上 下
60 / 151
第4章 煙の彼方に忍ぶ影

第4話 呼ばれて飛び出てユカリちゃん

しおりを挟む
 「見落とさなければ、このクイズはもう少し簡単になるのよ!」

 レナはルーミにウインクしながらそう言い切る。レナは紙を取り出してクイズの解説をしていた。書いてくれたら少し分かりやすくなったが、正直理解できたかと言えばてんで分からない。紙も使わずここまで辿り着いたルーミは、僕から見たらかなり凄い。

 「ひょえー、そうやって考えると大変だねー」

 ミミが耳をぺたんと倒して紙とにらめっこをしている。

 「答えが分かったミミよりも、ルーミの方が賢かったってことかニャ?やっぱりルーミはすごいのニャ!どーだ!!」

 マギーがまるで自分のことのように彼女を誇る。

 「でも見落としがあるんですよね。レナさん、どうしたら犯人がモエギになるんですか?」

 「ふふ。いい?嘘っていうのはね、正しくないことを言うだけじゃないのよ。知らないことを知っているように言うのも嘘なの」

 「知らないことを……?」

 「そう。容疑者はみんな振り返らないで橋を渡ったの。自分より前に渡った人の順番は橋を渡り出すのを見てれば分かるけれど、後に渡った人の順番は、みんな渡りきる前に振り返らなきゃ分からないのよ」

 「あっ!!振り返らないと後ろの様子見えない!ポットが言ってた」

 僕は思わず声を上げる。確かルーミの様子を見るためにポットが振り返り、そのあとミミが「分かった」と叫んだのだった。

 「よく覚えてたな、そんなの。自分で言ったのに今の今まで忘れてたよ」

 「えっと……つまりそうなるとおかしくなるのは……?」

 今度はミミが得意気に解説を引き継ぐ。

 「そう、モエギがアカネより先に渡っていたら、彼女の言ったことの前半は必ず嘘になるの!」

 モエギの発言は『アカネはアオイより後、私より前に渡った』だ。彼女がアカネより先に渡っていたら、彼女はアカネがアオイより後だとは知り得なかった……。あれ……?

 「それは違うんじゃないかニャ?」

 「負け惜しみを言うでない。私は正解してるのよ?」

 食って掛かるマギーにミミは余裕の態度で応じて見せる。

 「そうね、流石にそこまで簡単じゃないわよ?」

 「先に渡ったモエギよりも前にアオイがいたら、モエギはアオイがアカネより先に渡ったと分かるニャ」

 マギーは冷静に指摘する。あれ、まだお昼だよね?

 「あ……」

 「ほーら、やっぱりミミは分かってなかったニャ!」

 マギーは大笑いして耳をからかう。うん、お昼だ。

 「うー、答えが合ってるんだから良いじゃんー」

 「そうですね、一応アオイの発言と比べればすぐにその可能性は消えるのですが、完全に見落としていたのなら減点です」

 「そんなぁ」

 「えっと、その場合はアオイの後ろにモエギ、アカネ、ユカリの3人がいるからアオイは3番目ではないけど、モエギが最初でもない。だからモエギはアカネより後。アオイは3番目でミドリも犯人じゃないからモエギが犯人……。おお、私にも出来ました!!」

 ゼルダがさらっと解説を仕上げる。改めて考えると簡単ではないと思うが、こういうのは聞いていると簡単に思えてしまうから不思議だ。

 見ると彼女の団子は既に無くなっている。しばらく黙っていたと思ったら甘味に夢中だったのか。

 「うう。分かったと思ったのに、悔しいー!!そもそも仲間が吊り橋から落ちて何で振り向かないの?」

 ミミが文句を言いながらどら焼にかじりつく。あれも美味しそうだ。

 「ユカリは声が出なかったのです。悲鳴をあげれず気付いて貰えなかったのでしょう」

 「何だか可哀想ですね。誰にも気付いてもらえないまま橋から落とされるなんて……。モエギはどうしてユカリを?」

 「え?さ、さあ……?ただの推理クイズなので動機なんて考えたことありませんでしたわ」

 「もう!黙って突き落とされたユカリが悪い!!」

 ミミが大声で叫ぶ。

 「理不尽ニャ!物言わぬ被害者に罪を着せるニャ!ユカリを殺したモエギが悪いに決まってるのニャ!!」

 「しーっ!お店の中ですよ、マギー、ミミさん!たかがクイズで本気で喧嘩しないでください!!」

 ルーミに叱られてしゅんとする二人。するとそこへ……。

 「あたしが殺された?黙ってたあたしが悪い?いきなり何なのよ、あなたたち」

 隣で静かに団子を食べてた女の子が話しかけてきたのだった。




 「あはははっ!!なんだただのクイズだったの!いきなり悪かったわね。あたしはユカリ、旅のスイーツハンターよ。ユカリちゃんって呼んで?」

 そう名乗った少女はにかっと笑う。こんがりと焼けた肌に白い歯がまばゆく輝く。背はララより少し低いくらい。肩までの長さで揺れる黒髪は若干青みを帯びていた。大きな瞳が僕らを順番に見ていく。

