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それでも待っていたかった
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秦田ソウタと最後に会ったのは、空に押しつぶされそうな暑い日だった。
まとわりつくじっとりとした空気、照りつける日差しのなかを歩いていくと、見知った顔が向こうから来た。手にはビニール袋を下げている。ひたいの汗を拭い、髪をかきあげたとき、こちらに気づいた。目があって、おれのほうから声をかける。
「ソウタさん」
「あ、ミツキくん。ヒナくんも」
その声はひっきりなしの蝉の鳴き声の中で、やけにはっきりと聞こえた。当時、彼は三十二だったか。警察に入ってすぐだった自分より随分年上で、洒落っ気のある人のいい男。野毛子ミツキは彼のことが嫌いではなかった。馴れ馴れしくもおっちょこちょいでどうも憎めないのだ。ソウタは袋のなかを手探って言う。
「ヒナくん、アイスあげよっか」
「仕事中なので……」
ミツキの後ろにいる男は小路ヒナギ、協力員としてミツキと仕事をしている。もとは犯罪者で、刑罰と引き換えに協力してもらっていた。ミツキとしてはそのような取り引きはあまり好きではないのだが、上の決めたことなので仕方がない。ともかく、仕事中に餌付けするような真似は控えてもらいたい。
「ああ、そりゃ悪かった。いつでもウチ来なよ、リッちゃんも待ってるから」
ソウタはミツキの中学からの同級生、時雨リツと同棲している。この友人には「いつでも来な」と言われていたが、ミツキは行く気がしなかった。彼らの家には当然ながらリツの物とソウタの物が共にある。それをわざわざ見たいとは思えなかった。ヒナギが毎週のように喜んで行くのを見て、少しは遠慮したらどうだと言いたくなる。
「ヒナくんが飲めるようになったから、嬉しいなあ」
その笑い顔にきゅっと胸が締め付けられた。……出会った時は、もうリツの彼氏としてだった。
その日の夜遅く、リツからソウタが帰ってこないと電話があった。携帯電話も通じないという。リツはずいぶん不安な様子で、ミツキは落ち着かせて一晩待つようにとしか言えなかった。けれども、翌日も、その翌日もソウタは帰ってこなかった。彼の勤める会社にも出てきていない。まるで消えたようにいなくなってしまった。
事故か、それとも何かしらの事件か、もしかしたら奇言持ちが関わってるかもしれない。そうミツキは思ったが、警察はよくある行方不明としたようだ。ソウタを最後に見ていた監視カメラには、ソウタが普通に歩いているところが写っていた。
怪しい。きっと何か事件に巻き込まれて――当時のミツキは新人で、誰も聞くものはいなかった。いや、そうは言っても、一応、ひととおりは調べたのだ。それでもこれといった情報はなく、誰かが関わっているという証拠もなく終わった。ミツキも探しまわったものの、手がかりはなく、そこで足跡が途絶えてしまった。
今でもソウタと別れたあの日の夢を見る。そんな日は、最後に会ったあの道に行って思い出そうとする。あの人の声を、笑顔を、それさえも記憶から薄れていくのを恐れ、聞き込みを続け情報を募った。
それから四年がすぎた。
奇言といわれる言葉がある。昔は空言や夢言とも言われていた、人への強制力を持った単語のことだ。
ごく稀に奇言を持って生まれた人がいる。奇言は人によって異なる特定の単語で、口にすると、聞いてその言葉を理解した人間の思考や言動に影響を及ぼす。文字に書いても効果はなく、現在は音声言語に絞って奇言と定められている。であるから耳で聞かなければ効力はないし、理解できない言語でも効かない。言葉をまだ理解できない子供にも強制力はない。
