死の守り神は影に添う

星見守灯也

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だいじなもの

肉塊の化け物 下

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「吸血鬼だって? 倒したのか? はっきり見たんだろ、どんなだった?」
「んー……逃げられたわ。まあ、どっからどう見ても人じゃないやつだなあ」
「そんなことわかってる。ぼくが聞きたいのは……」

 日が昇って窓から朝日が差しこんでくる。帰ってきたアオが口をすべらせたなり、シガンが質問責めにした。アオはあいまいに笑いながら、それを受け流す。

「うん。そら、そうなんだけど」

 金色のオオカミとは明らかに違う、たくさんの目と歯を見せた肉塊。アオは言葉をにごした。……人が死んでいる。アオはその怪物を「面白い」とは思えなかった。

「どうだった。怖いのか? 不気味か? 恐ろしいものだったか?」
「ああ……怖いよ。怖かった」
「へえ? アオさんでもか。食人鬼とは違うんだろ?」
「正直、わからん。だけど、あれは……」

 そこまで言いかけてアオは口を閉ざした。肉塊は想像した以上に恐ろしいものだった。意識的にふるいたたせないと体が動かなかった。そうシガンに言ったとすれば、きっと喜んで絵にするのだろう。それはなんだか嫌だなあと思った。

「あー、やめやめ。この話終わりー」
「……なんだよ。もういい、期待したのが悪かった」

 シガンは不機嫌になってさっさと自分の部屋に入っていってしまう。機嫌を損ねたいわけではないのだけど。アオは用意された朝ご飯を食べようとテーブルにつく。手をあわせ、小声で「いただきます」を言って箸をつけた。

「どうした、アオ」

 コウの隣に座ったユエンが、アオに聞いた。組合から戻ってきたアオはどうも浮かない表情をしている。それは人が死んだからというわけではなさそうだ。

「……なあ、ユエンさん。神さんってホントにいるんかな?」
「私に聞くことではないだろう。人間がどう思うかだ。……いてほしいか?」
「いたら、なんでって思うわ。ちょっとイジワルすぎるんじゃないかって」

 アオは無意識にスーツのポケットを触っていた。どうしてこんなときに、今までずっと考えないようにしてきたことが顔を出すのだろう。

「神がいてほしい、あの世があってほしい。それは救われたいからだ」
「そんなこと……!」

 噛みつくような声に、ユエンが一度まばたく。アオはしまったと口を押さえた。

「なにをそんなに怒っている」
「いや、怒ってはないけど」
「……アオは救われたいのだな」

 アオは答えられなかった。そのかわり目を細め、薄く笑った。

「俺、神さんに救ってもらえるような人間じゃないしなあ……」

 それを聞きながら、カボチャさんの煮物を食べていたコウは身の置きどころがなさそうにしていた。それに気づいたアオが表情を緩めて話しかける。

「大丈夫、コウくんに関係ないからな。人にはいろいろあるってだけだ。だから気にしなくていいよ」

 ユエンが眉間にしわを寄せた。そしてなにも言わずに影に消えた。ユエンにも呆れられてしまったかと、アオは困ったように表情を歪める。

 朝のニュースでは両国橋の吸血鬼について伝えていた。姿形はふせている。



 浅草の路上でアオはタバコに火をつけた。吸血鬼除けのタバコで吸ってもうまくない。けれども吸わずにはいられなかった。ここしばらく、そんな日が続いている。

 肉塊と遭遇した夜、アオ宛だとナヨシが渡してきたのは茶封筒だった。何の気なしに差出人を確認して、目の動きが止まった。「底瀬そこせチグサ」、もう二十年近く会っていない弟からだ。宛先は「生松アオ」。弟はこの名前を知らないはずだった。

