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第3章 旅は道連れ、よは明けやらで

第19話 見据えよ、少年

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―――テオンが目を覚ます前の晩

 「トットを消した光は……テオンの力が暴走したもの、か……」

 ポットは泣き止まないリットの背をさすりながら、自身も唇を噛み締める。二人はネクベトの計らいで、宿に部屋をとって休んでいた。今日の昼過ぎに目を覚ました私――レナは、ララと一緒に二人の部屋を訪れていたのだった。

 二人がトットの行方不明に気付いたのはつい今朝のこと。その後情報共有の集まりがあり、トットがアルタイルと共に光に消えたことをファムが話した。それを聞いた彼女たちは、テオンが味方を巻き込むほどの危険な魔法を使ったと解釈した。

 ララが一人で弁明しようとしていたが、私はその時まだ眠っておりテオンの力の暴走だと説明できなかった。一通り喚き散らしたリットが逃げ込むように部屋に入り、その話は中断されていたのだった。

 「だからテオン君はわざとあの光を使ったんじゃないってことがひとつ。そしてもうひとつ、言っておきたいことがあるのよ。ね、ララちゃん?」

 昼間、ララはテオンを貶めるリットの言葉で頭に血が昇ってしまい、肝心なことを言い忘れていたのだ。

 「トットさんはまだどこかで生きている可能性があるんです」

 「「!?」」

 俯いて泣きじゃくっていたリットががばっと顔を上げる。ポットも目を見開いてララの次の句を待つ。

 「二年前の消滅の光で、私たちの村のキューという人が行方不明になりました。その人はマギーの探し人なんです。光のあとに目撃されたという話があって、私たちも今それを調べに行く真っ最中なんです」

 「消滅の光で消えた人が、目撃された……?」

 「はい。1年前の春だから消滅の光の3、4ヶ月後くらいでしょうか。場所は分からないですが、それ以来村には帰ってきてないのでそれなりに遠いところかと」

 「お兄様は生きてる……。お兄様は、まだ生きてる!!」

 リットの目に光が戻っていく。そう、消滅の光とやらが光の力だというのなら、それは人々から希望を奪うような力であってはいけない。

 「ええ、希望はあるのよ。だから、あなたたちも絶望しないで強く生きてね。そうすればきっとまたお兄さんに会えるから」




―――現在

 「今朝お姉さまと決めました。私たちもその旅に同行させて頂きたいのですけど、構いませんよね?」

 リットの言葉には強い意志が込められており、否とはとても言えない空気が漂っていた。

 レナは僕の方を見る。僕はそっと頷く。二人の目的は兄トットを探すこと。それは僕にも救いになる。心に深く刺さった2つの棘を抜いてくれるのなら、多少の気まずさなど目先の些細なことに過ぎない。

 「僕も誠心誠意トットを探します。それが僕の責任です。目的が同じなら一緒に探す方が早く見つかるでしょう」

 僕はリットに負けない強い眼差しを返す。

 「ですが私はあなたのことは嫌いです。話しかけないでくださいまし」

 きっぱり拒絶されてしまった。がっくりと項垂れる。横でララが慰めてくれる。僕はしばらくリットには頭が上がらなさそうだ。

 一抹どころではない不安を抱えながらも、こうして僕らの一行はポットとリットの二人を加え、また規模を大きくしたのだった。

 「そ……それでは今後のことを話しましょうか」

 以降はレナとゼルダが中心となって出発の日取りなどを決めていった。魔力の消耗が激しかっただけで特に大きな負傷も出なかったため、明日の朝早くには出発することになった。

 「もっとゆっくりしていっても良かったのにねえ」

 ネクベトが寂しそうに呟く。

 「今回のこととか、ポットちゃんとリットちゃんが旅に出ることとかは、あたしがポエトロに報告しておくよ」

 そう言うと宿屋の出口で鳥――エリモスホークという魔物の足に手紙を括りつける。

 「そんなこと出来るんですか?」

 ルーミとマギーがその様子を興味津々で見ている。

 「アレクトリデウスは鳥から進化した人間だからね。昔から鳥型の魔物とは意思疏通できる者が多くて、情報伝達をこの子達に頼んでいるんだよ。ポエトロの町のイザベラちゃんも鳥と話できるだろう?」

 「そう言えばよく噴水に来てる白い小鳥さんたちとお喋りしてたニャ。マギーが近寄ると怒るのニャ」

 「あっはっは!そりゃ災難だね。イザベラちゃんがいるからポエトロには絶対に情報が届くのさ。手紙を落としても直接話してくれるからね」

 「手紙を落としちゃうことあるんですか?」

 「まあ滅多にないけどね。この子達はプロだから」

 そんなやり取りを横目に見ながら、僕はその脇を通りすぎた。

 「お散歩かい?」

 「ええ、少し……」

 僕はそのまま戦場跡の窪地へと足を運んだのだった。




 宿屋から200Mメトロほどの場所。大きく抉れた砂地は、なだらかな曲線から不連続に平らな底面が広がっていた。光で削れた地層と削られなかった地層があるようだ。

 底まで坂を下る。丸く凹んだ坂の途中には所々に岩が覗いている。いや、それは人工物のようだった。周りの砂を払うと、斜面に沿って斜めにくり貫かれた石造りの壁が出てきた。

