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ラファエル・バーンズその2
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ラファエルは気が付くと中世ヨーロッパの町並みに似た表街道に佇んでいた。
人の往来が激しく、馬車が行き来している。
なんだこれは?とラファエルは我が目を疑っていた。
余りのことにショックを受けて、身体が固まっている。
もしかして精神のいかれた俺は幻覚を見ているのかと、ラファエルは戸惑っていた。
そこにとある人物がラファエルを呼びかける。
人の好さそうな、お腹のポッコリと出た初老の男性だった。
「ビビビビビビ・・・」
ラファエルにはそう聞こえた。
混乱した頭にこれまで聞いたことがない言語に、脳がついてこれいていなかったのだ。
話し掛けてきた人物を無視してラファエルは周りを見回す。
(ここは何処だ?・・・英国の田舎か?・・・否、そうでもないぞ・・・町並みは似ているが、文化的な物を見かけない・・・なんなんだいったい!どうなっているんだ?)
彼は現状を理解しようと必死になる。
頭を巡らせて思考を始めた。
それはラファエルには僥倖だったといえる。
精神を病んでいたラファエルには、一つのショック療法の様な効果が表れていたのだ。
彼の壊れた精神が徐々に回復しつつあったのだ。
そしてじんわりと話し掛けてくる人物の話に耳を傾けることができてくる。
「お・、な・をして・るだ?」
徐々に言葉が理解出来てきた。
「おめえ、何をしているだ?」
(何って?俺が聞きたいよ。なんだこいつ?)
ラファエルはその人物を見上げた。
「おめえ、もしかして異世界人だか?そんな服装の者をおいらは見たことがないだよ」
(異世界人?このおっさん何を言ってやがる?なんだよ異世界人って?・・・俺のことか?)
「おめえ、名はなんというだ?」
名を問われてラファエルは思わず返事してしまっていた。
「俺はラファエル・バーンズだ」
「おりょりょ?家名があるだか?おめえお偉いさんだか?」
「はあ?何をさっきから言っているんだ?おっさん」
「ナハハ!おっさんだか!そうだ、おらはおっさんだ!で、おめえは何でここにいるんだか?」
「それは俺が知りたいよ・・・」
「ははーん。やっぱりおめえ異世界人だな、ここの世界に来てまだ間もないだか?」
ラファエルは訝しむ。
(何なんだよさっきから異世界人って・・・俺のことか?・・・もしかして・・・俺は異世界に来たってことなのか?・・・ちょっと待て・・・俺はさっき・・・屋上から・・・そうか・・・そうなのか・・・俺はだ終わって無いのか!これは現実なんだ!)
ラファエルは歓喜した。
終わった筈の人生がまだ先があったのだと。
世界が俺の請願に答えたのだと。
そしてラファエルは考えを固める、それは自分に都合の良い方向へと。
(俺は死んでいない。これは世界が俺を死なせるには勿体ないと思ったのだろう。そうだ、そうに違いない!俺は天才だ!死なせる訳にはいかなかったということだ、そうに決まっている・・・そしてこの商人風情の者がいう通り、俺はこの世界にとっては異世界人なのだろう。この世界で俺はやり直せるということだな。否、やり直せということなんだろ?・・・いいさ・・・やってやる・・・俺の有用性を知らしめてやるよ‼俺は天才なんでね‼)
一度砕かれた心が再び形を成そうとしていた。
世界にとってはよく無い方向に。
「異世界人、ラファエルだか?それでおめえ、これからどうすんだ?行く当てはあるだか?」
「いや・・・無い。そもそも何で話が出来ているんだ?さっきは言葉なんて理解出来ていなかったはず・・・」
「なんでだか?おらには分かんねえだ」
(それよりも、このおっさんが言う通り、行く当てなんてどこにもない。それにこの世界の事を俺は何も知らない。どうしたものか・・・)
