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第4章 煙の彼方に忍ぶ影
第19話 キラーザの闇オオカムヅミ
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「ドン・ブラコ様!助けに参りました!!」
遠くから響いてきた声に、ブラコは笑みを深める。
「奇遇だな。脱獄なら……これからするところだ!!」
俄に辺りが騒がしくなり、見張りの守衛もキールからブラコに警棒を向け直す。
「貴様!?一体何をした!」
「何をしただあ?あんたずっとそこで見てただろ?俺は何もしてねえぜ。上で何かあったんじゃねえのか?」
ブラコは余裕綽々と返す。鉄格子の中で両手を縛られ、胡座をかいているままの彼に、何か出来たとは確かに思えない。だがこの騒ぎと何も関係がない筈がなかった。
「ちっ。妙な真似はするなよ!お前らもだぞ!!」
見張りは僕らにも念を押すと、地上へ向かう階段へと向かった。本来ならここを動かず上からの報告を待つべきではないかと思うのだが……。元衛兵として彼の行動が気にかかる。
「ふう。いや、冷やっとしたぜ」
ブラコは突然そんなことを言う。
「冷やっと?何でお前が……」
キールがその言葉に反応するかしないかのうちに。
「うがあっ!!」
先程の見張りらしき男の苦しむ声が聞こえた。それを聞き、牢の中のブラコがガッツポーズをする。
「なっ!?てめえ、やっぱり何かしやがったんだろ!?」
キールが再び鉄格子に飛びかかる。
「待てキール君。まずさっきの守衛の無事を確認するぞ。付いてこい!テオン君、こいつの見張り頼めるか?」
アデルにいきなり言われ、戸惑いながらも頷く。緊急時だからか彼の口調も荒く早口になっていた。彼はキールを連れて守衛の後を追う。やがて。
「うおっ!!」「何だこいつは!!」
二人の驚く声が聞こえる。
「少年、お仲間が大変らしいぞ?お前も行かなくていいのか?」
ブラコが僕を挑発する。気になるのは確かだ。だが今ここを動いたらこいつの思う壺だろう。剣の柄に手をかけ、意識を周り全体に巡らせる。これからどんな事態になってもおかしくないのだ。
たたっ。
「テオン、交代だ。あれは俺にはどうにも出来ない!だがお前なら何とか出来るかもしれねえ!!」
キールが走って戻ってきた。あれとは何か気になったが、交代が来たならじっとしている理由はない。
「キール、こいつの挑発には乗るなよ!牢屋から人を遠ざけるのがブラコの狙いだ!!」
「ああ、任せとけ!!」
はっきりとした返事に背中を押されるようにして、僕は牢獄の部屋から飛び出した。地上へと向かう階段には倒れた見張りと、何かと対峙するアデル。
「アデルさん、キールと交代してきました」
「やあテオン君、ありがたい。こいつはどうやらスライムの亜種のようだが、剣の攻撃が効かないらしくてね……」
前を向いたまま喋るアデルの正面には、ぷるぷると震えるゼリー状の魔物。その体は無色半透明。透けているが、辛うじて視認できる程度に灰色がかっている。両手でぎりぎり抱えられそうな大きさのそれは、ぴょんぴょんと跳ねてアデルの頭に飛び掛かっていた。
彼はそれを剣の腹で振り払う。スライムは剣に当たって跳ね返り、分裂して辺りに飛び散る。しかしすぐに元通りの一塊となり、再び彼の頭に飛びかかる。
スライムは比較的珍しい魔物だ。湿地にたまに生息しているが、滅多に人を襲うことはないため、素材目当ての冒険者くらいしか狙わない。僕も前世で戦ったことはなかった。
乾燥に弱いため、火属性の魔法を間接的に当てて弱らせるのが定石だとは聞いたことがあるが、僕には火属性など使えない。
『僕の力を使えばスライムを消せるよ!』
ライトが脳内で主張してくる。そうか、その手が……。
昨夜は温泉のことで頭が一杯だったが、それまでは毎晩光の力を使う練習をしていた。試してみる価値はあるかもしれない。だが……。
僕はアルタイルとの一件以来、またこの力が怖くなっていた。脳裡に目を腫らしたリットが浮かぶ。何もなくなった砂漠が浮かぶ。そして、寂しそうに草原を見つめるハナが……。
『また失敗したときのことを思い出すのかい?まあ仕方ないとは思うけどさ。毎晩の練習では上手く行ってたろ?それに今は僕も付いてる。やってみようよ』
アデルは相変わらずスライムの体当たりに苦戦している。恐らくあのまま頭に取りつかれたら、窒息させられてしまうだろう。それがスライムの常套手段。こちらにスライムを倒す手がなければ、いつかやがて力尽きて捕まってしまう。
やるしか……ない!!
