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第1章 アルト村の新英雄
第8話 ブルムの森にて
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―――ここはアルト村の北、ブルムの森
はあ。はあ。
森はあっという間に深みを増し、日の当たらない影に瘴気のようなものが立ち込めている。そこら中から得体の知れない声が響いてくる。遠くで鳴る葉擦れの音や枝の折れた音が、すべて自分達に近付いてくるような錯覚。
頭がくらくらとする。息苦しい。
「まさかこの森がこんなに危険なところだったなんて……。想定外だったわ」
僕の前を歩くレナは先程からしばしば襲ってくる魔物に怯えきっていた。それを軽々と捌いているのは先頭を歩くララだ。森の中だというのに器用に長剣を振り回して、ほぼ一撃ですべての来客を退けている。
「猪や烏なら草原や街道でも見かけるけど、こんなに強いものは中々いないわ。ステータス的に見たらどう考えてもララちゃんじゃ苦戦するはずなのに……」
「やあね、私がこの程度の魔物に遅れをとるはずないでしょ?」
左から急襲してきたジャングルクロウの喉をさっと掻き切りながら振り返るララ。見慣れた可愛い顔が妖艶に光る。
彼女の筋力はそれほど高くはないだろう。だがその剣技は兄であるアムにも劣らない。技さえあれば、ステータス差など如何様にも埋められるのだ。
ハイルについて度々森に入っている彼女は、立ち止まることも迷うこともなくずんずんと進んでいく。
「それにしてもララちゃんの気配察知は凄いわね!ここまで有能な戦士だとは思わなかったわ!ねえ、あたしと王都に来ない?」
「こんなところで勧誘なんて、余裕が出てきましたね、レナさん」
「テオン君も、知った顔が一緒に来てくれるなら嬉しいんじゃない?」
足元に転がるブルムンワームの死骸にもびくっとしているレナに、余裕と言ったのは皮肉のつもりだったのだが、彼女は全く意に介していない。
「ねえテオン、本当に王都に行かなくちゃいけないの?」
ララは不満そうに尋ねる。僕が村を追い出されるということは皆には内緒だ。名目上はステータスの測定のために王都へ向かう。確かにそれだけでは納得できないのも無理はない。
「僕も王都に行ってみたいと思ってた。丁度いい機会ってだけだよ」
ひとまずララにはそう言うが、それは紛れもなく僕の本音だった。僕はこの世界のことを知りたかった。可能なら、姫様のいる元の世界へ帰りたかった。
「消滅の光」を引き起こしたせいで……、キューを消したせいで村を追い出されるというのに、僕は何て利己的なのだろう。胸の奥がちくりと痛んだ。
「そう……。テオンがいなくなったら寂しくなるな。本当に私も付いていっちゃおうか?」
ララは岩に飛び移りながら振り返り、そんなことを言い始める。
「ララを連れていったらアムとディンに怒られそうだな」
「テオンは……私が一緒じゃ嫌?」
「え?……いや、そういうわけじゃないけど」
「じゃあ、付いていってもいいの?」
なんだ?顔を赤らめて上目遣いで……。ララってこんなキャラだっけ?15歳の少年の心は、その潤んだ瞳に簡単に揺さぶられてしまう。
その一方で、ララは木の影から飛び出してきた甲虫――ブルムビートを目もくれず切り捨てる。
気配察知のスキルによる、前後左右、どこにも死角のない完璧な警戒。木の影、土の下、どこに潜もうと彼女の目から逃れることはできないのだ。伊達に隠れん坊で無双していない。
「僕としてはララがいてくれると、能力的にも精神的にも助かる……かな」
言いながらうっかり僕も照れてしまう。ララは嬉しそうに笑う。
「あらあら?もしかしてこのスカウトは大正解かな?」
「「うるさい!!」」
「若いっていいわねー!ひゃっ」
相変わらず周りにびくついているレナの後ろで、僕はこの頬の火照りの言い訳を探すのだった。
「あれ、洞窟はこっちじゃない?」
「でも二人の気配はこっちなのよ」
僕たちは既に洞窟のすぐ近くまで来ていた。目の前の一枚岩を左から迂回して坂を下りれば、目視で洞窟の入り口を拝めるはずだ。
「洞窟には入らなかったってこと?」
ひとまず僕らは、ララの辿る気配に従って右へと進路をとる。坂を登り巨大な倒木を乗り越えると、少し開けた場所に出た。そこで僕は禍々しい空気を感じ取った。
「レナさん気を付けて。何かおかしい……」