「おめえ、なんならおらの所に来るだか?おらは小さな商店を開いているだ。ちょうど住み込みの社員が退職して間もないだ、どうだ?おらの所で住み込みで働いてみるだか?」
ラファエルに再び幸運が舞戻ってきた。
(これは助かる、食い扶持と住む家が同時に舞い込んできたぞ・・・待てよ・・・俺の現状を知って低賃金で労働させようってことか?・・・否、身なりや顔を見る限り、そんな類の人物ではなさそうだ。お人好しなのが見え見えだ)
「ああ、助かる。そうさせて貰うとしよう。ところでおっさんの事をなんて呼べばいいんだ?」
「おらの事はザックおじさんとでも呼んでくれるだか?皆なそう呼んでるだ」
「ザックおじさん、よろしく頼む」
ラファエルは立ち上がると右手を差し出した。
ザックおじさんは握り返すと、
「うんだ、こちらこそよろしくだ」
ニコニコと喜んでいた。
こうしてラファエルはザックおじさんに着いて行くことになった。
ザックおじさんのお店は、所謂道具屋だった。
取り扱う品目は多い。
生活必需品が中心ではあるのだが、様々な品物が所狭しと並んでいる。
防具や武器もある。
中には魔道具まで取り揃えていた。
ラファエルには二階の一部屋が貸し与えられた。
狭く小さな部屋ではあったが、ラファエルは文句を言わなかった。
今日は食事を取って、眠ることになった。
食事も味気ない物であったが、腹を満たせただけ益しと受け止めていた。
ラファエルにとっては味を感じる食事など久しぶりなのだ。
食事の最中にラファエルはザックおじさんに、この世界について教えて貰おうと考えていたが、ザックおじさんからそんなことは何時でも学べるからと、食事を優先する様に促された。
ザックおじさんの計らいで、疲れているだろうからと、早々にラファエルは眠りに着くことになった。
だがラファエルは直ぐには眠れなかった。
ラファエルは興奮していたのだ。
新たなスタートを切れると喜んでいたからだ。
でもこれまでの自分が頭を過る。
精神が壊れてからの自分の事はあまり覚えていなかった。
所々記憶はあるのだが、思い返したくはなかった。
ベルーナでの栄光はまるで遠い過去だと感じていた。
(俺は何処で間違ったのだろうか?・・・)
ラファエルは考えを巡らせる。
(俺の何処に落ち度があったというのか?・・・否、俺は間違ってなどいない。俺から離れていった奴らが間違っているのだ)
ここに来てなお反省しないラファエル。
(まあいい・・・こうして再スタートを切ったのだ。必ず上手くやってみせる。俺なら出来るはずだ。俺の王国を築いてみせるぞ!)
こうして夜は更けていったのだった。
翌朝、朝食が出来たとザックおじさんにラファエルは叩き起こされた。
とても深い睡眠がとれたことにラファエルは満足感を覚えていた。
実に数年ぶりに真面に寝られた気分だった。
朝食も呆気ない物であったが、ラファエルにとっては味を感じることに満足出来ていた。
堅いパンと薄味のスープ。
栄養など一切無さそうな食事ではあるのだが、そんなことは今のラファエルにはどうでもよかった。
「それで、ザックおじさん。俺はどんな仕事をすればいいんだ?」
「おりょりょ?ラファエル、やる気満々だか?」
「そりゃあそうよ、ザックおじさんには拾って貰った恩があるからな。たくさん働いて早く恩返しをしないとな」
「なはは!大いに結構、ラファエルにはまず店の事を知って貰うだ、取り扱う商品のこと、来店してくれるお客さんの対応、そうすることでこの世界の事も次第に分かってくるだ」
(このおじさん、案外思慮深いんだな、ただのお人好しではなさそうだ)
「それで?」
「そうしたら、その先は好きにしてくれていいだ」
「はあ?好きにするって・・・」
(なんだこの抱擁感は・・・あり得ないだろう?・・・まあ俺にとっては自由が約束されて嬉しくはあるのだが・・・この世界ではこれが常識なのか?)