「アデルさん、次振り払ったら僕の後ろに下がって!」
「ああ、分かった。えいっ!!」
単調な攻撃を繰り返すスライムを、アデルは先程と全く同じ動きで振り払う。飛び散るスライム。すぐさま飛び退くアデルに代わり、スライムの前に躍り出る。
右手に力を溜める。光が集まって、熱を帯びる感覚。徐々に右手が光を放ち始める。
くっ。鼓動が早くなる。息が苦しくなる。力を使うことを、身体が拒んでいる気がする……。
(集中、集中……っ!!ライト、頼むぞ!!)
『うん、任せて!テオンはスライムを消すことだけ考えて!!』
そうだ。レオールの言葉が思い出される。『為すべきことを見据えよ』。それだけに意識を集中させる。力を扱うのではなく。
スライムを消す。スライムを消す。スライムを消す……。
そのスライムは既にひとつに戻り、飛び跳ねる運動を始めている。徐々にそのジャンプが高くなり、やがて僕の頭ほどに到達する。
来るっ!!
飛び掛かってきたスライムに右手を向ける。光る掌から白く輝く刃が飛び出し、スライムの身体に溶け込むように吸い込まれる。そして。
しゅんっ!!
今度はその刃にスライムが吸い込まれるように、その身体は消滅した。光の力は、あっけなく僕の意に従った。あっという間に、終わった。
ころん。
地面に何かが転がる。どうやら鍵のようだった。まさか今のスライムが持っていたものなのか?
「へえ、やるじゃないか。もう終わったのかい?」
アデルが近付いて僕の肩をぽんと叩く。そして僕の顔を見、驚きを顔に出す。
「どうしたんだい、テオン君!!すごい汗だよ?」
「え?いや、何ともないよ。大丈夫。少し魔法を使うのに疲れただけ」
「そう?ならいいけど。あ、守衛さん!!」
彼は守衛の肩を叩く。鼻の前に手をかざして、息があることを確認する。
「どうやら窒息まではいかなかったみたいだね。気を失っているようだ。スライムの目的はどうやら……こいつだったみたいだね」
彼はスライムが落とした鍵を拾う。
「多分、牢屋か手錠の鍵だろう。ブラコを解放するためのね」
そうか。ブラコはスライムマスター。騒ぎに乗じて鍵を奪う算段だったのか。
「うっ……」
見張りの守衛が気がつく。どうやら本当に軽く気を失っただけらしい。
「やあ、無事かい?スライムはもう倒したよ。それからこれ、鍵盗まれてたよ」
アデルが守衛に説明しながら、彼の肩を担ぐ。反対側を僕が支え、ブラコの牢の前に戻った。
「ちっ……。俺のスライムは倒されちまったのか。まあいいさ、じきに俺の部下たちがここまで来る」
「てめえ、さっきドン・ブラコとか呼ばれてたな?どういう意味だ?」
「へっ。田舎者には分からねえか?キラーザのドンっていやあ、詳しいことは分かんなくても、泣く子も黙る怖い奴ってくらいは知れた名だと思ってたんだけどな」
その言葉にキールは無反応だったが、アデルは何か思い当たったようだった。
「キラーザのドン……もしかしてオオカムヅミのドンかい?」
「ほう、旅人さんがオオカムヅミまでご存じか。うちも有名になったもんだねえ」
オオカムヅミ……?例によって世間に疎い僕は初めて聞くのだが、キールもぴんとは来ていないようだ。
「オオカムヅミってのはキラーザの闇に蔓延る組織の名だよ。僕も最近知ったんだけど、この頃よくキラーザで暴力沙汰を起こしては騒ぎになってる。反社会勢力、悪い奴らさ」
「おっと……そんな説明はちょっと頂けねえな。反社会勢力ってのは確かだ。だがな、俺たちは間違った社会を正すための組織なんだ。キラーザの町は汚職やら贈賄やらで汚れに汚れてんのよ。元々社会の方が曲がってんだから、反社会的だから悪と決めつけられちゃあ黙っていられねえ」
ブラコはここに来て饒舌に喋り出す。
