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第3章 旅は道連れ、よは明けやらで
第2話 冒険者登録してみた
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「キューっていうニャ」
マギーが何気なく口にしたその名前に、僕はどくんと心臓を鳴らした。あの日……、アルト村の前の草原で僕の力が覚醒した日、力の暴走で消してしまったかもしれない人物。ハナの恋人だった人物……。
気付くとララも目を丸くしてこっちを見ていた。顔を合わせて一緒に驚く場面なのかもしれないが、今は少し目を合わせるのが怖い。恐る恐るララが口を開く。
「キューが、マギーの師匠の探し人なのね?アルト村にいたキューが」
「アルト村……確かそんな名前ニャ。ポエトロの東の方にあるド田舎の村ニャ」
「ちょっとマギー!アルト村はテオンさんとララさんの故郷ですよ!!」
「あ、そうなのかニャ。道理でその服なのニャ。納得ニャ……というのは内緒ニャ」
……まあ事実だしこの子はこういう子なんだと思って聞き流す。今はそんなことより。
「マギーの師匠、アリアさんは1年前の春にキューを見たんだね?」
「そう言ってたニャ。似てるだけかもしれないけど、でも師匠があんなに好きだったキューを見間違えるはずないと思うニャ」
「テオン!キューは生きてるかもって!!」
「うん!!生きてるんだよ、きっと」
僕とララは不意に現れたその希望に、手を取り合って喜んだ。
「でも、それならどうしてアルト村に帰ってこないの……?」
確かにそうだ。生きてるのならどうして?
「きっと迷子なのニャ。迎えに行かなきゃ泣いちゃうニャ」
マギーがにこにこしながら言い放つ。元旅人のキューが迷子とは思えないけど、生きているなら会いに行きたい。この目で生きていることを確認したい。やることは同じだった。
「うん、迎えにいこう!」
―――冒険者ギルド
新たな目標を胸に食事を終えた僕は、レナと一緒に再び冒険者ギルドに来ていた。
「こんにちは、レナさん、テオン君。本日はどのようなご用件でしょうか」
受付嬢のお姉さん――トルネはいつもと変わらぬ笑顔で接客していた。昨日の喧騒は既にすっかり片付けられて、ギルドは平常運転だった。
「あ、トルネさん。昨日はユズキがご迷惑をおかけしました。すみませんでした」
「ふふ、いいのよ。普段から荒くれものたちの相手をしているんだもの。日常茶飯事なんてすぐに忘れちゃうわ」
ああ、なんと懐の広い……。
「今日はこの子の身分証を発行してもらいたいの。つまり冒険者登録ね」
「かしこまりました。Gランクからでよろしいですか?」
「え?いきなり上のランクで登録できたりもするんですか?」
「私はAランクでしかもスキル鑑定士、レベル鑑定士の上位職だからね。冒険者のレベルやステータスを見て、Cランクまでは上げる権限を持ってるのよ。テオン君は実力的にはEランクで問題ないけど、まあ別に必要ないしね。Gランクでいいわ」
レナにそんな権限が……。あまり見くびってはいけなさそうだ。そういえばルーミに冒険者のランクのこと教えてもらったな。レナのAランクは国家戦力級。冒険者歴5年以上で国家の防衛に十分貢献したもの。国家防衛の要。例外なく二つ名を与えられる。
「Aランクってことはレナにも二つ名が?」
「レナさんの二つ名は……」「ストップ!!」
トルネが教えてくれようとしたところを、レナが全力で制止した。
「ええ、あるにはあるわ。でもそれを口にしたら命はないわよ」
……そんな酷い二つ名なのか?気になる。めちゃめちゃ気になる!思わず目を輝かせてしまった僕に、彼女の鋭い眼光が突き刺さった。
「と、とりあえずテオン君の登録を進めますね……。ファミリーネームは如何いたしましょう?」