ラファエルは不思議な感覚に捕らわれていた。
今までに感じたことのない、自由である。
「おらには異世界人のことはよく分からないだ、これでもおらは商売人だ。人を見る目は持っているだ。おめえはここのお店で一生を終える様な器ではないだ。おめえには世界を変える何かがあるだよ」
ザックおじさんから思っても見ない一言が発せられた。
「えっ!」
ラファエルは頬を伝う涙を拭うことが出来なかった。
これまでラファエルは自分を認めさせようと必死だった。
でも目の前にいる、冴えないおじさんからは、話も碌にしていないのに、自らを認めてくれる一言が飛び出してきたのだ、それも最大限の。
ラファエルは生れて初めて涙を流した。
抑えきれない感情に飲み込まれそうだった。
でもその感情は嬉しいものであり、ラファエルにとってはこれまでの自分を変えるほどの衝撃だった。
ラファエルは優しさに包まれている気分だった。
そんなラファエルをザックおじさんは笑顔で見つめていた。
こうしてラファエルの異世界での生活が始まった。
ラファエルは一生懸命働いた。
そしてザックおじさんの言う通り、お店の事を知れば知るほど、この世界の事を理解出来てきたのだった。
まずラファエルが住むこの国は『イヤーズ』という国であること。
世界は平和で、戦争などは皆無であること、多少の国家間での小競り合いはないことはないが、大きな争いに発展することはあり得ないことだった。
文化レベルは中世ヨーロッパぐらいであり、文化的な暮らしをしてきたラファエルにとっては少々物足りなさを感じていた。
だがラファエルは魔道具に心を掴まれた。
それと同時にこの世界には魔法があるということを知った。
現代の地球にはない、極めて価値の高い社会形態であると認識したのである。
さらにラファエルは自分にも魔法の適正があることを理解した。
現在のラファエルのステータスは以下の通りである。
『鑑定』
名前:ラファエル・バーンズ
種族:異世界人
職業:商人見習いLv3
神気:0
体力:345
魔力:368
能力:土魔法Lv1 火魔法LV1 鑑定魔法LV1 催眠魔法LV1
ラファエルは衝撃を覚えた。
始めて使った魔法は土魔法だった。
当初は魔法の発動に苦しんだが、コツを掴むことが得意なラファエルは直ぐに魔力の流れを掴むことが出来た。
地面から土が盛り上がる様を見た時は感動を覚えたものだった。
そして催眠魔法は使わないことをラファエルは決心した。
どうしてこんな魔法が使えるのかラファエルは理解に苦しんだが、これは固有魔法であり、ラファエルの特性に応じて根付いた魔法であった。
今のラファエルは催眠と距離を置きたい気分だった。
地球の頃を思い出させる催眠には忌避感があったからだ。
だが鑑定魔法をラファエルは大いに使用した。
というのも、鑑定を行うのはあまり褒められたことでは無いと、ザックおじさんからは咎められていたのだが、ある客がザックおじさんのお店で窃盗を働いたことが切っ掛けで、ラファエルは問答無用で鑑定魔法を使うことになっていたのである。
自衛としては許されるであろうと考えたからだ。
それにラファエルとしても、ザックおじさんのお店に悪意を向けられることは許せなかった。
それほどまでにラファエルにとっては、ザックおじさんとそのお店は大切な存在になっていたのである。
ラファエルはそんな自分を好きになっていた。
自分以外の者にこんなに愛情を注げることに喜びを感じていたのだ。
そんなラファエルに、ザックおじさんも優しく接した。
時には厳しく叱責することもあったが、ラファエルもザックおじさんの言う事には耳を傾けた。
それほどまでにラファエルは、ザックおじさんを信頼していた。
遠目には二人の関係は親子のそれに見えていた。
肉親で無い事が嘘の様に二人は仲が良く、そしてお互いを信用していた。
ラファエルはこの世界の文明が低い事に速い段階から気づいていた。
だが、これを大きく変えるには資金が必要な事も分かっていた。
自らの力だけではインフラを整備するほどの力は無いと理解していたのだ。
そこでラファエルは魔道具に目を付けた。
魔石が潤沢にある北半球では魔石の価値は南半球程高くはない。
魔道具もいくらでもある、ありふれた道具だった。
魔石に可能性を感じたラファエルは自らの資金において、魔道具を造ることにした。
最初に手を付けたのは、魔道コンロの開発である。
火魔法を持つ者にとっては必要を感じない物ではあったが、火魔法の適正の有る者は全体の二割程度であることを知ったラファエルは、必ず魔道コンロはヒット商品になると考えたのだ。
ラファエルはザックおじさんの協力の元、魔道コンロの開発に必要となる人物を紹介して貰い、商品の完成に漕ぎつけた。
魔道コンロの販売当初はいまいちの売行きであった。
そこでラファエルは自ら店頭に立ち、まるでテレビショッピングの様に面白可笑しく商品を宣伝しだしたのだ。
それはまるでバナナの叩き売りともとれた。
これが面白いぐらいにウケた。
飛ぶ様に魔道コンロは売れ、ラファエルの睨んだ通り、ヒット作品となっていた。
ラファエルは有頂天になった。
自らの能力に鼻を高くしたのだった。
ラファエルの悪い癖が再発しだしたかに思えたが、そうは成らなかった。
