9 / 42
人間
人間 上
しおりを挟む
さて、コウの服を買いに行ったアオが帰ってきた。ひょいひょいと袋から出した服を前に、シガンは苦い顔をした。
ズボンが二本、これはいい。白の暖かそうな上着が一枚、これもいい。下着もパジャマも靴下に靴だってもちろん必要だ。問題は長袖のTシャツが何枚か。胸元には大きく「一切皆苦」「諸法無我」「因果応報」「四苦八苦」……
。
「……ほかになかったの?」
シガンがばっさりと感想を述べる。もっともこれはアオ自身が「ヤギさん」と描かれたTシャツを着ていることから想像できたはずだった。
「いいじゃん!」
「どこで買った、そのお土産四字熟語シリーズ」
アオの横でコウが「四苦八苦」をもたもたと着た。幅が余るのはコウが細身だからだ。ズボンもはかせて裾を少し整え、完璧とばかりにアオがうなずいた。ポケットを開いてやると、コウがずっと持っていたアメを入れた。
「ほらあ! ちょうどいいじゃん!」
「……コウくん、嫌だったら嫌っていうんだぞ?」
コウはなにも言わずに胸の四字熟語を見ている。文句がないのを肯定だと受けとったアオが、嬉しそうに大口を開けて笑った。
「ほーら、かっこいいもんなあ?」
「なるほど、着るものも人間を構成する要素のひとつだ」
「えー……」
ユエンが納得したので、シガンがひとり嫌そうに声をもらした。
冷え冷えとした吸血鬼研究室に医師のアゲハと検査技師の申待ショウケンが待機していた。奥の棚には食人鬼の残した塵が保管されている。吸血鬼や食人鬼にならない薬はないのかとよく聞かれるが、今のところは難しい。
そこにノックもなく男が入ってきた。見慣れた顔であるから驚きもしない。
「よ。なんかわかった?」
「ミトラさん、また来たんですか」
「どうした? ジャマか?」
都職員の宇気比ミトラだ。吸血鬼担当なのだが、都庁からよくサボりにくる。お守り役の水宮タカノリが頭を痛めているに違いない。それはアゲハの知ったことではないが「うまくごまかしといて」と頼まれるのは困る。タカノリの説教は長いのだ。
ショウケンがティーバッグを出してきて、ポットから大雑把にお湯を入れた。その背後でアゲハが相手をする。とりあえず、今の状況を切り出した。
「新たに死体がひとつです」
「ああ、聞いている」
アゲハの報告にミトラがうなずく。吸血鬼は人を殺して吸血するが、これほどの量を短期間にというのはそう聞かない。だいたいはこっそりと隠れて殺し、事件になることは少ないからだ。
「地下に潜れるとなると、なかなか」
「だろうな」
「……ここは迷っているようにも見えますね」
青戸から青山霊園までつながるように事件が起こっていたが、その後東京駅、再び霊園近くと行ったり来たりしている。すべてを同じもののしわざとすればだ。
「わかっているのは、吸血鬼と食人鬼が一体ずついるということ。協同して動いているのかどうかはまだ……」
ふう、とどちらからともなくため息がもれた。
「……そうだ。東京駅にいたという、あの妖精はどうなってる?」
「組合の者と一緒に吸血鬼を探しています。人にまぎれていてもわかるのだと」
「ふぅん……」
ショウケンが雑に紅茶を勧めた。ミトラはそれを一口飲んで声をひそめる。
「信頼できるのか?」
「それは……」
アゲハはなぜ彼女を信頼したのかと考える。あの夜より黒い目が思い浮かんだ。
「……吸血鬼を友にした人の話は知ってるな?」
「ええ。最初は礼儀正しい紳士だと思った。なぜ人を襲うのかわからないほど。あるとき、離れている家族に会いに行く暇がないともらした。すると次の夜に吸血鬼は袋を持ってきた。中身はその家族の首だった……。本当にあったかは知りませんが」
一息ついて、ミトラはきっぱりと結論を出す。