「そういえばそうだったわね。アルト村の人は基本ファミリーネームを持たない、というか持っててもそれを捨ててまでファーストネームのみにこだわるのよね。デミさんとかアストくんとかどうしてたのかしら」
「デミさんは登録にいらしたときには既にご結婚されてデミ・グラースでしたので。アストさんは仮のファミリーネームを名乗っていましたが、今はご結婚された相手のファミリーネームに改名したと聞いています」
え!?アスト、結婚したの!?知らなかった……。
「アストくんのフルネームってあまり聞かないのよね。なんて名前?」
「アスト・アルタイルと」
「あら、いいんじゃない?アルトをもじったのかしら。それともアルトアイル、アルト島?」
アルト村は島じゃないぞ?陸の孤島という意味では正しいけど。
うーむ、テオン・アルタイルか……。なんかしっくりこないなあ、元々僕はルミネールって家名があるし。まあもう家とは関係なくなっちゃって名乗れないから仕方ないけど。格好いいしそのうち慣れるかな。
「じゃあテオン・アルタイルで」
「はーい。じゃあ最後に登録時のステータスを記録するからここに手をかざして」
そう言って薄い板上の魔道具を差し出す。これでステータスを測定できるの?アルト村でレナが使ってたあの大規模な装置は一体……。まあスキルまで調べるにはそれくらい必要だったのだろう。
そこまで詳しく調べられるのは僕には有り難くない話だ。レナもそれは承知のはずなので、ひとまず言われた通りに手をかざす。線で繋がれた機械に情報が伝えられ、しばらくしてカードが出てきた。
「はい、完了よ。今後はこのカードで身分を証明できるし、なくしても魔力パターンが既に登録されたから再発行も出来るわ。では手数料200L頂きますね」
「リブラ?」
通貨単位かな?前世ではGだった。村の外ではお金が必要だってサンが言ってたけど、そういえばまだ見たことがなかった。
「ああ、テオン君はもしかしてお金見るの初めてかしら」
そう言ってレナは財布から硬貨を二枚取り出す。見たところ前世の白銅硬貨と同様のものらしい。10G相当だったが……。
「これが100Lの白銅貨よ。他に穴の空いた青銅貨が1L、穴のない青銅貨10L、黄銅貨500L、銀貨1000L、金貨10000Lがあるの。滅多に使われないけど100000Lの金の小判も通貨として使えるらしいわ」
なるほど。硬貨の大きさは前世と同じくらいだ。大体10L=1Gで問題ない。前世の金銭感覚を応用すればすぐ慣れるだろう。
「じゃあテオン君、はい。おめでとう。あなたは今日から冒険者です。ご活躍を期待していますね」
渡されたカードの表面には次のことが書かれてあった。
氏名: テオン・アルタイル
レベル: 32
ランク: G
発行所: ポエトロギルド
職業: 剣士
HP: 432
MP: 137
ステータスと言ってもレナの装置ほど詳しくは測れないらしい。まあこれで十分だろう。レベルが2つ上がって少しHP、MPが増えているが大体前と同じだ。そう思っていたのだが……。
「テ、テオン君!そのステータスメモらせて!!」
レナが驚いた様子で何か書き留めている。もしかしてまた何かおかしなことでもあったのだろうか。
「あはは……レナさんどうしたのかしら。さて、テオン君は今Gランクなんだけど、ひとつでもクエストをクリアすればFランクになるわ。実はクレーネという町から依頼が来てて、王都まで行くならついでにこなせる簡単な護送任務なんだけど、お願いできないかしら」
「あれ?でもFランク以下の冒険者は採集クエストしか無理なんじゃ……?」
「Aランクのレナさんの付き添いという形であれば問題ないわ。それでもランクは上がるしね」
「そうなんですか。報告はここに一度戻ってするんですか?」
