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Another side 2 後編
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結構甘め?ですが、大空さんは出てきません。
読み飛ばしてもらっても大丈夫です
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
~side REI~
「ウワ…」
部活に入っていない俺は、運動不足に陥らないように、家に帰ったらまず、犬の散歩ついでに走る。
いつものコースを回って家に戻り、玄関のドアを開けた。
そして、冒頭の台詞である。
そこには、家を出た時にはなかった2足の女物の履物。いつもは家にいない姉と妹のだ。
「…もう一周行くか、ロイ」
「クゥン?」
「あらぁ、おかえりなさぁ~い」
愛犬に声をかけ踵を返した瞬間、後から間延びした声がかけられる。恐る恐る振り向けば、頬に手を当て優雅に微笑む姉の姿が。
「ワフッ!」
「うふふふ、ロイは相変わらず元気ねぇ~。
ほら、怜もあがりなさぁい」
「.......」
ロイの足を拭き、自分も靴を脱いで渋々家に上がる。
姉だけ、妹だけ、と単体なら構わないのだ。だが、経験上、このふたりが一緒にいて俺に火の粉がかからなかったことがない。
「あ、お兄ちゃんおかえりー」
「あぁ」
「もぅ!そこはただいまでしょ!」
シャワーを浴びに向かう途中で妹に話しかけられたが、適当に受け流す。
浴室から出たくないのが本音だが、そうもいかないので、部屋着を着て部屋を出る。
水分を取ろうと、タオルで頭を拭きながら、ダイニングに向かえば、食卓の椅子に座って女二人が話に花を咲かせていた。
ウェーブがかかった暗めの金髪を下ろしているのが、3つ上の姉の萊。大学二年生で、今は一人暮らしをしている。
一方、明るい金髪を耳上でツインテールにしたのが一つ下の妹、琉。大空に初めてしてもらったものだから、と昔からずっとこの髪型だ。大空を追いかけて同じ女子校に入り、普段は寮で生活している。
瞳の色は、それぞれ薄い茶色と明るい緑。
2人とも美形の部類に入るとは思う、喋らなければ。美人な姉妹がいて羨ましいと人は言うが、中身を知れば幻滅すること間違いなしだ。
冷蔵庫から飲み物を取り出し、そのまま向かいのリビングへ。足元で寝転んでいるロイをわしわしと撫でる。
背後で2人が話す声が聞こえる。
「見て見て、お姉ちゃん!
これ最近の自信作なの!」
「あらぁ~、上手に撮れてるじゃなぁ~い」
「でしょでしょ!」
琉は写真部に入っていて、今も一眼レフを操作しては姉貴に見せている。
写真の被写体は見なくてもわかる、全部大空だ。
2人とも昔から大空を溺愛していて、集まった時は大空の話ばかりしている。
「はぁ、どのお姉様も素敵ですわ」
振り返って後悔した。琉が恍惚とした表情でカメラの画面を眺めていたのだ。
琉は、とにかく大空が大好きだ。大海に匹敵するほどと言えば、やばさが伝わると思う。
そして、大空の前ではお嬢様言葉になる。確か、敬愛を通り越して、敬語を使うことさえ畏れ多く感じられて、行き着いた先がお嬢様言葉だったらしい。意味がわからん。
写真部に入ったのも合法的に大空の写真を撮るため。こんな変態じみた妹だが、カメラの腕は確からしく、何回も賞を取っている。でも、こんだけ大空ばっか撮っていても、コンテストの被写体に大空は決して使わない。
曰く、
『写真とはいえ、お姉様のお姿を穢れた大衆の目に無防備に晒すなんて考えられませんわ!』
とのこと。
実際、寮のくせに毎日朝と夕方、大空を家まで送り迎えしてるしな、あいつ。
大空の学校内での写真の提供を条件に、大海からその権利をもぎ取ったらしい。
琉は小さい頃から空手をやっていて結構強いし、何かあっても多少は対処できるだろうからって大海は言っていたけど、絶対写真に釣られただけだ。
「ホント大空ちゃんは可愛いわねぇ~。
妹にしたいわぁ~」
「私もお姉様の妹になりたいっ!」
「だそうよぉ、怜」
あぁ、やっぱり始まった。
俺は自室に戻ろうと立ち上がったが、さっきまで背を向けていた姉貴が俺の方を振り向いてにっこり笑って言い放った。
「…何が」
「怜も聞いていたでしょ~?