「今や銀行も市場も刑事局すらも、みんな袖の下で町長と繋がってやがるんだ。町民はみんな苦しい生活強いられて、毎日銭にもならない労働させられてる。そんな町で綺麗に生きていく方が無理ってもんなのさ」
彼は諦めたようにそんなことを呟く。
「そうかい。僕は所詮余所者だからそんなこと言われても何のことだか分からないし、分かろうとも思わない。僕が知っているのは君が財布を盗もうとした泥棒で、今ここから脱獄を企てたということだけだよ」
アデルは既に彼の話に興味を失くし、頭上の音に注意を向けていた。彼の大きな耳はクネリアンほどではないがよく音を拾うらしい。時折ぴくぴくと耳が動いていた。
「まあ、そりゃそうだな。それに最近は俺たちも一枚岩じゃなくなって、ただのチンピラも集まるようになっちまった。何を言ったってもう、俺には世界は変えられねえんだな」
ブラコは寂しそうに上を見上げる。その顔に、少しだけ同情が湧いたような気がした。
とたたたっ。
階段を駆け降りる音がする。僕は剣に手を掛けて身構えるが、現れたのは無口な守衛だった。
「援護、頼めないか?」
彼は低く小さな声でそれだけ言う。見張りの守衛はまだ動けそうにない。僕ら3人は互いに顔を見合わせ、頷き合った。
「「おう!!」」
そして僕らは地上へと飛び出した。
「どこで間違えたのかねえ」
牢獄を出る手前、ブラコの呟きが耳に届いた。
外に出ると、数人の男たちが武器を持って関所の守衛に襲いかかっていた。守衛は詰め所にいた者たちも総動員して対抗している。人数はやや襲撃者が有利だった。
「じゃ、いっちょ派手にやるか!!」
キールが真っ直ぐに戦いに飛び込んでいく。アデルも歩きながら僕にウインクをする。
「テオン君、また君の力を僕に見せておくれ!!」
遠くから響いてきた声に、ブラコは笑みを深める。
「奇遇だな。脱獄なら……これからするところだ!!」
俄に辺りが騒がしくなり、見張りの守衛もキールからブラコに警棒を向け直す。
「貴様!?一体何をした!」
「何をしただあ?あんたずっとそこで見てただろ?俺は何もしてねえぜ。上で何かあったんじゃねえのか?」
ブラコは余裕綽々と返す。鉄格子の中で両手を縛られ、胡座をかいているままの彼に、何か出来たとは確かに思えない。だがこの騒ぎと何も関係がない筈がなかった。
「ちっ。妙な真似はするなよ!お前らもだぞ!!」
見張りは僕らにも念を押すと、地上へ向かう階段へと向かった。本来ならここを動かず上からの報告を待つべきではないかと思うのだが……。元衛兵として彼の行動が気にかかる。
「ふう。いや、冷やっとしたぜ」
ブラコは突然そんなことを言う。
「冷やっと?何でお前が……」
キールがその言葉に反応するかしないかのうちに。
「うがあっ!!」
先程の見張りらしき男の苦しむ声が聞こえた。それを聞き、牢の中のブラコがガッツポーズをする。
「なっ!?てめえ、やっぱり何かしやがったんだろ!?」
キールが再び鉄格子に飛びかかる。
「待てキール君。まずさっきの守衛の無事を確認するぞ。付いてこい!テオン君、こいつの見張り頼めるか?」
アデルにいきなり言われ、戸惑いながらも頷く。緊急時だからか彼の口調も荒く早口になっていた。彼はキールを連れて守衛の後を追う。やがて。
「うおっ!!」「何だこいつは!!」
二人の驚く声が聞こえる。
「少年、お仲間が大変らしいぞ?お前も行かなくていいのか?」
ブラコが僕を挑発する。気になるのは確かだ。だが今ここを動いたらこいつの思う壺だろう。剣の柄に手をかけ、意識を周り全体に巡らせる。これからどんな事態になってもおかしくないのだ。
たたっ。
「テオン、交代だ。あれは俺にはどうにも出来ない!だがお前なら何とか出来るかもしれねえ!!」