「もちろん、こっちに都合がよければ協力できる」
「はい」
「そうでないのなら、そのとき、適切に対処するしかない」
言い終わると同時、アゲハの机で電話が鳴った。すぐに受話器をとる。
「はい、布留部」
「ああ、アゲハさん。馬頭《ばとう》です。やっぱり吸血鬼ではなく人間でしたよ」
苦々しい声が飛びこんできた。研究室獣医師の馬頭カナヤだった。哀れな被害者の検視に立ち会っているはずである。
「食人鬼とは傷の状況が違いますね」
吸血鬼や食人鬼が吸血する際には凝固を妨げる唾液を入れるため、血が多く流れる傾向にある。もちろん全部がそうというわけではない。人形町の事件では遺体が引きちぎられていたが、吸血されていなかった。それはともかく、この事件は違う。
「……そう」
「刃物の傷です。先ほど解剖にまわされました。通り魔の可能性が高いかと」
「わかった。人間で確定ね、伝えておく」
通話を切ったその瞬間、アゲハが受話器を叩きつけるように置いた。
「年間、何件殺人があると思ってるんですか」
ショウケンがテレビのチャンネルを変えた。まだどこも人間の犯行とは出ていない。
「殺人といっても通り魔は多くないでしょうが」
ほとんどの殺人事件は家族や顔見知りによるものだ。あとは利害関係か。そうであれば理解できる。けれども通り魔というのは不条理で「怖い」と感じられた。
もっとも吸血鬼に殺されるのも人間に殺されるのも変わりはないとアゲハは思う。当事者以外からすれば人死にはただの「数」だ。悲劇として消費され、忘れられていくニュースのひとつにすぎない。
当然ながら吸血鬼は訴訟の対象にならない。刑事も民事も。人間ではないから責任がないし賠償したという話もない。そのかわり駆除と称して人間が殺しても、たいした問題にはならないだろう。動物愛護にも鳥獣保護にも当てはまらないからだ。
じっと聞いていたミトラはショウケンにコップを返し、立ちあがった。そろそろタカノリが探しだしたころだ。こっそり帰って驚かしてやろうか。
「そっちは刑事部にまかせる。吸血鬼は……その妖精とやらが見つければいいが」
アオは夜、見回りに出かける。というわけでアオのふとんをコウが使うことになった。「まあ、ひとりでも大丈夫だろ」とコウに寝るだけの準備をしていった。
しかし朝方帰ってきたとき、部屋の隅で膝を抱えていたので慌てた。「どうした?」と聞いても答えない。身を縮めてなにかに耐えるようにしていた。これは悪いことしたなと思ってシガンにもちかける。
「やっぱシガンさん、こっちで寝ない?」
「なんで」
シガンはやることを終えると奥の部屋にこもってしまう。ひたすら絵を描いているようだ。例の吸血鬼の絵だろう。それは別にいい。けれどもろくに寝ずにいるのを想像すると、それは困るなあと思った。吸血鬼と関係なく倒れてしまう。
「いや、コウくん、ひとりで寝れないみたいだから……」
「ユエンさんがすればいいじゃないか」
名前を出されて振り向いたユエンは大げさに肩をすくめた。
「私は人間のようにはできん」
「はあー? また神さま気どりか? だいたい、おまえが連れてきたんだから……」
「シガンさん。そっちの部屋、まだ片づいてないでしょ?」
そう言われてシガンはぎくりとする。キッチンからなくなったぶん、シガンの部屋に物が増えたのだから当たり前だ。おそらくふとんを敷くどころじゃない。そして、まったくそのとおりだった。
「こっちで寝よ?」
「……わかった。コウくん、一緒に寝るぞ」
夜になって、シガンはコウの歯磨きをしていた。コウに歯ブラシを渡しても乱暴に擦るだけなので、優しく磨いてやる。おとなしく口を開けたコウは嫌がっているのかよくわからない顔だ。ぎゅっと目をつぶっている。
アオが部屋にシガンのふとんを入れた。シガンがコウをうながす。