私たち、大空ちゃんと義姉妹になりたいのよぉ~」
「それが俺になんの関係があるんだよ」
「関係大あり!
お兄ちゃんがお姉様と結婚してくれたら、晴れて私はお姉様の義妹になれる!」
「なんで俺なんだよ、それなら姉貴が大地さんと結婚するのが1番早いだろ」
別々の大学に通っているとはいえ、未だに仲は良好なはずだ。
「大地ねぇ~。別に結婚しても構わないとは思うけどぉ~」
「けど何だよ」
「結婚してもきっと大地は私をほったらかして大空ちゃんばかり構うでしょぉ~?
それが続いたら私嫉妬しちゃうものぉ」
あぁ、可愛がっている相手とは言え、自分の彼氏が他の女子に構うのは嫌なのか、と少し感心した俺だったが、次の言葉を聞いてそんなこと思った自分を殴りたくなった。
「大地に」
「っ…」
語尾にハートをつけて堂々と言い放った姉に、俺は頬を引き攣らせた。
「お姉ちゃんの気持ちわかるわー。
もし太陽がコサックダンス踊りながら西から登ってくるようなことがあって、私が大海兄と結婚しても」
どんな確率だよ。
琉は大海と仲が悪い。犬猿の仲と言ってもいい程だ。大空への執着ぶりとかそっくりなのに、どうも反りが合わないらしい。
大体会ったら大空を争って喧嘩している。
「家に帰っと来ずに毎日お姉様のとこに行きそうだし…それってズルくない?
私も朝から晩までお姉様といたい!!
あぁ、想像したらムカついてきた。
爆発しないかな、あのシスコン」
「ということだから、怜が大空ちゃんと結婚してくれる他ないのよねぇ~。琉もこう言ってるしぃ~」
何が『ということ』なのか、誰か説明してくれ。
「お兄ちゃんとくっついてくれたら私達も気軽に家に入り浸れるしねー」
「なんなら、籍だけ入れて、大空ちゃんは私たちと一緒に住むのとかでもいいわよねぇ~」
「それ楽しそう!
お兄ちゃんは大海兄のとこでも行ってればいいしね!」
もうやだ、この姉妹。
俺は呆れてリビングに戻り、ソファに深く腰掛けた。
ロイが隣に寝そべったので、その毛を撫でる。女二人はさらに会話を続ける。
「まぁ、でもお兄ちゃんヘタレだから。いったいいつの話になるやら」
「そうねぇ~。
ただでさえ大空ちゃん鈍いのに、怜があの調子じゃあ、ただの幼馴染から抜け出せないわよねぇ~」
「AWOでは腹黒とか俺様とか言われてるのに、大事な相手の前ではヘタレとか残念すぎるでしょ」
「そんなはっきりと言ったら怜が泣いちゃうわよぉ~」
「え、それは困る!
お姉様以外の泣き顔とか需要がこれっぽっちもないじゃない!!」
お前らが勝手に言い出したんだろーが。
とは言わない。口に出したい気持ちは山々だが、一いえば必ず十返ってくる。それも1人ずつから。そうなったらもっとめんどくさい。
それと、俺はヘタレじゃねぇ。
なんか似たようなこと午前中にも言われたような。あぁ、陸か。次会ったらあいつ殴ろう。
「ワフッ」
「ロイ?」
…どうしてそんな慈悲深い目で俺を見てんの、お前。
その、しょうがないヤツめ、みたいな顔やめろ。俺は断じてヘタレじゃない!