それを抑え込んだのはザックおじさんだ。
「ラファエル、おめえは凄えが今回の成功はおめえだけのものではないだ。手伝ってくれた鍛冶職人や、おめえの商品が良いと口コミしてくれたお客様のお陰だ。決して自分だけの手柄とは思うでねえだ」
こう口酸っぱくラファエルに言い続けたのだ。
ラファエルも、
「ザックおじさん、分かってるっての、それ言うの何回目だよ?」
と受け止めていた。
このザックおじさんの苦言が無ければ、ラファエルはまた自信過剰になっていただろう。
そして同じ過ちを繰り返すことになっていたに違いない。
ラファエルはそこで得た資金を基に、新たに魔道具を開発していくことになる。
そのどれもがヒット商品となっていく。
特に冷蔵庫の売れ行きは凄かった。
氷魔法と風魔法を付与した魔石を、鉄で囲まれた立方体に備えつけ、冷蔵庫の劣化版が出来上がっていた。
この商品の難は、取っ手まで冷えてしまい開け締めする時に、冷っとすることだった。
だがそんな些事は気にするなと、ラファエルはその商品の有効性を説き、国中に向けて販売を行ったのである。
これは革命的なことである。
これまでの、食料品の保存期間が飛躍的に伸びると、誰もが競い合う様に買い漁っていたのだった。
そんなラファエルに世間が注目を集めるのは必然であった。
ラファエルは好意的にそれを受け止めていた。
自分に注目が集まることが大好物なラファエルである。
放置すればすぐにでもラファエルの鼻は何処までも高くなる。
しかしそこにはザックおじさんの苦言が入る。
ここでもまた、ザックおじさんがラファエルを救っていた。
ラファエルはまだ本質的に変われた訳ではないのだ。
簡単に元の傲慢な自分に戻ることができる。
まだまだ危うい精神状態なのだ。
ザックおじさんとの出会いはラファエルにとって本当の幸運であった。
この冴えないおじさんが、実にラファエルの精神安定剤の役割を得ていたのだ。
そしてラファエルとザックおじさんに一報が届く。
それは王城に来て、国王に謁見して欲しいとの話だった。
これにザックおじさんは大喜びしていた。
小躍りするほどの喜び様にラファエルまで嬉しくなっていた。
これで多少は恩返しが出来たと胸を撫で降ろした。
「ラファエル!これは凄いことだで、おめえ遂にやったな!おらは誇らしいだで!」
「何言ってるんだ、ザックおじさん。これもザックおじさんが支えてくれたからじゃないか?」
「ラファエル・・・おめえ・・・泣けること言うんじゃねえだか。泣いちまうだろ。止めるだ!」
ザックおじさんは涙を流していた。
それを誇らしくラファエルは眺めていた。
国王に謁見する時がやってきた。
この日の為にとザックおじさんが用意した一張羅を着込んでいる。
なにもそこまでしなくてもとラファエルは思ったのだが、言うのは止めておいた。
ザックおじさんの喜び様に、水を差す気にはなれなかったからだ。
ラファエルはザックおじさんの為にと、趣味では無かったが付き合うことにした。
お店の前に王城からの使者と馬車が到着した。
それを緊張した面持ちでザックおじさんが迎えていた。
その様を見てラファエルは、
「ザックおじさん、緊張しすぎだろ?もっと肩の力を抜けよ」
「ラファエル・・・そうともいかねえだ、だって国王様と会うんだで」
「そうはいうけどよ、王様だって同じ人間だろうが?」
「まあ・・・だな」
ザックおじさんの歯切れは悪い。
「異世界人の俺にはよく分からんが、そんなに王様は偉いのか?それに王様に会うことがそんなに栄誉なことなのかよ?さっきも言ったけどよ、同じ人間なんだぜ。たまたま王家に生まれただけのことだろうが?」
ザックおじさんは何も言い返すことは出来なかった。
「まあよう、気楽に行こうぜ!」
ラファエルは呑気に言う。
ラファエルにとっては王様だろうが一人の人間であるというスタンスである。
実にアメリカ育ちの価値観であった。
ラファエルは何処までも実力主義者なのである。
国王であれど、その人的価値が低ければ、彼にとっては一般人と変わらない。
その立場には憧れはあるのだが、あくまでその所業を見させて貰うと、高圧的な態度は崩さない。
アメリカの大統領であっても、無能と判断したら認めることはないのだ。
ここの本質的な部分に関しては、ザックおじさんでも変えることは出来なかった。
否、反論できなかったのだ。
そして遂に両者は『イヤーズ』の国王と謁見することになったのだった。
人の往来が激しく、馬車が行き来している。
なんだこれは?とラファエルは我が目を疑っていた。
余りのことにショックを受けて、身体が固まっている。
もしかして精神のいかれた俺は幻覚を見ているのかと、ラファエルは戸惑っていた。
そこにとある人物がラファエルを呼びかける。
人の好さそうな、お腹のポッコリと出た初老の男性だった。
「ビビビビビビ・・・」
ラファエルにはそう聞こえた。
混乱した頭にこれまで聞いたことがない言語に、脳がついてこれいていなかったのだ。
話し掛けてきた人物を無視してラファエルは周りを見回す。
(ここは何処だ?・・・英国の田舎か?・・・否、そうでもないぞ・・・町並みは似ているが、文化的な物を見かけない・・・なんなんだいったい!どうなっているんだ?)