「ほら、さっさと寝るぞ。寝るまでついててやるから」
コウはきゅっと自分の手を握ってシガンをにらんだ。なにか気に入らないらしい。
「嫌じゃない、寝るの。むこうとこっち、どっちのふとんがいい?」
無言。なにか言いたそうにしているけれど、口がへの字のまま動かない。
「あー、もう。じゃあこれで決めよう。表ならおまえがこっち側な」
シガンが出してきたコインは吸血鬼除けの銀貨である。シァオミンがお守りになると持ってきたものだ。五百円硬貨ほどで、中央の穴の周りを模様が囲んでいる。
「ぽいって投げて、ぽいって」
渡すと、コウは叩きつけるように投げた。床に当たり、変な方向に跳ね飛んで落ちる。「下手だなー、おまえ」とシガンが顔をしかめた。出たのは聖樹が描かれた裏だ。
「はい、奥に寝て」
シガンはコウを奥のふとんに寝るよう押していった。おどおどとふとんに潜りこんだコウに、ばさりとかけぶとんをかけなおしてやる。豆電球だけ残してシガンも横になった。ぽこりと人の形に膨らんだふとんを軽く叩いて、拍子をとりながら歌う。
「ゆりかごゆらゆら、おやすみなさい。もう寝る時間。星はきらきら、夜空は静か」
そのうちに歌詞がいいかげんになり、最終的に鼻歌になった。調子っぱずれの歌を聞きながら、丸めた背中をさすられてコウは眠った。ぷつりと歌がとぎれた。シガンも一緒に眠ってしまっている。
アオが人差し指を口に当て、ユエンに笑いかけた。ユエンも口元を緩めた。
それから数日経ったころ。日が昇る前、見回りから戻ってきたアオは暗がりが揺れるのを見た。ぎょっとしたところで、くすくす笑いのように「アオ」と声がかけられた。まるで夜が笑ったようだった。ユエンの形の揺らぎがおかしげに呼んでいる。
「びっくりしたあ……」
アオは手を泳がせて電灯をつける。キッチンにはユエンがひとり座っていた。
「ユエンさん、どうしたの?」
「見ろ、なかなか面白い」
伸びた指を追って部屋をのぞけば、手足を広げたシガンの横にコウが丸まって寝ていた。シガンのシャツをつかんで。その間に挟まれて犬が伏せていた。くうんと鼻で鳴いて、ユエンに助けを求めている。ユエンは眉をさげて柔らかな視線を返した。
「もう少しガマンしてくれ、そろそろ起きるだろう」
ズボンが二本、これはいい。白の暖かそうな上着が一枚、これもいい。下着もパジャマも靴下に靴だってもちろん必要だ。問題は長袖のTシャツが何枚か。胸元には大きく「一切皆苦」「諸法無我」「因果応報」「四苦八苦」……
。
「……ほかになかったの?」
シガンがばっさりと感想を述べる。もっともこれはアオ自身が「ヤギさん」と描かれたTシャツを着ていることから想像できたはずだった。
「いいじゃん!」
「どこで買った、そのお土産四字熟語シリーズ」
アオの横でコウが「四苦八苦」をもたもたと着た。幅が余るのはコウが細身だからだ。ズボンもはかせて裾を少し整え、完璧とばかりにアオがうなずいた。ポケットを開いてやると、コウがずっと持っていたアメを入れた。
「ほらあ! ちょうどいいじゃん!」
「……コウくん、嫌だったら嫌っていうんだぞ?」
コウはなにも言わずに胸の四字熟語を見ている。文句がないのを肯定だと受けとったアオが、嬉しそうに大口を開けて笑った。
「ほーら、かっこいいもんなあ?」
「なるほど、着るものも人間を構成する要素のひとつだ」
「えー……」
ユエンが納得したので、シガンがひとり嫌そうに声をもらした。
冷え冷えとした吸血鬼研究室に医師のアゲハと検査技師の申待ショウケンが待機していた。奥の棚には食人鬼の残した塵が保管されている。吸血鬼や食人鬼にならない薬はないのかとよく聞かれるが、今のところは難しい。
そこにノックもなく男が入ってきた。見慣れた顔であるから驚きもしない。