ロイの視線から逃れるように反対方向を向けば、紐で縛られた雑誌類が無造作に積み重ねられていた。本の部類から見て琉のだろうな。少女漫画とかあるし。
なんとなく1番上に置いてあった少女漫画を手に取る。
その時、ふと俺が猫を被り始めたきっかけを思い出した。
あれは小6の卒業式。俺は好きだった女子に告白した。言っとくけど相手は大空じゃねぇからな。この時はただの幼馴染としか思ってなかったし。
けれど、彼女は『怜君って見た目は王子様みたいで好みなんだけど、言葉遣いとか全然王子様じゃないよね。私彼氏は完璧な王子様みたいな人がいいんだ』と言って俺を振った。
それまで何回か同じようなことを他人から言われたことがあるが、好きな人からも言われたということに結構ショックを受けたから、印象に残っている。
それから俺は家に帰って、琉から少女漫画を借りて読んだ。
本の中の優男は歯が浮くような台詞を平気で吐き、俺がこれを言うのかと思うと寒気がした。
『あれ、怜ちゃん何読んでるの?』
その日は卒業したお祝いを兼ねて一緒に晩御飯を食べようと天草一家が家に来ていた。
『少女漫画?』
大空がソファの後から俺の手元にある本を覗いて尋ねた。
『俺は見た目は王子だけど中身が王子じゃないって振られたから完璧な王子になってやろうと思って』
たしか俺はそんなことを言ったはず。
大空は暫し本と俺の顔を見比べていたが、いきなり笑い出した。
『何がおかしいんだよ』
『だ、って、怜ちゃん、こんな、キャラじゃ、ない、じゃん』
人が真剣に悩んでいたのに、コロコロと目の前で笑う大空。
『悪かったな、どうせ俺は口が悪い、偽王子ですよ』
『それは違うよ』
さっきまで笑っていた大空は急に真剣な顔になって、俺の隣に座った。
『確かに怜ちゃんは、見た目とかこの漫画の男の子みたいなのに、口は悪いし、割と短気だし、すぐ手が出るし』
『お前喧嘩売ってんの?』
『ほら殴ろうとする!
でも、そんな怜ちゃんだけど、私からしたら王子様に変わりはないよ』
『は?』
『だって、私が困っている時は文句を言いながらも必ず助けてくれるでしょう?
大海と怜ちゃんはいつだってそう。私がピンチの時はいつも駆けつけてくれる。
だからね、白馬に乗っていなくても言葉遣いが乱暴でも私にとって2人は立派な王子様なんだよ』
笑顔でそう言い切った大空を今でも覚えている。
その言葉で、心の中のつっかえがストンと取れた気がした。
そして多分、俺が大空のことを好きになった瞬間だと思う。
大空が本当の俺を知ってくれているなら周りからの評価はどうでもいいと思えた。
むしろ、非の打ち所のない完璧な王子演じてやろうと思った。きっとそれは、今まで、王子っぽくない、と本当の俺を見ようともしなかった奴らへの些細な復讐心。
幸い進学先の中学は受験がいるところで大海以外知り合いがいなかったから、俺は中学入学と同時に猫を被り始めた。
まぁ、今では大海の尻拭いにこの王子キャラが大いに役立ってるんだがな。
大空はあの言葉が俺を救ってくれたことを知らない。きっと言ったこと覚えてすらいないと思う。
もし大空の言葉がなかったら、俺はストレスを感じながらも王子の仮面を貼り付けて、本当の自分が何なのかわからなくなっていただろう。
自分を否定されるのを恐れて誰の前でも素を晒すことができない人間になっていたかもしれない。
それでもあの時大空がきっぱりとありのままの俺の存在を肯定してくれたから、俺は俺でいられる。
最近では、本来の俺が王子になるのは大空の前だけでいいとさえ思うから、尚更他人の前で完璧王子の仮面を進んで外そうとは思わなくなった。
1人思い出に耽っていると、琉の顔がにゅっと伸びてきて、俺の手元をちらっと見ると口を開いた。
「お兄ちゃんそれ読むならあげるよ。
私もういらないし。
でも、読んだところでヘタレは治らないと思うよ」
手に取った本の表紙に目を落とせば、そこには『俺様なKiss』と書かれた題名。
ちょっと待て、お前は何を勘違いした。
姉貴は姉貴で、それはわからないわよぉ~、とか言ってるし。
なんでこうなった!
