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第2章 ポエトロの町と花園伝説

第9話 サモネア王国軍魔王討伐隊

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―――ポエトロの町、西の広場

 「ほえー!なんて大きな切り株なんでやすか!建物じゃなかったんでやす?」

 テオンたちが事件に巻き込まれていることも知らないユズキとタラは、デミに連れられて町の中を観光していた。

 「元々は大きな木だったらしいけどね。何かのときに上からポッキリいっちゃって。全部撤去するのは寂しいからって切り株だけ残したらしいわ。といっても町のどの建物より高いんだけどね」

 「この上からなら町のすべてを見渡せるでやすね!」

 「あ、それはダメよ?あの切り株に登るのは禁止されてるの。それから切り株より高い建物も禁止ね。景観のためなんだって。遠くから見たら町全体がお花畑に見えるようにって。見渡せなくて残念だったね」

 「そうでやすか。流石芸術の町って感じでやす」

 「デミ、そろそろ日が暮れるのに何でこんなに人が外に出てるんだ?」

 「何言ってんの?まだ暮れるまで1、2時間はあるじゃない。それにこの町は夜の娯楽も盛んなのよ?あたしたち踊り子も吟遊詩人たちも、本番はこれからなんだから」

 「ん?デミはまだ現役の踊り子なのか?」

 「別に生活には困ってないから踊る必要はないけどね。今夜はあなたたちが来てるし、折角だから踊ってあげようかなって」

 「うお!それは楽しみでやす!!」

 興奮するユズキとタラにふふと笑うデミ。そこへギルドの職員がやってきた。慌てているのかかなり息が上がっている。

 「はあはあ。やっと見つけましたよ、デミさん。私は冒険者ギルド職員のカイルと申します。ギルドマスターがお呼びです。緊急事態です。至急冒険者ギルドまで来てください」

 「緊急事態?何かあったの?」

 「ええ。来ていただければ分かると。そちらはアルト村からお越しの方々ですね?お二人もご一緒にどうぞ。お連れの方がギルドでお待ちになっています。お怪我をされたようで」

 「何っ!!テオンが怪我したのか?」

 「すみません、私はそこまで把握できておりませんので。ただアルト村からお越しになった方が何か事件に巻き込まれて、重大な危機が発覚した、という状況のようでした。どうかお急ぎを」

 こうして彼らもようやく事態を把握し、冒険者ギルドに向かうこととなった。




―――一方、尋問中のテオンたちは……

 "オマ……お前たちは、アリシア盗賊団なのか?"

 僕は真っ先にそう尋ねる。デュオやエミルは僕の口から未知の言語が出てきたことに驚いていたが、今はそれを気にしている場合ではなかった。

 アリシア盗賊団の名前をいきなり出したことで捕らえた男も大層驚いていた。

 "俺たちを知ってるのか!?この世界の者たちにそう名乗ってはいないはずだが?"

 "聞いてるのはこっちだ。アリシア盗賊団でいいんだな。何の目的でここに来た?"

 デュオに目で合図する。彼は驚きながらも意図に気づいてナイフを押し当てる。

 "ああ、分かった。知っていることは話す。俺たちは花畑を探すように命じられた。それ以上のことは知らない"

 "よし。質問を変える。ここに来たのは何人だ?"

 "20人くらいだ"

 こうしていくつかのことを尋問していく。男は素直に応えていった。仲間の戦力的なことは知らないの一点張りだったが、現在は複雑な構造の洞窟の探索でかなり戦力が分散しているということが分かった。

 "最後に聞く。僕と同じ格好をした女の子を知っているか?"

 "女の子?ああ、俺たちのことを探っていた女がいた。上玉だったから丁度いいと思って拐おうとしたんだが……"

 "よし、もういい"

 「一応ちゃんと町の衛兵に突きだそう」

 そうデュオに伝えてから男の腹部に拳を打つ。男は一発で気を失った。それからこいつらがアリシア盗賊団であることを含め、聞き出したことをデュオたちに伝える。

 「で、どうする?」

 「今がチャンスなんだ、突入はしたい。こいつらは油断のならない盗賊団だ。目的を果たさせたら絶対に良からぬことが起こる」

 「アリシア盗賊団だっけ?初めて聞いたがそんなにやばい奴らなのか?」

 やばい奴ら……。

 そんなもんじゃない。その企みで大国が滅びたのだ。その脅威は僕にとって魔王に等しい。事実魔王を倒すための軍隊は彼らによって……。

 嫌な記憶は忘れようとすればするほど明瞭に心に刻まれていく。前世の記憶を曖昧にしか思い出せない僕が、この世界で覚醒してから今まで何度も繰り返し思い返してしまったように。そして今もまた、僕はその記憶に囚われていくのだった。




―――前世、ロイの記憶

 「まさか私もお前も勇者候補だとはな。運命とは不思議なものだ」

 僕ロイ・ルミネールと姫様スフィア・ブランはミール市長の部屋に呼ばれていた。サモネア王国軍から緊急召集令状とともに書簡が送られてきたのだ。

 「いやあ、わしも驚いた。スフィアは小さい頃から勇者に憧れていたもんな。白の勇者の本を毎日のように読んでは『私も勇者様のようになります』って。あんなに小さかったお前がこんなに立派になって、遂に自らが勇者候補になるなんて……」

 市長は姫様の親代わりだ。おいおい泣いて喜んでいる。

 「縁起の悪いことは言わないで頂きたい。私はロイの次の勇者候補。勇者になりたかったことは本当だが、それ以上にロイに死んで欲しくはない」

 「そうか。勇者候補になるだけでなくもう心に決めた男まで……」

 「そういう話をしているんじゃない!!」

 姫様は顔を赤くして叫んでいる。ああ可愛い。

 「すまんすまん。さて、そして王国軍からの召集だが、二人には魔王討伐隊を編成して早速魔界へ旅立って欲しいとのことだ。近々魔王は大きな災いをもたらすと言われているからな。王も気が気でないそうだ」

 「編成は私たちが決めて良いのか?」

 「ああ。自分達が信頼できるミールの兵を連れていくといいと書いてある。街の守りにヘンリーの第三部隊さえ残していってくれれば、あとは誰を連れていってくれてもいい」

 こうしてサモネア王国軍魔王討伐隊はミール自衛兵団から選ばれることとなった。姫様はまだ19歳になったばかりで経験不足を気にしていたため、隊長は54歳のベテランである第一部隊隊長ルシウスが務めることになった。

 それから第一部隊からは副隊長含めて16名、第二部隊からは僕と他11名が選ばれ、ほどなくして魔族領へ出発した。初めに向かうのはウェーバー台地、かつてブラン王国の王都があった場所である。今は廃墟と化して野盗などが住み着いているらしい。

 ウェーバー台地の周りには城壁、北側には要塞が築かれており、昔魔族が人族領に攻めてきたときの防衛線の役割を果たしていた。その向こうの山岳地帯モンスネブラと霊峰タミナスを越えて魔族領へ入るのだ。

 僕らは順調に行軍した。ミール市街からレト川沿いに進むとマルシェ門が見えてくる。ウェーバー台地に東から入る門である。ブラン王国が滅びたことで、その扉は長らく締め切られていた。

 「姫様、大丈夫ですか?」

 「ああ。強くなったつもりでいたが、ここまで来ると流石に堪えるな」

 錆び付いた門を開く。かつて繁栄した都の姿はすっかり落ちぶれていた。焼け落ちたまま放置された家屋の跡が、辛うじてそこに人が住んでいた事実を思い出させる。姫様は今にも崩れ落ちそうだ。

 「スフィア……。休みたくなったら言えよ。アリス、見ていてやれ」

 ルシウス隊長も姫様を気遣う。アリスと呼ばれた女性が姫様の横についた。アリス――アリス・ブキャナンは第一部隊の副隊長だった回復魔術師だ。見た目は少女だが25歳、僕より年上だ。普段はおっとりして少し抜けているが、広範囲に回復魔法を展開する様子はさながら天使のようだと、彼女に魅了される男兵士は多い。

 アリスは元孤児だ。ルシウスが後見人となって育て、その名前も彼が名付けたものだった。故にアリスのルシウスへの服従は絶対であり、ルシウスも彼女を深く信頼していた。

 「スフィアさん、大丈夫ですよ。すぐ良くなります」

 アリスは姫様の背中をさすりながら歩く。足元に瓦礫が近づいている。あっと声をあげようとしたが間に合わなかった。

 「いったーーーい」

 見事にアリス一人だけが躓いて思いっきり転んだ。見ていた兵士たちが皆ほんわか笑顔になっている。もはや様式美といって差し支えない。回復魔法もすごいが、その存在自体が癒しをもたらすのだ。

 「ははっ。どんな奴が来たかと思えば。ここは嬢ちゃんたちの遊び場じゃないぜ」

 「何奴!?」

 突然廃墟の影から人が現れた。ルシウスが警戒して剣の柄に手をかける。

 「ここは既に人の寄り付かない廃墟。華やかな王都は12年前に滅んじまってるよ。おっと、そんな怖い顔すんなよ!俺は情報屋、イデオ・オニキスだ。役に立つぜ旦那」

 「ふ。情報屋だと?胡散臭そうなやつだ。こんなところで何してる?」

 隊長は警戒しながらも近づいていく。それだけでも威圧感たっぷりで、大抵の雑魚盗賊はこれで逃げてしまう。

 「あんたら、勇者様ご一行だろ?」

 !?

 僕らのことはできる限り外部には知られないようにしていたはずだ。特にこの中に勇者候補がいることが魔王に知られれば、勇者の力に覚醒する前に襲われるかもしれない。隠しておきたいことだった。

 情報屋はこちらを見定めるように眺め回し、姫様に目を止めると近寄ってきた。

 「勇者候補ってのはあんたかい?この中じゃ一番それっぽい。ただならぬ力を持ってるな。うん、あんたなら勇者になれるだろう」

 「ふん。いきなり失礼なやつだな。私はただの兵士であり我々はただの調査隊だ。それよりお前はここで何をしているのかと聞いている」

 「おお、気の強いことだ。言ったろう、俺は情報屋だ。情報を売りに来たに決まってる」

 彼はさらにぐっと姫様に詰め寄る。僕とアリスが制止しようと前に出るが、それを意にも介さず姫様を睨むようにしていった。口許には不敵な笑みが浮かんでいる。

 「アリシア盗賊団のこと知りたくないか、王女様?」
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