「よ。なんかわかった?」
「ミトラさん、また来たんですか」
「どうした? ジャマか?」
都職員の宇気比ミトラだ。吸血鬼担当なのだが、都庁からよくサボりにくる。お守り役の水宮タカノリが頭を痛めているに違いない。それはアゲハの知ったことではないが「うまくごまかしといて」と頼まれるのは困る。タカノリの説教は長いのだ。
ショウケンがティーバッグを出してきて、ポットから大雑把にお湯を入れた。その背後でアゲハが相手をする。とりあえず、今の状況を切り出した。
「新たに死体がひとつです」
「ああ、聞いている」
アゲハの報告にミトラがうなずく。吸血鬼は人を殺して吸血するが、これほどの量を短期間にというのはそう聞かない。だいたいはこっそりと隠れて殺し、事件になることは少ないからだ。
「地下に潜れるとなると、なかなか」
「だろうな」
「……ここは迷っているようにも見えますね」
青戸から青山霊園までつながるように事件が起こっていたが、その後東京駅、再び霊園近くと行ったり来たりしている。すべてを同じもののしわざとすればだ。
「わかっているのは、吸血鬼と食人鬼が一体ずついるということ。協同して動いているのかどうかはまだ……」
ふう、とどちらからともなくため息がもれた。
「……そうだ。東京駅にいたという、あの妖精はどうなってる?」
「組合の者と一緒に吸血鬼を探しています。人にまぎれていてもわかるのだと」
「ふぅん……」
ショウケンが雑に紅茶を勧めた。ミトラはそれを一口飲んで声をひそめる。
「信頼できるのか?」
「それは……」
アゲハはなぜ彼女を信頼したのかと考える。あの夜より黒い目が思い浮かんだ。
「……吸血鬼を友にした人の話は知ってるな?」
「ええ。最初は礼儀正しい紳士だと思った。なぜ人を襲うのかわからないほど。あるとき、離れている家族に会いに行く暇がないともらした。すると次の夜に吸血鬼は袋を持ってきた。中身はその家族の首だった……。本当にあったかは知りませんが」
一息ついて、ミトラはきっぱりと結論を出す。
「もちろん、こっちに都合がよければ協力できる」
「はい」
「そうでないのなら、そのとき、適切に対処するしかない」
言い終わると同時、アゲハの机で電話が鳴った。すぐに受話器をとる。
「はい、布留部」
「ああ、アゲハさん。馬頭《ばとう》です。やっぱり吸血鬼ではなく人間でしたよ」
苦々しい声が飛びこんできた。研究室獣医師の馬頭カナヤだった。哀れな被害者の検視に立ち会っているはずである。
「食人鬼とは傷の状況が違いますね」
吸血鬼や食人鬼が吸血する際には凝固を妨げる唾液を入れるため、血が多く流れる傾向にある。もちろん全部がそうというわけではない。人形町の事件では遺体が引きちぎられていたが、吸血されていなかった。それはともかく、この事件は違う。
「……そう」
「刃物の傷です。先ほど解剖にまわされました。通り魔の可能性が高いかと」
「わかった。人間で確定ね、伝えておく」
通話を切ったその瞬間、アゲハが受話器を叩きつけるように置いた。
「年間、何件殺人があると思ってるんですか」
ショウケンがテレビのチャンネルを変えた。まだどこも人間の犯行とは出ていない。
「殺人といっても通り魔は多くないでしょうが」
ほとんどの殺人事件は家族や顔見知りによるものだ。あとは利害関係か。そうであれば理解できる。けれども通り魔というのは不条理で「怖い」と感じられた。
もっとも吸血鬼に殺されるのも人間に殺されるのも変わりはないとアゲハは思う。当事者以外からすれば人死にはただの「数」だ。悲劇として消費され、忘れられていくニュースのひとつにすぎない。