「さすがテオン、よく分かったわね。この気配は異常よ」
僕は二人を木の影に誘導し、気配を殺して辺りの様子を探る。ララも息を殺して気配察知を研ぎ澄ませているようだ。レナは何やら持ってきていた携帯用のスコープを取り出している。
辺りを見ると所々に折れた木がある。切り口はまだ瑞々しく、つい最近大きなものがここを通ったことが窺える。土がそこまで荒れていないところを見ると、戦闘があったわけではなさそうだ。
「どういうこと……?」
ララが密かに声をあげた。僕とレナの視線が彼女に集まる。
「アムとディンを見つけたんだけど、この辺りに強敵の気配がないの」
「強敵の気配がない?こんなに禍々しい気が溢れているのに?」
「でも怪物ってとんでもなく強いんだよね?だけど、今この辺りの森に村長より強い生命反応はないよ」
「そうなの?それなら隠れる意味もないじゃない」
ララの言葉を聞き安心したレナが、安堵の息を漏らして木の影から出ようとする。そのとき……。
びゅッ!!
「な、何!!」
レナのすぐ頭上、隠れている木の幹に針が刺さった。
「これはサラの裁縫針だ!!近くにいるのか?」
サラは身の回りのあらゆる物を武器にできる。彼女にとっての仕事道具である針や糸、そこら辺の木の枝や石ころだって武器にしてしまうのだ。
「そうみたい。アムとディンはサラと一緒にいる。離れたところにクラとユズキもいるわ」
「隠れているってことはやっぱり、怪物も近くにいるんじゃ……」
「あ、あたし今思いっきり声出しちゃったんだけど!気づかれた?やばい?」
レナは明らかに慌てふためいている。だがその言葉とは裏腹に、気配をすっと殺して再び息を潜めた様子はなかなか落ち着いていた。一人で王都から村までやってくるのだから、流石に危険にも慣れているらしい。
「怪物の気配は私には感知できないのかも。ひとまずサラたちと合流したいね」
ララ曰く、サラたちは前方の樹上に隠れているらしい。こちらからその姿は見えないが、その方向に合図を送ってみる。
ほどなくして薄い樹の皮をつけた針が飛んできた。皮には「上から」とだけ書かれていた。
「怪物はどうやら上の方が死角なのね。樹を登りましょう」
ララが樹の幹に手を触れて上を見上げる。ブルムの森の樹は、人が何人か登る程度ではびくともしないほど太く丈夫だ。
「レナさん、木登りは得意?」
「んー、音を立てずにってのは難しいかも。引っ張りあげてもらってもいい?」
「了解」
ララが先に登ってサラたちのいる樹に飛び移る。僕は登ってからロープを使ってレナを引き上げた。そのままロープの端をララに投げ、二つの樹を繋ぐ。これで飛び移るよりは音を抑えられるだろう。
サラたちは太い樹の梢のちょっとした空洞の中にいた。周りの太い枝に少しずつ離れれば、6人でも十分に下から隠れられる場所だった。
「ふう」
「レナさん、気を抜かないで。それで、あんたたちまで何しに来たのよ」
合流早々サラに目くじらを立てられる。傍らにはアムとディンが小さくなってしょんぼりしていた。
「あたしたちはアム君とディン君を引き止めに来たのよ。ハイルさんの傷を見て、相手のステータスをある程度逆算したの。二人じゃ即死よ」
レナは鼻高々に怪物のステータスを語るが。
「そんなこと、端から承知よ。それにその計算も甘いわ。アムとディンなら、奴の拳の風圧だけでおしまい」
その言葉に僕もララもぎょっとする。
「ステータスを数字にする技術は凄いと思うわ。でもね、レナさん。それだけで戦えるほど世の中甘くないのよ」
サラはステータスに懐疑的なため、以前からレナのことを快く思ってはいなかった。
「でも風圧だけって、そんなの通常ダメージの1%にも満たないでしょう?それで即死だなんて」
「いい?ハイルは躱した上でダメージを負ったの。彼が避けたのならそれは掠り傷にもならない。それがあの重傷よ?」
「何それ。どんなに熟練でも躱し損ねることはあるでしょう?ハイルさんのAGIは確かにすごいけど、常人の域は出てない」
「それは数値の話でしょ?彼はこれまでどれだけの魔物の攻撃を見て、躱し続けたと思ってるの?馬鹿にしないでよね」
サラはハイルの力量を相当信用しているらしい。僕も彼は凄いと思うが、掠りもしていないはず、と信じきれるほどではない。それより、ヒートアップした二人の声が徐々に大きくなってきた。
「まあまあ、今は声を抑えて。見つかっちゃうから」
「「テオン(君)は黙ってて!!」」
ど、怒鳴った!!