 震える指で封を切る。なかには紙が一枚だけ入っていて、そこに荒れた字で数行だけ書かれていた。「やっと居場所をつかんだ。会いたい」とのことだった。

「どうした?」
「ん? いやいや、珍しいなあって思いまして」
「ほう」
「いや、ほんと、あいつから手紙が来るなんて……」

 ナヨシは「そうか」とうなずいて業務に戻った。アオはしゃべりすぎたような気がして、ごまかすように手紙をポケットにぐしゃぐしゃとねじりこんだ。

 それから数日、アオはこうしてハーブタバコを噛んでいる。

「やあ、そこのお兄さん。ごめんなさいよ」
「あ、ああ、すんません」

 女が小さな折りたたみ机を出そうとしていた。アオはちょっと避けて場所を作る。その女は机を組み立て、イスを置いた。机にはクロスをかけ、カードを並べる。机にはクロスをかけ、カードを並べていく。「おっと」。アオの足が机にあたり、カードが落ちてしまった。「おお、申し訳ない」。拾って見れば、鎌を持ったガイコツの絵だ。アオは思わず眉をひそめる。

「そう怖がらないでやってくださいな。それはひとつの区切り、終わらせてこそ始まるものもあるので。避けようのないものではありますが、必要なことですよ」
「はあ、占い師さんですか」
「そうですよ、浅草の魔女こと垣上ツカサと申します」
「ほー」

 カードを受けとったツカサがにこりと笑いかける。アオは後ろ暗さを見透かされたようにうろたえた。

「おや、占いは嫌いですか?」
「いやいや、そんなことは……」
「こちら、吸血鬼より怪しいと評判でしてね」

 白い腕章を見てからかってくる。アオはタバコを携帯灰皿に押しつけて逃げようとしたが、その背に投げられた声が引きずり戻した。

「帰りにくいんでしょ? お話聞きましょうか、タダで」
「え、いいよ。タダより高いものはないんだ」
「そりゃそうですね。ほら、鬼害の研究してるのに女の医者がいるでしょう?」

 ツカサは落ち着いた声で語りかける。

「あいつ、医学部の同期なんです。あたしは医者やめちゃったけど。なので、少しは応援してやろうと思いまして。吸血鬼騒ぎで商売もしにくいことだし」

 アオは思わずツカサの顔を見てしまう。ツカサがにこっと微笑んだ。

「じゃあ質問。あなたをそんな顔にさせているものはなんですか?」
「それは……」

 聞かれて、アオは弟からの手紙を意識する。破り捨ててしまおうと思ったのにできなくて、いまだにポケットの底にあった。

「ずっと会ってない家族から手紙が来て。会いたいっていうんだけど……」
「なるほど。突然の手紙に、とまどっているんですね」
「弟は俺のこと嫌いだろうし、いまさら……」

 いまさら、どの面さげて会おうというのか。許されるはずもないのに。そこまで言葉にしてしまいそうになって、アオは口を閉じる。さすがに言いすぎだと思った。

「んー……これは私の印象なんですけどね。たぶん、あなたが思いこんでいるようにはなりませんよ。よくも悪くも」

 首をひねったツカサの言葉に、アオがよくわからないと頭をかく。

「一度、人の気持ちも自分の気持ちも、素直に受けいれてみたらどうでしょう」

 アオは思わず渋い顔をして、地面に視線を落とした。

「迷うのでしたら、背負いこまずに誰かに話してみてもいいと思いますよ。あなたの望みどおりになるかはわかりませんが、きっと楽になります」
「そっか……うん。それじゃあ」

 居心地が悪くなってきたアオは、この場を逃れようと軽く頭をさげた。見回りに出る前に、一度、シガンの家に戻らなければならない。

「ええ。吸血鬼、見つかるといいですね」



 夕暮れの葛飾区青戸。ユエンは事件の痕跡をひとつずつ確認してきた。両国橋から順に遡るように。行方不明者の最後の目撃地点も探した。そして、ようやく最初の事件まで行き着いたところだ。

「ここだな」

 工事中の穴に死体があったという。ユエンはそこから歩きだす。

「……やはり、おおもとがいるようだ」

 工事現場から離れてはいないだろう。住宅地をしらみつぶしに歩き回ってみると、少しの違和感を覚えた。かすかに重い土の匂いがただよってくる。

「ふぅむ……」

 ユエンが足を止めたそこは、小さいほこらのある空き地だった。

 祠の横に大きな木の根があった。途中から折れてしまっているが、おそらくナナカマドだろう。今は黄色と黒のロープで囲んであって、「一夜木いちやぼく」の立て札だけが立っている。昔、一晩で生えたといわれる木らしい。