当然ながら吸血鬼は訴訟の対象にならない。刑事も民事も。人間ではないから責任がないし賠償したという話もない。そのかわり駆除と称して人間が殺しても、たいした問題にはならないだろう。動物愛護にも鳥獣保護にも当てはまらないからだ。
じっと聞いていたミトラはショウケンにコップを返し、立ちあがった。そろそろタカノリが探しだしたころだ。こっそり帰って驚かしてやろうか。
「そっちは刑事部にまかせる。吸血鬼は……その妖精とやらが見つければいいが」
アオは夜、見回りに出かける。というわけでアオのふとんをコウが使うことになった。「まあ、ひとりでも大丈夫だろ」とコウに寝るだけの準備をしていった。
しかし朝方帰ってきたとき、部屋の隅で膝を抱えていたので慌てた。「どうした?」と聞いても答えない。身を縮めてなにかに耐えるようにしていた。これは悪いことしたなと思ってシガンにもちかける。
「やっぱシガンさん、こっちで寝ない?」
「なんで」
シガンはやることを終えると奥の部屋にこもってしまう。ひたすら絵を描いているようだ。例の吸血鬼の絵だろう。それは別にいい。けれどもろくに寝ずにいるのを想像すると、それは困るなあと思った。吸血鬼と関係なく倒れてしまう。
「いや、コウくん、ひとりで寝れないみたいだから……」
「ユエンさんがすればいいじゃないか」
名前を出されて振り向いたユエンは大げさに肩をすくめた。
「私は人間のようにはできん」
「はあー? また神さま気どりか? だいたい、おまえが連れてきたんだから……」
「シガンさん。そっちの部屋、まだ片づいてないでしょ?」
そう言われてシガンはぎくりとする。キッチンからなくなったぶん、シガンの部屋に物が増えたのだから当たり前だ。おそらくふとんを敷くどころじゃない。そして、まったくそのとおりだった。
「こっちで寝よ?」
「……わかった。コウくん、一緒に寝るぞ」
夜になって、シガンはコウの歯磨きをしていた。コウに歯ブラシを渡しても乱暴に擦るだけなので、優しく磨いてやる。おとなしく口を開けたコウは嫌がっているのかよくわからない顔だ。ぎゅっと目をつぶっている。
アオが部屋にシガンのふとんを入れた。シガンがコウをうながす。
「ほら、さっさと寝るぞ。寝るまでついててやるから」
コウはきゅっと自分の手を握ってシガンをにらんだ。なにか気に入らないらしい。
「嫌じゃない、寝るの。むこうとこっち、どっちのふとんがいい?」
無言。なにか言いたそうにしているけれど、口がへの字のまま動かない。
「あー、もう。じゃあこれで決めよう。表ならおまえがこっち側な」
シガンが出してきたコインは吸血鬼除けの銀貨である。シァオミンがお守りになると持ってきたものだ。五百円硬貨ほどで、中央の穴の周りを模様が囲んでいる。
「ぽいって投げて、ぽいって」
渡すと、コウは叩きつけるように投げた。床に当たり、変な方向に跳ね飛んで落ちる。「下手だなー、おまえ」とシガンが顔をしかめた。出たのは聖樹が描かれた裏だ。
「はい、奥に寝て」
シガンはコウを奥のふとんに寝るよう押していった。おどおどとふとんに潜りこんだコウに、ばさりとかけぶとんをかけなおしてやる。豆電球だけ残してシガンも横になった。ぽこりと人の形に膨らんだふとんを軽く叩いて、拍子をとりながら歌う。
「ゆりかごゆらゆら、おやすみなさい。もう寝る時間。星はきらきら、夜空は静か」
そのうちに歌詞がいいかげんになり、最終的に鼻歌になった。調子っぱずれの歌を聞きながら、丸めた背中をさすられてコウは眠った。ぷつりと歌がとぎれた。シガンも一緒に眠ってしまっている。
アオが人差し指を口に当て、ユエンに笑いかけた。ユエンも口元を緩めた。
それから数日経ったころ。日が昇る前、見回りから戻ってきたアオは暗がりが揺れるのを見た。ぎょっとしたところで、くすくす笑いのように「アオ」と声がかけられた。まるで夜が笑ったようだった。ユエンの形の揺らぎがおかしげに呼んでいる。