人はレベル1から5に分類され、レベル1は言葉に強制力のない普通の人だ。レベル2から上が奇言持ちで、レベル2の奇言は軽い暗示にかかった状態になる。レベル3は強い暗示、レベル4では逆らおうとしないと強制される。なおレベル5は抵抗できないものとされるが、この例は未だない。もっとも、見つかっていないだけかもしれないが。
その単語が奇言かどうかの判定は難しい。奇言によってはほとんど使わない、使っても問題の起こらない単語のこともあるからだ。その人が奇言持ちと判定され、レベル分類されると左手にチップを埋め込まれ、名簿がつくられ管理される。ミツキがそうであるように。
ミツキはレベル3の奇言持ちだ。小学生の時から何かがおかしいなと思っていたが、中学の時に発覚し、奇言持ちとして登録された。警察に入ったのも、この奇言の力を活用するための特別枠だった。
もう四年か。もう帰って来ないんじゃないかとぼんやり思う。そんなはずがないという心の声も弱まってきた。きっと今頃、知らない土地で知らない人と幸せに暮らしているのかもしれない。でもそう思ってしまうのは、彼が事件に巻き込まれていて、助けられなかったなんて思いたくないからだ。だから、おれだけは探し続けなければならない。
「ミツキ、来てくれ。詐欺だ。おそらく奇言がらみだろう」
「はい」
金を騙し取られたらしいと当人の家族から通報があった。けれど本人は否定している。奇言の影響を疑われてミツキに声がかかった。とりあえず当人に話を聞きたい。本人が「騙された」と言わなければ事件にできないからだ。
「こんにちは、ちょっとお話聞かせてください」
「ああ、もう、いい加減にしてくれ」
不満だという顔で奥に通される。中年の男は苛立った態度で手を振って見せた。自分の家族や前に来た刑事に詐欺を疑われ、よっぽど腹に据えかねたらしい。それに構わず、ミツキは丁寧に礼を言って斜め隣に座る。
「こないだ、親切な人が来たんですって?」
「……ああ、そうだ。簡単な仕事を紹介すると言ってくれたんだ。おまえらの言うような悪い人じゃない」
「なるほど、なるほど。あなたは【嘘】をつきませんからね」
「もちろん、そうだとも」
「ただ、こちらとしては一応調べなければならないんですよ。それで、どんな人でした?」
彼は少し居心地が悪そうにしながらも、質問に正直に答えようとした。
「見るからに優しげな男だったよ。俺なんかでも役に立てる、簡単にお金になるって」
「へえ……。それで、簡単なお仕事を請け負ったんですね」
「そうだ。届いた荷物を受け取って、来た人に渡すだけでいいんだ」
「失礼ながら、【嘘】ではなくそれだけでしたか?」
男は一度言い淀んで、言いにくそうに後ろ頭を掻いた。
「それが……俺の免許証のコピーが欲しいって言われて取られてそれっきりで……返ってこないんだよ」
「それは困りましたね。今のあなたの【嘘】いつわりない気持ちを聞かせてください」
「……なあ、仕事は簡単だった。でも、おかしいんじゃないかと思って、だけど、だけど俺が騙されたなんて、思いたくなくて、みんなに家族に馬鹿にされるんじゃないかって。もう、なにもわからない、考えたくないんだ。あいつはもっと簡単に信じていいんだって言ったから……」
「そうですか。残念ながら、その男の話には【嘘】がありそうですね。どうですか?」
「……そうか。そうなのかもしれないな……」
彼はがっくりとしながらもようやく詐欺を疑い始めた。
「――と言うわけで、あなたのやったことは詐欺の可能性がありましてね、お話を聞きたいんですが」
「ふん、俺は【簡単】に逃げられるんだからな!」
その「優しい男」とやらの家に行ってみると、ミツキが刑事とわかったなり、その男はベランダから飛び降りようとした。彼の奇言は「簡単」だろう。他人への暗示にもなるが、自分に暗示をかけることもできる。彼が簡単にできると言えば、体の限界を超えない限り本当にできてしまう。
「それは【嘘】だな、逃げられやしないぞ」
