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第3章 旅は道連れ、よは明けやらで

第3話 いい雨旅立ち

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―――ポエトロの町

 「テオンさん可愛い~!」

 ルーミのはしゃぐ声が聞こえる。僕は恥ずかしくなって顔を俯かせる。すると容赦なく自分の服装が目に飛び込んでくる。真っ白の女物のワンピース。デミの服だった。

 僕とララはリュカと別れてポエトロの町のデミの家に戻ってきていた。降りだした雨で濡れた服を乾かすため、一時的に家にある服を貸してもらっているのだが、デミの旦那、ゼオンは几帳面な性格でとても服は貸し出せないとデミが言い張るので、仕方なくデミの服を借りたのだった。

 ゼオン――ゼオン・グラースは元は行商人として各地を転々としていたが、今では町有数の大商人であり交易の乏しいブルム地方の流通のほとんどを担っている。アルト村に来ていたこともあり僕も顔見知りだ。確かに几帳面であるがかなりのお人好しで、散々いたずらしては困らせた覚えがある。

 つまり、服を借りたくらいでそんなに怒りはしない。絶対に嘘だ。嘘だと思うのだがルーミが泣きそうに「パパとママを喧嘩させないで」と言うのには、さすがに逆らえなかった。

 「見て見てテオン!この服すごーい」

 ララはデミの踊り子の衣装を着ている。透け透けでかなり際どい。デミは手足腰は細いくせにかなりグラマーだ。ララが着ると余計に胸元が……。

 「あー、テオンここばっかり見てる!エッチ!!変態!!」

 彼女は愉しそうにからかってくる。俯くくらいでは視界の端にちらちらと映ってしまうので、思いきりそっぽを向く。顔が熱い。やられっぱなしは悔しいが、仕返しできそうなことは何も思い浮かばなかった。

 「お邪魔しまーす!テオン君とララちゃんいるー?」

 そこに入ってきたのは大きな袋を抱えたレナだった。これで解放される。そう思ったのも束の間……。

 「あっはっはっは!!テオン君何その格好、可愛い~!それで出発しちゃう?」

 火に油だった……。

 「勘弁して下さいレナさん。その袋が?」

 「あははっ……!はぁあ、そうよ。この町の職人に頼んでたテオン君の新しい服。あ、どうせこうなると思ってララちゃんの服も頼んでたのよ」

 袋から二人分の服を取り出すレナ。1着をララに渡そうとして……。

 「ララちゃんもその格好いいわね!そっちにする?」

 「え!いやー、私こんな刺激的な格好で旅してたらすぐに拐われちゃうよ!!」

 「確かにね。あたしも襲いかかりたいくらいだもん。がおー!!」

 「きゃー!!」

 ああもう、話が進まない。僕はさっさとワンピースを脱ぎ捨てて新しい服に着替えた。布のズボンに革のベルト、布の服に毛皮のジャケット。うん、町の少年っぽい。毛皮はリュカと同じムーンハウンドの黒い毛皮だ。服になると一層その毛並みが艶々と輝いていた。

 ベルトに剣の鞘を括り付けたりしていると、ふと部屋がしんとなっているのに気づいた。見るとレナもララもルーミも、僕の格好を見て皆固まっている。

 「あれ?なんか着方おかしかった?」

 声を掛けると3人ともばっと視線を外す。そんなに変なのか?そのうちルーミがとことこと近付いてきて、赤い顔でぼそっと口を開く。

 「テオンさん……格好いいですよ」

 ぼっ。さっき以上に顔が熱くなる。お、おかしいわけじゃないんだよな……。

 「あ、ありがとう……」

 声が小さくなる。照れ隠しに彼女の頭を撫でておいた。




―――翌朝

 「それじゃあタオさんデミさん、元気でね」

 「レミさんもお元気で。また近くに来たときは寄ってくださいね」

 「レミさん、ルーミをお願いしますね。まああたしよりしっかりした子だから心配はないと思うけど」

 「えへへ。ママ、行ってきます!」

 僕らは旅立ちの準備を終えてポエトロの西の門にいた。荷物はレナの収納用魔道具でリュックサックひとつにまとまっている。質量はそのままだからめちゃめちゃ重い。当然持つのは僕だ。

 昨日の夕方に降りだした雨は、未だ止む気配はなくしとしとと続いている。季節もすっかり冬になって寒さが沁みるが、ムーンハウンドの毛皮の服のおかげでそこまで苦ではない。レナの魔道具、雨避けの布が頭上で雨粒を受け止め、ざあざあと鳴く。