「びっくりしたあ……」
アオは手を泳がせて電灯をつける。キッチンにはユエンがひとり座っていた。
「ユエンさん、どうしたの?」
「見ろ、なかなか面白い」
伸びた指を追って部屋をのぞけば、手足を広げたシガンの横にコウが丸まって寝ていた。シガンのシャツをつかんで。その間に挟まれて犬が伏せていた。くうんと鼻で鳴いて、ユエンに助けを求めている。ユエンは眉をさげて柔らかな視線を返した。
「もう少しガマンしてくれ、そろそろ起きるだろう」
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
家賃一万円、庭付き、駐車場付き、付喪神付き?!
雪那 由多
ライト文芸
恋人に振られて独立を決心!
尊敬する先輩から紹介された家は庭付き駐車場付きで家賃一万円!
庭は畑仕事もできるくらいに広くみかんや柿、林檎のなる果実園もある。
さらに言えばリフォームしたての古民家は新築同然のピッカピカ!
そんな至れり尽くせりの家の家賃が一万円なわけがない!
古めかしい残置物からの熱い視線、夜な夜なさざめく話し声。
見えてしまう特異体質の瞳で見たこの家の住人達に納得のこのお値段!
見知らぬ土地で友人も居ない新天地の家に置いて行かれた道具から生まれた付喪神達との共同生活が今スタート!
****************************************************************
第6回ほっこり・じんわり大賞で読者賞を頂きました!
沢山の方に読んでいただき、そして投票を頂きまして本当にありがとうございました!
****************************************************************
プロローグで主人公が死んでしまう話【アンソロジー】
おてんば松尾
恋愛
プロローグで主人公が死んでしまう話を実は大量生産しています。ただ、ショートショートでいくつもりですので、消化不良のところがあるみたいです。どうしようか迷ったのですが、こっそりこちらでアンソロジーにしようかな。。。と。1話1万字で前後で終わらせます。物語によってはざまぁがない物もあります。
1話「プロローグで死んでしまうリゼの話」
寒さに震えながらリゼは機関車に乗り込んだ。
疲労と空腹で、早く座席に座りたいと願った。
静かな揺れを感じながら、リゼはゆっくりと目を閉じた。
2話「プロローグで死んでしまうカトレアの話」
死ぬ気で城を出たカトレア、途中馬車に轢かれて死んでしまう?
【完結】私はいてもいなくても同じなのですね ~三人姉妹の中でハズレの私~
紺青
恋愛
マルティナはスコールズ伯爵家の三姉妹の中でハズレの存在だ。才媛で美人な姉と愛嬌があり可愛い妹に挟まれた地味で不器用な次女として、家族の世話やフォローに振り回される生活を送っている。そんな自分を諦めて受け入れているマルティナの前に、マルティナの思い込みや常識を覆す存在が現れて―――家族にめぐまれなかったマルティナが、強引だけど優しいブラッドリーと出会って、少しずつ成長し、別離を経て、再生していく物語。
※三章まで上げて落とされる鬱展開続きます。
※因果応報はありますが、痛快爽快なざまぁはありません。
※なろうにも掲載しています。
猫カフェは探偵事務所ではありません。〜女子高生店長の奮闘記〜一応うかがいます。
猫寝 子猫
ライト文芸
前作、〜別の階デスネ〜の続きです。
町で人気の猫カフェ「森の猫さま」、通称「森猫」の女子高生店長「北代 舞華」と仲間たち。お店は繁盛するも業務多忙の為、バイト募集を行う事に!