「ちょ!二人とも何してるの!?怪物のこと忘れたの?」
ララの言葉にサラもレナもはっとして口を塞ぐがもう遅い。二人の声は既に山びことなって返ってきていた。
僕たちはすぐさまその場を離れて各々別の樹に飛び移る。サラも咄嗟にレナを抱え、音もなく10Mほど離れた樹に移っていた。
しかし。
いつまで経っても森に動きはない。
「何だよ。近くにはもういないんじゃねえか?」
ディンが声をあげる。小声ではなく普通の音量。
……やはり動きはない。
「へっ、びびらせやがって」
そう言ってディンは地面に飛び降りた。他の皆も胸を撫で下ろして降りようとした、そのとき。
「うおっ!!」
ディンの足元の地面が途端に隆起し始めた。直後……。
どかん。
ディンの立っていた地面は弾け飛び、その上にあった樹の枝はすっぱり切り落とされて宙を舞った。
『奴の拳の風圧だけでおしまい』
サラの言葉が脳裏に響く。ディンの姿は砂煙に隠れて見えない。だが嫌な予感がする。
「ディン!いやああぁぁぁぁっ!!」
ララの悲鳴が森中に響き渡った。これがブルムの森の悲劇の幕開け。僕らとその怪物との最初の遭遇だった。
はあ。はあ。
森はあっという間に深みを増し、日の当たらない影に瘴気のようなものが立ち込めている。そこら中から得体の知れない声が響いてくる。遠くで鳴る葉擦れの音や枝の折れた音が、すべて自分達に近付いてくるような錯覚。
頭がくらくらとする。息苦しい。
「まさかこの森がこんなに危険なところだったなんて……。想定外だったわ」
僕の前を歩くレナは先程からしばしば襲ってくる魔物に怯えきっていた。それを軽々と捌いているのは先頭を歩くララだ。森の中だというのに器用に長剣を振り回して、ほぼ一撃ですべての来客を退けている。
「猪や烏なら草原や街道でも見かけるけど、こんなに強いものは中々いないわ。ステータス的に見たらどう考えてもララちゃんじゃ苦戦するはずなのに……」
「やあね、私がこの程度の魔物に遅れをとるはずないでしょ?」
左から急襲してきたジャングルクロウの喉をさっと掻き切りながら振り返るララ。見慣れた可愛い顔が妖艶に光る。
彼女の筋力はそれほど高くはないだろう。だがその剣技は兄であるアムにも劣らない。技さえあれば、ステータス差など如何様にも埋められるのだ。
ハイルについて度々森に入っている彼女は、立ち止まることも迷うこともなくずんずんと進んでいく。
「それにしてもララちゃんの気配察知は凄いわね!ここまで有能な戦士だとは思わなかったわ!ねえ、あたしと王都に来ない?」
「こんなところで勧誘なんて、余裕が出てきましたね、レナさん」
「テオン君も、知った顔が一緒に来てくれるなら嬉しいんじゃない?」
足元に転がるブルムンワームの死骸にもびくっとしているレナに、余裕と言ったのは皮肉のつもりだったのだが、彼女は全く意に介していない。
「ねえテオン、本当に王都に行かなくちゃいけないの?」
ララは不満そうに尋ねる。僕が村を追い出されるということは皆には内緒だ。名目上はステータスの測定のために王都へ向かう。確かにそれだけでは納得できないのも無理はない。