彼は現状を理解しようと必死になる。
頭を巡らせて思考を始めた。
それはラファエルには僥倖だったといえる。
精神を病んでいたラファエルには、一つのショック療法の様な効果が表れていたのだ。
彼の壊れた精神が徐々に回復しつつあったのだ。
そしてじんわりと話し掛けてくる人物の話に耳を傾けることができてくる。
「お・、な・をして・るだ?」
徐々に言葉が理解出来てきた。
「おめえ、何をしているだ?」
(何って?俺が聞きたいよ。なんだこいつ?)
ラファエルはその人物を見上げた。
「おめえ、もしかして異世界人だか?そんな服装の者をおいらは見たことがないだよ」
(異世界人?このおっさん何を言ってやがる?なんだよ異世界人って?・・・俺のことか?)
「おめえ、名はなんというだ?」
名を問われてラファエルは思わず返事してしまっていた。
「俺はラファエル・バーンズだ」
「おりょりょ?家名があるだか?おめえお偉いさんだか?」
「はあ?何をさっきから言っているんだ?おっさん」
「ナハハ!おっさんだか!そうだ、おらはおっさんだ!で、おめえは何でここにいるんだか?」
「それは俺が知りたいよ・・・」
「ははーん。やっぱりおめえ異世界人だな、ここの世界に来てまだ間もないだか?」
ラファエルは訝しむ。
(何なんだよさっきから異世界人って・・・俺のことか?・・・もしかして・・・俺は異世界に来たってことなのか?・・・ちょっと待て・・・俺はさっき・・・屋上から・・・そうか・・・そうなのか・・・俺はだ終わって無いのか!これは現実なんだ!)
ラファエルは歓喜した。
終わった筈の人生がまだ先があったのだと。
世界が俺の請願に答えたのだと。
そしてラファエルは考えを固める、それは自分に都合の良い方向へと。
(俺は死んでいない。これは世界が俺を死なせるには勿体ないと思ったのだろう。そうだ、そうに違いない!俺は天才だ!死なせる訳にはいかなかったということだ、そうに決まっている・・・そしてこの商人風情の者がいう通り、俺はこの世界にとっては異世界人なのだろう。この世界で俺はやり直せるということだな。否、やり直せということなんだろ?・・・いいさ・・・やってやる・・・俺の有用性を知らしめてやるよ‼俺は天才なんでね‼)
一度砕かれた心が再び形を成そうとしていた。
世界にとってはよく無い方向に。
「異世界人、ラファエルだか?それでおめえ、これからどうすんだ?行く当てはあるだか?」
「いや・・・無い。そもそも何で話が出来ているんだ?さっきは言葉なんて理解出来ていなかったはず・・・」
「なんでだか?おらには分かんねえだ」
(それよりも、このおっさんが言う通り、行く当てなんてどこにもない。それにこの世界の事を俺は何も知らない。どうしたものか・・・)
「おめえ、なんならおらの所に来るだか?おらは小さな商店を開いているだ。ちょうど住み込みの社員が退職して間もないだ、どうだ?おらの所で住み込みで働いてみるだか?」
ラファエルに再び幸運が舞戻ってきた。
(これは助かる、食い扶持と住む家が同時に舞い込んできたぞ・・・待てよ・・・俺の現状を知って低賃金で労働させようってことか?・・・否、身なりや顔を見る限り、そんな類の人物ではなさそうだ。お人好しなのが見え見えだ)
「ああ、助かる。そうさせて貰うとしよう。ところでおっさんの事をなんて呼べばいいんだ?」