かなり長い旅路になりそうなのでそれは面倒だなと思う。
「ギルド間では情報のやり取りが出来ますから、メラン王国内であれば完了報告はどのギルドでも出来ますよ。でないと大変でしょう?」
「確かにそうですね。じゃあ僕らは道中クレーネに寄って、誰かを護送して、旅先のどこかのギルドで完了報告すればいいんですね」
「ええ。お願いできるかしら?」
「僕は構いません。あとはレナさん次第ですね」
そう言ってレナを呼ぶと、彼女はしばらく考え事に耽っていたのか「へっ?」ととぼけた声で応えた。彼女はクエストの詳細をトルネから聞き、受注を快諾した。
こうして僕の初めての冒険者登録と、初めてのクエスト受注が終わったのだった。
―――ブルムの森、北西の広場
ギルドを出た僕は、ララと一緒にムーンハウンド姿のリュカに乗って、ブルムの森、ララが襲われた北西の広場に来ていた。
「我々の同胞のためにここまで足を運んでいただき、感謝します。ありがとう」
僕らは広場の隅の小山、アリシア盗賊団と戦って死んでいったリュカの仲間に黙祷を捧げ、彼らのやり方に従って砂を小山に掛ける。
「ううん、私こそありがとう。あのときあなたに助けられていなければ、私は彼らに売り物にされていたのよね。考えただけでもゾッとする。本当にありがとう」
ララはリュカの首元に抱きつく。ムーンハウンド姿のリュカは四つ足で立って僕らの背丈ほどもある、非常に大柄な魔物だ。
夜営中に僕らに襲ってきたムーンハウンドの群れ。その後ろにいたときの威圧感を思い出す。あのとき彼は左目に傷を負っていた。確かに人型になった時も、その痛々しい傷跡は残っていた。
「ああ、この傷ですか。彼らの刃を受けたのですがどうやら麻痺毒が塗られていたようで、動けはするもののろくに戦えなかったのです。それさえなければもう少しは被害を減らせたのかも。これからも傲ることのないようという戒めになりましょうな」
僕は懐から取り出しかけた軟膏をそっとしまった。ユクトルに渡してララに塗ってもらったものだ。昨日の宴の時、思い出したように彼がやって来て返してくれたのだった。これならその傷を消せると思ったのだが。
「消しちゃいけない傷……か」
ぽつり。
「おや、雨が降ってきましたな。さ、もう町に帰られよ。我々は再び守護者となる。皆様、お元気で」
リュカの別れの挨拶は僅か一晩でかなり流暢になっていた。一度は対立もした魔物との友誼。僕は胸に不思議な温かさを感じるのだった。
マギーが何気なく口にしたその名前に、僕はどくんと心臓を鳴らした。あの日……、アルト村の前の草原で僕の力が覚醒した日、力の暴走で消してしまったかもしれない人物。ハナの恋人だった人物……。
気付くとララも目を丸くしてこっちを見ていた。顔を合わせて一緒に驚く場面なのかもしれないが、今は少し目を合わせるのが怖い。恐る恐るララが口を開く。
「キューが、マギーの師匠の探し人なのね?アルト村にいたキューが」
「アルト村……確かそんな名前ニャ。ポエトロの東の方にあるド田舎の村ニャ」
「ちょっとマギー!アルト村はテオンさんとララさんの故郷ですよ!!」
「あ、そうなのかニャ。道理でその服なのニャ。納得ニャ……というのは内緒ニャ」
……まあ事実だしこの子はこういう子なんだと思って聞き流す。今はそんなことより。
「マギーの師匠、アリアさんは1年前の春にキューを見たんだね?」
「そう言ってたニャ。似てるだけかもしれないけど、でも師匠があんなに好きだったキューを見間違えるはずないと思うニャ」
「テオン!キューは生きてるかもって!!」
「うん!!生きてるんだよ、きっと」
僕とララは不意に現れたその希望に、手を取り合って喜んだ。
「でも、それならどうしてアルト村に帰ってこないの……?」
確かにそうだ。生きてるのならどうして?