「なるほど、封印がとけそうだ」

 これが例の吸血鬼の本体を地下に押さえている封印だ。その木が昨年の七月、なにかで折れて力が弱まった。そこで吸血鬼は腕を伸ばし、食人鬼を送りこみ、捕食を始めた。東京駅、渋谷あたりが手の届く限界だったのだろう。

 ユエンは膝を折って木の根に手を当てた。封じられた吸血鬼と食人鬼では封印を壊すことはできない。ユエンはそのまま意識を地下におろしていく。嫌な感覚があった。たくさんの人間の、たくさんの恐怖。そこに隠れた別のなにか。

「おや。これは、竜の小童の……」
「ああ、そのとおりだよ。竜老公の末子さ」

 ユエンは振りかえらない。少し離れた柵に一羽のカラスが止まっていた。本州ではあまり見られない大型のカラスだった。カラスと違うのは青緑色に光る目だ。

「灰色の魔女か。なんの用だ?」

 ユエンが嫌そうに声だけかけると、使い魔のカラスがガァラガラと笑った。竜とは吸血鬼の始祖であり、魔女とは竜の九子の長女である。彼女もまた吸血鬼だった。

「やっと見つけてくれたね、アタシの妹を」
「……竜も娘には甘いのか。ここまで放っておくとは」

 ほとんどの吸血鬼は昔、竜と別れた。そして竜のことを恐れている。大きな事件を起こせば竜の機嫌を損ねる。吸血鬼たちにとって竜とは始祖であり天敵というわけだ。

 カラスは困ったようにユエンを見た。

「それは……あなたがいて助かった。死の女主人よ」
「その呼びかたはやめろ」
「なあ、助けてやってはくれないか? 可哀想な子なんだよ」

 カラスはもう笑ってはいなかった。翼をすぼめ、じっとユエンを見つめている。ようやく振りかえったユエンは言葉を返す。

「可哀想だからなんだというのだ」
「……人間ではこれを倒すのは難しい」

 そのとおり、人間がこれを駆除することは簡単ではない。これは人間の恐怖そのものだから。吸血鬼という存在自体が人の恐怖から生まれたものであるうえ、この地に染みこんだ人間の恐怖を多く吸ってしまっている。

「だから竜老公は人の力を借りたい」
「む?」

 眉をあげてユエンが聞きかえす。人間では対処できないという話ではなかったのか。

「人だけではできない、アタシたちだけでもできない。だから、協力してほしい」

 竜や魔女はこの吸血鬼を倒したくない。人間側はどうだ? 被害がおさまるだけで納得できるか? 人間だけで駆除できないとなれば妥協するだろうか。ユエンは組合と鬼害対の人間の顔を思い浮かべる。……まあ、話してみるのがいいだろう。

「わかった。話ができそうな人間を紹介すると伝えてくれ」

 ユエンはしっしと手ではらった。カラスはすまなそうにクチバシをさげる。

「このままでいいと思っていたわけではないんだ。例のバカ野郎の目が厳しくてね、おおっぴらに動けない。ヘタに竜老公が動けば人の被害だって大きくなるだろうし」

 彼女が例のバカといえば指すのはひとつだ。始祖に反抗した吸血鬼にして、人を襲う吸血鬼たちの真なる祖。始祖だのなんだの血筋にこだわるのがユエンにはわからない。あれを吸血鬼にしたのは竜ではあるが、ずいぶん苦労させられているようだ。

 そのとき、ユエンは分身になにかを感じた。

「……コウ?」

 コウがユエンの髪の縛りを切ろうとした。人間を攻撃しようとして誰かにそれを止められた。なにがあったかはともかく、そろそろボロが出るころだ。そのうち縛りで倒すことになるかとは思っていたが、考えていたよりもったではないか。

「どうした」
「ふむ。まあ、大丈夫だろう。後で説明してやらねばな」
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