソリの奴、俺たちが裏切ったらドンが死ぬように保険を掛けてやがったんだ!」

 部下たちは仲間同士で議論を始める。

 「なあ、どういうことだい!?」

 「つまりあれだろ?シャウラが生きていれば、こいつらはブラコを助けられる解毒薬を貰えたはずだった。だがこいつが裏切ったからもうこいつは毒に抗う術がない……」

 「そんな……。シャウラがそんなことをするなんて」

 「何言ってやがる。お前の中のシャウラがどうだろうと、今のあいつは裏社会でも名の通るような暗殺者だったんだろ?それくらい不思議じゃねえだろうさ」

 落ち込むアデルに対し、キールは冷静だった。

 「なあ、シャウラの持ち物に解毒薬が入っている可能性は?」

 彼の言葉に部下の一人が反応する。

 「は、それだ!!サソリの荷物はまだ全部旅館にあるんだろ!?」

 「いや、ダメだ。俺はキラーザでサソリの仕事を目の前で見ていたんだが、あいつはその場で毒も薬も調合していやがったんだ。暗殺者がわざわざそんなところを見せるから、妙だと思ったんだが……」

 また部下同士の議論になっていく。最早僕は事態に付いていけなくなっていた。

 『ねえ、テオン!ブラコさんに手を触れてみて!!』

 突然脳裡にライトの声が響く。

 (こんなときに突然どうしたの!?)

 『いいから手を!』

 いつもより激しいその口調に戸惑いながらも、僕はキールの横にしゃがみこむ。ブラコはダゴンの傍に俯せで倒れ、げほげほと咳き込んだまま身動きを取れないでいた。

 「くそ……お前ら、ちっとは……落ち着け……。げほっ!!」

 すぐ近くに来ないと聞こえないような声で彼は何かを話そうとしていた。

 「ブラコ、ちょっとごめん」

 僕は鉄格子越しに手を伸ばし、近くに投げ出された彼の手に触れた。

 (これでいいの、ライト?)

 『うん、そのまま光の力を展開する直前ぐらいの感覚で、手に力を集中してみて。光出す手前だよ!』

 僕はライトに言われるがまま、手に力を込めていく。熱が手に集まる。だがそれ以上は高まらないように。そんなことはやったことがない。ライトが一体何をしようとしているのか、まるで見当がつかなかった。

 やがて手の熱が逆流するような感覚が起こる。もぞもぞと腕を這い上がってくるような気持ち悪い感覚に、僕は思わずその手を離した。

 『うん、もう大丈夫……。うーん、これなら出来るかもしれないね』

 (な、何が?)

 『もちろん、毒の治療だよ。でも、リスクが大きすぎるかも……』

 僕の力でブラコの毒を治療出来る?想像だに出来ないその話に僕は戸惑った。

 (リスクって……何?)
 
 『ねえテオン……君はこの男、この犯人を、本当に心から救おうと思えるかい?』

 犯人……。ライトの問いに、僕はすぐに答えることが出来なかった。
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