「きっと迷子なのニャ。迎えに行かなきゃ泣いちゃうニャ」
マギーがにこにこしながら言い放つ。元旅人のキューが迷子とは思えないけど、生きているなら会いに行きたい。この目で生きていることを確認したい。やることは同じだった。
「うん、迎えにいこう!」
―――冒険者ギルド
新たな目標を胸に食事を終えた僕は、レナと一緒に再び冒険者ギルドに来ていた。
「こんにちは、レナさん、テオン君。本日はどのようなご用件でしょうか」
受付嬢のお姉さん――トルネはいつもと変わらぬ笑顔で接客していた。昨日の喧騒は既にすっかり片付けられて、ギルドは平常運転だった。
「あ、トルネさん。昨日はユズキがご迷惑をおかけしました。すみませんでした」
「ふふ、いいのよ。普段から荒くれものたちの相手をしているんだもの。日常茶飯事なんてすぐに忘れちゃうわ」
ああ、なんと懐の広い……。
「今日はこの子の身分証を発行してもらいたいの。つまり冒険者登録ね」
「かしこまりました。Gランクからでよろしいですか?」
「え?いきなり上のランクで登録できたりもするんですか?」
「私はAランクでしかもスキル鑑定士、レベル鑑定士の上位職だからね。冒険者のレベルやステータスを見て、Cランクまでは上げる権限を持ってるのよ。テオン君は実力的にはEランクで問題ないけど、まあ別に必要ないしね。Gランクでいいわ」
レナにそんな権限が……。あまり見くびってはいけなさそうだ。そういえばルーミに冒険者のランクのこと教えてもらったな。レナのAランクは国家戦力級。冒険者歴5年以上で国家の防衛に十分貢献したもの。国家防衛の要。例外なく二つ名を与えられる。
「Aランクってことはレナにも二つ名が?」
「レナさんの二つ名は……」「ストップ!!」
トルネが教えてくれようとしたところを、レナが全力で制止した。
「ええ、あるにはあるわ。でもそれを口にしたら命はないわよ」
……そんな酷い二つ名なのか?気になる。めちゃめちゃ気になる!思わず目を輝かせてしまった僕に、彼女の鋭い眼光が突き刺さった。
「と、とりあえずテオン君の登録を進めますね……。ファミリーネームは如何いたしましょう?」
「そういえばそうだったわね。アルト村の人は基本ファミリーネームを持たない、というか持っててもそれを捨ててまでファーストネームのみにこだわるのよね。デミさんとかアストくんとかどうしてたのかしら」
「デミさんは登録にいらしたときには既にご結婚されてデミ・グラースでしたので。アストさんは仮のファミリーネームを名乗っていましたが、今はご結婚された相手のファミリーネームに改名したと聞いています」
え!?アスト、結婚したの!?知らなかった……。
「アストくんのフルネームってあまり聞かないのよね。なんて名前?」
「アスト・アルタイルと」
「あら、いいんじゃない?アルトをもじったのかしら。それともアルトアイル、アルト島?」
アルト村は島じゃないぞ?陸の孤島という意味では正しいけど。
うーむ、テオン・アルタイルか……。なんかしっくりこないなあ、元々僕はルミネールって家名があるし。まあもう家とは関係なくなっちゃって名乗れないから仕方ないけど。格好いいしそのうち慣れるかな。
「じゃあテオン・アルタイルで」
「はーい。じゃあ最後に登録時のステータスを記録するからここに手をかざして」
そう言って薄い板上の魔道具を差し出す。これでステータスを測定できるの?アルト村でレナが使ってたあの大規模な装置は一体……。まあスキルまで調べるにはそれくらい必要だったのだろう。
そこまで詳しく調べられるのは僕には有り難くない話だ。レナもそれは承知のはずなので、ひとまず言われた通りに手をかざす。線で繋がれた機械に情報が伝えられ、しばらくしてカードが出てきた。
「はい、完了よ。今後はこのカードで身分を証明できるし、なくしても魔力パターンが既に登録されたから再発行も出来るわ。では手数料200L頂きますね」
「リブラ?」
通貨単位かな?前世ではGだった。村の外ではお金が必要だってサンが言ってたけど、そういえばまだ見たことがなかった。
「ああ、テオン君はもしかしてお金見るの初めてかしら」
そう言ってレナは財布から硬貨を二枚取り出す。見たところ前世の白銅硬貨と同様のものらしい。10G相当だったが……。
