六華 snow crystal 8

なごみ

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美穂さんの不安

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コンコン!


美穂さんの部屋をノックした。


返事がないので、「美穂さん、入るよ」と言ってドアを開けた。


美穂さんはベッドにうつ伏せに横たわっていた。


「大丈夫?  まだ気分が悪い?」


ベッドに腰を下ろし、美穂さんの髪にふれた。


「ごめんなさい。……聡太くん、申し訳ないんだけど、わたし電車で先に帰ってもいい?」


「えっ!」


ベッドから起き上がった美穂さんは泣いていたようだった。



「…どうして?  うちの両親がなにか気にさわるようなことをした?」


美穂さんには取り繕っただけの、冷たい我が家の家族関係が異常に見えたのかも知れない。


「ううん、そうじゃないわ。逆よ。とっても素晴らしいご両親だもの。元々、わたしは聡太くんにはふさわしくないと思ってたけど、今日はそれがよくわかったの」


「なにがわかったんだよ!  ふさわしくないとか、そんな考えじゃダメだって前にも言っただろう!」


そんなことばかり考えているから、情緒だっていつまでも安定しないんじゃないか。


「………怖いの。わたしはやっぱり病気なのね。蔑まれるのが怖いんだわ。あんな立派な人たちの前では卑屈になってしまって、普通ではいられないの。わたし、、無理だわ、本当にごめんなさい」



確かに美穂さんは病んでいるのだろう。病んで当たり前だ。子供の頃からひどい扱いを受けて、未熟な親の世話をさせられていたのだから。


「誤解しているよ。うちの両親は仮面をかぶってるんだ。ちっとも立派な人間なんかじゃない。美穂さんが居心地が悪いと思うのも無理もないことなんだ」


うちの両親がどんなに取り繕っても、見せかけの優しさなど、人の心には響かないものなのだろう。


「わたしのことなんか、認めてくださらないわ。申し訳ないんだけど、わたし、ご両親の前では普通に息もできないくらいなの、、」


批判的なうちの両親は、威圧感を与えていたのかもしれない。


父も母も社交的ではあるけれど、表面的で薄っぺらく、なんとなく不自然だ。


敏感な美穂さんは、そういった我が家の嘘を肌で感じたのだろうか。


「うちの両親は美穂さんが考えているような立派な人間なんかじゃないよ。とても欠点の多い人たちなんだ。以前は僕も我慢ができなかったけど、今はそんな弱さも人間的で仕方がないと思うようにしている。だって、みんなお互い様だろう? 許してやってくれないかな」


「……別にご両親のせいじゃないわ。わたしのせいよ。せっかくお招きくださったのに、がっかりさせてしまって、、でも、自分の力じゃどうすることも出来なくて」


「考えすぎだよ。別に親と同居するわけでもないんだし、そんなに悩むことじゃないだろう。美穂さんはつまらないことを気にしすぎる。もっといい加減でいいよ、真面目に考えすぎないで」


「……でも、反対されたらどうするの?」


「関係ないよ。披露宴をするわけでもないんだから、親の許可なんていらないよ。あ、もしかして美穂さんは、披露宴をしたかった?」


「ううん、わたしには親も親戚もないし、お友達さえいないのよ。呼べる人なんかいないもの」


「じゃあ、なにも問題ないじゃないか。二人で幸せになろう」


「聡太くん……」


コンコン!


起き上がった美穂さんを抱きしめていたら、ドアをノックされた。


驚いてパッと離れたけれど……
  




「美穂さん、具合のほうはどう? なにかお薬でも持ってきましょうか?」


母がレモンを浮かべた水差しとコップをトレイに載せて持ってきた。


「あ、すみません。少し横になったらよくなりました。面倒ばかりかけてしまってごめんなさい」


「はるばる札幌からやって来たんですもの、遠慮なんかしないで。おなかはすいてない?」


「はい、本当にもう大丈夫なので、、」


少しも元気そうではないのに、美穂さんは無理をしている。


「そう、それは良かったわ。明日、うちの製造工場の見学をして欲しいと思っていたの」


「そんなこと、勝手に決めないでくれよ。明日は美穂さんと釧路湿原を見て帰るんだから、工場になんて寄ってる暇はないよ」


母は強引で、昔からなんでも自分の思い通りにスケジュールを決めてしまう。


僕たちの意向などまったく無視して。


「あら、だって結婚するんでしょう。美穂さんは将来、社長夫人になるかも知れないのよ。ちゃんと見て知っておいたほうがいいと思うわ」


すでに美穂さんの気弱さを見抜いている母は、プレッシャーで潰そうとしているのか。


「だから僕は店は継がないと何度も言ったじゃないか。裕一兄さんに継がせたらいいだろう」


「それが出来たらそうしたいけど、お父さんは聡ちゃんに継がせたいの。血を分けた自分の息子にね」


母は裕一兄さんに継いで欲しいのだろう。父が死んだら、そうするつもりなのかも知れない。


「勝手に決めないでくれ。僕にはやりたい仕事があるんだ。商売には向いてないんだよ。就職が決まったことを喜んでくれたじゃないか。今になって店を継げってどういうつもりだよ」


「将来の話よ。お父さんだって、いつ何時病気になって倒れるかも知れないのよ。その時のために覚悟だけはしておいてもらわなくちゃ。ねぇ、美穂さん、見学くらいならいいでしょ? 一時間もあれば終わるんだし、その後で湿原を見に行ったらいいじゃない」


「はぁ、、で、でも、、」
     

「せっかく作ったお料理も食べてもらえなくって、わたくしがっかりよ。工場見学くらいは付き合って頂きたいわ」


畳み掛けるように母はまくし立てた。


「…わ、わかりました。じゃあ、見学させて頂きます」


争いごとが苦手で、頼まれたことを断ることのできない美穂さんは、素直に承諾した。


「美穂さん、無理することないって。僕は会社なんて継ぐつもりないんだから」


「つもりがなくても継ぐの。もう決まっていることよ。美穂さんも結婚するつもりなら、その辺のことはちゃんとわきまえてもらいたいわ。お嫁さんは社の顔ですからね! 挨拶まわりだってしなきゃいけないし、自信のないオドオドした態度は困るわよ!」


僕が結婚話などをしたせいか、母は優しい仮面など捨て去り、いつもの容赦のない嫌味をぶつけて来た。


「もう、いいから、出て行ってくれないか。美穂さんは具合が良くないっていうのに!」


無神経にもほどがあるだろう。


ドアを開けて出て行くよう、うながす。



「言われなくても出て行きますよ!」




ドアがバタンと閉まり、気まずい空気が流れた。


「ごめん。母は見ての通り、本物の気遣いなんて出来ないひとなんだ。これでわかっただろう。うちの両親の未熟さが」


「……お母様、うちの母と少し似てるかも」


あんなことを言われたのに、美穂さんは少し安心したように見えた。


「そうか。だから僕たちも似ているところがあるのかも知れないね。母の言ったことは気にしないで。明日はできるだけ早く家を出よう」


「でも、、工場の見学は?」


「いいよ、そんなものを見るために帰って来たわけじゃないよ。はるばる釧路まで来たんだから、どうせなら摩周湖や美瑛の丘を見て帰ろう」


親の言いなりでいて良かったことなどひとつもない。


子供が自立したら、親はそれ以上のことを要求すべきではないんだ。








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