手すりを越える前にすばやく足払いをかけて、男のバランスを崩す。とっさに腕を掴み、捻り上げて左手の親指と人差し指の間を機器で読み取った。そのまま肘で背中を突き落とし後ろ手に締めてベランダに押さえつけ、ミツキはぼやいた。
「レベル3、奇言はやはり『簡単』か。前科があるくせによくやる……まともに生活したほうが簡単だろうに」
奇言による犯罪は後を経たないが、事前に見つけだすことは難しい。奇言と認定することすら手間がかかる。そればかりではなく、自分を奇言持ちと知らない者による事故も起こっているから面倒だ。
翌日、ミツキはようやく家に帰って来てテレビをつけた。ニュースはこの時間やっていない。最近の流行はよくわからないが、高咲セオという見慣れないタレントが出ていた。まだ十代か。優しい顔立ちに薄い火傷の痕があった。俳優やモデルでこんな目立つ傷があるのは珍しいのではないだろうか。
そう思ったらどうも芸能人ではなく、コミュニケーションを研究しているらしい。コメンテーターとでも言うのか。どういう経緯で出ているかに興味はなかったが、チャンネルを変える寸前、彼は「好きな人の近くにいると心臓が痛むんですよ」と言った。「それで運命の相手を見つけ出したんです」と。
運命の相手、か。たとえ本気でそう思っても、人はすぐに忘れてしまうのに。
私用のスマホが鳴った。時雨リツの表示に、すぐに通話に出る。飛び込んできたのは切羽詰まった声だった。
「ソウタさんが……帰ってきた。でも手が……手が……」
「どうした、落ち着け。家か? そこにいるんだな? ヒナギは?」
「なあ、どうしよう。血が出てて、大丈夫って言ってるけど大丈夫じゃないよ」
一度、唾を飲み、焦る気持ちを落ち着けた。それと同時に思考を巡らせる。ソウタが帰ってきた、おそらく大きなケガをしている。
「わかった。おまえらの家だな、救急車を呼ぶから待ってろ。止血できるか?」
「ヒナギくんが……」
「ああ、ヒナギに任せていい。あいつなら最低限はできる。おまえは……救急が来るまで話しかけてやってくれ。俺も行く」
まとわりつくじっとりとした空気、照りつける日差しのなかを歩いていくと、見知った顔が向こうから来た。手にはビニール袋を下げている。ひたいの汗を拭い、髪をかきあげたとき、こちらに気づいた。目があって、おれのほうから声をかける。
「ソウタさん」
「あ、ミツキくん。ヒナくんも」
その声はひっきりなしの蝉の鳴き声の中で、やけにはっきりと聞こえた。当時、彼は三十二だったか。警察に入ってすぐだった自分より随分年上で、洒落っ気のある人のいい男。野毛子ミツキは彼のことが嫌いではなかった。馴れ馴れしくもおっちょこちょいでどうも憎めないのだ。ソウタは袋のなかを手探って言う。
「ヒナくん、アイスあげよっか」
「仕事中なので……」
ミツキの後ろにいる男は小路ヒナギ、協力員としてミツキと仕事をしている。もとは犯罪者で、刑罰と引き換えに協力してもらっていた。ミツキとしてはそのような取り引きはあまり好きではないのだが、上の決めたことなので仕方がない。ともかく、仕事中に餌付けするような真似は控えてもらいたい。
「ああ、そりゃ悪かった。いつでもウチ来なよ、リッちゃんも待ってるから」
ソウタはミツキの中学からの同級生、時雨リツと同棲している。この友人には「いつでも来な」と言われていたが、ミツキは行く気がしなかった。彼らの家には当然ながらリツの物とソウタの物が共にある。それをわざわざ見たいとは思えなかった。ヒナギが毎週のように喜んで行くのを見て、少しは遠慮したらどうだと言いたくなる。
「ヒナくんが飲めるようになったから、嬉しいなあ」
その笑い顔にきゅっと胸が締め付けられた。……出会った時は、もうリツの彼氏としてだった。