 「まさか私が出したクイズの登場人物と同じ名前の人が隣にいたなんて、驚かせてすみませんでした」

 リットが頭を下げる。彼女から順番に自己紹介をしていく。

 「こんな大人数で砂漠からねー。大変だったでしょ?ここのお茶は美味しいだけじゃなく疲れを癒す効果があるのよ。ゆっくりしていくと良いわ」

 「へー、それでミミがこんなに騒がしくなっちゃったのニャ」

 「ぶー、マギーほどじゃないよーだ」

 「いつまで喧嘩してるの!恥ずかしいからやめてください」

 またルーミに叱られる。

 「あら、お嬢さん小さいのにしっかりしてるのね。偉いねー。そちらのお嬢さんもお行儀よくて」

 ユカリはルーミを誉めた後ゼルダを見る。やっぱりその二人は同い年くらいに見えますよね。

 「いえ、私は……」「何を無礼な!?この方はこう見えて聖都ペトラの長老、私よりも、恐らくあなたよりも歳上なのですよ!!」

 穏やかに否定しようとしたゼルダに被さるように、ファムが強く否定する。彼は彼女のこととなると少し冷静を欠くところがあるのだった。

 「へえー、聖都ペトラの!あ、確かペトラって5年前に……。いつか行ってみたいと思っていたのよね。マジカルデーツを使った砂漠ならではのスイーツ、まだ食べたことなかったのに」

 どうやらペトラ滅亡の話は知れ渡っているようだ。マジカルデーツ……エリモ砂漠の特産でクレーネの商店でも見かけた、砂漠の栄養食として重宝される木の実だ。

 砂漠ならでは……とはつまり、彼女にとっては否応なく故郷を思い出してしまうものなのだろう。ゼルダは途端に寂しげな顔になる。

 「そうですね、私の目標は聖都の復活です。いつかあのお菓子も復活させて見せます」

 「へー、都をひとつ復興させるなんて立派な志ね!お嬢さんなんて呼んだこと、謝るわ」

 少し重くなった空気を変えようと、今度はレナが口を開いた。

 「ところでユカリさん、スイーツハンターって……」「ユカリちゃん」

 「ユカリさ……」「ユカリちゃん」

 どうやらユカリはちゃん付けに深いこだわりがあるようだ。

 「ユカリ……ちゃん?あの、スイーツハンターって何?」

 それは僕も気になっていた。初めて聞く名称だ。ただの職業だろうか、それともジョブなのだろうか。

 「ふふふ、よくぞ聞いてくれました!!スイーツハンター、それはどこの世界でも人の心を満たし続ける神秘、スイーツを探し求めて世界中を練り歩く、夢と希望に溢れたハンターよ」

 彼女は急に声のトーンを上げて叫ぶ。

 「それは……ジョブなの?」

 「そんなわけないでしょ?スイーツを探すのにレベルシステムの補助なんて要らないわよ。必要なのは飽くなき好奇心と、困難を乗り越える強い意思だけよ。人生懸ける覚悟があれば、誰だってスイーツハンターなのよ!!」

 大音声が茶屋中に響く。店の奥で店員が苦笑いしている。

 「そんな職業があるのですか!?スイーツハンター。ああ、なんと甘美な響き……」

 恍惚とした顔になっているのはメルーだ。他の面々はみな戸惑いを顔に張り付けて固まっている。

 「私も甘いものには目がなくてですね。帝国にいた頃からなけなしの給金をつぎ込んできましたとも」

 メルーの話では帝国の奴隷はある程度の自由が保証されているらしい。労働に見合った給金が渡され、奴隷たちはその中で自由に衣食住を満たしていく。聞けば聞くほど普通の労働者のようだった。

 そこから逃げてきたメルーとバートンはいわば無職。旅をしながらこの国でどんな仕事に就けるかを考えたいと言っていた。メルーとユカリの出会いは、ある意味運命的とも言えるのかもしれない。

 「……いらっしゃいませー!どうぞごゆっくり!!」

 店員がいつも通りの声を上げる。新しいお客さんがやってきたようだ。

 「おじさんもスイーツハンター目指してみる?甘いものに囲まれて幸せよ!だけどなるのは甘くないわ。その覚悟がおあり?」

 ユカリとメルーはすっかり意気投合している。

 ぞろぞろとやって来た新規客は3人組の男だった。剣使い、斧使い、そして槍使い。三者三様の武器を携え、魔物の毛皮で作った衣服に身を包む。前世でもよく見た典型的な冒険者稼業の出で立ちだ。

 3人は僕らの反対側の座敷へ上がった。だんだん店の中が手狭になっていく。僕らはそろそろお暇した方がいいかもしれない。皆の前には既に空になったお皿が並んでいる。

 「皆食べ終わったしそろそろ……」「ではスイーツハンターメルーとしての初仕事いきますよ!店員のお姉さん、このお店のお菓子、全種類ください!!」

 ……は!?

 メルーはユカリに言われるままメニューを嬉しそうに眺めている。それにしても全種類だと?ふと見てみると、ユカリが座っていた机には空の皿がいくつも並んでいる。あれをすべて一人で……。

 「スイーツハンターたるもの、出会ったスイーツはすべて頂く。妥協をしたらそれまでよ!!」

 スイーツハンター、とんでもない修羅道じゃないか!!

 「ちょっとメルーさん?お金は足りるの?」

 「え?あ、いや……すみません、こちらの通貨はリブラでしたよね。私リブラは持っていないんです。レナさん、お願いしますね」

 「う……嘘でしょ?」

 はっとして皆を見回すレナ。

 「お金、持ってる人……?」

 誰も手を上げない。村から来た僕とララも、帝国から逃げてきた面々も。

 「う、嘘でしょー!!」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします

  *  
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!? しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です! めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので! 本編完結しました! 時々おまけを更新しています。

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

愛人がいらっしゃるようですし、私は故郷へ帰ります。

hana
恋愛
結婚三年目。 庭の木の下では、旦那と愛人が逢瀬を繰り広げていた。 私は二階の窓からそれを眺め、愛が冷めていくのを感じていた……

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

処理中です...