バイト面接に現れたのは、顔見知りのクセ強の友人や、「神まち」男の娘などなど、騒動の種蒔き開始です。
「森の猫さま」はフウナメイド長の長期不在と営業好調による業務多忙で人員補充の為に、バイト募集をする。
そんな中、警備会社SAN-Oの開発部から新製品のモニタリング依頼が!
時同じく、なんと二葉にタレント事務所からスカウトの話が!
そして、ついに「名探偵」のあの人の登場。
メイド隊や謎の猫娘が更に話しをめんどくさい事にするぞ!
伊緒さんのお嫁ご飯
三條すずしろ
ライト文芸
貴女がいるから、まっすぐ家に帰ります――。
伊緒さんが作ってくれる、おいしい「お嫁ご飯」が楽しみな僕。
子供のころから憧れていた小さな幸せに、ほっと心が癒されていきます。
ちょっぴり歴女な伊緒さんの、とっても温かい料理のお話。
「第1回ライト文芸大賞」大賞候補作品。
「エブリスタ」「カクヨム」「すずしろブログ」にも掲載中です!
希望が丘駅前商店街 in 『居酒屋とうてつ』とその周辺の人々
饕餮
ライト文芸
ここは東京郊外松平市にある商店街。
国会議員の重光幸太郎先生の地元である。
そんな商店街にある、『居酒屋とうてつ』やその周辺で繰り広げられる、一話完結型の面白おかしな商店街住人たちのひとこまです。
★このお話は、鏡野ゆう様のお話
『政治家の嫁は秘書様』https://www.alphapolis.co.jp/novel/210140744/354151981
に出てくる重光先生の地元の商店街のお話です。当然の事ながら、鏡野ゆう様には許可をいただいております。他の住人に関してもそれぞれ許可をいただいてから書いています。
★他にコラボしている作品
・『桃と料理人』http://ncode.syosetu.com/n9554cb/
・『青いヤツと特別国家公務員 - 希望が丘駅前商店街 -』http://ncode.syosetu.com/n5361cb/
・『希望が丘駅前商店街~透明人間の憂鬱~』https://www.alphapolis.co.jp/novel/265100205/427152271
・『希望が丘駅前商店街 ―姉さん。篠宮酒店は、今日も平常運転です。―』https://www.alphapolis.co.jp/novel/172101828/491152376
・『日々是好日、希望が丘駅前商店街-神神飯店エソ、オソオセヨ(にいらっしゃいませ)』https://www.alphapolis.co.jp/novel/177101198/505152232
・『希望が丘駅前商店街~看板娘は招き猫?喫茶トムトム元気に開店中~』https://ncode.syosetu.com/n7423cb/
・『Blue Mallowへようこそ~希望が丘駅前商店街』https://ncode.syosetu.com/n2519cc/
【改稿版】 凛と嵐 【完結済】
みやこ嬢
ミステリー
【2023年3月完結、2024年2月大幅改稿】
心を読む少女、凛。
霊が視える男、嵐。
2人は駅前の雑居ビル内にある小さな貸事務所で依頼者から相談を受けている。稼ぐためではなく、自分たちの居場所を作るために。
交通事故で我が子を失った母親。
事故物件を借りてしまった大学生。
周囲の人間が次々に死んでゆく青年。
別々の依頼のはずが、どこかで絡み合っていく。2人は能力を駆使して依頼者の悩みを解消できるのか。
☆☆☆
改稿前 全34話→大幅改稿後 全43話
登場人物&エピソードをプラスしました!
投稿漫画にて『りんとあらし 4コマ版』公開中!
第6回ホラー・ミステリー小説大賞では最終順位10位でした泣
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる