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祖母の自宅で
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ハローワークに行くような心境ではなかったけれど、甘ったれている余裕はない。
早く勤め先を決めなければ、アパートを借りることも出来ない。頼れる人は誰もいないのだ。
ハローワークはとても混雑していたけれど、介護施設の求人はすぐに見つけられた。
窓口の女性からいくつかの質問を受け、書類に必要事項を書き込んだ。
親切な受付の女性が施設側と連絡を取ってくださり、今週の木曜日に面接を受けることになった。
就職先はなんとかなりそうでも、気持ちが晴れることはなかった。悲しい気持ちを引きずったまま、ハローワークを後にした。
通帳には約八十万円程の貯金がある。潤一さんがくれた家事代行のバイト料と、人の家に居候していたので、失業保険の給付金もさほど使うことがなかった。
義父と暮らしていたときは、貯金をする余裕など、どこにもなかった。働かないだけでなく、パチンコと酒代をせびる義父のせいで、家計はいつも火の車だった。
この貯金は聡太くんとの結婚の準備に使おうと、楽しみにしていたけれど。
近場なら新婚旅行にだって行けたかも知れないし、写真館でウェディングドレスを着て、記念写真くらいは撮れたと思う。
すべて、夢で終わってしまった。
わたしには似合わない幸福な世界。
だけど、潤一さんと聡太くんに出会えただけでも、わたしの夢は叶ったのだ。
思ってもみない幸福に包まれた時間を過ごすことが出来たのだから。
それだけでも、十分ありがたいこと。
アパートをすぐに借りられない今は、母が住んでいる真駒内の祖母の家に行くしかない。もう二度とあの人に振りまわされたくはなかったけれど。
聡太くんに諭された言葉が胸に刺さっていた。
" 多分、お母さんもあまり恵まれた環境で、育てられてなかったんじゃないのかな ”
確かに母も愛情をかけられずに育てられた人だった。
母方の祖母が亡くなったのは、わたしが十歳の頃だったと思う。祖父のほうは祖母より三年くらい早く亡くなっていた。
同じ札幌市内で暮らしていても、幼い頃墓参りの帰りに寄ったくらいで、祖父母と関わった記憶はあまりない。
祖父母のことについては悪口ばかり聞かされていた。
祖父は家具を作る町工場に勤めていたそうだが、気の短い荒くれ者で、いつも仕事仲間やご近所とトラブルを起こしていたらしい。家でも些細なことに腹を立て、子供にも平気で手をあげるような人だったとのこと。
反対に祖母のほうは大人しく気弱で、粗暴な祖父には逆らえず、言いなりだった。
そのストレスを子供たちにぶつけていたようだ。
そんな環境で育てられた母もわたしに対して同じような子育てをした。
夫に対する不満をわたしに向けたのだ。
結局、そうやって虐待は連鎖されていくのだろう。わたしにだってまともな子育てなど出来るわけもない。
聡太くんは、もっとふさわしい相手を見つけたほうが幸せになれる。
真駒内駅で下車し、ホームに出るとムッとした暑さに襲われる。
八月初旬の一番暑い季節なのだから仕方がない。今日は北海道では珍しいくらいの蒸し暑さで、じっとりとした汗が引かず、不快な日だった。
途中、ラルズマートに寄り、日用品と食材を購入する。スーパーの中はヒンヤリし過ぎて寒く感じるほどだった。
母も家から一番近いこのスーパーまで、足を運んでいるのだろう。元々痩せ気味だったけれど、十年ぶりに会った母は更に痩せ細っていた。
あまりに貧弱でみすぼらしい容姿に同情の気持ちが芽生えた。
食べることにも困っているのだろうか。働いているようには見えなかったけれど、生活保護でも受けているのか?
生活保護なら持ち家があってはいけないはずだけれど。
あれこれと想像をめぐらしながら歩いているうちに祖母の自宅に着いた。
家の鍵は持っているけれど、無断で入っていくのも気が引けて、玄関のブザーを押した。
なんの返事もなく、もう一度押したけれど、反応はなかった。
まだ午後二時だから、出掛けているのかもしれない。
バッグから鍵を取り出し、家に入った。
留守だと知り、かなりホッとしたけれど、家の中もムッとするほど蒸し暑かった。
このボロ屋敷は冬はメチャメチャに寒いのに。
お盆も過ぎたら涼しくなるのだから、もう少しの辛抱だ。真駒内駅から十七分も歩いたので汗だくになった。早くシャワーを浴びたい。
リビングのドアを開けると、キッチンの前で母がうつ伏せの状態で倒れていた。
「お、お母さん!!」
急性アルコール中毒で死んだ義父の姿が脳裏に浮かび、震えが止まらなくなる。
も、もう、死んでいるの?
母に声をかけ、肩を揺さぶったけれど、グッタリとしたまま返事はなかった。
それでもちゃんと息はしていた。
呼んでも叩いても母は目を覚まさなかった。
このまま、死んでしまうのか?
慌ててスマホを取り出し、救急車の手配をした。
ーーどうして、どうしてこんなことばかり起こるの。
早く勤め先を決めなければ、アパートを借りることも出来ない。頼れる人は誰もいないのだ。
ハローワークはとても混雑していたけれど、介護施設の求人はすぐに見つけられた。
窓口の女性からいくつかの質問を受け、書類に必要事項を書き込んだ。
親切な受付の女性が施設側と連絡を取ってくださり、今週の木曜日に面接を受けることになった。
就職先はなんとかなりそうでも、気持ちが晴れることはなかった。悲しい気持ちを引きずったまま、ハローワークを後にした。
通帳には約八十万円程の貯金がある。潤一さんがくれた家事代行のバイト料と、人の家に居候していたので、失業保険の給付金もさほど使うことがなかった。
義父と暮らしていたときは、貯金をする余裕など、どこにもなかった。働かないだけでなく、パチンコと酒代をせびる義父のせいで、家計はいつも火の車だった。
この貯金は聡太くんとの結婚の準備に使おうと、楽しみにしていたけれど。
近場なら新婚旅行にだって行けたかも知れないし、写真館でウェディングドレスを着て、記念写真くらいは撮れたと思う。
すべて、夢で終わってしまった。
わたしには似合わない幸福な世界。
だけど、潤一さんと聡太くんに出会えただけでも、わたしの夢は叶ったのだ。
思ってもみない幸福に包まれた時間を過ごすことが出来たのだから。
それだけでも、十分ありがたいこと。
アパートをすぐに借りられない今は、母が住んでいる真駒内の祖母の家に行くしかない。もう二度とあの人に振りまわされたくはなかったけれど。
聡太くんに諭された言葉が胸に刺さっていた。
" 多分、お母さんもあまり恵まれた環境で、育てられてなかったんじゃないのかな ”
確かに母も愛情をかけられずに育てられた人だった。
母方の祖母が亡くなったのは、わたしが十歳の頃だったと思う。祖父のほうは祖母より三年くらい早く亡くなっていた。
同じ札幌市内で暮らしていても、幼い頃墓参りの帰りに寄ったくらいで、祖父母と関わった記憶はあまりない。
祖父母のことについては悪口ばかり聞かされていた。
祖父は家具を作る町工場に勤めていたそうだが、気の短い荒くれ者で、いつも仕事仲間やご近所とトラブルを起こしていたらしい。家でも些細なことに腹を立て、子供にも平気で手をあげるような人だったとのこと。
反対に祖母のほうは大人しく気弱で、粗暴な祖父には逆らえず、言いなりだった。
そのストレスを子供たちにぶつけていたようだ。
そんな環境で育てられた母もわたしに対して同じような子育てをした。
夫に対する不満をわたしに向けたのだ。
結局、そうやって虐待は連鎖されていくのだろう。わたしにだってまともな子育てなど出来るわけもない。
聡太くんは、もっとふさわしい相手を見つけたほうが幸せになれる。
真駒内駅で下車し、ホームに出るとムッとした暑さに襲われる。
八月初旬の一番暑い季節なのだから仕方がない。今日は北海道では珍しいくらいの蒸し暑さで、じっとりとした汗が引かず、不快な日だった。
途中、ラルズマートに寄り、日用品と食材を購入する。スーパーの中はヒンヤリし過ぎて寒く感じるほどだった。
母も家から一番近いこのスーパーまで、足を運んでいるのだろう。元々痩せ気味だったけれど、十年ぶりに会った母は更に痩せ細っていた。
あまりに貧弱でみすぼらしい容姿に同情の気持ちが芽生えた。
食べることにも困っているのだろうか。働いているようには見えなかったけれど、生活保護でも受けているのか?
生活保護なら持ち家があってはいけないはずだけれど。
あれこれと想像をめぐらしながら歩いているうちに祖母の自宅に着いた。
家の鍵は持っているけれど、無断で入っていくのも気が引けて、玄関のブザーを押した。
なんの返事もなく、もう一度押したけれど、反応はなかった。
まだ午後二時だから、出掛けているのかもしれない。
バッグから鍵を取り出し、家に入った。
留守だと知り、かなりホッとしたけれど、家の中もムッとするほど蒸し暑かった。
このボロ屋敷は冬はメチャメチャに寒いのに。
お盆も過ぎたら涼しくなるのだから、もう少しの辛抱だ。真駒内駅から十七分も歩いたので汗だくになった。早くシャワーを浴びたい。
リビングのドアを開けると、キッチンの前で母がうつ伏せの状態で倒れていた。
「お、お母さん!!」
急性アルコール中毒で死んだ義父の姿が脳裏に浮かび、震えが止まらなくなる。
も、もう、死んでいるの?
母に声をかけ、肩を揺さぶったけれど、グッタリとしたまま返事はなかった。
それでもちゃんと息はしていた。
呼んでも叩いても母は目を覚まさなかった。
このまま、死んでしまうのか?
慌ててスマホを取り出し、救急車の手配をした。
ーーどうして、どうしてこんなことばかり起こるの。
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