「僕も王都に行ってみたいと思ってた。丁度いい機会ってだけだよ」
ひとまずララにはそう言うが、それは紛れもなく僕の本音だった。僕はこの世界のことを知りたかった。可能なら、姫様のいる元の世界へ帰りたかった。
「消滅の光」を引き起こしたせいで……、キューを消したせいで村を追い出されるというのに、僕は何て利己的なのだろう。胸の奥がちくりと痛んだ。
「そう……。テオンがいなくなったら寂しくなるな。本当に私も付いていっちゃおうか?」
ララは岩に飛び移りながら振り返り、そんなことを言い始める。
「ララを連れていったらアムとディンに怒られそうだな」
「テオンは……私が一緒じゃ嫌?」
「え?……いや、そういうわけじゃないけど」
「じゃあ、付いていってもいいの?」
なんだ?顔を赤らめて上目遣いで……。ララってこんなキャラだっけ?15歳の少年の心は、その潤んだ瞳に簡単に揺さぶられてしまう。
その一方で、ララは木の影から飛び出してきた甲虫――ブルムビートを目もくれず切り捨てる。
気配察知のスキルによる、前後左右、どこにも死角のない完璧な警戒。木の影、土の下、どこに潜もうと彼女の目から逃れることはできないのだ。伊達に隠れん坊で無双していない。
「僕としてはララがいてくれると、能力的にも精神的にも助かる……かな」
言いながらうっかり僕も照れてしまう。ララは嬉しそうに笑う。
「あらあら?もしかしてこのスカウトは大正解かな?」
「「うるさい!!」」
「若いっていいわねー!ひゃっ」
相変わらず周りにびくついているレナの後ろで、僕はこの頬の火照りの言い訳を探すのだった。
「あれ、洞窟はこっちじゃない?」
「でも二人の気配はこっちなのよ」
僕たちは既に洞窟のすぐ近くまで来ていた。目の前の一枚岩を左から迂回して坂を下りれば、目視で洞窟の入り口を拝めるはずだ。
「洞窟には入らなかったってこと?」
ひとまず僕らは、ララの辿る気配に従って右へと進路をとる。坂を登り巨大な倒木を乗り越えると、少し開けた場所に出た。そこで僕は禍々しい空気を感じ取った。
「レナさん気を付けて。何かおかしい……」
「さすがテオン、よく分かったわね。この気配は異常よ」
僕は二人を木の影に誘導し、気配を殺して辺りの様子を探る。ララも息を殺して気配察知を研ぎ澄ませているようだ。レナは何やら持ってきていた携帯用のスコープを取り出している。
辺りを見ると所々に折れた木がある。切り口はまだ瑞々しく、つい最近大きなものがここを通ったことが窺える。土がそこまで荒れていないところを見ると、戦闘があったわけではなさそうだ。
「どういうこと……?」
ララが密かに声をあげた。僕とレナの視線が彼女に集まる。
「アムとディンを見つけたんだけど、この辺りに強敵の気配がないの」
「強敵の気配がない?こんなに禍々しい気が溢れているのに?」
「でも怪物ってとんでもなく強いんだよね?だけど、今この辺りの森に村長より強い生命反応はないよ」
「そうなの?それなら隠れる意味もないじゃない」
ララの言葉を聞き安心したレナが、安堵の息を漏らして木の影から出ようとする。そのとき……。
びゅッ!!