 寒い雨の中、西の広場まで見送りに来てくれたのはタオにデミ、ユズキ、タラ、デュオ、エミルとポールだった。

 「そういえば冒険者のやつらが迷いの霧が復活したって騒いでたな」

 「リュカさんたち、元の生活に戻ったんだね。もう会えないのかな?」

 ララが寂しそうに呟く。

 「そんなことはないよ。迷わせてるのはリュカだよ?会いたくなったらまた会えるさ」

 「ふふっ、そうね」

 「なんかお二人、いい感じでやすね」

 「え!?そんなんじゃないよ、やめてよタラ」

 「まあテオンは昔から女の子達と仲良かったからな。僻むなよタラ」

 え?そんな風に見られてたのか?そんなことはないと思うんだけど。

 「でもララが行っちゃうとアムとディンが寂しがるだろうな。まあ元気でやれよ、二人とも」

 ユズキたちと握手を交わす。なんだかんだでユズキはみんなの兄貴分だ。別れるのはやはり少し寂しい。

 「テオン、お前と会えて楽しかったぜ。またポエトロに来てくれよ」

 エミルも手を差し出す。

 「おう。エミルもたまにはアルト村のエナナに顔見せてやれよ」

 「そうだな。考えとくよ」

 ぎゅっと握手する。

 「それじゃマギー、皆に迷惑かけないようにするのですよ」

 「分かってるニャ。それじゃしばしの別れニャ。行ってくるニャぁ~!」

 こうして僕ら4人はポエトロの町を後にした。名残惜しいがこの先もいくつもの出会いと別れがあるのだろう。

 雨避けの布に当たる雨音が激しさを増す。

 「さて、当初よりやることが一杯増えたからね。整頓しましょう。私の目的は王都へ行くこと。ルーミちゃんとマギーちゃんも王都に行くのよね。それから道中の砂漠にあるクレーネの町から谷を越えた先の町キラーザまで、戦争難民の子供たちを護送するクエストを受けたわ」

 「そして、出来れば道中キューの情報を集めたい」

 「まあそれはあくまでついでよ?結構時間は押してるから、ゆっくりしてる時間はないの。クエストだって本当は乗り気じゃないんだから」

 「でも折角の旅だし、大勢の方がきっと楽しいですよ。旅は道連れってね」

 「そうニャ!皆で楽しく行くニャ!!だから歌うニャー!ラララ~ いい雨~ 旅立ち~ ニャア~」

 「もうマギーったら」

 そのとき後ろから声が聞こえた。

 「「「おーい、おーい!またなー、元気でなー!!」」」

 振り返るとポエトロの町の切り株の上に冒険者たちが登っている。いやそれ禁止事項だったんじゃ。まあみんな秘密を知ってる人たちだしいいのか。

 この雨の中で見えるかどうかは分からないが、僕らも雨避けの布から出て精一杯に手を振った。黒い毛皮が雨を弾いてきらんと輝いた。




 町の西側には大きな橋が架かっている。この雨で霞んだ視界では対岸すら見えない広いフロス川に、天然の岩で出来た橋脚が点々と続く。恐らく土魔法で川底から盛り上げた岩なのだろう。その上に石造りの橋が架かっているのだ。

 「大きい橋だニャぁー!向こう側が見えないのニャ!」

 マギーが驚いて目を丸くする。

 「ムジナ大橋って言うのよ。向こう岸まで4000Mメトロあるの」

 「4000……?それはどれくらいだニャ?」

 「歩いて一時間近くですよ、マギー」

 「ふにゃー」

 文句を言いながらも橋に差し掛かる。橋の向こうはもう王都のあるピュロス地方だ。

 ばしゃん。水面で何かが跳ねた。気になって橋から覗いてみると……。

 「きゃあっ!」

 一緒に覗こうとしたルーミが腕にしがみつく。水面には大きく口を開けた魔物がいた。鋭い歯に巨大な顎。アリゲーターというやつだろう。水面をゆったりと移動して、まるで僕らが落ちてくるのを待っているかのよう……。

 「橋から落っこちないでよー。水に落ちたらまず命はないと思いなさい」

 レナが脅しを重ねる。いけない、ルーミの足が震え始めた。

 実際Aランクのレナでも、満足に戦えない水中であいつらの相手をするのは至難の技だろう。脅しでも何でもなく事実かもしれない。

 「大丈夫だよ、ルーミちゃん。この橋を歩いていれば危ないことはないから」

 「はい……うぅぅ」

 駄目だ。ルーミはだんだん立っていられなくなり、そのまま座り込んでしまった。

 「仕方ないわね。雨だから置いてくわけにもいかないし……」

 置いてくという言葉にルーミはびくっとする。座り込んだまま一人置いていかれる想像でもしたのだろうか。さすがに可哀想だ。

 「ちょっとごめんね」

 座り込んだルーミをそのままお姫様抱っこで抱える。

 「わあっ!」

 「これなら怖くないよね。一気に渡っちゃうからしばらく我慢してね」

 「テオン優しい~!」とララがからかう。

 さらに恥ずかしがっているルーミの頬をつんつんとつついている。そのまま僕らは橋を渡り、砂漠地帯へと進んでいくのだった。




―――その頃

 ここはメラン王国領ピュロス地方南端、エリモ砂漠……。オアシスのほとりの寂れた町クレーネ。テオンたちが今向かっているその町のとある路地裏……。

 どさっ。

 耳の長い大柄の男が気を失って倒れた。

 「悪いな……。これも仕事なんだ。捕らえさせて貰うぜ」

 傍らには同じように長い耳と、長い睫毛の女性が倒れている。

 「お!こいつ、全滅したって言われてた少数民族カミラの生き残りじゃねえか!もしかしてこいつが最後のひとりだったのか……可哀想になあ」

 「お姉さま……そう言いながらハンマーをぶん回してたのはどこの誰ですか。防御の低い人間だったら死んじゃってますよ?」

 「いいじゃねえか、生きてるんだから。じゃ、売りに行こうぜ」

 「その言い方はやめてくださいよ」

 「引き渡して金を貰うんだ。似たようなもんだろ?」

 「もう……」

 その様子を物陰に隠れて伺う兎耳の女がひとり。

 「そんな、あの人たちまで……。お願い、どうか逃げ延びて……ゼルダちゃん!!」
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