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聡太くんとの別れ
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*美穂*
「どういうこと?」
お母様は訝しげな顔をして、トゥパンプスに入れかけた足を止めた。
「あ、あの、、身辺調査とか、やめてもらえませんか。わたし調べられたりするの嫌なんです。だから、、」
思ってもみない方向へ話が飛んでしまい、なんて言っていいのかわからない。
「…あなた、何かしたの? まさか、警察に捕まるようなことはしてないわよね?」
「………… 」
哀しいことにわたしには逮捕歴がある。
平川さんのお情けで起訴されずにすんだけれど。
このことは聡太くんにも言ってなかった。逮捕されたことを隠したかった訳ではない。なぜ誘拐などしたのかを問われると思うと、なんとなく言い出せなかった。
潤一さんへの激しい想いを知られたくなかったから。
「ま、まさか、あなた犯罪に手を染めてたってこと? 」
しどろもどろのわたしを見て、お母様は恐怖を感じたのか狼狽《うろた》えていた。そこまでひどい娘とは思ってなかったのだろう。
そうだった。
わたしは犯罪者だ。
聡太くんと結婚なんて、思い上がりもいいとこだった。
どんな家のご両親だって反対するに決まってる。このお母様は至ってごく普通の常識的な方だ。
間違っていたのはわたし。
「い、、一体、なにをしたというの?」
玄関で立ちすくんでいるお母様は青ざめてみえた。
「父が、、母の内縁関係にあった父ですが、去年の秋、急性アルコール中毒で死んでしまって、、それはわたしが父を見捨てたせいなんです。あまりに突然だったので気が動転して、、他にも悩み事があって正気じゃなかったんです。…それで勤め先の保育所の子を無断で連れ去ってしまって……」
あの時の精神状態をどう説明すればよいのか、未だにわからない。
何故、あんな事をしてしまったのだろう。
「……どうして父親を見捨てたの? 一緒に暮らしたくない理由でもあったの?」
まるで義父との関係を疑っているかのように、お母様はわたしを見据えた。
「……酒乱だったんです。飲むと暴力を振るう人で、、だから」
「そんな父親なら見捨てられて当然じゃないかしら。実の父親でもないんだし。それにいくら父親の死がショックだったとしても、保育所の子を誘拐するなんて変だわ。その子の親に恨みでもあったの?」
鋭く核心を突いてくるお母様の尋問にタジタジとなる。
「……特に理由は、、ショックなことが続いて精神的におかしかったものですから」
あの時は、只々潤一さんに逢いたくて仕方がなかったのだ。
「それで? あとは何? 他にもまだなにか隠してるでしょう? 」
深掘りして来るお母様の猜疑の目は厳しかった。
「い、いえ、、とにかく聡太くんとは別れますからご心配なく」
これ以上の尋問などされたくなかった。
核心にふれられる前に早くこの場から逃げ出したい。
ハローワークへ行こうと出かける準備をしていたので、手間取ることはなかった。
このアパートにわたしの荷物など、ほとんどないに等しい。洋服と下着だけをトートバッグに慌てて詰め込んだ。
無言でわたしを見つめるお母様を残し、足早にアパートを出た。
大学へ行く聡太くんを送り出した一時間前が、最後のお別れになるなんて。
もう二度とここへ戻ってこられないのかと思うと、哀しみで胸がつぶれそうになった。
聡太くん、さようなら。
短い間だったけど、美穂、幸せだったよ。
結局、振り出しに戻ったような気がした。
わたしの幸せなど続くわけがない。
夢にみた平凡な幸せ。
わたしには似合わない。
決して手の届かないもの。
手にしても、すぐにすべり落ちてしまうもの。
哀しいながらもなにかホッとするような気持ちになるのは、そんな不幸な生活に慣れ親しんで来たからかも知れない。
未知の幸福の世界は不安で怖かった。この幸せを失ったらという恐怖が常につきまとった。失敗を恐れるマイナス思考のわたしには緊張の毎日なのだ。
初めから不幸なら、それ以上落ちることもない。
高望みなどしなければ不幸にビクビクしながら暮らすこともないのだ。