「これが100Lの白銅貨よ。他に穴の空いた青銅貨が1L、穴のない青銅貨10L、黄銅貨500L、銀貨1000L、金貨10000Lがあるの。滅多に使われないけど100000Lの金の小判も通貨として使えるらしいわ」
なるほど。硬貨の大きさは前世と同じくらいだ。大体10L=1Gで問題ない。前世の金銭感覚を応用すればすぐ慣れるだろう。
「じゃあテオン君、はい。おめでとう。あなたは今日から冒険者です。ご活躍を期待していますね」
渡されたカードの表面には次のことが書かれてあった。
氏名: テオン・アルタイル
レベル: 32
ランク: G
発行所: ポエトロギルド
職業: 剣士
HP: 432
MP: 137
ステータスと言ってもレナの装置ほど詳しくは測れないらしい。まあこれで十分だろう。レベルが2つ上がって少しHP、MPが増えているが大体前と同じだ。そう思っていたのだが……。
「テ、テオン君!そのステータスメモらせて!!」
レナが驚いた様子で何か書き留めている。もしかしてまた何かおかしなことでもあったのだろうか。
「あはは……レナさんどうしたのかしら。さて、テオン君は今Gランクなんだけど、ひとつでもクエストをクリアすればFランクになるわ。実はクレーネという町から依頼が来てて、王都まで行くならついでにこなせる簡単な護送任務なんだけど、お願いできないかしら」
「あれ?でもFランク以下の冒険者は採集クエストしか無理なんじゃ……?」
「Aランクのレナさんの付き添いという形であれば問題ないわ。それでもランクは上がるしね」
「そうなんですか。報告はここに一度戻ってするんですか?」
かなり長い旅路になりそうなのでそれは面倒だなと思う。
「ギルド間では情報のやり取りが出来ますから、メラン王国内であれば完了報告はどのギルドでも出来ますよ。でないと大変でしょう?」
「確かにそうですね。じゃあ僕らは道中クレーネに寄って、誰かを護送して、旅先のどこかのギルドで完了報告すればいいんですね」
「ええ。お願いできるかしら?」
「僕は構いません。あとはレナさん次第ですね」
そう言ってレナを呼ぶと、彼女はしばらく考え事に耽っていたのか「へっ?」ととぼけた声で応えた。彼女はクエストの詳細をトルネから聞き、受注を快諾した。
こうして僕の初めての冒険者登録と、初めてのクエスト受注が終わったのだった。
―――ブルムの森、北西の広場
ギルドを出た僕は、ララと一緒にムーンハウンド姿のリュカに乗って、ブルムの森、ララが襲われた北西の広場に来ていた。
「我々の同胞のためにここまで足を運んでいただき、感謝します。ありがとう」
僕らは広場の隅の小山、アリシア盗賊団と戦って死んでいったリュカの仲間に黙祷を捧げ、彼らのやり方に従って砂を小山に掛ける。
「ううん、私こそありがとう。あのときあなたに助けられていなければ、私は彼らに売り物にされていたのよね。考えただけでもゾッとする。本当にありがとう」
ララはリュカの首元に抱きつく。ムーンハウンド姿のリュカは四つ足で立って僕らの背丈ほどもある、非常に大柄な魔物だ。
夜営中に僕らに襲ってきたムーンハウンドの群れ。その後ろにいたときの威圧感を思い出す。あのとき彼は左目に傷を負っていた。確かに人型になった時も、その痛々しい傷跡は残っていた。
「ああ、この傷ですか。彼らの刃を受けたのですがどうやら麻痺毒が塗られていたようで、動けはするもののろくに戦えなかったのです。それさえなければもう少しは被害を減らせたのかも。これからも傲ることのないようという戒めになりましょうな」
僕は懐から取り出しかけた軟膏をそっとしまった。ユクトルに渡してララに塗ってもらったものだ。昨日の宴の時、思い出したように彼がやって来て返してくれたのだった。これならその傷を消せると思ったのだが。
「消しちゃいけない傷……か」
ぽつり。
「おや、雨が降ってきましたな。さ、もう町に帰られよ。我々は再び守護者となる。皆様、お元気で」
リュカの別れの挨拶は僅か一晩でかなり流暢になっていた。一度は対立もした魔物との友誼。僕は胸に不思議な温かさを感じるのだった。
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