「な、何!!」
レナのすぐ頭上、隠れている木の幹に針が刺さった。
「これはサラの裁縫針だ!!近くにいるのか?」
サラは身の回りのあらゆる物を武器にできる。彼女にとっての仕事道具である針や糸、そこら辺の木の枝や石ころだって武器にしてしまうのだ。
「そうみたい。アムとディンはサラと一緒にいる。離れたところにクラとユズキもいるわ」
「隠れているってことはやっぱり、怪物も近くにいるんじゃ……」
「あ、あたし今思いっきり声出しちゃったんだけど!気づかれた?やばい?」
レナは明らかに慌てふためいている。だがその言葉とは裏腹に、気配をすっと殺して再び息を潜めた様子はなかなか落ち着いていた。一人で王都から村までやってくるのだから、流石に危険にも慣れているらしい。
「怪物の気配は私には感知できないのかも。ひとまずサラたちと合流したいね」
ララ曰く、サラたちは前方の樹上に隠れているらしい。こちらからその姿は見えないが、その方向に合図を送ってみる。
ほどなくして薄い樹の皮をつけた針が飛んできた。皮には「上から」とだけ書かれていた。
「怪物はどうやら上の方が死角なのね。樹を登りましょう」
ララが樹の幹に手を触れて上を見上げる。ブルムの森の樹は、人が何人か登る程度ではびくともしないほど太く丈夫だ。
「レナさん、木登りは得意?」
「んー、音を立てずにってのは難しいかも。引っ張りあげてもらってもいい?」
「了解」
ララが先に登ってサラたちのいる樹に飛び移る。僕は登ってからロープを使ってレナを引き上げた。そのままロープの端をララに投げ、二つの樹を繋ぐ。これで飛び移るよりは音を抑えられるだろう。
サラたちは太い樹の梢のちょっとした空洞の中にいた。周りの太い枝に少しずつ離れれば、6人でも十分に下から隠れられる場所だった。
「ふう」
「レナさん、気を抜かないで。それで、あんたたちまで何しに来たのよ」
合流早々サラに目くじらを立てられる。傍らにはアムとディンが小さくなってしょんぼりしていた。
「あたしたちはアム君とディン君を引き止めに来たのよ。ハイルさんの傷を見て、相手のステータスをある程度逆算したの。二人じゃ即死よ」
レナは鼻高々に怪物のステータスを語るが。
「そんなこと、端から承知よ。それにその計算も甘いわ。アムとディンなら、奴の拳の風圧だけでおしまい」
その言葉に僕もララもぎょっとする。
「ステータスを数字にする技術は凄いと思うわ。でもね、レナさん。それだけで戦えるほど世の中甘くないのよ」
サラはステータスに懐疑的なため、以前からレナのことを快く思ってはいなかった。
「でも風圧だけって、そんなの通常ダメージの1%にも満たないでしょう?それで即死だなんて」
「いい?ハイルは躱した上でダメージを負ったの。彼が避けたのならそれは掠り傷にもならない。それがあの重傷よ?」
「何それ。どんなに熟練でも躱し損ねることはあるでしょう?ハイルさんのAGIは確かにすごいけど、常人の域は出てない」
「それは数値の話でしょ?彼はこれまでどれだけの魔物の攻撃を見て、躱し続けたと思ってるの?馬鹿にしないでよね」
サラはハイルの力量を相当信用しているらしい。僕も彼は凄いと思うが、掠りもしていないはず、と信じきれるほどではない。それより、ヒートアップした二人の声が徐々に大きくなってきた。
「まあまあ、今は声を抑えて。見つかっちゃうから」
「「テオン(君)は黙ってて!!」」
ど、怒鳴った!!
「ちょ!二人とも何してるの!?怪物のこと忘れたの?」
ララの言葉にサラもレナもはっとして口を塞ぐがもう遅い。二人の声は既に山びことなって返ってきていた。
僕たちはすぐさまその場を離れて各々別の樹に飛び移る。サラも咄嗟にレナを抱え、音もなく10Mほど離れた樹に移っていた。
しかし。
いつまで経っても森に動きはない。
「何だよ。近くにはもういないんじゃねえか?」
ディンが声をあげる。小声ではなく普通の音量。
……やはり動きはない。
「へっ、びびらせやがって」
そう言ってディンは地面に飛び降りた。他の皆も胸を撫で下ろして降りようとした、そのとき。
「うおっ!!」
ディンの足元の地面が途端に隆起し始めた。直後……。
どかん。
ディンの立っていた地面は弾け飛び、その上にあった樹の枝はすっぱり切り落とされて宙を舞った。
『奴の拳の風圧だけでおしまい』
サラの言葉が脳裏に響く。ディンの姿は砂煙に隠れて見えない。だが嫌な予感がする。
「ディン!いやああぁぁぁぁっ!!」
ララの悲鳴が森中に響き渡った。これがブルムの森の悲劇の幕開け。僕らとその怪物との最初の遭遇だった。
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