六華 snow crystal 2

なごみ

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亜美さんのリベンジ

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遼介
1月10日

コンビニに寄ってからマンションへ帰ると、郵便受けに大きめの茶封筒が入れられていた。


取り出してウラを見ると、○○探偵事務所という、なにやら不安を感じさせる送り主からだった。


探偵事務所など、俺と有紀には縁のない世界のような気がした。


開封してみると数枚の写真と、書面が一枚添えられていた。


前略……

……貴殿の妻、佐野有紀様と同病院に勤務している谷修二氏のとの関係について、ある方より依頼を受け、調査いたしました。その結果、かなり親密な関係であることが判明いたしましたので、ここにご報告させていただきます。



誰の仕業か知らないけれど、くだらない、本当にバカバカしい話だと思った。


俺は有紀を信じている。


一緒にラブホテルにでも入った写真というのならどうにもならないけれど、たかがスタバで話をしている写真のどこが親密な関係なのか。


赤のミニ・クーパーの助手席に座っている有紀の横顔は物憂げに沈んでみえた。


スターバックスで深刻な顔をして話し合っている二人。


コーヒーを飲みながら、笑顔で見つめあっている写真も数枚あった。


写真を眺めているうちに段々と不安に襲われる。

谷さんの腕にしがみついて寄り添う姿は、どう見ても恋人同士にしか見えなかった。


ウソだろ、有紀おまえに限って……。


有紀は後悔しているのかもしれない。


俺なんかと結婚したことを……。





有紀
1月10日

夜勤者に申し送りを終えてタイムカードを押し、ナースステーションを出たら、同じく日勤だった佳奈が一階から階段を駆け上がって来た。


「あ、有紀、あんたヤバイよ!  いま下に降りたら外来受付の横にこんなものが貼ってあって、」


佳奈が差し出したA4版の用紙にコピーされた画像をみて愕然とする。


谷さんの腕にしっかりとしがみつき、寄り添っている私がハッキリと写っている。


『不倫発覚!   当院の新婚ナース、早くも浮気?』


ビラにはそんな見だしまで印刷されていた。


誰が見ても不倫現場の決定的瞬間をとらえた一枚の写真だった。


「まさかだよね?  もうかなりの人が見ちゃってたけど……」


ちょっと疑っているといった風に、佳奈は上目使いで私を見つめた。


「歩道が凍ってツルツルだったから、腕につかまらせてもらっただけだって!」


本当のことを言ったけれど、佳奈が信じてくれたかどうかはわからない。


こんなマネをする犯人はひとりしかいない。


柳原亜美だ。


婚約を解消されて腹が立ったのだろう。


興信所にでも頼んだのだろうか?


ビラが貼られていたのは外来受付の横だけではなかった。


薬局の前にも貼られていたようで、ビラを手にした谷さんが、青い顔をしてこっちへ向かって来た。


佳奈は気を利かせたというよりも、一緒にいたくなかったのだろう。谷さんの姿を見て、逃げるように去っていった。


「あ、有紀ちゃんも見たんだね、このビラ」


谷さんのこんな困り果てた顔をみたのは初めてだった。


「ごめん。謝って済む事じゃないけど、僕が誘ったりしたからこんなことになってしまって」


「いいよ、別に。疚しいことなんてしてないもの。私、こんな嫌がらせなんかに負けないから」


「本当にごめん」


暗い顔をして谷さんは一階へ降りて行った。


こんなことで負けたりなんかしない。


あんな、柳原亜美になんて!


……だけど、遼介に知れたらどうしよう。


遼介は信じてくれるだろうか?