「おらの事はザックおじさんとでも呼んでくれるだか?皆なそう呼んでるだ」
「ザックおじさん、よろしく頼む」
ラファエルは立ち上がると右手を差し出した。
ザックおじさんは握り返すと、
「うんだ、こちらこそよろしくだ」
ニコニコと喜んでいた。
こうしてラファエルはザックおじさんに着いて行くことになった。
ザックおじさんのお店は、所謂道具屋だった。
取り扱う品目は多い。
生活必需品が中心ではあるのだが、様々な品物が所狭しと並んでいる。
防具や武器もある。
中には魔道具まで取り揃えていた。
ラファエルには二階の一部屋が貸し与えられた。
狭く小さな部屋ではあったが、ラファエルは文句を言わなかった。
今日は食事を取って、眠ることになった。
食事も味気ない物であったが、腹を満たせただけ益しと受け止めていた。
ラファエルにとっては味を感じる食事など久しぶりなのだ。
食事の最中にラファエルはザックおじさんに、この世界について教えて貰おうと考えていたが、ザックおじさんからそんなことは何時でも学べるからと、食事を優先する様に促された。
ザックおじさんの計らいで、疲れているだろうからと、早々にラファエルは眠りに着くことになった。
だがラファエルは直ぐには眠れなかった。
ラファエルは興奮していたのだ。
新たなスタートを切れると喜んでいたからだ。
でもこれまでの自分が頭を過る。
精神が壊れてからの自分の事はあまり覚えていなかった。
所々記憶はあるのだが、思い返したくはなかった。
ベルーナでの栄光はまるで遠い過去だと感じていた。
(俺は何処で間違ったのだろうか?・・・)
ラファエルは考えを巡らせる。
(俺の何処に落ち度があったというのか?・・・否、俺は間違ってなどいない。俺から離れていった奴らが間違っているのだ)
ここに来てなお反省しないラファエル。
(まあいい・・・こうして再スタートを切ったのだ。必ず上手くやってみせる。俺なら出来るはずだ。俺の王国を築いてみせるぞ!)
こうして夜は更けていったのだった。
翌朝、朝食が出来たとザックおじさんにラファエルは叩き起こされた。
とても深い睡眠がとれたことにラファエルは満足感を覚えていた。
実に数年ぶりに真面に寝られた気分だった。
朝食も呆気ない物であったが、ラファエルにとっては味を感じることに満足出来ていた。
堅いパンと薄味のスープ。
栄養など一切無さそうな食事ではあるのだが、そんなことは今のラファエルにはどうでもよかった。
「それで、ザックおじさん。俺はどんな仕事をすればいいんだ?」
「おりょりょ?ラファエル、やる気満々だか?」
「そりゃあそうよ、ザックおじさんには拾って貰った恩があるからな。たくさん働いて早く恩返しをしないとな」
「なはは!大いに結構、ラファエルにはまず店の事を知って貰うだ、取り扱う商品のこと、来店してくれるお客さんの対応、そうすることでこの世界の事も次第に分かってくるだ」
(このおじさん、案外思慮深いんだな、ただのお人好しではなさそうだ)
「それで?」
「そうしたら、その先は好きにしてくれていいだ」
「はあ?好きにするって・・・」
(なんだこの抱擁感は・・・あり得ないだろう?・・・まあ俺にとっては自由が約束されて嬉しくはあるのだが・・・この世界ではこれが常識なのか?)
