六華 snow crystal 2

なごみ

文字の大きさ
上 下
58 / 59

新しい職場で

しおりを挟む
有紀
4月8日


発寒駅から徒歩五分のところに、1DKの賃貸アパートを借りた。


市街から離れているだけあって安く、家賃は5万七千円。それでも、まだ築2年だからきれいだ。


少し狭いけれど、子供も出来ていないのに、余計な部屋は入らない。


今は貯金のほうが大事だと気づいた。


遼介も四月から宅配の仕事を始めた。


タクシー運転手よりは展望がありそうと言っていたけれど、どうなんだろう。


仕事が終わるのが遅く、早くても9時過ぎでなければ帰らない。朝だって遅いわけでもないのに、体の方が心配になる。


早く、放射線技師の仕事が見つかると良いのだけれど……。





有紀
4月22日


市街から少し離れた病院だけど、この病院に来られてよかったと思う。


3月末に病院がオープンして、バタバタとした不慣れな慌ただしさがなくなり、この頃やっと本来の業務の流れになったような気がする。


高級ホテルのようにきれいで、最新設備の整った病院は、働く側もなんとなくウキウキとした気分にさせられる。


私はやっぱり以前と同じ脳外科病棟に配属された。


看護師長も、主任も、指導力のある適任者と言える人材がきちんと配置されていると思う。


看護スタッフだけは、選りすぐりというわけにはいかず、一癖ありそうな個性的な人が多く見受けられた。気の合う人が良いには決まっているけれど、色々な人がいるのはそれはそれで結構楽しい。


面倒な人や問題を起こす人には手を焼くこともあるけれど、彼らはドラマ以上に面白いリアルな日常を見せてくれるから。


薬局の谷さんともまた、普通に話が出来るようになって嬉しい。


だけど、いつまでも友達以上、恋人未満のような関係って、どうなんだろう。


自分の気持ちがよくわからない。


私は谷さんに何を求めているのだろう。亜美さん以上に我儘で欲張りな女のような気がしてくる。


先月、スーパーで彩矢と子供の後ろ姿を悲しそうに見送っていた遼介を見ていたら、私たちやっぱり別れた方がいいのかも、という気がして来た。


彩矢と悠李くんに遼介を返してあげた方がいいのだろうか……。





有紀
3月25日

今朝、アパートをを出たらほおに暖かい陽射しを感じた。北海道にもやっと春がやって来たような気がする。


市街や国道などにはもう雪などないけれど、日陰の狭い路地などには、まだ溶けていない雪が残っている。


アパートから出たこの辺りの道は、グシャグシャして汚く、歩きにくい。


新しくオープンした病院に勤めて、早くも一年が過ぎようとしている。


先週、人事の移動などがあって、私はまた同じ脳外科病棟だったけれど、なぜか主任に抜擢された。


えっ、私が?


いくらなんでも早過ぎでしょ。


まだ、二十六歳だよ、私。


他にもベテランのおばちゃまナースだって沢山いるのに。


思っても見ない昇進に戸惑い、自信もなくて辞退したけれど、満場一致で決まったと言う。


看護師長からも懇願され、承諾したものの、本当に私で大丈夫かな?


とは言うものの、主任手当など、昇給の話で気分は一気に盛り上がった。


家に帰るころにはちょっとしたウキウキ気分になっていた。


夜の十時を過ぎて、ぐったりした顔で帰宅した遼介に、このビッグニュースを伝えた。


「ねぇ、私、この四月から病棟の主任になっちゃった。昇給の他に、主任手当が2万3千円もつくのよ。すごいと思わない?」


一緒に喜んでくれるとばかり思っていた遼介は、返事もせずに不機嫌な顔をした。


用意していた晩御飯も食べずに、バスルームへ行ってしまった。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

六華 snow crystal 8

なごみ
現代文学
雪の街札幌で繰り広げられる、それぞれのラブストーリー。 小児性愛の婚約者、ゲオルクとの再会に絶望する茉理。トラブルに巻き込まれ、莫大な賠償金を請求される潤一。大学生、聡太との結婚を夢見ていた美穂だったが、、

六華 snow crystal 4

なごみ
現代文学
雪の街、札幌で繰り広げられる、それぞれの愛のかたち。part 4 交通事故の後遺症に苦しむ谷の異常行動。谷のお世話を決意した有紀に、次々と襲いかかる試練。 ロサンゼルスへ研修に行っていた潤一が、急遽帰国した。その意図は? 曖昧な態度の彩矢に不安を覚える遼介。そんな遼介を諦めきれない北村は、、

後悔と快感の中で

なつき
エッセイ・ノンフィクション
後悔してる私 快感に溺れてしまってる私 なつきの体験談かも知れないです もしもあの人達がこれを読んだらどうしよう もっと後悔して もっと溺れてしまうかも ※感想を聞かせてもらえたらうれしいです

六華 snow crystal

なごみ
現代文学
熱い視線にときめきながらも、遊び人で既婚者である松田医師には警戒していた。それなのに… 新米ナース彩矢の心はついに制御不能となって…… あの時、追いかけなければよかった。 雪の街札幌で繰り広げられる、激しくも哀しい純愛ストーリー。

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

10のベッドシーン【R18】

日下奈緒
恋愛
男女の数だけベッドシーンがある。 この短編集は、ベッドシーンだけ切り取ったラブストーリーです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

愛のかたち

凛子
恋愛
プライドが邪魔をして素直になれない夫(白藤翔)。しかし夫の気持ちはちゃんと妻(彩華)に伝わっていた。そんな夫婦に訪れた突然の別れ。 ある人物の粋な計らいによって再会を果たした二人は…… 情けない男の不器用な愛。

処理中です...