キールが走って戻ってきた。あれとは何か気になったが、交代が来たならじっとしている理由はない。
「キール、こいつの挑発には乗るなよ!牢屋から人を遠ざけるのがブラコの狙いだ!!」
「ああ、任せとけ!!」
はっきりとした返事に背中を押されるようにして、僕は牢獄の部屋から飛び出した。地上へと向かう階段には倒れた見張りと、何かと対峙するアデル。
「アデルさん、キールと交代してきました」
「やあテオン君、ありがたい。こいつはどうやらスライムの亜種のようだが、剣の攻撃が効かないらしくてね……」
前を向いたまま喋るアデルの正面には、ぷるぷると震えるゼリー状の魔物。その体は無色半透明。透けているが、辛うじて視認できる程度に灰色がかっている。両手でぎりぎり抱えられそうな大きさのそれは、ぴょんぴょんと跳ねてアデルの頭に飛び掛かっていた。
彼はそれを剣の腹で振り払う。スライムは剣に当たって跳ね返り、分裂して辺りに飛び散る。しかしすぐに元通りの一塊となり、再び彼の頭に飛びかかる。
スライムは比較的珍しい魔物だ。湿地にたまに生息しているが、滅多に人を襲うことはないため、素材目当ての冒険者くらいしか狙わない。僕も前世で戦ったことはなかった。
乾燥に弱いため、火属性の魔法を間接的に当てて弱らせるのが定石だとは聞いたことがあるが、僕には火属性など使えない。
『僕の力を使えばスライムを消せるよ!』
ライトが脳内で主張してくる。そうか、その手が……。
昨夜は温泉のことで頭が一杯だったが、それまでは毎晩光の力を使う練習をしていた。試してみる価値はあるかもしれない。だが……。
僕はアルタイルとの一件以来、またこの力が怖くなっていた。脳裡に目を腫らしたリットが浮かぶ。何もなくなった砂漠が浮かぶ。そして、寂しそうに草原を見つめるハナが……。
『また失敗したときのことを思い出すのかい?まあ仕方ないとは思うけどさ。毎晩の練習では上手く行ってたろ?それに今は僕も付いてる。やってみようよ』
アデルは相変わらずスライムの体当たりに苦戦している。恐らくあのまま頭に取りつかれたら、窒息させられてしまうだろう。それがスライムの常套手段。こちらにスライムを倒す手がなければ、いつかやがて力尽きて捕まってしまう。
やるしか……ない!!
「アデルさん、次振り払ったら僕の後ろに下がって!」
「ああ、分かった。えいっ!!」
単調な攻撃を繰り返すスライムを、アデルは先程と全く同じ動きで振り払う。飛び散るスライム。すぐさま飛び退くアデルに代わり、スライムの前に躍り出る。
右手に力を溜める。光が集まって、熱を帯びる感覚。徐々に右手が光を放ち始める。
くっ。鼓動が早くなる。息が苦しくなる。力を使うことを、身体が拒んでいる気がする……。
(集中、集中……っ!!ライト、頼むぞ!!)
『うん、任せて!テオンはスライムを消すことだけ考えて!!』
そうだ。レオールの言葉が思い出される。『為すべきことを見据えよ』。それだけに意識を集中させる。力を扱うのではなく。
スライムを消す。スライムを消す。スライムを消す……。
そのスライムは既にひとつに戻り、飛び跳ねる運動を始めている。徐々にそのジャンプが高くなり、やがて僕の頭ほどに到達する。
来るっ!!
飛び掛かってきたスライムに右手を向ける。光る掌から白く輝く刃が飛び出し、スライムの身体に溶け込むように吸い込まれる。そして。
しゅんっ!!
今度はその刃にスライムが吸い込まれるように、その身体は消滅した。光の力は、あっけなく僕の意に従った。あっという間に、終わった。
ころん。
地面に何かが転がる。どうやら鍵のようだった。まさか今のスライムが持っていたものなのか?