陸か、あいつのせいか。
俺はその日、昼休みに交換した連絡先で、陸をAWOに半ば強引に引きずり出した。
そして、2人で強い敵に挑んでは、陸がデスペナになり、回復するまでひたすら闘技場で一方的にボコボコにする、というのを繰り返した。
少しスッキリした。
陸「俺超不憫!」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
怜さんはヘタレ(笑)
読み飛ばしてもらっても大丈夫です
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~side REI~
「ウワ…」
部活に入っていない俺は、運動不足に陥らないように、家に帰ったらまず、犬の散歩ついでに走る。
いつものコースを回って家に戻り、玄関のドアを開けた。
そして、冒頭の台詞である。
そこには、家を出た時にはなかった2足の女物の履物。いつもは家にいない姉と妹のだ。
「…もう一周行くか、ロイ」
「クゥン?」
「あらぁ、おかえりなさぁ~い」
愛犬に声をかけ踵を返した瞬間、後から間延びした声がかけられる。恐る恐る振り向けば、頬に手を当て優雅に微笑む姉の姿が。
「ワフッ!」
「うふふふ、ロイは相変わらず元気ねぇ~。
ほら、怜もあがりなさぁい」
「.......」
ロイの足を拭き、自分も靴を脱いで渋々家に上がる。
姉だけ、妹だけ、と単体なら構わないのだ。だが、経験上、このふたりが一緒にいて俺に火の粉がかからなかったことがない。
「あ、お兄ちゃんおかえりー」
「あぁ」
「もぅ!そこはただいまでしょ!」
シャワーを浴びに向かう途中で妹に話しかけられたが、適当に受け流す。
浴室から出たくないのが本音だが、そうもいかないので、部屋着を着て部屋を出る。
水分を取ろうと、タオルで頭を拭きながら、ダイニングに向かえば、食卓の椅子に座って女二人が話に花を咲かせていた。
ウェーブがかかった暗めの金髪を下ろしているのが、3つ上の姉の萊。大学二年生で、今は一人暮らしをしている。
一方、明るい金髪を耳上でツインテールにしたのが一つ下の妹、琉。大空に初めてしてもらったものだから、と昔からずっとこの髪型だ。大空を追いかけて同じ女子校に入り、普段は寮で生活している。
瞳の色は、それぞれ薄い茶色と明るい緑。
2人とも美形の部類に入るとは思う、喋らなければ。美人な姉妹がいて羨ましいと人は言うが、中身を知れば幻滅すること間違いなしだ。
冷蔵庫から飲み物を取り出し、そのまま向かいのリビングへ。足元で寝転んでいるロイをわしわしと撫でる。
背後で2人が話す声が聞こえる。
「見て見て、お姉ちゃん!
これ最近の自信作なの!」
「あらぁ~、上手に撮れてるじゃなぁ~い」
「でしょでしょ!」
琉は写真部に入っていて、今も一眼レフを操作しては姉貴に見せている。
写真の被写体は見なくてもわかる、全部大空だ。
2人とも昔から大空を溺愛していて、集まった時は大空の話ばかりしている。
「はぁ、どのお姉様も素敵ですわ」
振り返って後悔した。琉が恍惚とした表情でカメラの画面を眺めていたのだ。
琉は、とにかく大空が大好きだ。大海に匹敵するほどと言えば、やばさが伝わると思う。
そして、大空の前ではお嬢様言葉になる。確か、敬愛を通り越して、敬語を使うことさえ畏れ多く感じられて、行き着いた先がお嬢様言葉だったらしい。意味がわからん。
写真部に入ったのも合法的に大空の写真を撮るため。こんな変態じみた妹だが、カメラの腕は確からしく、何回も賞を取っている。でも、こんだけ大空ばっか撮っていても、コンテストの被写体に大空は決して使わない。
曰く、
『写真とはいえ、お姉様のお姿を穢れた大衆の目に無防備に晒すなんて考えられませんわ!』
とのこと。
実際、寮のくせに毎日朝と夕方、大空を家まで送り迎えしてるしな、あいつ。
大空の学校内での写真の提供を条件に、大海からその権利をもぎ取ったらしい。
琉は小さい頃から空手をやっていて結構強いし、何かあっても多少は対処できるだろうからって大海は言っていたけど、絶対写真に釣られただけだ。
「ホント大空ちゃんは可愛いわねぇ~。
妹にしたいわぁ~」
「私もお姉様の妹になりたいっ!」
「だそうよぉ、怜」
あぁ、やっぱり始まった。
俺は自室に戻ろうと立ち上がったが、さっきまで背を向けていた姉貴が俺の方を振り向いてにっこり笑って言い放った。
「…何が」
「怜も聞いていたでしょ~?