結局、またひとりぼっち。
それは、とても自然だった。
「どういうこと?」
お母様は訝しげな顔をして、トゥパンプスに入れかけた足を止めた。
「あ、あの、、身辺調査とか、やめてもらえませんか。わたし調べられたりするの嫌なんです。だから、、」
思ってもみない方向へ話が飛んでしまい、なんて言っていいのかわからない。
「…あなた、何かしたの? まさか、警察に捕まるようなことはしてないわよね?」
「………… 」
哀しいことにわたしには逮捕歴がある。
平川さんのお情けで起訴されずにすんだけれど。
このことは聡太くんにも言ってなかった。逮捕されたことを隠したかった訳ではない。なぜ誘拐などしたのかを問われると思うと、なんとなく言い出せなかった。
潤一さんへの激しい想いを知られたくなかったから。
「ま、まさか、あなた犯罪に手を染めてたってこと? 」
しどろもどろのわたしを見て、お母様は恐怖を感じたのか狼狽《うろた》えていた。そこまでひどい娘とは思ってなかったのだろう。
そうだった。
わたしは犯罪者だ。
聡太くんと結婚なんて、思い上がりもいいとこだった。
どんな家のご両親だって反対するに決まってる。このお母様は至ってごく普通の常識的な方だ。
間違っていたのはわたし。
「い、、一体、なにをしたというの?」
玄関で立ちすくんでいるお母様は青ざめてみえた。
「父が、、母の内縁関係にあった父ですが、去年の秋、急性アルコール中毒で死んでしまって、、それはわたしが父を見捨てたせいなんです。あまりに突然だったので気が動転して、、他にも悩み事があって正気じゃなかったんです。…それで勤め先の保育所の子を無断で連れ去ってしまって……」
あの時の精神状態をどう説明すればよいのか、未だにわからない。
何故、あんな事をしてしまったのだろう。
「……どうして父親を見捨てたの? 一緒に暮らしたくない理由でもあったの?」
まるで義父との関係を疑っているかのように、お母様はわたしを見据えた。
「……酒乱だったんです。飲むと暴力を振るう人で、、だから」
「そんな父親なら見捨てられて当然じゃないかしら。実の父親でもないんだし。それにいくら父親の死がショックだったとしても、保育所の子を誘拐するなんて変だわ。その子の親に恨みでもあったの?」
鋭く核心を突いてくるお母様の尋問にタジタジとなる。
「……特に理由は、、ショックなことが続いて精神的におかしかったものですから」
あの時は、只々潤一さんに逢いたくて仕方がなかったのだ。
「それで? あとは何? 他にもまだなにか隠してるでしょう? 」
深掘りして来るお母様の猜疑の目は厳しかった。
「い、いえ、、とにかく聡太くんとは別れますからご心配なく」
これ以上の尋問などされたくなかった。
核心にふれられる前に早くこの場から逃げ出したい。
ハローワークへ行こうと出かける準備をしていたので、手間取ることはなかった。
このアパートにわたしの荷物など、ほとんどないに等しい。洋服と下着だけをトートバッグに慌てて詰め込んだ。
無言でわたしを見つめるお母様を残し、足早にアパートを出た。
大学へ行く聡太くんを送り出した一時間前が、最後のお別れになるなんて。
もう二度とここへ戻ってこられないのかと思うと、哀しみで胸がつぶれそうになった。
聡太くん、さようなら。
短い間だったけど、美穂、幸せだったよ。
結局、振り出しに戻ったような気がした。
わたしの幸せなど続くわけがない。
夢にみた平凡な幸せ。
わたしには似合わない。
決して手の届かないもの。
手にしても、すぐにすべり落ちてしまうもの。
哀しいながらもなにかホッとするような気持ちになるのは、そんな不幸な生活に慣れ親しんで来たからかも知れない。
未知の幸福の世界は不安で怖かった。この幸せを失ったらという恐怖が常につきまとった。失敗を恐れるマイナス思考のわたしには緊張の毎日なのだ。
初めから不幸なら、それ以上落ちることもない。
高望みなどしなければ不幸にビクビクしながら暮らすこともないのだ。
結局、またひとりぼっち。
それは、とても自然だった。
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