その日の夜遅く、リツからソウタが帰ってこないと電話があった。携帯電話も通じないという。リツはずいぶん不安な様子で、ミツキは落ち着かせて一晩待つようにとしか言えなかった。けれども、翌日も、その翌日もソウタは帰ってこなかった。彼の勤める会社にも出てきていない。まるで消えたようにいなくなってしまった。
事故か、それとも何かしらの事件か、もしかしたら奇言持ちが関わってるかもしれない。そうミツキは思ったが、警察はよくある行方不明としたようだ。ソウタを最後に見ていた監視カメラには、ソウタが普通に歩いているところが写っていた。
怪しい。きっと何か事件に巻き込まれて――当時のミツキは新人で、誰も聞くものはいなかった。いや、そうは言っても、一応、ひととおりは調べたのだ。それでもこれといった情報はなく、誰かが関わっているという証拠もなく終わった。ミツキも探しまわったものの、手がかりはなく、そこで足跡が途絶えてしまった。
今でもソウタと別れたあの日の夢を見る。そんな日は、最後に会ったあの道に行って思い出そうとする。あの人の声を、笑顔を、それさえも記憶から薄れていくのを恐れ、聞き込みを続け情報を募った。
それから四年がすぎた。
奇言といわれる言葉がある。昔は空言や夢言とも言われていた、人への強制力を持った単語のことだ。
ごく稀に奇言を持って生まれた人がいる。奇言は人によって異なる特定の単語で、口にすると、聞いてその言葉を理解した人間の思考や言動に影響を及ぼす。文字に書いても効果はなく、現在は音声言語に絞って奇言と定められている。であるから耳で聞かなければ効力はないし、理解できない言語でも効かない。言葉をまだ理解できない子供にも強制力はない。
人はレベル1から5に分類され、レベル1は言葉に強制力のない普通の人だ。レベル2から上が奇言持ちで、レベル2の奇言は軽い暗示にかかった状態になる。レベル3は強い暗示、レベル4では逆らおうとしないと強制される。なおレベル5は抵抗できないものとされるが、この例は未だない。もっとも、見つかっていないだけかもしれないが。
その単語が奇言かどうかの判定は難しい。奇言によってはほとんど使わない、使っても問題の起こらない単語のこともあるからだ。その人が奇言持ちと判定され、レベル分類されると左手にチップを埋め込まれ、名簿がつくられ管理される。ミツキがそうであるように。
ミツキはレベル3の奇言持ちだ。小学生の時から何かがおかしいなと思っていたが、中学の時に発覚し、奇言持ちとして登録された。警察に入ったのも、この奇言の力を活用するための特別枠だった。
もう四年か。もう帰って来ないんじゃないかとぼんやり思う。そんなはずがないという心の声も弱まってきた。きっと今頃、知らない土地で知らない人と幸せに暮らしているのかもしれない。でもそう思ってしまうのは、彼が事件に巻き込まれていて、助けられなかったなんて思いたくないからだ。だから、おれだけは探し続けなければならない。
「ミツキ、来てくれ。詐欺だ。おそらく奇言がらみだろう」
「はい」
金を騙し取られたらしいと当人の家族から通報があった。けれど本人は否定している。奇言の影響を疑われてミツキに声がかかった。とりあえず当人に話を聞きたい。本人が「騙された」と言わなければ事件にできないからだ。
「こんにちは、ちょっとお話聞かせてください」
「ああ、もう、いい加減にしてくれ」
不満だという顔で奥に通される。中年の男は苛立った態度で手を振って見せた。自分の家族や前に来た刑事に詐欺を疑われ、よっぽど腹に据えかねたらしい。それに構わず、ミツキは丁寧に礼を言って斜め隣に座る。
「こないだ、親切な人が来たんですって?」
「……ああ、そうだ。簡単な仕事を紹介すると言ってくれたんだ。おまえらの言うような悪い人じゃない」
「なるほど、なるほど。あなたは【嘘】をつきませんからね」
「もちろん、そうだとも」
「ただ、こちらとしては一応調べなければならないんですよ。それで、どんな人でした?」