私たち、大空ちゃんと義姉妹になりたいのよぉ~」
「それが俺になんの関係があるんだよ」
「関係大あり!
お兄ちゃんがお姉様と結婚してくれたら、晴れて私はお姉様の義妹になれる!」
「なんで俺なんだよ、それなら姉貴が大地さんと結婚するのが1番早いだろ」
別々の大学に通っているとはいえ、未だに仲は良好なはずだ。
「大地ねぇ~。別に結婚しても構わないとは思うけどぉ~」
「けど何だよ」
「結婚してもきっと大地は私をほったらかして大空ちゃんばかり構うでしょぉ~?
それが続いたら私嫉妬しちゃうものぉ」
あぁ、可愛がっている相手とは言え、自分の彼氏が他の女子に構うのは嫌なのか、と少し感心した俺だったが、次の言葉を聞いてそんなこと思った自分を殴りたくなった。
「大地に」
「っ…」
語尾にハートをつけて堂々と言い放った姉に、俺は頬を引き攣らせた。
「お姉ちゃんの気持ちわかるわー。
もし太陽がコサックダンス踊りながら西から登ってくるようなことがあって、私が大海兄と結婚しても」
どんな確率だよ。
琉は大海と仲が悪い。犬猿の仲と言ってもいい程だ。大空への執着ぶりとかそっくりなのに、どうも反りが合わないらしい。
大体会ったら大空を争って喧嘩している。
「家に帰っと来ずに毎日お姉様のとこに行きそうだし…それってズルくない?
私も朝から晩までお姉様といたい!!
あぁ、想像したらムカついてきた。
爆発しないかな、あのシスコン」
「ということだから、怜が大空ちゃんと結婚してくれる他ないのよねぇ~。琉もこう言ってるしぃ~」
何が『ということ』なのか、誰か説明してくれ。
「お兄ちゃんとくっついてくれたら私達も気軽に家に入り浸れるしねー」
「なんなら、籍だけ入れて、大空ちゃんは私たちと一緒に住むのとかでもいいわよねぇ~」
「それ楽しそう!
お兄ちゃんは大海兄のとこでも行ってればいいしね!」
もうやだ、この姉妹。
俺は呆れてリビングに戻り、ソファに深く腰掛けた。
ロイが隣に寝そべったので、その毛を撫でる。女二人はさらに会話を続ける。
「まぁ、でもお兄ちゃんヘタレだから。いったいいつの話になるやら」
「そうねぇ~。
ただでさえ大空ちゃん鈍いのに、怜があの調子じゃあ、ただの幼馴染から抜け出せないわよねぇ~」
「AWOでは腹黒とか俺様とか言われてるのに、大事な相手の前ではヘタレとか残念すぎるでしょ」
「そんなはっきりと言ったら怜が泣いちゃうわよぉ~」
「え、それは困る!
お姉様以外の泣き顔とか需要がこれっぽっちもないじゃない!!」
お前らが勝手に言い出したんだろーが。
とは言わない。口に出したい気持ちは山々だが、一いえば必ず十返ってくる。それも1人ずつから。そうなったらもっとめんどくさい。
それと、俺はヘタレじゃねぇ。
なんか似たようなこと午前中にも言われたような。あぁ、陸か。次会ったらあいつ殴ろう。
「ワフッ」
「ロイ?」
…どうしてそんな慈悲深い目で俺を見てんの、お前。
その、しょうがないヤツめ、みたいな顔やめろ。俺は断じてヘタレじゃない!