ラファエルは不思議な感覚に捕らわれていた。
今までに感じたことのない、自由である。
「おらには異世界人のことはよく分からないだ、これでもおらは商売人だ。人を見る目は持っているだ。おめえはここのお店で一生を終える様な器ではないだ。おめえには世界を変える何かがあるだよ」
ザックおじさんから思っても見ない一言が発せられた。
「えっ!」
ラファエルは頬を伝う涙を拭うことが出来なかった。
これまでラファエルは自分を認めさせようと必死だった。
でも目の前にいる、冴えないおじさんからは、話も碌にしていないのに、自らを認めてくれる一言が飛び出してきたのだ、それも最大限の。
ラファエルは生れて初めて涙を流した。
抑えきれない感情に飲み込まれそうだった。
でもその感情は嬉しいものであり、ラファエルにとってはこれまでの自分を変えるほどの衝撃だった。
ラファエルは優しさに包まれている気分だった。
そんなラファエルをザックおじさんは笑顔で見つめていた。
こうしてラファエルの異世界での生活が始まった。
ラファエルは一生懸命働いた。
そしてザックおじさんの言う通り、お店の事を知れば知るほど、この世界の事を理解出来てきたのだった。
まずラファエルが住むこの国は『イヤーズ』という国であること。
世界は平和で、戦争などは皆無であること、多少の国家間での小競り合いはないことはないが、大きな争いに発展することはあり得ないことだった。
文化レベルは中世ヨーロッパぐらいであり、文化的な暮らしをしてきたラファエルにとっては少々物足りなさを感じていた。
だがラファエルは魔道具に心を掴まれた。
それと同時にこの世界には魔法があるということを知った。
現代の地球にはない、極めて価値の高い社会形態であると認識したのである。
さらにラファエルは自分にも魔法の適正があることを理解した。
現在のラファエルのステータスは以下の通りである。
『鑑定』
名前:ラファエル・バーンズ
種族:異世界人
職業:商人見習いLv3
神気:0
体力:345
魔力:368
能力:土魔法Lv1 火魔法LV1 鑑定魔法LV1 催眠魔法LV1
ラファエルは衝撃を覚えた。
始めて使った魔法は土魔法だった。
当初は魔法の発動に苦しんだが、コツを掴むことが得意なラファエルは直ぐに魔力の流れを掴むことが出来た。
地面から土が盛り上がる様を見た時は感動を覚えたものだった。
そして催眠魔法は使わないことをラファエルは決心した。
どうしてこんな魔法が使えるのかラファエルは理解に苦しんだが、これは固有魔法であり、ラファエルの特性に応じて根付いた魔法であった。
今のラファエルは催眠と距離を置きたい気分だった。
地球の頃を思い出させる催眠には忌避感があったからだ。
だが鑑定魔法をラファエルは大いに使用した。
というのも、鑑定を行うのはあまり褒められたことでは無いと、ザックおじさんからは咎められていたのだが、ある客がザックおじさんのお店で窃盗を働いたことが切っ掛けで、ラファエルは問答無用で鑑定魔法を使うことになっていたのである。
自衛としては許されるであろうと考えたからだ。
それにラファエルとしても、ザックおじさんのお店に悪意を向けられることは許せなかった。
それほどまでにラファエルにとっては、ザックおじさんとそのお店は大切な存在になっていたのである。
ラファエルはそんな自分を好きになっていた。
自分以外の者にこんなに愛情を注げることに喜びを感じていたのだ。
そんなラファエルに、ザックおじさんも優しく接した。
時には厳しく叱責することもあったが、ラファエルもザックおじさんの言う事には耳を傾けた。
それほどまでにラファエルは、ザックおじさんを信頼していた。
遠目には二人の関係は親子のそれに見えていた。
肉親で無い事が嘘の様に二人は仲が良く、そしてお互いを信用していた。
ラファエルはこの世界の文明が低い事に速い段階から気づいていた。
だが、これを大きく変えるには資金が必要な事も分かっていた。
自らの力だけではインフラを整備するほどの力は無いと理解していたのだ。
そこでラファエルは魔道具に目を付けた。
魔石が潤沢にある北半球では魔石の価値は南半球程高くはない。
魔道具もいくらでもある、ありふれた道具だった。
魔石に可能性を感じたラファエルは自らの資金において、魔道具を造ることにした。
最初に手を付けたのは、魔道コンロの開発である。
火魔法を持つ者にとっては必要を感じない物ではあったが、火魔法の適正の有る者は全体の二割程度であることを知ったラファエルは、必ず魔道コンロはヒット商品になると考えたのだ。
ラファエルはザックおじさんの協力の元、魔道コンロの開発に必要となる人物を紹介して貰い、商品の完成に漕ぎつけた。
魔道コンロの販売当初はいまいちの売行きであった。
そこでラファエルは自ら店頭に立ち、まるでテレビショッピングの様に面白可笑しく商品を宣伝しだしたのだ。