谷さんの腕につかまって歩いた写真なら、ちゃんと自信を持って弁解ができる。


だけど、エレベーターでキスをしてしまった事実が心を重くした。


こっちの方は上手く弁解など、とても出来そうになくて……。




有紀
1月15日

ナースステーションにいても、病棟の廊下を歩いていても、病室をまわっていても、人目が気になって落ち着かない。


誰もが、自分のうわさをしているような気に囚われて、仕事に集中ができない毎日。


くだらない噂話しなどみんなすぐに飽きて、あと数日もしたら元のように変わらない職場になるんだからと、何度も自分に言い聞かせた。


だけど、正直なところ楽天的な私にでもかなりキツイ。


数年前、彩矢も松田先生との不倫がバレて、窮地に立たされていたことがあったっけ。


辛かっただろうな。自分も同じような目に遭って、当時の彩矢の気持に思いを馳せる。


あの時は、ひとりぼっちだった彩矢を批判しただけだったな。


初めてここの病院を辞めたいと思った。


うわさ話が落ち着いたとしても、私の潔白が証明されたわけではないのだから、ずっと不貞な妻のレッテルは消えないのだ。


看護師の求人ならいくらでもある。辞めようと思えば辞められないこともないけれど。


突然、病院を辞める理由を、遼介にはなんて説明しよう。


辞職することを相談もせずに、さっさと決めてしまった遼介を、非難したばかりだと言うのに。


外来診察室の前を通ったら、向こうから谷さんが歩いて来た。


院内で話をすることに抵抗があって、ビラまき事件の後はずっと話などしていなかったけれど。


「有紀ちゃん、ちょっと色々相談したいことがあるんだけど、僕たち今は無理だろ。LINEの登録しておいてくれないかな。別に秘密のことを話したいわけじゃないから」


谷さんはそう言って、メモを渡すと足早に去っていった。




仕事帰りにスーパーへ寄り、食材を買って帰宅する。


「だだいま」


“ おかえり,, も言わずに、ソファーに寝そべってスマホゲームに熱中している遼介に、ひどく苛立ちを感じた。


一日中家にいるのだから、たまには夕飯を作って待っていてくれたっていいではないか。


食事はいつでも私が作るものと勝手に思い込んでいるのだろうか。


以前なら不満なことは遠慮せずにすぐに言えたけれど、最近はお互いに変に遠慮しあって率直ではなくなっている。


「今日はハローワークどうだった?」


不機嫌に聞こえないように配慮をして聞いたつもりだった。


「今日は行ってない。毎日通ったからって、求人が増えてるわけでもないだろ。そんなに焦らせないでくれよ!」


不機嫌に言い返された。


なぜ、そんなに呑気なのか?


少しは焦ってよ!  と言ってやりたい。


簡単な夕食をすませ、後片付けを終えてから寝室に入り、ベッドへ横になる。


ソファーに座ってテレビを見ている遼介の隣には行きたくなかった。


谷さんの電話番号をスマホに登録し、LINEのスタンプを送信した。


話したいことってなんだろう?


谷さんとは当然あれ以来、病院で気軽におしゃべりなど出来るはずもない。


5分ほどして、返信が届いた。




『僕と亜美のせいで、有紀ちゃんには嫌な思いをさせてしまって、本当に申し訳なく思っている。有紀ちゃんは今の病院のままで大丈夫かい?  転職なんかは考えていないのかな?』


『谷さんと亜美さんだけのせいじゃないです。転職は最近ちょっと考えるようになりました。看護師はいつでも求人があるから大丈夫です。心配してくれてありがとう』


『発寒に3月末にオープンする総合病院があるんだけど、そこで働いてみないかい?  父が理事をしていて、兄も僕もそこの病院へ行くことになってる。看護師さんの確保がまだ十分に出来てなくて、今の病院よりはかなり条件もいいと思うんだけど、来てくれないかな?』


発寒は少し遠いけれど、これから始まる病院ということに期待感が高まる。


交通の便が悪いなら、引っ越したっていい。高すぎる家賃はやはり負担だ。お給料だって少しでも高いところがいいに決まっている。


たった今聞いたばかりのその病院に、かなり心が傾いている。今の病院は辞めどきなのかもしれない。もしかして、放射線技師技師も募集しているかも?


『行ってみたいかも、という気になってます。そこの病院は放射線技師の募集はしてないですか?』


『悪いんだけど、技師さんなんかはすでに決まっていて、力になってあげられなくてごめん。とにかく看護師さんが足りないらしい。有紀ちゃんみたいな看護師さんが来てくれたらすごく助かると思う』


『じゃあ、そこの病院へ行ってみたいです。直接電話で問い合わせたらいいですか?』


『僕から連絡しておく。日時などが決まったら、また知らせるよ。一応、履歴書と看護師免許のコピーだけは用意しておいてくれると助かる』


『わかりました。じゃあ、連絡待ってます。心配してくれて、ありがとう』


まだ、あと2ヶ月以上あるけれど、早くも新しい病院で働くことに夢が広がる。


今の病院にも早めに辞表を出そう。























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