ロイの視線から逃れるように反対方向を向けば、紐で縛られた雑誌類が無造作に積み重ねられていた。本の部類から見て琉のだろうな。少女漫画とかあるし。
なんとなく1番上に置いてあった少女漫画を手に取る。
その時、ふと俺が猫を被り始めたきっかけを思い出した。
あれは小6の卒業式。俺は好きだった女子に告白した。言っとくけど相手は大空じゃねぇからな。この時はただの幼馴染としか思ってなかったし。
けれど、彼女は『怜君って見た目は王子様みたいで好みなんだけど、言葉遣いとか全然王子様じゃないよね。私彼氏は完璧な王子様みたいな人がいいんだ』と言って俺を振った。
それまで何回か同じようなことを他人から言われたことがあるが、好きな人からも言われたということに結構ショックを受けたから、印象に残っている。
それから俺は家に帰って、琉から少女漫画を借りて読んだ。
本の中の優男は歯が浮くような台詞を平気で吐き、俺がこれを言うのかと思うと寒気がした。
『あれ、怜ちゃん何読んでるの?』
その日は卒業したお祝いを兼ねて一緒に晩御飯を食べようと天草一家が家に来ていた。
『少女漫画?』
大空がソファの後から俺の手元にある本を覗いて尋ねた。
『俺は見た目は王子だけど中身が王子じゃないって振られたから完璧な王子になってやろうと思って』
たしか俺はそんなことを言ったはず。
大空は暫し本と俺の顔を見比べていたが、いきなり笑い出した。
『何がおかしいんだよ』
『だ、って、怜ちゃん、こんな、キャラじゃ、ない、じゃん』
人が真剣に悩んでいたのに、コロコロと目の前で笑う大空。
『悪かったな、どうせ俺は口が悪い、偽王子ですよ』
『それは違うよ』
さっきまで笑っていた大空は急に真剣な顔になって、俺の隣に座った。
『確かに怜ちゃんは、見た目とかこの漫画の男の子みたいなのに、口は悪いし、割と短気だし、すぐ手が出るし』
『お前喧嘩売ってんの?』
『ほら殴ろうとする!
でも、そんな怜ちゃんだけど、私からしたら王子様に変わりはないよ』
『は?』
『だって、私が困っている時は文句を言いながらも必ず助けてくれるでしょう?
大海と怜ちゃんはいつだってそう。私がピンチの時はいつも駆けつけてくれる。
だからね、白馬に乗っていなくても言葉遣いが乱暴でも私にとって2人は立派な王子様なんだよ』
笑顔でそう言い切った大空を今でも覚えている。
その言葉で、心の中のつっかえがストンと取れた気がした。
そして多分、俺が大空のことを好きになった瞬間だと思う。
大空が本当の俺を知ってくれているなら周りからの評価はどうでもいいと思えた。
むしろ、非の打ち所のない完璧な王子演じてやろうと思った。きっとそれは、今まで、王子っぽくない、と本当の俺を見ようともしなかった奴らへの些細な復讐心。
幸い進学先の中学は受験がいるところで大海以外知り合いがいなかったから、俺は中学入学と同時に猫を被り始めた。
まぁ、今では大海の尻拭いにこの王子キャラが大いに役立ってるんだがな。
大空はあの言葉が俺を救ってくれたことを知らない。きっと言ったこと覚えてすらいないと思う。
もし大空の言葉がなかったら、俺はストレスを感じながらも王子の仮面を貼り付けて、本当の自分が何なのかわからなくなっていただろう。
自分を否定されるのを恐れて誰の前でも素を晒すことができない人間になっていたかもしれない。
それでもあの時大空がきっぱりとありのままの俺の存在を肯定してくれたから、俺は俺でいられる。
最近では、本来の俺が王子になるのは大空の前だけでいいとさえ思うから、尚更他人の前で完璧王子の仮面を進んで外そうとは思わなくなった。
1人思い出に耽っていると、琉の顔がにゅっと伸びてきて、俺の手元をちらっと見ると口を開いた。
「お兄ちゃんそれ読むならあげるよ。
私もういらないし。
でも、読んだところでヘタレは治らないと思うよ」
手に取った本の表紙に目を落とせば、そこには『俺様なKiss』と書かれた題名。
ちょっと待て、お前は何を勘違いした。
姉貴は姉貴で、それはわからないわよぉ~、とか言ってるし。
なんでこうなった!
陸か、あいつのせいか。
俺はその日、昼休みに交換した連絡先で、陸をAWOに半ば強引に引きずり出した。
そして、2人で強い敵に挑んでは、陸がデスペナになり、回復するまでひたすら闘技場で一方的にボコボコにする、というのを繰り返した。
少しスッキリした。
陸「俺超不憫!」
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怜さんはヘタレ(笑)
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