それはまるでバナナの叩き売りともとれた。
これが面白いぐらいにウケた。
飛ぶ様に魔道コンロは売れ、ラファエルの睨んだ通り、ヒット作品となっていた。
ラファエルは有頂天になった。
自らの能力に鼻を高くしたのだった。
ラファエルの悪い癖が再発しだしたかに思えたが、そうは成らなかった。
それを抑え込んだのはザックおじさんだ。
「ラファエル、おめえは凄えが今回の成功はおめえだけのものではないだ。手伝ってくれた鍛冶職人や、おめえの商品が良いと口コミしてくれたお客様のお陰だ。決して自分だけの手柄とは思うでねえだ」
こう口酸っぱくラファエルに言い続けたのだ。
ラファエルも、
「ザックおじさん、分かってるっての、それ言うの何回目だよ?」
と受け止めていた。
このザックおじさんの苦言が無ければ、ラファエルはまた自信過剰になっていただろう。
そして同じ過ちを繰り返すことになっていたに違いない。
ラファエルはそこで得た資金を基に、新たに魔道具を開発していくことになる。
そのどれもがヒット商品となっていく。
特に冷蔵庫の売れ行きは凄かった。
氷魔法と風魔法を付与した魔石を、鉄で囲まれた立方体に備えつけ、冷蔵庫の劣化版が出来上がっていた。
この商品の難は、取っ手まで冷えてしまい開け締めする時に、冷っとすることだった。
だがそんな些事は気にするなと、ラファエルはその商品の有効性を説き、国中に向けて販売を行ったのである。
これは革命的なことである。
これまでの、食料品の保存期間が飛躍的に伸びると、誰もが競い合う様に買い漁っていたのだった。
そんなラファエルに世間が注目を集めるのは必然であった。
ラファエルは好意的にそれを受け止めていた。
自分に注目が集まることが大好物なラファエルである。
放置すればすぐにでもラファエルの鼻は何処までも高くなる。
しかしそこにはザックおじさんの苦言が入る。
ここでもまた、ザックおじさんがラファエルを救っていた。
ラファエルはまだ本質的に変われた訳ではないのだ。
簡単に元の傲慢な自分に戻ることができる。
まだまだ危うい精神状態なのだ。
ザックおじさんとの出会いはラファエルにとって本当の幸運であった。
この冴えないおじさんが、実にラファエルの精神安定剤の役割を得ていたのだ。
そしてラファエルとザックおじさんに一報が届く。
それは王城に来て、国王に謁見して欲しいとの話だった。
これにザックおじさんは大喜びしていた。
小躍りするほどの喜び様にラファエルまで嬉しくなっていた。
これで多少は恩返しが出来たと胸を撫で降ろした。
「ラファエル!これは凄いことだで、おめえ遂にやったな!おらは誇らしいだで!」
「何言ってるんだ、ザックおじさん。これもザックおじさんが支えてくれたからじゃないか?」
「ラファエル・・・おめえ・・・泣けること言うんじゃねえだか。泣いちまうだろ。止めるだ!」
ザックおじさんは涙を流していた。
それを誇らしくラファエルは眺めていた。
国王に謁見する時がやってきた。
この日の為にとザックおじさんが用意した一張羅を着込んでいる。
なにもそこまでしなくてもとラファエルは思ったのだが、言うのは止めておいた。
ザックおじさんの喜び様に、水を差す気にはなれなかったからだ。
ラファエルはザックおじさんの為にと、趣味では無かったが付き合うことにした。
お店の前に王城からの使者と馬車が到着した。
それを緊張した面持ちでザックおじさんが迎えていた。
その様を見てラファエルは、
「ザックおじさん、緊張しすぎだろ?もっと肩の力を抜けよ」
「ラファエル・・・そうともいかねえだ、だって国王様と会うんだで」
「そうはいうけどよ、王様だって同じ人間だろうが?」
「まあ・・・だな」
ザックおじさんの歯切れは悪い。
「異世界人の俺にはよく分からんが、そんなに王様は偉いのか?それに王様に会うことがそんなに栄誉なことなのかよ?さっきも言ったけどよ、同じ人間なんだぜ。たまたま王家に生まれただけのことだろうが?」
ザックおじさんは何も言い返すことは出来なかった。
「まあよう、気楽に行こうぜ!」
ラファエルは呑気に言う。
ラファエルにとっては王様だろうが一人の人間であるというスタンスである。
実にアメリカ育ちの価値観であった。
ラファエルは何処までも実力主義者なのである。
国王であれど、その人的価値が低ければ、彼にとっては一般人と変わらない。
その立場には憧れはあるのだが、あくまでその所業を見させて貰うと、高圧的な態度は崩さない。
アメリカの大統領であっても、無能と判断したら認めることはないのだ。
ここの本質的な部分に関しては、ザックおじさんでも変えることは出来なかった。
否、反論できなかったのだ。
そして遂に両者は『イヤーズ』の国王と謁見することになったのだった。
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