「へえ、やるじゃないか。もう終わったのかい?」
アデルが近付いて僕の肩をぽんと叩く。そして僕の顔を見、驚きを顔に出す。
「どうしたんだい、テオン君!!すごい汗だよ?」
「え?いや、何ともないよ。大丈夫。少し魔法を使うのに疲れただけ」
「そう?ならいいけど。あ、守衛さん!!」
彼は守衛の肩を叩く。鼻の前に手をかざして、息があることを確認する。
「どうやら窒息まではいかなかったみたいだね。気を失っているようだ。スライムの目的はどうやら……こいつだったみたいだね」
彼はスライムが落とした鍵を拾う。
「多分、牢屋か手錠の鍵だろう。ブラコを解放するためのね」
そうか。ブラコはスライムマスター。騒ぎに乗じて鍵を奪う算段だったのか。
「うっ……」
見張りの守衛が気がつく。どうやら本当に軽く気を失っただけらしい。
「やあ、無事かい?スライムはもう倒したよ。それからこれ、鍵盗まれてたよ」
アデルが守衛に説明しながら、彼の肩を担ぐ。反対側を僕が支え、ブラコの牢の前に戻った。
「ちっ……。俺のスライムは倒されちまったのか。まあいいさ、じきに俺の部下たちがここまで来る」
「てめえ、さっきドン・ブラコとか呼ばれてたな?どういう意味だ?」
「へっ。田舎者には分からねえか?キラーザのドンっていやあ、詳しいことは分かんなくても、泣く子も黙る怖い奴ってくらいは知れた名だと思ってたんだけどな」
その言葉にキールは無反応だったが、アデルは何か思い当たったようだった。
「キラーザのドン……もしかしてオオカムヅミのドンかい?」
「ほう、旅人さんがオオカムヅミまでご存じか。うちも有名になったもんだねえ」
オオカムヅミ……?例によって世間に疎い僕は初めて聞くのだが、キールもぴんとは来ていないようだ。
「オオカムヅミってのはキラーザの闇に蔓延る組織の名だよ。僕も最近知ったんだけど、この頃よくキラーザで暴力沙汰を起こしては騒ぎになってる。反社会勢力、悪い奴らさ」
「おっと……そんな説明はちょっと頂けねえな。反社会勢力ってのは確かだ。だがな、俺たちは間違った社会を正すための組織なんだ。キラーザの町は汚職やら贈賄やらで汚れに汚れてんのよ。元々社会の方が曲がってんだから、反社会的だから悪と決めつけられちゃあ黙っていられねえ」
ブラコはここに来て饒舌に喋り出す。
「今や銀行も市場も刑事局すらも、みんな袖の下で町長と繋がってやがるんだ。町民はみんな苦しい生活強いられて、毎日銭にもならない労働させられてる。そんな町で綺麗に生きていく方が無理ってもんなのさ」
彼は諦めたようにそんなことを呟く。
「そうかい。僕は所詮余所者だからそんなこと言われても何のことだか分からないし、分かろうとも思わない。僕が知っているのは君が財布を盗もうとした泥棒で、今ここから脱獄を企てたということだけだよ」
アデルは既に彼の話に興味を失くし、頭上の音に注意を向けていた。彼の大きな耳はクネリアンほどではないがよく音を拾うらしい。時折ぴくぴくと耳が動いていた。
「まあ、そりゃそうだな。それに最近は俺たちも一枚岩じゃなくなって、ただのチンピラも集まるようになっちまった。何を言ったってもう、俺には世界は変えられねえんだな」
ブラコは寂しそうに上を見上げる。その顔に、少しだけ同情が湧いたような気がした。
とたたたっ。
階段を駆け降りる音がする。僕は剣に手を掛けて身構えるが、現れたのは無口な守衛だった。
「援護、頼めないか?」
彼は低く小さな声でそれだけ言う。見張りの守衛はまだ動けそうにない。僕ら3人は互いに顔を見合わせ、頷き合った。
「「おう!!」」
そして僕らは地上へと飛び出した。
「どこで間違えたのかねえ」
牢獄を出る手前、ブラコの呟きが耳に届いた。
外に出ると、数人の男たちが武器を持って関所の守衛に襲いかかっていた。守衛は詰め所にいた者たちも総動員して対抗している。人数はやや襲撃者が有利だった。
「じゃ、いっちょ派手にやるか!!」
キールが真っ直ぐに戦いに飛び込んでいく。アデルも歩きながら僕にウインクをする。
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