 『もしかしてここには、砂に埋もれた家があったのかな?』

 ライトは僕と同じことを考えたようだ。窪地の真ん中には少しだけ水が溜まっている。地下水が湧き出ているのだ。この辺りに昔のオアシスがあったのだろう。

 (あの壁は、かつてオアシスの周りに並んでいた家の跡なんだろうな)

 寂れたクレーネの町を思い出す。まだあの町には商店街が残っていて、人もそれなりに残っていた。だが、少し前までもっと活気があったらしい。あのオアシスもやがては人がいなくなり、砂に埋もれ、忘れ去られていくのだろうか。

 そんな感傷に浸っていたときだった。

 「少年、一人か」

 突如低い声が窪地に響く。振り返ると、すぐそばに青い装束に全身を包んだ男が立っていた。全然接近に気が付かなかった。頭も顔も布で覆われているが、今の声には聞き覚えがある。

 「まさか、レオールか?」

 「俺の名前はそんなに知られているのか。厄介だな」

 男はそう言ってつかつかと近寄ってくる。僕は腰の剣に手を掛けながら身構える。

 「安心しろ、何もしない。少年、名前は?」

 「テオンだ。アルト村のテオン……テオン・アルタイル」

 レオールの眉がぴくっと上がる。

 「アルタイル?アルト村の……」

 彼はふっと笑う。僕はあのとき彼に助けられた。そんな気がしている。彼がティップを連れて退却しなければ、僕は殺されていたかもしれない。そう思っていたからだろうか、彼の笑顔にこちらも少し気が緩む。

 「ほう、今は魔力も落ち着いているな。やはりあれは暴走か?」

 「な!?どういう意味だ?」

 「ふむ。身体の使い方や精神の在り方は一角ひとかどらしいが、魔力の使い方が未熟だな。自らの内に眠る真の魔力量に気付けていないといったところか」

 レオールは立ち止まると僕の全身を見回す。

 「何を言っている?」

 「俺は魔力を見る力が優れていてな、少しアドバイスしただけだ。少年、お前は何故その力に振り回される?」

 アドバイス……?つい先日敵として争った奴が?彼の意図は分からなかったが、確かに身になりそうな話をしてくれている。

 「熟練度不足……じゃないのか?」

 「熟練度が足りないくらいで暴走はしない。不発になるだけだ。暴走をするということは、扱える力が既に備わっているということだろう」

 扱える力が、既に……?あの消滅の光を、使おうと思えば思い通りに使えるというのか?

 「少年、お前はその力で何を為す?」

 「何を……どういうこと?」

 「使おうという意識で扱える力などない。何をしたいかを思い浮かべて、初めて力として扱えるものだ」

 話しながら彼はもう踵を返して歩き出した。

 「為すべきことを見据えよ、少年」

 最後にそう言うと、そのまま彼はすたすたと去っていった。な……何しに来たんだ?

 僕は釈然としないまま、彼の言葉を反芻していた。僕の為すべきこと……。この力で為せること……。その問いはこれからも僕を悩ませることになるのだった。




―――夜、アウルム帝国、某所

 「遅くなりました、ティップ様」

 レオールは暗い部屋にそっと入る。中には二人の人物が向かい合って座っていた。一人は彼が忠誠を誓う主人。もう一人は世界を飛び回る腕利きの情報屋、イデオという男だ。

 彼はティップとそれなりに古い仲らしいが、レオールには詳しく教えられていない。ただ自分より遥かに強いということだけ分かっていた。

 「そいつがお前の右腕か。確かに出来そうだ」

 「レオール、あの小僧の正体は分かったのか?」

 「名前はテオン・アルタイル。我らがアルタイルの始祖、アルト様が作られた村の出身でした。また、あの光はどうやら能力の暴走によるもののようです。未熟ではありましたが、危険な思想の持ち主ではないかと。様子を見るのが良いと思います」

 「光?ティップ、光ってなんだ?」

 彼が尋ねる。

 「ああ、作戦中にアルタイルのメンバーの殆どを消し去ったんだ。一人の男が放ったものだ。あんな非人道的な力の前には作戦も何もあったもんじゃねえ」

 「その力……古代スキルか?」

 「俺の古代スキルが反応した。多分そうだ。じゃなきゃ俺も消えてた」

 「そうか。そんなとこにいたのか」

 「何だ?お前は何か知ってるのか?」

 「まあちょっとな。こっちでも調べてみるから、何か分かったらお前にも教えよう。そいつらはまだ移動してないのか?」

 「ああ。俺の元奴隷の二人が同行してる。俺は一度奴隷になった者の居所は分かるからな、まあ奴らは知らねえだろうが。今はまだあの宿屋にいるようだぜ」

 「よし、今後は俺の手の者を近付けよう。動き出したら教えてくれ」

 そう言うとイデオは席を立つ。天井近くの小さな窓から月光が降り注いでいる。満月を明日に控え、今夜は夜でも闇が薄い。彼の横顔が月明かりに照らされて妖しく輝いた。

 「アルト村のテオン……か。そんなところに隠れていたとはな、本物さんよ」
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