彼は少し居心地が悪そうにしながらも、質問に正直に答えようとした。
「見るからに優しげな男だったよ。俺なんかでも役に立てる、簡単にお金になるって」
「へえ……。それで、簡単なお仕事を請け負ったんですね」
「そうだ。届いた荷物を受け取って、来た人に渡すだけでいいんだ」
「失礼ながら、【嘘】ではなくそれだけでしたか?」
男は一度言い淀んで、言いにくそうに後ろ頭を掻いた。
「それが……俺の免許証のコピーが欲しいって言われて取られてそれっきりで……返ってこないんだよ」
「それは困りましたね。今のあなたの【嘘】いつわりない気持ちを聞かせてください」
「……なあ、仕事は簡単だった。でも、おかしいんじゃないかと思って、だけど、だけど俺が騙されたなんて、思いたくなくて、みんなに家族に馬鹿にされるんじゃないかって。もう、なにもわからない、考えたくないんだ。あいつはもっと簡単に信じていいんだって言ったから……」
「そうですか。残念ながら、その男の話には【嘘】がありそうですね。どうですか?」
「……そうか。そうなのかもしれないな……」
彼はがっくりとしながらもようやく詐欺を疑い始めた。
「――と言うわけで、あなたのやったことは詐欺の可能性がありましてね、お話を聞きたいんですが」
「ふん、俺は【簡単】に逃げられるんだからな!」
その「優しい男」とやらの家に行ってみると、ミツキが刑事とわかったなり、その男はベランダから飛び降りようとした。彼の奇言は「簡単」だろう。他人への暗示にもなるが、自分に暗示をかけることもできる。彼が簡単にできると言えば、体の限界を超えない限り本当にできてしまう。
「それは【嘘】だな、逃げられやしないぞ」
手すりを越える前にすばやく足払いをかけて、男のバランスを崩す。とっさに腕を掴み、捻り上げて左手の親指と人差し指の間を機器で読み取った。そのまま肘で背中を突き落とし後ろ手に締めてベランダに押さえつけ、ミツキはぼやいた。
「レベル3、奇言はやはり『簡単』か。前科があるくせによくやる……まともに生活したほうが簡単だろうに」
奇言による犯罪は後を経たないが、事前に見つけだすことは難しい。奇言と認定することすら手間がかかる。そればかりではなく、自分を奇言持ちと知らない者による事故も起こっているから面倒だ。
翌日、ミツキはようやく家に帰って来てテレビをつけた。ニュースはこの時間やっていない。最近の流行はよくわからないが、高咲セオという見慣れないタレントが出ていた。まだ十代か。優しい顔立ちに薄い火傷の痕があった。俳優やモデルでこんな目立つ傷があるのは珍しいのではないだろうか。
そう思ったらどうも芸能人ではなく、コミュニケーションを研究しているらしい。コメンテーターとでも言うのか。どういう経緯で出ているかに興味はなかったが、チャンネルを変える寸前、彼は「好きな人の近くにいると心臓が痛むんですよ」と言った。「それで運命の相手を見つけ出したんです」と。
運命の相手、か。たとえ本気でそう思っても、人はすぐに忘れてしまうのに。
私用のスマホが鳴った。時雨リツの表示に、すぐに通話に出る。飛び込んできたのは切羽詰まった声だった。
「ソウタさんが……帰ってきた。でも手が……手が……」
「どうした、落ち着け。家か? そこにいるんだな? ヒナギは?」
「なあ、どうしよう。血が出てて、大丈夫って言ってるけど大丈夫じゃないよ」
一度、唾を飲み、焦る気持ちを落ち着けた。それと同時に思考を巡らせる。ソウタが帰ってきた、おそらく大きなケガをしている。
「わかった。おまえらの家だな、救急車を呼ぶから待ってろ。止血できるか?」
「ヒナギくんが……」
「ああ、ヒナギに任せていい。あいつなら最低限はできる。おまえは……救急が来るまで話しかけてやってくれ。俺も行く」
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